スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第27話 カーテンで括られた部屋

目を覚まして欠伸あくびをする。この体感したことのない気怠けだるさからして、きっとまた長い間寝てしまった気がする。

するとぼやける視界の右のほうに人影が急に映った。ベッドの隣で立っていたのはタライさんだった。何やら点滴をじっと観察しては手に持っているバインダーに書き込んでいる。私が目を覚ましたことに気付いてこちらを見て彼はパッと笑顔になった。

「おお!起きたか!おはよ。」

今日は紺のチェックシャツにゆったりとした黒いサルエルパンツを履いている。そのファッションはちょっとどうなんだろうか……ふふ、まあ似合うけど。

「どう、調子は?って見る限り満身創痍やけど。」

そう言って彼は笑い始めた。いつもと変わらないタライさんに少し安心感をもらうことが出来て私も笑みをこぼした。

「あー……」

何か言おうと思ったけど喉が渇いてうまく言葉を発せられず、唾を飲み込んだらちょっと喉が痛くて目頭に力が入った。

その姿を見ていたタライさんがサイドテーブルに置いてあった瓶から水を紙コップに注いでくれたので、私は自由のきく右手で受け取ろうとしたが、彼が首を振って私に動かないようにジェスチャーをしてきた。

「ええよ、あんたは動かんで。飲ませたるから。」

タライさんが私の口元までコップをもって来てくれた。なんて優しいのだろう。紙コップからごくっごくっと水を飲んでいるときに、ふと彼の痩せててゴツい骨つきの手が視界に入る。

左手の人差し指には太めのシルバーリングがはめられている。それは彼がいつも着けているものだ。彼の手からはふわっとタバコのほろ苦い匂いがした。

ああ、おかげさまで喉が潤った。

「タライさん、ありがとう。」

私の言葉にコップを置きながら、うんと反応してくれた。彼はそばに置いてあった背もたれのない木製の椅子をベッドのそばに置いて、それに座った。

「それで、怪我はどんな状態なん?」

どんな状態……私にも分からない。ただ、起きたらこうなっていただけで。

「詳しくは私も分からないですけど……昨日起きてもう一度寝たら今日でした。」

「あっ、昨日起きたんやー。確かにそう聞いたわ。そうだよね、こんな状態じゃそうそう回復しないよねー。」

私の目を見てタライさんが一呼吸置いてから話し始めた。

「あの日、ヒーちゃんがドラゴンを撃退してから正門がようやく開くと、あんた正門の方を見つめたままぶっ倒れたんや。そっから家森先生が駆けつけてヒーちゃんを抱えて、俺は門のところに倒れてたベラ先生抱えて医務室に運び込んだんや。」

「あっ!」

そうだ!ベラ先生は!?私が気付いたように声を出すと、タライさんが察してくれた。

「ベラ先生は大丈夫や。最初意識は無かったけど強い衝撃によるものだったらしいし、少しひたいを縫ったけど他に怪我してなかったよ。その後治療中に気がついて、生徒は無事なのか何度も聞いとった。でもあんたの姿見たときは涙流しとったよ。」

そう言ってタライさんは何故かはふふっ、ふふっと笑い始めたのだ。今の話のどこにそんな面白い要素あったの?奇怪な言動の彼を睨むと、ごめんごめんと手を合わせてきた。

「んでな、その後……俺は有機魔法専攻の子たちと一緒に医務のウェイン先生の手伝いしとったんや。他にも大なり小なり怪我した人たちで医務室がゴッタ返してたからそれでも全然人手が足りなくてな。ほらこのポーションも俺が調合したんやで?」

そう言ってタライさんは私の腕と繋がっている頭上のポーションの入ったグラスを指差した。

「ええ!?これタライさんが作ったの!?すごい!」

「まあねっ伊達に3年在籍してるからね〜!」

得意げに大げさに顎をしゃくれさせて何度もドヤった顔をしてきたのでふふっと笑ってしまった。しかし彼は何故かまた私以上に笑い始めたのだ。一体どうしてそんなに笑うことがあるのか、私は不思議で仕方がなかった。

「ふふっ!そう何やったっけ……、それでそうそう!俺もうわろってもうたで!ちょっとごめんなふふっ。ちょっと息を整えな話せんわ……ヒヒッ!」

何かその時のことを思い出したのか肩を震わせながら、ひひっとタライさんがずっと一人で笑っている。

なんかそこまで一人で笑われると別に何もおかしくないのに私まで笑いそうになってしまう。何ですか?ねえ、何ですか?と何度も聞いて、その話の先を気にしていると息が落ち着いてきた彼がやっと口を開いた。

「……家森先生がな、ずっと付き添っててん、ププッ」

「……え?」

タライさんはヒヒッとまた笑いのツボに入っている。家森先生が付き添ってくれた?どういうことなんだろう。彼は続きを話し始めた。

「だからずっと一緒におったんやて!あんたにずーっとやで?医務室ごった返して狭いのにさ、ギブスはつけるー縫合するー言うて!」

「えっ!この傷の手当ては家森先生がしたのですか!?」

私は驚いてふくらはぎの縫い目を見る。見事に綺麗に傷が縫われていてウェイン先生すごいと思っていたあの傷だ。それは家森先生が処置してくれたものだったの!?驚きと訳の分からなさに言葉を失う。

