スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第30話 高崎の秘密

この医務室での生活が始まってから1週間が過ぎた。私はカーテンの部屋の中でベッドのフレームに捕まりながら何度も歩く練習をしている。もう歩いても足や体に痛みはなかったが、運動していなかったので筋力が衰えていて足がプルプルと震えるのだ。

ウェイン先生は焦るな、と言ってくれるが私にはなすべきことがあるのだ。

早く自分の過去を知りたかった。出来ることならこの炎の魔法をコントロールする方法も知りたい。まあどうやって過去を探すのか、魔法のコントロールの方法を探すのかそれはまだ分からないけど……。

気がつくと私は立ち止まっていた。ハッと気づくと首を振る。
まあもし変に炎の力が自分の中で増大していってしまったらそれまでで、別に学園を去ればいいだけの話だし……何を深く考えているんだと頬をパンパンと叩いた。

すると医務室に足音が入って来た。もう隣の男性はとっくに退院しているのでこの医務室にいるのは私一人。その人物が私に用事があることは分かっている。
シャッとカーテンが開いたと同時に明るい声が部屋中に響いた。

「よう!ヒイロ!街へ行こう!」

「え?」

突然のタライさんの提案にピンとこなかった。彼はニコニコしながらベッドの側の椅子に座り、私の反応を待っている。街へ?一体何故だろう。

「どうして?」

「街の役所の前にある公衆電話から地上に連絡出来るんやけど、実は久々に彼女に電話しに行こうと思っててな!アンタ街行ったこと無いやろ?」

「行ったことは無いですけど……」

「なら一緒に行こうや!お店も見るとこもいっぱいあるから案内したるし、もう体の具合も歩けるぐらいになってきたんやろ?」

まあ確かにもう何とか歩けるし、それに街の様子は動画でしか見たことがないので一度行きたいと思っていたのだ!うんうん!私は笑顔で何度も頷いた。

「行きましょう是非是非!わあ楽しみだ〜!」

「おっ!じゃあ今週末行こか!一人で街行っても面白くあらへんもーん。まあまだ足の具合もあると思うからあまり街中歩かないようにして過ごそ。」

ああ、私のことを気遣ってくれた彼に私は笑顔で頷いた。初めて街へ行くことが本当に楽しみで嬉しくて今からワクワクしてしまう。街へ行ったらどこに行こう、何を見よう。

タライさんはワクワクしている様子の私を見て微笑みながら言った。

「それはそうと体の栄養的にはどうなん?俺の特製スペシャル天変地異ポーションのグレードはもう上げられへんで〜?」

「もう痛みはなくなりましたし栄養的にも大丈夫だと思います。毎日ちゃんとした食事とってますしタライさんの天変地異ポーションのおかげですね!」

タライさんの作ってくれた特製スペシャル天変地異ポーションのおかげで左足の傷も早く塞がりギブスも取れ、骨も元通りになった。まだ動くと少し痛むけど、日常生活的には問題ない。このポーションは本当に凄いと思うし、それを作るタライさんも凄い!私が感謝するとタライさんはニヤニヤとした後にこう言った。

「まあ俺のポーションもやけど……家森先生のお陰やろ?」

「違います〜!そうかもしれないけど……」

それを聞いて今までのことを思い出してしまった。今日までのことを思い出してつい目を逸らすと、私を不思議に思ったのかタライさんが見つめてきた。

そうなのだ、特に家森先生はこの一週間とても私に構ってくれている。それまで彼が私にしてくれたことを思い出しながら私はタライさんに話し始める。

「……実は最近、家森先生が毎日の様に来るんです。」

タライさんは椅子をもう少し私寄りにずらして、話を聞く姿勢になった。

「え?毎日来るん?あの家森先生が?あの……家森先生が?」

「うん……おかげで治療も食事のお給仕も、勉強まで毎日助かっていますけど、そんなに責任覆う必要ないのに……」

家森先生やタライさん以外にも、私が起きたと言うことを聞きつけたのかジョンやエレン、ケビン、ベラ先生がお見舞いに来てくれた。ベラ先生なんか私を見た途端に抱きついてきてちょっとびっくりしたものだ。なんだかんだ人と人の繋がりがあって感謝した。

そう、そして家森先生はあれから毎日来てくれている。日によっては先生が点滴交換をする時もあった。と言うことは最初は気にしていた有機魔法専攻の生徒達にももう御構い無しで、開き直ってここに来ているのだろうと思った。

