スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第28話 お見舞い

体力も回復してきて長い時間目を覚ましていられるようになると、なんとベッドまで食事が運ばれてくるようになったのだ!わお!これは素晴らしいサービスだ!毎食ごとに違うメニューなのも素晴らしい!

そして食事は決められた時間に運ばれてくる。夕方は18時だった。
有機魔法学の専攻なのかいつも同じレッドクラスの女性がベッドの上のテーブルにコトコトと食器を並べてくれる。

赤いカーディガンの中に看護服を着ていて金髪の長い髪の毛は後ろで一つに結われている、小顔ですらりとした体つきの優しそうなお姉さんだ。

私は自分の食事を運んでくれた彼女に礼を言った。彼女がカーテンから出て行くのを待ち、完全に閉められたのを確認してから右手でスプーンを持った。

今日のお夕飯は卵の雑炊と茹でたササミと野菜の胡麻和えと、オレンジのような果実が3つほど小皿に乗っかっている定食だ。こんなに色とりどりの野菜、しかもお肉もついている。そしてオレンジのおまけまで付いている!!なんとまあ贅沢極まりない究極の宴だ!

おっと……つい鼻息が荒くなってしまった。まだこの部屋には私以外にも人がいる。カーテンで仕切られただけの個室だ、音は容赦無く漏れ出てしまう。今だって、前からも隣からもかちゃかちゃと食器の触れる音が聞こえている。

因みに今、前と隣は家族っぽい人が来てるみたいだけど斜めはいない気がした。ここで治療を受けている間、私以外の彼らを見舞いに家族の方々が度々彼らを訪れているのが分かったけど……勿論私のところへは今の所タライさんとウェイン先生しか来ていない。

私の家族も何処かにいるのだろうか。ちょっとこういうときに一人ぼっちの状況に切ない気持ちになってしまう……が、そんなことはこれで解決するのだ。私の目の前に広がる素晴らしい食事。もうこれで何も言うことは無い!

いただきます、と誰にも聞こえないような小声で言うことにした。
そしてスプーンで先に雑炊を一口食べ、ボイルされた野菜を食べた。お肉と野菜を同時に食べられる。ああ生きていて良かったと心から思った。

そしてこれこれ……クックック!オレンジだ。いい匂い〜。

3個ちょこんとお皿に可愛らしく乗っているが、どうしようか。オレンジには皮がついた状態だ。どうにかひとかじりすれば前進すると思い、オレンジを掬おうとしたがうまくスプーンに乗らない。

野菜は簡単に乗ったのにと何度も角度を変えて挑むが、オレンジは乗らない。コロコロと転がりながら私のスプーンを華麗なステップでかわしていく。

とその時、足音が廊下の方からこの医務室に近づいてくるのが分かった。

コッコッと革靴の音が響いている。あーこりゃきっとウェイン先生だな。点滴がどうとか言って。

それにしても強敵なオレンジだ。私は思い切って割って食べようと試みることにした。するとそれはツルッと小皿から飛び出してしまったのだ!オレンジはボトッと床に落ちた。

(あ〜〜〜〜!)

なんてこった!大口を開けて床に落ちてしまったオレンジを見つめる。どうする?ひろうか?そうだよね、床に落とした状態をあの小綺麗なお姉さんに見られてふふっと笑われるくらいなら、どうにか拾って何事も無かったかのようにこの食事を終わらせたい!

私は何とか自力でオレンジを拾うことにした。しかし右足はギブスで固定されていて、オレンジが落ちた方向も右側だ。左腕は三角巾で固定されている。

この状況、中々厄介だった。もしかしたら寝そべって点滴の右腕でギリ取れるかもしれないと思いつくと、ベッドのテーブルを下にスライドさせてから挑戦することにした。

すると革靴の足音が部屋に入ってきた。カーテンに写る人影を見た限りでは、ウェイン先生より少し身長が高い気がする。ああ、きっと誰かのお父さんだな。それよりもこのオレンジだ。