「せや!ウェイン先生がさ、ベラ先生の治療の後にヒイロのことやるから待ってて言うてんのに勝手に始めてん。医師免許ならもってる言うて。ヒッヒッヒ!もう何なん?」

「えー…」

そうか……家森先生は有機魔法学の担当をしているし医師免許持ってたんだ……だからいつも白衣なのか?それは違うか。タライさんは肩を震わせながら続きを話し始めた。

「もうね、それはもうべったりやったよ。俺がこのポーション配合したら薬草の配合率を教えろとか言うし、もうめんどくさいわー思ったわ~。何なんあんたら付き合ってんの?ヒッヒッヒ!」

えええ!?何言ってんの!?私は思いっきり首を振ると彼はお腹を抱え出して笑い始めた。

「付き合ってないんやろ!?こりゃおもろいでー!……ハアハア、あれは付き合ったら束縛するタイプやな。」

タライさんは落ち着こうと胸を何度も撫でながら、サイドテーブルの引き出しからもう一つ紙コップを取り出して水を入れて飲み始めた。

確かに家森先生は私につきっきりだったのかもしれないけど、きっと先生として心配だったんでしょ?……でもあの時、門を何度も叩いて私のことを助けてくれようとしたことは嬉しかったけど。

笑いの治ってきたタライさんは飲み終えた紙コップをぐしゃっと握りつぶしてゴミ箱に捨てて、私の方を見つめてきた。

「まあアンタはさ……もう文字通り束縛されてるで。この足なんか家森先生にギブスつけられて!ヒッヒッヒ!ホンマおもろい!」

ギブスを指差しまた笑い始めたタライさんの肩を私が軽くどつくと、また彼はお腹を抱えだした。私だって好きでこの状態に陥ったわけではないのだ。

でもそうか。家森先生は私に付き添ってくれて足を縫ったりギブス付けてくれたりしてくれたんだとタライさんの話を聞きながら理解したけれど……実際にはまだ会っていない。

「でもまだ目を覚ましてから先生には会ってないんです。」

「えっ!そうなん?まあー気を失って1週間経ったから絶望視したんやろ。ヒッヒッヒ!」

「ちょっ、笑わないでくださいよ!絶望視って何ですか!」

私はまた彼の肩をどついた。まだツボに入っているらしい。そんなに面白いか?

「ゴメンゴメン、ほら俺ブルークラスやろ?担任あの人やん!せやからもーヒッヒッヒッヒ!」

まあそれは確かに、いつもとは違う姿は面白いかもしれないけど。

「ほらさ、イケメンイケメン言われて女と遊び慣れてるイメージやし、いっつも冷静沈着やし、怒ると魔王みたいやし。そんな人がテンパりながら好きな女のギブス付け始めるのなんか見てて笑うやん!もう大変やったんやからな!」

「え?」

「え?」

……何を言っているんだろう、彼は。

「え?じゃないですよ好かれてませんよ。」

「好きじゃなかったらそこまでせぇへんやろ」

タライさんの笑いが治った。家森先生が私のことを好き?でも彼が特別な感情を私に抱いているとは思えない。今までの行動だって生徒愛だと思えば納得出来るし、メールだって聞けばマリーの方が私よりも先生とやりとりしている……タライさん考えすぎだよ。私は首を振りながら言った。

「いやいや、他の女生徒ほど家森先生と連絡してませんもん」

「なんなん?ヒーちゃん先生のこと気になってんの?」

「気にはなってませんよ!」

「えぇ~!?ほんとかな??」と、茶化すように横目で見てきた。

「もーう。今はそれどころじゃないんです。」

そうなのだ、炎の力が怖いし過去だって不明のままだし。今は家森先生がどうとかそういうことまで考えられないもん。私の表情に急に影がさしたのでタライさんが気になったみたいで首を傾げた。

「なんかあったん?」

「いいんです〜。」

話したらきっと私のことを怖く思ってしまうかもしれないから言わない。彼は少し考えた表情をした後にふーんと言うと、

「じゃあ何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね?俺もうそろそろ行かんと。ほんまに何か言いたくなったら遠慮せんと言うんやで?俺とアンタはもう友達やろ?」

と言いながらサイドテーブルに置いてあったバインダーと何かの鍵を持ち、立ち上がった。タライさんは茶化してばかりだけどやっぱり優しいところがある。私は笑顔で頷いた。

「タライさんありがとう。」

「おー!まあ何も細かいことは考えんで今はゆっくり休んどき。」

そう言って少し口角を上げた後にこちらに向けて手を振ってからカーテンを優しく閉めてくれた。

ああ、優しい人だなぁと思った。地上にいる彼女さんのことが、遠距離だけどちょっと羨ましいなぁと思った。

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