スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第8話 家森先生

お手洗いが何処か分からなくてタライさんに聞くとご丁寧に案内してくれた。全てが男女兼用の個室みたいで私の入った後にタライさんもついでやからと言って入っていった。

テーブルに戻ったその後もしばらくタライさんと一緒に食ったり飲んだりしていた……って言っても私もタライさんもソフトドリンクだけど。

そして今、タライさんは信じられないことに激辛カレーと炭酸飲料をオーダーして一緒に飲み食いしている。中々出来ることじゃないと私は思いながらもじっと見ていた。

「その組み合わせ、美味しいですか?」

「美味しいよ!この組み合わせやらへん?」

やらないよ……その組み合わせは。と思っていると顔に出てしまったのかタライさんが拗ねた表情になって私の肩をベシッと叩いてきた。私はそうだ、と思って気になっていることを聞いた。

「そう言えば、タライさんはどこのクラスなんですか?」

「俺はブルーやね」

「じゃあ家森先生のクラスなんですね!」

「その名前は休日は出さんといてくれるかな?」

そんなに?と彼の言葉に二人で笑ってしまった。
少ししてタライさんが急に真剣な眼差しで私のことを見つめてきたので、急にどうしたのかと私も見つめた。

「ヒイロ……家森先生はあかんからな。」

「ええ!?まあ、別に、はい。何も無いですよ別に!」

「俺が思うに、あーいう奴は愛を知らんねん。」

あーいうとはきっと……家森先生の色んな女性と遊んでいるという部分のことを指してるっぽい。

「まあ……そうなんでしょうね、きっと。」

「まあ、ヒイロが愛を教えてやってもええと思うけどな……見た目の爽やかさに反してあれはきっと荷が重いタイプやで。ハハッ!」

ハハッて……重いタイプかぁ、それはどう言うことなんだろう。それにしてもタライさんは家森先生のことをよく知ってるんだなぁ。

「ヘぇ〜家森先生のこと結構知っているんですね」

「ああそうやね。3年間もブルークラスにおるし、俺の専攻は有機魔法学やから」

なるほど。その家森先生尽くしな状況を理解しました。そう思って笑っているとまたもやベシッと叩かれた。

「笑ってるけど結構こっちは大変なんやから「おう!タラちゃん!ちょっと見つからないように賭けウノやらない?」

通りがかりのブルークラスの男性がタライさんに話しかけるとやるやる!と言ってついて行ってしまった。

急に私一人を残して行ってしまった……と言ってもまだこのテーブルにはケビンと言う名の男性がいるけど、彼はさっきから私と目を合わせようとしないし。ちょっと気まずいので、温かさの抜けたおしぼりを手に取り、テーブルを拭いた。

「おや」

ん?声がする方へ振り向くと、我々のテーブルの側に家森先生が立っていた。今宵は白衣は無くてシャツにジレの執事のような姿で、何故か片手に酒の瓶を持っている。

「あ、家森先生。こんばんは」

「こんばんは」

そう会釈すると先生は私の隣の席に座ってきた。そうか……この食事会には先生方も参加されてたのか。なるほど。

すると同じテーブルにおとなしく座っていたケビンが自分の担任が座ったことに気づき、肩を強張らせて家森先生を見つめた。

「まあまあ、今日はゆっくり飲みましょうよ。ケビン。」

そう言ってケビンのグラスに自分が持っていた瓶から透明色のお酒を注いだ。ラベルにはクリスタルリキッドって書いてある。

「ありがとうございます、先生……。」

ケビンが頭を下げながらお酒を口にするのを私は見つめてしまった。なるほど今宵は先生たちも含めて皆で飲んだり食べたりしているんだ。そして隣を見ると先生も瓶からその辺の新しいグラスにお酒を注ぎ、グッと飲んでいた。よく見てみるとその頬は赤い。

「……ヒイロは飲みませんか?」

「わ、私は……ちょっとダイエットしているので」

他に良い言い訳が思いつかなかった。家森先生は私に微笑んだ。

「そうでしたか。あまり痩せては体に毒です。程々にした方が宜しいかと。」

「は、はい。」

この話の流れでは少しぐらい飲んでも平気だとまたお酒を勧められてしまうかもしれない。そうして飲んで酔ってしまって、何かの弾みで私が記憶喪失だということが知れてしまうかもしれない。

それは避けなければ……リュウは仕方なかったとして、何となく記憶が無いことを誰にも言いたくなかった。私は話題を変えることにした。

「先生方もこの食事会に参加されているのですね。」

「ええ。20歳以上ですから。ふふ。ほらあちらの方見えますか?私のいた席の隣ですが、あなたのクラスの担任のベラ先生もいますよ。レッドクラスの担任のシュリントン先生も。」

家森先生が指をさした方向を見ると確かに、遥か前方のテーブルにそのメンバーが固まって座っているのが見えた。何やら白熱した会話をしているようだけど彼らを放っておいていいのかな……。

