スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第4話 突然の……とUSB

麦茶をもう一杯おかわりした家森先生は私のベッドに座ったまま部屋の中を見回している。どうせこの部屋には楽しそうなものは何もない。ベッド横のラックには服が掛けられていて、テーブルにはPCが置いてあり、冷蔵庫の上には前の住人が置いて行ったっぽいステッカーの貼られたラジカセがある。それだけだ。

「やはりブルークラスの寮に比較すると狭いですね。」

先生の一言に頷き、聞いた。

「やっぱりそうなのですね。ブルークラスの寮に行ったことあるのですか?」

「ええ。一応担任ですから。高崎の部屋を拝見したことがありますよ」

「高崎?」

聞き覚えのない名前に私は首を傾げた。家森先生は意外といった表情で私のことを見ている。

「まだ知りませんか?ならそのまま知らない方がいい……彼はブルークラスの問題児です」

「ブルークラスにも問題児がいるんですね……」

「ええまあ……やんちゃではありませんが問題児です。さて、しかし女性の部屋にしてはシンプルですね……物はなく、とてもスッキリしていて綺麗です」

「まだここに来て間もないということもありますし、そうかもしれません」

その時だった。

サッと黒い影がベッドの下に移動したのを発見した!

はっ!と私は体をビクつかせて、咄嗟にベッドに座る家森先生の腕を掴んでしまった。悪いと思ってサッと手を離した。

「ご、ごめんなさい!びっくりしてしまって。」

「い、いえ。構いません。しかし何かいましたか?」

ベッドから立ち上がった先生の背後に私は隠れる。
不気味な大きな影だった。あれは只者じゃない。もしかしたらモンスターかもしれない!

先生がしゃがんでベッドの下を覗いてくれた。そして立ち上がり私に真実を告げた。

「ネズミがいました。暗く良く見えませんでしたが両目が赤く光っていました。間違いありません」

「ネズミ?」

「ええ、一体どこからか入って来たのでしょうね。」

「ええ……本当に、どこからだろう」

私がキョロキョロ部屋中を見ていると急に家森先生に肩をどつかれた。

……え?

「さっきの穴の空いた窓でしょう。ふふっ、ヒイロは面白いですね」

………この人、なんかこの数時間の間に私をおちょくるようになってきたな。まさか家森先生につっこまれるとは思わなかった。

その家森先生はと言うとしゃがんで片手で何やら水色の魔法陣を出し始めた。
また魔術を使用するのだろうか?ネズミ相手に?

「よしっ……はっ!」

そのまま円を描くように手を小刻みに動かす。大きくなったスカイブルーの魔法陣をベッド下に素早く滑らすように飛ばすと、キューと鳴き声が響いた。

さっき図書館で読んだときにふと目に入った魔術かもしれない。ネズミ捕りの魔術だ。

ベッド下から魔法陣がふわふわしながら出てきた。中には大きなネズミが一匹無重力状態で浮いている。そしてちゃんと生きている。こわっ。

「こんなに大きいネズミが……」

そして先生はネズミの入った魔法陣を移動させて窓を開けて外に投げた。遠くの方でパッと弾け、中身が森に落ちていったような気がする。

「小さい方ですよ。殺生はなるべく避けているんです。凶暴化した生物のモンスターでもないですし。」

そう言って先生は窓を閉め、両手をパンパンを叩いた。ひたいにはまた汗が浮いていた。

「先生……また助けて頂きありがとうございます。」

私はお辞儀をした。もう彼には恩しかない。

「礼は覚えていますよね?」

「ふふ、はい!専攻しますから、絶対……?」

どう言うわけか、真顔の家森先生がこちらに近づいて来た。
彼は私の両肩を掴んでじっと私を見つめている。これは何?何だろう。

「ヒイロ。少し、驚かないで」

「はい?あ」

その瞬間、なんと家森先生が私に抱き付いてきた。

フワッと廊下を歩いている時にほのかに香っていた甘い匂いが猛烈に私を襲って少し目眩がしてきた……きっと過去の私が変態だったのだろう。

突然のことに唖然としていると、すぐに家森先生が離れた。彼の表情は真っ赤だった。何が起きたのかわからない。ただ、今のはちょっとドキッとしたけど……?

そして家森先生が私の頬を両手で優しく包んで顔を近づけてきた……。

はっとした。何となく、キスしようとしているのだと分かると、その辺の記憶がごっそり抜けている私は急に怖くなって顔を思いっきり逸らした。

「……怖がらせましたか?」

「ああ、いや……えっと。まだ、まだちょっと早く感じて。それに今のはまあ……普通にびっくりしましたから」

もう一度彼の方を向けばこちらを不安そうに見つめていたので、大丈夫だと伝えるために微笑むと彼も少し笑ってくれた。

「ふふ、ごめんなさい。」

我々は見つめあって微笑んでいる。彼の表情は相変わらず真っ赤だし、私もきっとつられて赤くなっているだろう。たまらない恥ずかしさに私は目を逸らしながら言った。

「お、おたわむれが過ぎます……」

「戯れなど。ふふ、面白い言い回しをしますね。」

……ちょっと待って。でもそれって私にだけしたことなのだろうか?いや、きっと違うだろう。こんな出会ってすぐにハグしてきてキスしようとしてきて……。私なんかまだ自分が誰なのかも分からないのに。少し涙が出そうになったけど堪えながら聞いた。