左のふくらはぎの抜糸も家森先生がした。なるべく集中したいので話しかけないでください、と言いほっそいハサミを握った時は不安で仕方なかったが、私が枕を顔にかぶせてぎゅっと握りしめて待っていると、はい終わりです。といつのまにか終わっていた。

その素晴らしい腕を知った私は、本当に凄いです!お医者さんとして食べていけますよ、と先生に言うと、ふふ、そうかもしれません、と微笑んでくれた。

スプーンで私の口へ食べ物を運んでくれるというお給仕も、時間によってはしてくれた。別にもう大丈夫なのに、僕がしたいからと言ってしてくれたのだ。

更に、受けられない授業の遅れ分の勉強も教えてくれたのだ。自分が受け持つ、光魔法学や有機魔法学、通常実践魔学以外にも、シュリントン先生が担当している炎魔法学や獣扱学まで教えてくれた。「僕も深くは知らないのですが分からないところは一緒に調べて行きましょう」と、とことん付き合ってくれたのだ。

ある時、ベラ先生がテキスト片手に私のベッドの部屋に来てくれたが、先にいた家森先生が魔工学の本を片手に私と勉強している姿を見て、無言でシャッとカーテンを閉じて帰ることがあった。

その後は家森先生がベラ先生が作ったようなプリントを手にして教えてくれるようになった。どうやら彼に話を聞けば、私を看病したいという家森先生の気持ちをベラ先生がみ、職員室で家森先生が隣の机に座ると「今日の授業の分の資料よ」と家森先生に渡すようになったらしい。

正直ちょっとだけベラ先生が来てくれてもいいのにと私は思ったが、家森先生が根気強く私を色々と支えてくれるので、私は彼に甘えることにした。

しかし、日に日に段々と目の下が青黒くなる家森先生を見てるとさすがに私も心配になってきて、もう大丈夫ですからお願いします休んでくださいと先生に言うと、お言葉に甘えてとそのままベッドのテーブルに突っ伏して寝てしまうこともあった。

以前の食事会での家森先生を思い出すと私はクスッとしてしまったけど、それほど疲れてるのだと思うともっとちゃんと横になって欲しくて、どうにか私のベッドに寝かせた。

自分のベッドでスヤスヤ眠っている家森先生を見つめながら、なんだか、自分のことでここまで先生にさせてしまって悪い気がしたが、家森先生はとても責任感のあるすごくいい人だと私は思ったのだった。

この一連の話を真剣な顔でタライさんに話すと、彼はため息をつきながら私に諭す様に言った。

「あのさヒーちゃん。俺間違えてるんかな?」

「何がです?」

「多分それ、家森先生の愛よ。」

「生徒愛?」

「もー!なんでやねん!アンタの鈍感さは麻酔レベルやな!」

頭をガシガシ掻くタライさんを見つめながら私は何が鈍感なのか考える。生徒愛でないのなら何か。もしかしたら家森先生は私のことが好きなのかもしれない。

いや、そんなことあるのかな……マリーの様な可愛い子から好かれて、わざわざ私を選ぶなんてことあるのかな。タライさんはため息交じりに言った。

「そんなん、そこまで全て普通の生徒にするわけないやん!普通に愛やで。」

「そうなんですか…?でも別に好きとは言われてませんよ?」

私は困った顔でタライさんを見る。彼はニヤニヤとしている。

「好きって言われないとわからない感じ?「そうですね」

私が即答するとタライさんは遠い目をして頷いた。

「……ん〜じゃあしゃあないな。それならそれでええ。」

だってそうなのだ。マリーがいるもん。それをタライさんに言うことにした。

「それにマリーがいるじゃないですか「あんなあ、マリーなんか自分が家森先生のこと好きなだけやんか!ヒーちゃんここまでされても家森先生の愛をまだ感じられんの!?」

「まあそう言われてみればそうかもしれないし……私も勿論とても感謝しているし……」

タライさんは満足した表情で頷いた。

「せや、それは先生の愛や。もうかれこれ家森先生と3年の付き合いやからね!俺が言うんやから間違いないよ!」

そうなのか……家森先生は私のことが好きなのかもしれない。でもだからと言ってどうしたらいいんだろう。過去の記憶が無いまま、万が一その先へ進む様な展開が訪れても躊躇ちゅうちょしてしまう。

