浮遊図書館の魔王様

るーるー

第五十四話 血の雨降りました

 倒れ痙攣している勇者の身体が緑の光に包まれ傷が治って行くのを確認したわたしは安堵のため息をついた。
 危うく遊びで殺すところだったし。


「で、ファス先生は満足したの?」
「ああ、まだ幾つか仕掛けはあるがとりあえずは充分なデータは取れた。ユール殿下の好きなようにすればいいさ」
「……」
「なにか言いたげだね。レクレ」
「いや、ファス先生も今異端審問官に見つかったら死刑だろな〜と思ってね」
「その時は魔王に操られてたことにするさ」
「教師として最低だよね!」


 前から知ってたけどやっぱり最低だなこの人。
 自分より年齢の低いやつに責任転嫁とは。


「あの〜私はどうしたらいいです?」


 ユールがなんとも言えなそうな顔をしながらこちらを見てくる。
 ああ、勇者ぶっ倒しちゃったしな。
 周りの冒険者達ドン引きしてるし。ま、一方的に勇者をボコボコにしたらそうなるか。
 さて、どうしようかな。


「君たちさ、まだ戦う気ある?」


 今だ武器を構えている冒険者一同に聞こえるように声をかける。


「あー、こちらとしては降参したいんだが?」


 確かフランクとか呼ばれてた男が頭をかきながらそう言ってくる。賢明な判断だ。


「じゃ、わたしたちの勝ちでいいかな?」
「あれが納得すればな」


 そう言いフランクは立ち上がろうとする勇者を顎でさす。勇者ってゴキブリ並に生命力あるな。
 なんかブツブツ言いながら立ち上がってきてるしゾンビみたいだな。


「ボクは強いボクは強いボクは強いボクは強いボクはツヨイボクハツヨイボクハツヨイボクハツヨイボクハツヨイボクハツヨイ」


 なんか壊れてらっしゃる?


「恐らく今まであそこまでボコボコにされたことなかったんじゃないか? これだから挫折を知らないエリート様は」
「いや、先生もエリートですよね? というかボコボコにしたのは先生の作った真紅一号ですよ」
「ボクハツヨインダァァァァァ!」


 勇者の絶叫と共に勇者の身体を眩いばかりの光が包み込み。
 これはお約束の勇者のパワーアップですね!
 眩い光が収まるとそこにはなんだかオーラを纏った勇者が現れる。


「おもしろい! 私の真紅一号とあの勇者。どっちが強いか楽しみだ! ユール殿下、好きにつぶせ!」
「はーい」


 ユールの軽い返事と同時に再び真紅一号が左拳を飛ばす。
 それを勇者はすぐさま光剣ライトセイバーと呼んでた剣を作り上げると叩き落とすかのごとく上から振り下ろした。
 馬鹿でかい音を立てながら真紅一号の拳は床に叩きつけられた。


「おお! 勇者やるな!」


 興奮したようなファスの声が聞こえるがこの人も大概だ。
 ユールの操る真紅一号はすぐさま鎖を引き寄せ拳を再び腕と接続。
 一気に踏み込むと勇者との距離を詰め左腕を水平に凪ぐ。


「がふっ、」


 全く反応できてない勇者の脇腹に普通に突き刺さり勢いに負け無様に床を転がった。
 全然パワーアップしてなくない?確かに力はあがってるけど使いこなせてないというか勇者というか獣みたいだね。
 その機を逃さないかのようにユールは右の魔導砲を容赦無く勇者に向け発射。顔がとんでもなく笑顔だ。
 勇者は急ぎ立ち上がると右へ左へと必死に回避する。
 回避しながらもわたしの方に殺意の篭った視線をおくってくるんだけど。


「ねえ、勇者の様子おかしくない?」
「ん? ああ、あれは恐らく勇者魔法十番が発動してるんだろう」
「勇者魔法十番?」
「あれは魔法というより呪いだがな」


 忌々しげに呟くファス。
 なんか知ってそうだけど聞いていいものか悩むね。
 しかし、好奇心が勝った。


「ちなみになんて魔法?」
「確か、俺たちの戦いはこれからだ! だったかな」


 ひどい、あきらかに死亡フラグが立ちまくっている様な魔法名だ。この名前をつけたやつはかなり陰湿な奴に違いない。


「魔法というかあれは勝手に発動する類のものだ。勝てない相手に勝つまで挑み続ける、というな」


 案の定、自殺推奨魔法じゃないか。理性飛んでるし。


「だから獣みたいな感じなのか。止める方法は?」


 ひたすらに真紅一号に光剣ライトセイバーを振り回す勇者を見ながら尋ねる。
 魔法でああなったなら当然止める方法もあるはずだし。
 勇者だけ殺すのも寝覚めが悪い。


「恐らくだが気絶させれば止まると思うがな」
「なるほど、ユール」
「はいはい」


 飛びかかってくる勇者に的確に、嬉々とした表情をしながら拳を叩き込んでいたユールがこちらを向く。本当に楽しそうだな。


「意識なくなかるまでボコボコで」


 わたしがそういうとニタァといった音が聞こえてきそうな笑みをユールは浮かべる。


「魔王様、腕や足を吹っ飛ばしても直せますか?」
「あー多分」


 マーテの目も完全に潰れてたけど直せたからいけると思うし。
 わたしの了承を得ると真紅一号の魔導砲から透明な刃が精製される。
 なにあれ?


「魔力を刃状にしたものだよ。名前は考えてないが勇者の魔法と同じ様なものだ」


 本当にこの人なんで魔法や魔導具を開発する側に回らなったんだろ。多才すぎる。
 それよりさっきからビチャビチャいってる水音の方が気になるけどそっちを見たくない!
 しかし、見ないことにはなんともならないし意を決してそちらを見ると。


「うわぁ」


 思わずわたしはそう漏らした。
 そこら中になんかいろいろ飛び散ってた。
 フロアがなんか表現するのも辛くなる様なくらい真っ赤だった。なんか姉妹に見せたら悪影響を与えそうな光景だ。後ろを見るとアトラ、ファス、レキが子供三人組の目を塞いで見れない様にしていた。
 子供三人組は困惑気味だがナイスだ。
 ガスガスと殴る音が聞こえるたびにたださえ紅い鎧にまた赤い色がついてる気がする。
 獣の叫び声みたいなのも聞こえるけどそれもやがて殴りつける音に掻き消されてきた。
 やがて音が止まる。


「終わりました」


 なんかやりきった感、もとい、殺りきった感のある笑顔でユールがこちらを振り返る。顔にも赤いのがいっぱい付いてるし、ユールが動き、勇者が見えた瞬間、わたしはすぐさま治癒魔法を今まで一番速く発動させる。


「やりすぎ! 殺りすぎだから!」
「いや、なかなかにしつこく抵抗したのでつい力入れちゃいました」


 そんな理由で殺されかける勇者も可哀想だがこの殿下もキチガイじゃないだろうか。
 治癒魔法の緑の光が収まるととりあえずは生きている勇者を見て安堵の息を漏らす。


「あ〜まだやる?」


 すでに戦意喪失している冒険者達に問いかけると我先にと武器を放り投げ戦う意思がないことを教えてくれた。


「だよねー」


 こうして浮遊図書館 対 ファンガルム皇国の戦争ゲームは終結したのであった。


 最終結果  冒険者 31/1000 (冒険者31人棄権)

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