寝そべって右手を力一杯伸ばすがオレンジに届かない。もっと右に身体を出さないと。

「入りますよ?」

誰のカーテンの部屋に入るのか言いなさいよと思ったが、どうせ私ではないだろうとオレンジに手を伸ばす。

シャッ

なんと開いたのは私のベッドのカーテンだった。
そこには白衣姿の家森先生が立っていた。

床に落ちたオレンジを身をずらしながら必死に取ろうとしてる私の姿、それを見て彼は何を思っただろうか。

髪は乱れ顔はスッピンで、まるで歴史チャンネルの落ち武者みたいになってる私のこの姿を見て……彼は何を思っただろうか。

家森先生がぽかんと私を見つめながら聞いた。

「……な、何しているんです?」

そう聞いた後に先生はカーテンを閉めて私の方へ近づいて来た。私はその姿勢のまま先生をただじっと見つめている。

「何って……オレンジですよ。」

「ふっ」

家森先生が笑いを漏らしながら側にあった椅子をベッドの近くまで持ってきて座った。手に持っていた魔道書をサイドテーブルに置いて私に微笑みながら話しかけてきた。

「あなたはあんなにボロボロの体で一週間も目を覚まさなくて、昨日は少しの間しか起きていられなくて、今日はまだご飯も食べられないだろうと様子を見にきたのですが……ふふっ、僕の予想の遥か上をいくヒイロの行動に思わず笑ってしまいました。」

そっか、それは良かったのかもしれないですね。しかし今の姿を見られてしまった……その後悔は結構大きなものだった。そんなことを考えていると家森先生はサイドテーブルのティッシュをサッサッと引いて、床のオレンジを拾って包んだ。あっ?

「あっ?」

私は家森先生の手元を凝視していると、それに気づいた先生は首を振った。

「床に落ちたものは食べないでください。」

そう言ってゴミ箱に入れてしまったのだ。あーと残念そうな声を漏らすと先生は笑いながら、まだズレたままだった私の体をベッドの元の位置まで戻してくれた。

「……まあそうですよね。ありがとうございます先生」

いえと応えて、先生は下の方にズレてしまったベッドテーブルを私の手の届くところまで戻してくれた。そして側で座りながら私の方を見つめている。

え?この見られてる状況で食べるの?私の戸惑いを先生は察したのか声を掛けてくれた。

「どうぞ、僕に気にせず食べてください。」

「そうですか?じゃあ……いただきますね」

そう言うと少しさめた雑炊を口にした。うん、おいしい。おいしいけどちょっと恥ずかしい。すると食べる様子を見ていた家森先生が私に尋ねた。

「おいしいですか?」

「おいしいです。んふふ。」

そう、と呟いてじっと私が食べる様子を眺め始めた。まあいいやと思い右手でガツガツ食べ始めるとその様子も先生はじっと見ていた。

そして奴にリベンジをする時が来た。もう一個オレンジをスプーンですくい口へ運ぼうとする。ここまでは順調だ。

するとかじる一歩手前で先生がこちらを見つめて微笑んでいるのがわかった。なんかもう集中出来ない。私は先生に聞いた。

「なんで笑っているんです?」

オレンジを一回皿に戻しながら聞いた。笑っていると言われて彼自身は自覚してなかったのか家森先生はすぐに真顔に戻り、深呼吸してから聞いてきた。

「今、僕は笑っていましたか?」

「それはもう」私は即答する。

「なら、あなたが食べている姿を見て笑ったのかもしれない。」

「えっ」

なんで……と言おうとしたがその前に先生は少し腰を浮かすと椅子をよりベッドの近くに移動させて座った。そして私の手からオレンジの乗ったスプーンをさっと取りあげてしまったのだ。

え?なんで奪うわけ?欲しいの?

私が怪訝けげんな表情をしていると家森先生が言った。

「ほら口を開けて。」

意味を理解して私は驚いた。それにかなり恥ずかしくなって顔が一気に熱くなってしまった。

「いやぁ……それはちょっと。」

「自分でやればまた地面に落としますよ。この方が効率的です。」

「効率はいいけど………じゃあ一口お願いします。」

もう試しに提案を受けることにした。そう、人生は何事も経験なのよと、以前ベラ先生が風魔法学の授業の時に嫌がるマーヴィンに向かって風の刃をぶつける前に放った言葉を思い出したからだ。

先生が手を使ってオレンジの皮を剥き終わるのを確認してから私は口を開けた。家森先生の手がゆっくりと近づきオレンジを口の中に入れてくれた。

んー!口いっぱいに広がる柑橘のハーモニー!噛み締めながら微笑んでいる私の笑顔を見て先生も笑顔になってくれた。なんだろう胸に広がるこの甘い瞬間は。これは多分オレンジのせいではない。