まあそうであると決まった訳ではないし、とにかく今は体に筋肉を付けよう。そう思って私はベッドから立ち上がると椅子に座っているタライさんがじっと見つめて来た。

「まあとにかく、今は早く街に行きたいから練習します!」

と私が歩く練習を始めようとした時、つるりと床の上で足を滑らせて体勢を崩してしまった。

咄嗟の反応でタライさんが崩れ落ちた私を抱き受けてくれた。なので二人で抱き合うような姿勢になってしまった。

「お!おお!?ヒーちゃん大丈夫か!?」

「わあ!?すみませんー!」

早く立とうと足の位置を整えようとするけど、足にうまく力が入らなくてどこか手で捕まろうとしてもうまくいかない。それに気付いたのかタライさんは私を抱きながらキョロキョロし始めた。

「ん〜どうしよか!なら俺一回ヒーちゃんのことベッドに置くよ?ええ?」

「ん〜お願いします!」

二人で笑いを漏らしながら、タライさんは何とか下から抱き支える体勢に変えて、おりゃと私をベッドに倒してくれた。

ちょっと怖かった私がタライさんのことを抱きしめたままだったので、タライさんは私に覆いかぶさるように一緒にベッドに横になってしまった。

やっと互いの重圧から解放されてタライさんは、私の上ではあはあっと息を荒くし、私もヘェヘェと言っていた。もうこの状況は何なんだろうと彼も思っているのか我々は笑い合っている。

その時、シャッとカーテンが開いた。

「なっ…!?」

ハッとして私とタライさんは同時にカーテンの開いた方へ振り向いた。そこには片手に白衣を抱えた家森先生が立っていたのだ。彼の瞳孔は開いていて、何故かタライさんを凝視している。

タライさんは素早くベッドから立ち上がり、笑いながら「ちゃうねんちゃうねん!誤解や!」と繰り返す。

私も両手をつきながら座る体勢になった。誤解って何を誤解されているんだろうか。もしや今ので私とタライさんが付き合っていると思われたのだろうか?……いや、まさかこれしきのことでそこまで関係を疑われるなんて、それは無いでしょ!タライさんったら大げさなんだから!

「タライさん、そんな誤解しないから大丈夫ですよ!ねえ家森先生?」

と笑顔で言ったが、家森先生の表情は彼の周りにオーロラが出そうな程に冷えきっていて私も言葉を無くした。

「……果して誤解でしょうか?ベッドの上で仲睦まじい様子でヒイロに覆い被さっていて、理由は一つしかないのでは?」

え!あれ?これっぽっちでやっぱり付き合っていると誤解されているの!?

ベッドの上で一緒にゴロゴロしたら付き合っていると思われるのか。そう言う知識がすっぽ抜けているからピンと分からなかった。

私が驚いているその間にも家森先生はジリジリとタライさんに近づいて行き、彼のことを至近距離で睨んでいる。

そんな姿を初めて見たっぽいタライさんは笑いを堪えきれずに、手を振りながらちゃうちゃう言っている。

「高崎……お尋ねしましょうか。今何をしていたんです?」

家森先生の無表情が怖い。あといつもより低い声も怖い。

「何って、ヒイロちゃんが立った時に床に転びそうになったので、俺がその椅子に座ってたから彼女のことを下から支えたんですー。それで体勢よう取れなくなって仕方ないから一旦ベッドにヒイロちゃん置いたんですー!それだけですって!」

「それで、さっきのような体勢になりますか?」

「なるなる!なるって!なるしか言えへんやん!なったんやから!……もう先生妬かんといてくださいよ〜!」

ギュン

なんとその時、家森先生が自分の革靴でタライさんのスニーカーの足を思いっきり踏んづけたのだ。

何が起きたの!?私は何も理解が追い付かない!もっとドラマチャンネルで人間付き合いについて勉強しておくべきだった!アニメチャンネルでおしゃべりする機関車を見ている場合じゃない!

「いっタァ!何しはるんや!体罰や!」

タライさんは足を押さえながらぴょんぴょんと飛び跳ねて訴えるが、家森先生はその様子をみてはニヤリとしているだけだ。

「妬く?誰が、いつ、誰に対してですか?高崎」

このままではタライさんが家森先生に大変な目に遭ってしまうかもしれない。よく事情は分からないけど、先生は私とタライさんの関係のことを心配しているのかもしれない。そうだ、私からも話そう!

