スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第36話 恐怖の帰還

ハンドルを握る手が震えている。

そんな手で寝不足の体で、朝日が顔を覗かせたばかりの大空をブッ飛ばして運転する車に乗っている。この状況で平常心で居られる人間は存在するのか。ベラ先生ぐらいまでいけば平気なのかもしれない。でも私は無理だ。

「うおおおおお!もうちょっと速度下げましょうよ!」

「無理や!遅れるもん!そういやあんた1限って何の授業やったっけ?」

「体育の授業です!」

「ほんなら着替えの時間も必要やし、あの先生のお弁当も作る時間も必要やろ!?飛ばすで!」

もう飛ばしてますって言う前に車の速度が更に上がった。他には誰もいない朝の空だから心配は要らないのかもしれないけど……でも怖い。風でドアがガタガタいってるのも怖い。

「タライさん余裕で間に合いますって!後30分ぐらいで着きますよね?授業あるの2時間後ですし、図書室でレシピ借りて売店で買ってお弁当作っても余裕で間に合います!」

「せやけど俺には俺の考えがあるんや!……いいか、ヒイロ、」

タライさんはぎゅっとハンドルを握りしめながら目の前を見たまま、静かな笑みを浮かべた。

「俺、多分、明日の朝日を見られんねん……。せやから今の内にこの朝焼けの美しい空をじっくり見ておこうと思ってな。今までありがとうなヒーたん。俺の部屋の漫画は全部アンタにあげるから。」

「何を最期のセリフっぽいこと言ってるんですか!大丈夫ですって!家森先生だってこれくらいでそんなに怒りゃしませんよ。」

私の言葉を聞いたタライさんが一瞬こちらを真顔でチラッと見てきた。何の意味があったのかは分からない。

まあでも、別にそんなに怒りゃしないと思う。だって休日は生徒がどこで泊まろうが自由だし、犯罪じゃなければ何しようが大丈夫だし、シュリントン先生の許可だってあるもの。何がダメなの?別にいいじゃん。

それからタライさんの飛ばす車は思ったよりも結構早く学園の裏口に着き、シュリントン先生にメールして門を開けてもらうと、我々を乗せた赤い車は林の中のガレージへと向かってゆっくり進んだ。

ああ、もう学園に帰ってきてしまった。今度街へ行くときはもうちょっと長めに滞在したいなと思った。お肉祭りも食べてばっかだったけど全部美味しくて、賑やかで楽しかったし。

おかげで昨夜はへとへとに疲れて部屋に帰った途端にタライさんが寝てしまって、私もすぐに寝た。ああ本当に楽しかった。こうやって人は休日に息抜きしながら生きて行くんだ。またお出かけしたいなと思いながらシートベルトを外して、私は車から降りた。

車に鍵をかけてタライさんがガレージの扉を開けると、そこには白衣姿のお兄さんが眉をヒクつかせながらこちらを見て薄ら笑いを浮かべて立っていた。彼は腰に手を当てて我々の帰還を待っていたのだ。

「おかえりなさいヒイロ……高崎ィ!」

突然の怒りボルテージマックスの高崎ィ!に私はビクッとしてしまった。タライさんはピョンと飛んだ勢いから崩れ落ちるように彼の足元の地面に落ちて、その場に手をつきヘコヘコと土下座をし始めた。こんなにアクロバティックな土下座を見たのは初めてだ。

「アハァーン!ごめんなさい先生!」

家森先生はタライさんの近くにしゃがみながら静かな声で言った。彼の眼鏡が木漏れ日に当たってキラリと光った。

「ごめんで済むとお思いですか?ふっふっふ……高崎は本当に愉快ですね。」

「こうするしかなかったんです……こうするしか……アハァーン!」

あああ、何か言わないとタライさんが折檻せっかんされてしまう……何か言わないと!よし!

「で、でも仕方なかったんです!たまたまお肉祭りでホテル半借り出来なかったし、それに彼女さんのことで……ね?」

もう訳を話すしかないよタライさん。そうすれば先生納得するよ。と思ったけど、意外にもタライさんは引きつった顔で私を見てきた。何でだろう?