「ふふ、美味しいですか?」

「美味しいっす。」

噛むのを優先してうまく話せなかった。
美味しいに決まっている。この学園に来てから2ヶ月間、朝昼晩を干し肉で過ごしていた。体重は減ったがダイエットになったといい方向に考えて来たけど、毎日続く同じ味にいくら肉好きの私でもギブアップ寸前だった。

どうしても我慢出来ないときはタライさんと食堂でカレーを食べた。そんな生活の中で野菜、ましてや果物などそうそう口に入れることは出来ない。それに今は何故か家森先生がお給仕してくれた。だからこそこのオレンジはこの世で一番美味しく感じられた。

私は満足して先生にスプーンを返してもらうよう右手を伸ばしたが、先生は私の左手の三角巾と右腕の点滴チューブの差込口を見てから、私の右手の届かない位置にスプーンを持ち上げてしまった。

「次はどれです?」

「え!?悪いです。もう大丈夫です。他のは自分で食べられますから」

「構わないよ。僕がこうしたい。ね?」

これはなんという状況なのだろうか……きっとマリーがこれを知ったら私をボコボコにすること間違いなしだ。そして隣や前でさっきからシーンとしている彼らもいつもと違う家森先生の態度や敬語でない言葉に何か思うものがあるのだろう。

はぁ〜〜〜、私は深呼吸をして先生の目を見る。眼鏡の奥のダークブラウンの瞳と視線が合う。

まあでも、ここで助けてもらっても別になんてことないか。きっと私に家族がいないから生徒想いの先生がこうしてくれるんだ。そう思った私はお言葉に甘えて助けてもらうことにした。

「じゃあ……オレンジをもう一口。」

「かしこまりました。」

白衣の袖を肘のところまで捲り上げた先生がオレンジの皮を剥いてスプーンに乗せて私の口にゆっくり入れてくれた。

「んー!」

「ふふ、とても美味しそうに食べますね。次はどれ?」

「次はじゃあ、雑炊。」

「はい。これくらい?」

「はい。んー!」

そうして家森にお給仕をしてもらい、楽しい夕食時間は過ぎた。

助けもあってスムーズに夕食を終えることが出来た直後に、スタスタと足音が廊下の向こうから聞こえてきた。時間からしてきっといつものあのカーディガン姿の女性が来てくれたっぽい。すると気配を察知した家森先生は咄嗟に立ち上がり、カーテンの入り口から背を向けて立ったのだ。

そしてカーテンを開けて私の部屋に入って来たいつもの女性は、白衣の後ろ姿を見て家森先生だとすぐ分かったのか一瞬目を丸くしてニヤリとしたけど、気にしないふりをして私の食器とトレーを片付けてくれた。

私はお礼を彼女に言った。いいのよ、と一言残した女性が部屋から出て行くと、振り返りいなくなったことを確認した家森先生が再び椅子に座った。今の一連の動き、一体どうしたのだろうか。隠れているように見えたけど……私は聞いてみた。

「先生、隠れたの?」

「まあ……彼女は有機魔法専攻の生徒ですから。少し隠れました。」

先生はなんとなくバツが悪そうな顔をした。そうか、確かに私にばかり気を遣っていると思われたらアレだもんね。ヒヒッとちょっと笑ってると先生に肩をトンと叩かれた。多分今のはツッコミだったっぽい。

「でも家森先生のおかげで食事がスムーズに出来ました、ありがとうございます。私のことはもう大丈夫ですから。」

私に気を遣ってしまっているのなら、もう一人では難しかった食事も終わったしあとは寝るだけだ。だからそう言ったけど先生は意外にも椅子に座ったままだった。

「そうですか。しかし次の見回りは21時の点滴交換の時です……それまでここにいてもいいですか?」

オゥ……いいけど?てっきり帰ると思っていた私は予想外の展開にちょっと戸惑ったけど了承した。まあ……一人でいても何もする事は無かったし。

しかし、残ってはいいと言ったものの何を話したらいいのか分からない。先生も先生で何故かちょっと静かになっている。なんで何も話さないんだろう。

しかもチラと目が合うたびにフッと逸らされる。この状況も謎すぎる。少しの沈黙の後、私の方から話すことにした。

「先生、ギブス。」

「はい?」

家森先生が私の顔を見る。

「これは先生がしてくれたのですよね?ギブスも縫合も。そんなことまで出来るなんて、とても驚きました。でもなぜそこまでしてくれたんですか?責任感でそこまでするのかなって……」