「いつもそうなのですか?」

「え?」

少しばかり、彼がショックを受けたような表情になった。それでもいつもの真顔からちょっと眉が下がったぐらいの変化だけど。

「なるほど。僕に関して色々な噂があると思いますが、僕からこうして積極的に……ハグしたのは過去にも今にもヒイロだけです。つい……我慢出来ずに。それであなたを傷つけてしまったのならば謝ります。」

「う」

何故か照れてしまった。傷ついた訳じゃない。でも私だけに、しかも積極的にハグをしてきた意味って何なのかそれは気になってしまう。まさか挨拶じゃないよね?

さっき見たアニメチャンネルを思い出す。ゴリラのお母さんが人間の赤ちゃんをぎゅっと抱きしめているシーンがあって、それは愛情表現だと知ったけど。それと同じなのかな?じゃあマズイ気がする。学園が許可してるとは言え、先生が生徒に愛情表現はマズイよ。

「で、でも今回だけです。もうダメです。あ」

油断した。腕を掴まれて彼の方へ引き寄せられて、またぎゅうと抱きしめられてしまった。

「分かりました……もうこれ以上のことは今はしません……別に他の誰に言っても規則上は構いませんが、なるべくこのことは他言しないでください。」

「え……は、はい。分かりました。言わない言わない、はは」

言える訳が無い。言える訳が無い……。

それにしてもどうしてこんなことをするのか。先生のことがよく分からない。
でも魔法を使うその姿はとてもカッコよかったし、私だけにハグをしてくれたという事実だって、もしそれが本当ならちょっと嬉しい。

まあ、そう言うことにしておこう。今はこの件は置いておくしかない。じっと考え込んでいると家森先生が私から離れて、微笑んだ後に言った。

「それでは僕は帰るとします。」

「ああ!そうですか、今日は本当にありがとうございました。何から何まで……」

ハグしてきたことはちょっとびっくりだけど、でも彼のおかげでこの部屋は見違える様に美しくなった。最低限の部屋としての機能が蘇ったのだから。

「ではまた明日、金曜は全クラス合同の実戦の授業です。防具を忘れない様に」

そう言い残して彼は玄関から去って行った。ベッドに力を抜いて座り込んで、さっきの温かくていい匂いの抱擁を思い出してしまった。

……私にだけだって!嬉しい!
何言ってるんだヒイロ!あれはたらしの常套句、誰にでも言ってるんだ!

脳内で激しいディスカッションが行われているが、私としてはまあ、ちょっと幸せだ!ふふっ!……うん、落ち着こう。

長らくぼんやりとしてしまったけど意識を取り戻した私は明日の準備をすることにした。

そうだ確かさっき家森先生は防具を忘れない様にと言っていたのを思い出した。防具は買うのを忘れたなぁとPCでそのお値段を調べてみる。

「……は!?」

ヘッドギアだけで3万する。無理だった。無理だ……でも防具は必須とは書いていないから、無しでも参加出来るだろうし、暫くは無しで頑張るしかない。

でもこの学園は就労禁止だから……卒業するまで無しで頑張るしかない。まあ、怪我ぐらいしたって、ポーションがあるならなんとかなりそうだもん。

買うのやーめた。記憶がないのに家族もどこにいるのか分からないのに、下手にお金使ってられない。それに3万あるんならもうちょっと私服のバリエーション増やしたい。着の身着のままでここにきたっぽいから本当に揃えないと同じパーカー毎日羽織る様になっちゃう……それは避けたい。

家森先生のおかげで風が入らなくなり少し暖かくなってきたこの部屋で、ダウンジャケットを脱いでラックをかけるときに、ふとUSBが入っていたのを思い出した。もしかしたら過去の私に関するものが入っているのかもしれない。それをポケットから取り出して、PCに繋げてみた。

ファイルが何個か入っているけど……全部音楽ファイルだ。クリックした。

聞いたことのない、ピアノの曲が部屋に流れた。それもかなり上手なピアノの曲だ。ファイルにタイトルは無く、ただこの曲と……他に2曲入っている。どれもピアノで演奏された超絶技巧の曲だけど……誰の曲?

私はPCの音楽検索でその曲のメロディーを流して検索したが、アーティストも曲もヒットしなかった。

なんだろうこれは……そのピアノの曲を聴いていると何故か指にワキワキした感覚が広がって、指が勝手にテーブルをタタンと叩き始めてしまった。ちょっと不思議すぎる感覚が何だか気持ち悪く感じて、私は怖くなって再生するのをやめた。

もしかしたらこの曲を、音楽を担当しているシュリントン先生なら分かるかもしれない。来週の音楽の授業の時にでも彼に聞いてみようと思った。

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