「彼女さんのこと?何かあったのですか?」

家森先生が立ち上がって私を見つめてきたので、私はタライさんを真似て皆で話合うことにした。

「彼女さんが結婚するって。それでタライさん元気なくなっちゃって……だから一緒に過ごしたんです!お肉祭りも、それで気が紛れることにはならないかもしれないけど、とにかく楽しもうねって!でもこれらは私が提案したんですよ?」

「ほう……?」

家森先生は冷ややかな視線を足元のタライさんに向けた。ほら、話したから納得してくれたじゃん!そうでしょ?と思って私もタライさんの方を見ると、彼は結構私のことを戸惑いと怒りのこもった表情で見ていた。なんで?

「となると、高崎は誰ともお付き合いしていない状態でヒイロと同じ部屋に泊まったという訳ですか……」

すくっとタライさんが立ち上がって身振り手振りしながら説明し始めた。

「いや!確かにフリーの状態やったけど、ベッドは別でしたし夜は肉祭りでずっと出かけてて疲れ切って帰った途端にお互いベッドで寝てしもうたんや!勿論別々のベッドですよ?当たり前やないですか!ね?ヒーイロ?我々はただの……友達だよね?」

「……まあそれは事実ですけど。でも親友だと思ってた。」

私がしょんぼりした様子で言うと、タライさんが首を振りながら言った。

「そうやけどね?今はそう言うことやないの!」

「何なんです、高崎。ヒイロと親友でいいではありませんか。」

「え、ああ……そうです?そう!」

何だろう、タライさんがさっきから情緒不安定だ。しかしこの状況、どうしよう。そう思っていると家森先生が私のことをじっと見つめたまま聞いてきた。

「どうしてヒイロは、僕に内緒にしたんです?別に高崎と二人で何処かへ出かけることについてとがめることはしません……宿泊となると事情が気になりますが今回は高崎も大変な状況でしたし……。」

「それは……ごめんなさい。タライさんが大変な状況で、一緒に居たいと思いましたけど……家森先生はなんて言うか、心配性だし」

私の言葉に先生は少し目を見開いて、タライさんは何故か笑いを漏らさないように手で口を押さえている……けど目がめっちゃ笑ってる。何でだろう。すると家森先生が戸惑った表情で言った。

「ヒイロ……僕は重たいですか?」

「ブッ!」

私と家森先生が音のした方へ同時に視線を向けると彼はどうにか笑いを隠そうと口を尖らせ、明らかにその感情を誤魔化していた……まあ彼のことは置いといて、私は先生に聞いた。

「重たいって言うのは、どう言うことですか?」

「……僕が連絡をしすぎたり、あなたに対して気にかけすぎたのかと。だから出かけることを僕に内緒にしたのでは?」

なるほど。ん〜なるほどね。正直に言うか。

「ん〜少しメールの頻度が半端ないと思うときはありますけれど、貰って嬉しいです。でもタライさんと出かけて帰ってきたときに何故かタライさんが怒られるのは不思議です。でもメールは……先生が送りたいと思ったから送ってくれたのでしょう?」

「え、ええ……まあ」

「ならどしどしください!メールは欲しいです!今回のお出かけは内緒にしててごめんなさい。それにレシピ見るからって一昨日の夕ご飯断ったのに……本当はお出かけの準備だった訳ですし。ごめんなさい。」

怒ってるかな、と思って家森先生の顔を見ると、彼は何故か頬を赤く染めていた。予想外の事態に私の視線が動揺して右往左往に動く。

「……いえ。僕も、ヒイロは別に恋人でもありませんのに何度も問い詰めるような真似をしてしまいました、ごめんなさい。しかし……メールは今までのように送ってもいいのでしょうか?あとで後悔しませんか?」

……そう言うってことは自分で頻度が多いって分かってるのかな?ちなみにタライさんはさっきから空を見上げて必死に笑いをこらえている。まあ……くれないよりは欲しい!そんなクーポン感覚でいいのか分からないけど、私は言った。

