スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第9話 ベラと裏口で

食事会の翌日の朝はスッキリと起きられなかった。そりゃそうだ。あんなに夜更かしして次の日の朝にスッキリ起きられるとしたら……それはすごいよね!

寝起きの喉はとってもカラカラで、台所の水をグラスに汲んでそのまま飲んでみるとヒドく酸っぱくてブーッと吐いてしまった。

そうか……水道水って飲めないんだ。もう過去の記憶が無いから色々な場面で毎日毎日試行錯誤しなければならないし、生きてくのに必死!

ああ、喉が渇いて仕方ない。何かあるかなと思って冷蔵庫を開けると以前買った麦茶があった。これは学園内の売店で売っているものだ。

「ああ、おいしい…。」

このグリーン寮のボロボロの部屋でも住めば都、もう自分の部屋として落ち着く場所になり始めている。

そりゃそうだ。私にとってはここは実家なのだ。初めて住んだ場所なんだから。そして椅子に座り、休日の朝をゆっくりと感じている。

うーん。休日は予定がない。リュウは予定があるだろうし自分から何となく誘えず、タライさんもまだ知り合ったばかりでこちらからは誘いづらいし。

この辺はこの学園しかないし、どこか行くといっても学園内の何処かに行くしかない。

学校から支給された制限付きのパソコンしかないこの部屋で、やることといえば、予習復習の他に動画鑑賞ぐらいだった。

今日は何のチャンネルを見ようかな、そうだ。勉強のために恋愛ドラマを見てもいいかもしれないと考えながら鼻歌交じりに冷蔵庫を開け、干し肉を朝ごはん代わりに口へ放り込んだ。

その時、パソコンが鳴った。メールの着信だ。
見たことのないアドレスだったけどo-iemori.blueclass@...だったのですぐに送信者は分かった。こんな休日に何の用があるんだろうとメールを開いた。



*********



いつ職員寮の自分の部屋に戻ったか記憶にない。
ここまで酔ったのはいつ以来かそれも記憶にない。

堅い木製の床の上でバキバキの体をどうにか起こす。あまりの気だるさにうめき声が少し漏れた。帰ってすぐにこのリビングの床で、食事会の時の格好のまま僕は眠っていたらしい。

自分に呆れながらリビングのテーブルに置かれているPCを開くと、日付はもう日曜で時刻は正午を回ったところだった。

なるほど………貴重な休日なのに、大半を寝過ごしてしまったのかと何度も後悔しながら頭を掻いた。

床に落ちている眼鏡を拾って掛けて、冷蔵庫を開けて麦茶を取り出した。アイスコーヒーを買い忘れたなと思いながら、麦茶をコップに注いで口に入れると身体が一気に水分を欲した。ガブガブ飲んでしまった。

洗面所に行き、顔を洗う。顔をあげると洗面所の鏡には、ポタポタと水滴が垂れ、少しやつれた表情の自分が映っていた。

きっと自分の外見を好きになって一緒にいてくれる子が、こういった僕の姿を見たがらないのも理解出来る気がする。そのギャップに嫌われることも実際に多々あった。その時のことを思い出しながら濡れた顔をタオルで拭いて、ため息をついた。

たまった洗濯をし始めた。家中の掃除も。家庭的な面もあるのね、でもしないでほしいわ、と言う元カノの言葉が頭の中を過ぎる。

でも、掃除は好きだ。心がきれいになる感じがする。
洗濯も、洗剤の匂いが好き。

一通り家事をし終えると、お腹の虫が鳴ってしまった。昨日の食事会は飲んでばかりで実は殆ど食べていない。何かあればと冷蔵庫を見たが何もない。

今おなかはスッカラカンだ。そのせいかかなり目眩がする。
お腹が空いて力が出ない……どこかで聞いたセリフだと一人笑った。

ふとヒイロのことが頭の片隅によぎる。
何も食べない状態で家事しなきゃよかったと後悔しながら、ふらふらな足取りでPCが置いてあるテーブルに向かった。

職員専用のサイトを開いて、学園の生徒欄からグリーンクラスの彼女の情報を確認し、アドレスを入手してメール作成した。

この地下世界、不便なことに電話は電波規制の対象で使用が限られている。生徒が持っている携帯も自分の携帯もメールしか使えない。連絡するにはこうするしかなかった。

これでいいだろうか、何回も何回も確認してから彼女にメールを送った。
こんなに手探りで行動するなんていう経験は人生で初めてだ。

____________
お休みのところ、
急にすみません。もし
時間がありましたら
校舎の裏口まで
来て頂けますか?
お返事待っています。
家森
____________



*********



草木が乱立している裏口前に着くと私は辺りを見回した。まだ誰の姿もない。
メールで家森先生から呼び出されたので指示通りにここまで来たけど……こっからどうすればいいんだろう。

………何だろう。普通に誘われているのか何かがあって怒られてしまうのか、理由がまだ分からないのでちょっと緊張する。

しかしそれにしても私以外誰もいない。校舎の裏口からは職員寮への道があるだけで他は何もないから、そもそもこの場所に人気ひとけも無いし。

呼び出された割には誰も居ないので少し変だと思ったけど、しばらく待つことにした。しかし待てど待てどもいつまで経っても家森先生は現れない。ため息をついて地面の石ころを蹴飛ばして時間を潰すことにした。

少しすると、前方から聞き慣れた声がした。

「あらヒイロ!」

そこにはベラ先生がいた。

「ベラ先生!」

「何をしているの?休日にこんなところで。」

ベラ先生は笑顔でこちらに近づいて来た。私も彼女に近寄る。

「実は家森先生に裏口へ来るようメールで呼び出されたのですが、まだ先生が見えなくて。」

「あら……そうなの。」

私服と言うよりも、タンクトップにジャージを合わせたトレーニングウェア姿のベラ先生は、普段はグリーンローブで見えなかったが腕や足の筋肉が思ったよりも付いていて逞しい体つきだった。

「あっ!」

ベラ先生は何かに気付き、私を見る。

「いけない!あなたに渡し忘れたわ!」

「何をですか?」

ベラ先生がため息をついて首を振った。

「だいぶ不便な思いさせたわね。付いて来てちょうだい。」

そう言って何のことかさっぱり分からない私を連れて、ベラ先生は職員寮へ歩き始めた。


*********



遅い。メールを何度もヒイロに送信したが返事がない。

こんな扱いを女性から受けたのは生まれて初めてだった。彼女のグリーン寮から校舎の裏口への時間を考慮しても、もう到着はしているだろうに。

そこからメールで誘導してこの部屋まで来てもらう手筈だったのに、最初のメールの返信で了解しました、とあってからしばらく時間が経つ。それから返信がない。

僕はパソコンの前に座りながら項垂れた。

テーブルに置いてある麦茶のボトルに直接口をつけると、一滴唇に垂れるだけで飲むことが出来なかった。

PCを開き、もう一度メールを確認したがヒイロからの返事は無かった。

ああ………マウスのホイールが回転する音が途中から頭の中で響く。結構ぼーっとしてきた。

きっとあの食事会でヒイロは僕のイケメンじゃない部分を見て幻滅してしまったのだろう。女とはそう言うものだ。自分の理想に合わないとわかった時点で愛を消してしまう。

「完璧じゃないよ……」

誰に言うでもなく口からぽろっと溢れてしまった。
その時、パソコンから受信を知らせる音が聞こえてきた。

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