大きく息を吐いた後にゆっくりと彼は話し始めた。

「僕がしなくては気が済まなかったんです。正直、自分が総指揮を取っていた中、ここまでのけが人が出てしまい自分でも許せなかった。そしてあの時はとても冷静ではいられなかった。きっとその時自分にできる最大限のことをしようと暴走してしまったのだと思います。」

第三者を語るかのように話してくれたのはちょっと恥ずかしいからなのかもしれない。そっか、家森先生はそんなに責任感の強い人だったんだ。

それに後からタライさんに聞けば、肝心のシュリントン先生は慌てるばかりで何もしてなかったらしいし……この怪我だって別に家森先生の責任ではないと私は思う。

「そうだったんですね。先生は責任感がとても強いんですね。」

「そうかもしれません。」

「それに家森先生が指揮をしてくれたので皆生きていたんだと思います。だから、自分を責めないでください……という私のお願いです。」

私の言葉に家森先生は少し思案顔になってから微笑んだ。

「そうですね、ありがとうヒイロ……しかし深く追求しないところが素敵だ。」

「え?」

ありがとうヒイロ……の後がボソボソと小さい声だったからもう一度聞き返すと先生は笑って首を振った。でも実際はギリギリ聞こえていたけれど、意味が分からなかったのでもう一度聞いたというのもある。

「なんでもありません。ふふ」

その後も私は縫合するときの方法やこれからのリハビリ方法をじっくりと説明してもらった。少しでも早く回復して、この心の奥に眠っている力を調べたい。

いつの間にか21時の見回り時間になっていたことが分かると私は慌てるように家森先生に出て行くよううながした。

家森先生はそこまでしなくて大丈夫ですよと言いつつ、授業で使ったサイドテーブルの魔導書を脇に抱えて立ち上がった。

他の部屋に気遣って「おやすみなさい。」と声を出さずに先生が口を動かしたので、私も同様に返した。先生はカーテンをゆっくり閉めてコツコツと音を立てて医務室から消えていった……その足音で多分みんなも分かるんじゃないのかな。

その5分後くらいにいつものお姉さんが来てカーテンの中に入ってきた。彼女は私の点滴のポーションを交換しながら、まだ起きている私の様子を伺った後に質問してきた。

「さっきここに居たのって家森先生ですよね?大丈夫です。後ろ姿で100パー分かります。」

「……ですよね。」

そうだよね、ここの学園で白衣を着ているのは家森先生か医務のウェイン先生しかいない。二人には体格差があるし髪色だって違う。特に家森先生の茶銀の髪色は珍しいので、そりゃ後ろ姿でも分かるだろうなと私は苦笑いした。

「家森先生はお見舞いに来ていたのですか?あ、私グレースです。」

グレースさんはペンでバインダーの紙にチェックを入れながら私に興味津々に聞いてきた。

「お見舞い、と言えばそうですね。こんなになってしまった私に悪く思ってるそうです。」

「そうなんですか。いやぁ……ちょっといいですか?」

グレースさんのペンの動きが止まる。そして私の耳に口を近づけてきたので私も耳を寄せた。

「家森先生ってやっぱり生徒と付き合うこと多かったんです。まあ聞く話だといっつも生徒の方から告白されるみたいだけれど」

小声で話し始める彼女に、うん、うん、と相槌を打つ。

「もう昔のことだけれどそのうち何人かは栄養不足だったり怪我だったり、何かあってここに入院したことがあるの……まあ彼女達は気を引きたかっただけじゃないかって有機専攻の生徒達の間で話が出てたけどね。」

「ふーん。」

気を引きたくて入院か……それもすごい話だけど。

「でもね、今までだって家森先生は自分の彼女が入院しても一度もお見舞いになんて来たこと無かったのよ?ねえ、あなた何者?」

グレースさんは笑いを漏らしながら肩をぽんと優しく突いてきた。何者と言われても……きっと。

「きっと」私は口を開く。

「先生、年取ったからですよ。私は彼女じゃないけれど生徒としてすごく責任を感じてるみたいだから。」

「ヒイロちゃんの考えは先生が年取ったから丸くなった的な感じね、なるほどね。私はちょっと違うと思うけど」

考えを譲らないグレースさんがちょっと面白くて二人で静かに笑って、もう一度念を押してグレースさんが彼女じゃないの?と聞いてきたので私はすぐに否定した。

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