「はい、どしどしください!返せたらですけど、なるべく早く返しますから」

「ふふっ分かりました。ありがとうヒイロ。それに高崎も今回は大変でしたね。」

「え!?あ、ああ……まあ彼女に連絡もあまりしてなかったですし……もう正直、他に誰かいるんちゃうかなと実は思っとったとこなんですわ。」

え!?そうだったんだ……。タライさんは家森先生に微笑みながら言った。

「でもヒーたんのおかげで元気もらえましたし、こうして家森先生にいつものように怒られる、そんな変わらない日常に俺は少し安心感貰えましたから俺は何とか大丈夫です。でももうこれ以上は俺のことを責めんといてくださいね、折角前向きな気持ちになれたんですから、そんな俺の人生をここで終わらせないでください。」

「別に殺しはしませんよ……全くあなたは大げさなのだから」

いや、私は大げさじゃないと思うけどね。でもこれでみんな落ち着いてよかった!ちょっと家森先生にメールを許可してしまったことに関してはもしかしたらこの時の自分を殴りたいと思う時が今後でてくるかも知れないけど、タライさんも家森先生も大切な人だから、別にいいや。

「因みにですが、まさかヒイロの着替えを見たりはしていませんか?」

家森先生の疑問に私は思い出しながら笑顔で答えた。

「それがそう言うのよく分からなくて、タライさんを参考にして風呂上がりに下半身だけタオルで隠したらそれは違うってタライさん慌てちゃって!はっはっは……あれ?」

タライさんは私を凝視しながら首をブンブン振っていて、家森先生は顔がめちゃくちゃ引きつっている。あれ?面白くないの?この話。

「つまり、ヒイロの何も着ていない上半身を高崎が見たのですね?」

「いやいや!そうかも知れんけど!すぐに目を覆いましたから!それによく覚えてないです!本当です!イタタタ!」

なんと家森先生がタライさんの耳たぶをぎゅっと摘んでいる。私は咄嗟に止めようと家森先生の腕を掴んだ。

「ちょっとやめてください!そんな怒ります!?面白いと思って話したのに!」

「面白いやろな!アンタは被害にあってないんやから!アタタ!」

「被害者ぶらないでください。誰が一緒の部屋に泊まると提案したんですか!?」

ああ、その面白いじゃないしもうどうしよう。私のせいでタライさんが痛い目にあっている。

「だってそう言うのよく分からなかったんですもん!タライさんは本当に目を隠してたし、私がもっと気をつけなきゃなって。もうしないから。もうしないですから!」

「まああなたが言うのならそうですか……」

やっと家森先生が離すとタライさんは赤く腫れた耳たぶをさすり始めた。

「もうタライさんのこといじめないでください。ただ遊んでるだけでこうなるのは私も辛いです。」

私の言葉にタライさんと家森先生が黙ってしまった。少しの沈黙の後に、家森先生が口を開いた。

「そうですね。これからは僕も気をつけます……」

珍しくしゅんとしてしまった家森先生を気遣うかのようにタライさんが話し始めた。

「まあでも家森先生がこんなになるん見たのは初めてや。とにかくこれからは俺はコソコソしないで先生に伝えて、ヒーたんは上半身隠して、先生は俺のこといじめんようにすればええんですよ。それでいいですやん。」

タライさんの言葉に私と先生が同時に笑った。確かにそうだ!そうしよう。

「ヒイロ」

家森先生がこちらを見てきたので、私ははい?と聞いた。

「……。」

聞き返したのに無言になっちゃった。それに心なしか先生が俯いていて元気がない。まあそうだよね。レシピ見てるって断ったのに本当は違うことをしていたのは私のいけないところだ。そうだ、

「今日のお昼のお弁当も作りますけど、今日の夜ご飯も作りましょうか?週末作れなかったから。」

「えっ」

俯いていた先生がパッと明るい顔になった。よかったよかった。例の引き笑いのBGMが林に響きだしているが、そんなことは関係ない。

「いいのですか?」

「はい。授業終わった後、もし家森先生が忙しくなければ……」

「僕は大丈夫です。場所は僕の部屋でいいですね?その方が目立たない。そうと決まれば部屋を掃除しなければ。またヒイロは3限、高崎は4限に会いましょう!」

ふふっと笑いを漏らした後に颯爽と白衣をひらひらさせて先生が職員寮へ向かって歩いて行った。タライさんはやるやん、と私の肩にポンと優しく手を置いたのだった。

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