「タ、タライさんの言う通りですよ!私が転んでしまって、タライさんが受け止めてくれたんです!これは本当ですし、私はタライさんのこと別にアレですし」

「アレってなんやねん!ちょっとぐらい良く言えや!……あっ」

折角援護射撃したのに、どうしてタライさんは私に突っかかってきたのか。もう全くどうしたらいいのか分からない。しかし家森先生は落ち着いたのか、眼鏡を人差し指で調整した後に静かに話し始めた。

「……それなら2人の言うことを信じましょう。しかし僕にはいささか理解できません。あんな…」

家森先生の思考が止まっている。私とタライさんはちらっと目があった。きっとタライさんも見たことのない先生の態度に戸惑っているのだろう。そんな空気が流れている。家森先生を安心させようと思っているのか、笑顔の消えたタライさんは言った。

「せやからほんまにちゃうんです!なんでヒーちゃんとこんなとこでせなあかんねん……もう折角、あの家森先生がここまでなってることですし……俺なんとか安心させるようなこと言いたいけど……俺」

え、まさか。

私はタライさんが言おうとしていることを察して、「タライさん、ダメ」と言った。家森先生がタライさんのことを見つめている。

「俺……実は彼女いますんで!」

これはまずい。私は両手で口を押さえた。

どうしてそこまで話す必要があるのか!?私は何度も首を振ってタライさんにどうか話さないように訴えた。家森先生がタライさんを見つめながら聞いた。

「そうですか?あなたはこの地下世界に来てまだ3年ですね。彼女は誰ですか?」

淡々と質問する先生にタライさんは話し始めた。

「彼女は先生の知らん人です。」

「僕の知らない人となると街の人ですか?しかしあなたは普段学園にいる人間だ。もしや……あなたが頻繁に街へ通っていたのは、彼女さんに電話する為でしょうか?」

「そうです……彼女は地上にいます。」

タライさんが静かな声で言った。それは初めて聞いた、低く響く、かすれた声だった。家森先生は無言で少し考えた後に口を開いた。

「分かっているでしょうが我々は…「分かってます!分かっててそうしてたんです!悪いんは全部俺や」

そう言い残すとタライさんが走ってカーテンの向こうへ出て行ってしまった。

「タライさん!」私は叫ぶ。

「あなたも知っていたんですね、悪いことと分かりながら高崎が地上の人間と交際していたことを。」

私は初めて家森先生に睨まれた。そうくるなら私だって睨み返す。

「はい……ですが、それがそんなに悪いことだとは思いません。彼女さんが地下世界に今後来て、魔術が使えるようになれば一緒じゃないですか!私は、私のことを支えてくれたタライさんのことただ応援しているんです!」

そう言い、ベッドから立ち上がりタライさんを追いかけようとした。しかしさっき転んで挫いた足はビッコを引き、一歩一歩がおぼつかなかった。こんな時に思うように動けず、前に進めない自分が情けなかった。

「どこへ行くんです?」

先生の声を無視してカーテンまで行ったところで体勢を崩し転びそうになったが、家森先生が咄嗟に後ろから支えてくれて、床に頭を打つことは避けられた。ゆっくり先生にアシストされながら私は床に手をつく。床にはポタポタと目から零れた。

「あなたはまだ、ベッドにいるべきです。僕に捕まってください。」

先生が私をベッドに連れて行かせようと、私の脇に手を入れて支えようとしてきたので私は振り払った。そのまま自由に動かせる二本の腕だけで床を這って移動する。

このままではいけない。だからタライさんのところへ行きたかった。

「やれやれ……」

私の肩に手が置かれた。私は鼻をすすりながらポロポロ涙を流して、近くで立っている家森先生を見つめる。

私のせいでタライさんが彼女さんのことを話す羽目になってしまった。人の心は難しい。今の私では何が起きているのかもはっきりと理解出来ないまま、大切なタライさんがただ苦しむ結果になってしまった。それも悔しかった。

「……僕が高崎のところへ行って話して来ます。あなたはここで休んでください。」

「でも、でも」

私が声を出しながら泣いていると家森先生はしゃがんで、私を見つめながら言ってくれた。

「彼らを無理やり別れさせようとは思いません、結婚するわけではないのですから。ただ話すだけです。それと疑って悪かったと…。」

私はその言葉にようやく納得すると、家森先生に支えられてベッドに戻った。

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