「ここに居ていいのですか?なんか白熱した雰囲気で言い合ってますし、戻らなくて良いのです?」

家森先生はもう一口お酒を口に含み宙を見つめた。

「まあ……基本は自由ですから。いいですか?ここにいても。彼らの方は自然と収まりますから。」

「ええ、まあ……」

いいけど、少し気を使うなあと思うのであった。


それから何故か家森先生と一緒にお食事することになった私は、先に帰っていく女生徒達からここを通り過ぎる時に、何故お前が家森先生と一緒にいるんだと言わんばかりの敵視を受けることとなった。

そんなことも知らずに家森先生が楽しげに色々と語ってくれるので、私はとにかく話を聞きながら先生のグラスにお酒を注ぎまくっていた。

さらに時は過ぎ、家森先生がお手洗いに行ったタイミングで懐中時計を見ると23時になっていた。

テーブルには飲みつぶれている生徒が何人も突っ伏して寝ている。帰っている生徒も出てきているので空席が目立つようになっている中、近くのテーブルのリュウとグレッグ達は最初は踊っていたけどすぐに、涙流しながらの失恋相談のアドバイス大会を開催し始めているようだった。どうしたら女の子と仲良くなれるんだといった話し声がここまで聞こえた。

前の方にある先生方の席を見ると、シュリントン先生の姿や他の先生方の姿は無く、ベラ先生が一人カクテルを口にしていた。

細い指でカクテルグラスを口に運ぶその姿は、きっと私が男だったら惚れていただろうなと思わせる妖美な雰囲気が漂っている。

はぁ、本当にベラ先生は綺麗だとため息をつき、ふと隣を見ると家森先生がテーブルに突っ伏して寝ていた。

彼の茶銀の髪が乱れている。顔全体をテーブルに埋め、両腕はだらしなく重力に逆らえず床に落ちている。足を動かした時に靴の先に何かが触れたのでテーブルの下を覗くと、彼の眼鏡が床に落ちていたので拾ってテーブルに置いた。

あれから酔った家森先生は、何故か私にいかに自分が女たらしではないかを話し始めたのだった。そこから私と女たらしの定義についてディスカッションすることになった。

そして挙げ句の果てにどこからが浮気だと思うと聞かれ、以前の記憶のない私はどこからも何もそう言うこと自体が分からないけど、とにかく何か言おうと思い、前の席でさっきからキスしまくっているブルークラスのカップルの情報を頼りに、口と口を合わせたらダメだと思うと言うと何故か家森先生が爆笑した。

その途中で前に座ってたブルークラスのケビンが先に帰り、私はそれからも家森先生の今までの恋バナを聞いていた。要約すると大体の付き合う原因が惚れられたで、別れる原因がエスカレートする彼女について行けなくなった。だ。

先生はお酒を飲んだら結構話す人なんだと思いながら私も話してて段々と楽しくなり、何故か途中でクイズ大会を彼とし始めて、しまいにはエンターキーを押すときにターン!と勢いよく押す人いますよね、いるいる〜!てか私もそうしちゃいます!あはは!みたいなしょうもない話で盛り上がってしまい………現在、ちょっと後悔している。

私は窓のツネさんにオレンジジュースのお代わりを頼んだ。もうこの部屋で飲んでるのは私ぐらいだ。皆は酔い潰れている。この学園はこんなんでいいのか。

どうしよう。時間を見るともう23時だった。帰ろうかな。でもどうやって帰るんだろう。まあ、遠くの席にまだタライさんがいるから彼が帰るタイミングで一緒に乗せてもらえるとありがたいけど。

ん?

ふと私は右手が何か温かいことに気付いた。
テーブルの下の右手を見ると、いつの間にか起きていた家森先生が私の手をぎゅうと握っていた。

え………?

「先生……何しているの?」

彼の大きな手が、更に握る力を強めてきた。

「……繋いではダメ?」

何言ってるんだろう。ああ、この人は今までもこういう手口でやってきたのだな。はい、確かにそれは効果あるよ……ちょっとどきっとしたしね!

そして彼はいつもの真顔から想像出来ない、優しい微笑みを向けてくれた。何だか照れてるみたい……。

人間の、見たことのない表情を人生で初めて見た私は急に恥ずかしくなって、彼の手から逃れて目を逸らした。

この空気は何だんだろう。ああ、何か違う話題を用意しよう。そうだ!

「い、家森先生はどこの出身ですか?」

先生は姿勢を正してテーブルの上に置いてあった眼鏡をつけながら言った。

「僕ですか?地上の東京都の出身ですが、9歳の頃からこの地下世界にいます。」

家森先生はトウキョウトか……それどこ?

しかし9歳って小さいと思う、それでここに引っ越して来たんだ。その若さで環境がガラリと変わったのだがら、もしかしたら彼はその時に結構寂しい思いをしたのかもしれない。

「……それは先生、大変でしたね。」

「えっ、ええまあ。でも両親や兄弟と一緒でしたし、その後はずっと地下世界に住んでいますから住めば都です。ここの方がいいと今は思いますよ。あとは僕のことを癒してくれる人が見つかれば、ふふ、最高ですが。」

なるほど……先生癒し系が好きなんだ!良い人がいたら紹介しようかな。でも彼は別に紹介とかなくても彼女さんくらい簡単に出来そうだけどなぁ。
私も少し笑いを漏らしながら先生に言った。

「そうだったのですね!大丈夫です!家森先生優しいし、きっとそのうち良い人見つかりますって!」

私は笑顔でそう言うと、先生は私を見つめながら呟くように言った。

「ありがとう、ヒイロ。」



「先生…。」

あれからまた1時間立ち、もう時計の針はてっぺん回ってる。
私は私の隣でまた酔いつぶれてしまった家森先生の様子を見た。

さっきから動かないけど、大丈夫かな……生きてるかな。まったく彼はどうしてここまで飲んでしまったのだろうか。私がノンストップで注いでしまったからかもしれない……。

恐る恐る、彼の突っ伏した頭から乱れる茶銀の髪を少し上にあげ、顔の様子を見ることにした。

多分、きっとおそらく、先生を慕っている女の子達は見たくないだろう顔がそこにはあった。鼻は曲がって半開きの口からはヨダレが水たまりを作っている。

イケメンが台無しどころの話ではない。ついに私は笑いを堪えきれずにヒヒッと漏らしてしまった。

そのとき何故か体から何かが抜ける感覚がしたが、あまりの面白い光景にそんなことは気にせず彼のことを眺めていた。

「あら」

声のした方を向くとテーブルの側にベラ先生が立っていてこちらを見ていた。

「あっ、ベラ先生!挨拶に行けずにすみません……!」

「ふふ、いいのよヒイロ」

ベラ先生は微笑みながら手で親指を出して大丈夫と合図した。
隣で伏している茶銀の頭を見るとその微笑みも消え、いつもの威厳が伴う凛とした表情に戻った。

「ヒイロ……はあ、分かってるわよね彼は……」

きっとベラ先生は、女生徒とすぐ付き合っては別れる家森先生と私の関係を心配しているのだろう。

「大丈夫です。そういうことではないので。それに私は多分、他の子より若くないので。」

あらとベラ先生は笑うと、

「あなたにはあなたの良さがあるわ。それを分かるのは限られたものだけで十分。」

と言ってベラ先生は私に手のひらを差し出してきた。

なんのことか分からずに彼女の手のひらに自分の手を乗せると、何と彼女は私の右手の甲にキスをしてくれたのだ……オーマイ!

ああ、そう言う仕草をさらっとしてしまうところも彼女の魅力の一部なのだろう。人生で初めてされた行為に私は顔が熱くなった。
少しの間見つめ合い、ではと言うとベラ先生は出口へ向かって行った。

ああ……たった今されたことをまた思い出す。
キスされた右手の甲を見つめながら席に座ると視線を感じる気がして、隣を見ると家森先生がこちらを見ていたのだった。

「あ、先生起きました?」

「……起きました。どうしたのです?右手。火傷でもした?」

「別にっ」

先生が私の右手を診ようとしてくれたのか手を伸ばしてきたので、私は右手を庇うように腕を組んだ。あと何故かさっきからちょいちょい敬語でなくなるのね。いいけど。

「先生こそ、どうしたんですかそのヨダレ。それにさっきからちょいちょい敬語じゃないです。いいですけど。」

そう言い返すと家森先生はおしぼりで口の周りを拭き始めた。

「……敬語が度々解除されるのはあなたに慣れている証拠だと。それに」

「それに?」

「初めてです。」

「何がですか?」

「こんなにも中身のない話をしたのは。」

……はあ?

これはね流石にね、バカにされた気がした。

「ああ……そうですか!もっと中身のある炎魔法学とかの話をすればよかったですね!」

私はプイと視線を逸らしてため息を吐いた。家森先生は私の表情を覗きながら聞いてきた。

「ヒイロ拗ねてますか?」

「拗ねてませんよ、なぜ私が拗ねるんです?」

「ほら拗ねてる。」

しつこいなこの、と思い家森先生のことを少し睨むと、その時声をかけられた。

「ヒイロ、」

リュウだった。

「そろそろ帰ろうぜ。てっぺん回ってるし。送るよ」

リュウは私の隣の家森先生を見て、一気に眉間にしわを寄せた。

「ありがとう、じゃあお言葉に甘えようかな」

そう答えて私が身支度を始めると、リュウが慌てるようにして言った。

「あ、いや送るのはタライさんだけどな。」

「ああそっか……」

なるほど、と口を作りおしぼりでテーブルを一通り拭いた。家森先生のグラスの下も一応拭いた。

「ありがとう。」

私は家森先生のその声を聞こえなかったフリをした。お先失礼しますと彼に言ってタライさんたちと店を後にした。何だか変な夜だった。

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