浮遊図書館の魔王様

るーるー

第四十二話 第二階層 アル張り切りました②

「いくよ!」


 アルは一瞬で冒険者達の中に踊るように飛び込み流れるように拳を放ち拳と拳圧で吹き飛ばす。
 ただ、アルはひたすら暴風のように動き回った。


「くそ! 囲め! 一人で立ち向かうな!」


 アルが動くと甲冑達も音を立てながら冒険者達に襲いかかった。
 甲冑はアルのように素早く動いたり蹴散らしているわけではくただ拳や蹴りを使うだけだったためなんとか対応ができていた。


「ニャハハハハ!」


 笑い声を響かせながらアルは空中を舞う。
 地上に着地すると周りに手当たり次第に突きと蹴りを繰り出し片っ端から叩き潰す。その拳は重く、当たりどころが悪ければ一撃で戦闘不能になる威力だ。
 無論、冒険者もただやられているわけではなく反撃はしているがアルはそれを体捌きのみで躱し反撃の一撃で沈める。


「わたしくしが相手だ!」


 そんな怪我人が続出する戦場で剣と盾を構えた女の冒険者が暴れまわるアルの前に躍り出た。
 アルは新しいおもちゃを見つけたかのように喜々として冒険者に向かい、回転し遠心力でムチのように蹴りを放つ。
 その蹴りが止まる。
 冒険者の盾がアルの蹴りを阻む。
 すかさず冒険者が剣をアルに振り下ろすがそれはアルの手甲によって阻まれた。


「強いね! 名前なんていうの?」


 新しいおもちゃを手に入れたかのようにアルは満面の笑みを浮かべ、名前を訪ねた。


「フォルト」


 女冒険者、フォルトはただ一言名乗る。
 そこから一瞬で剣を引き戻し、再びはしらす。
 アルはのけぞるように宙返りを行い体を捻り再びフォルトに蹴りを繰り出す。
 フォルトはその蹴りを剣で容易く払い、盾を使い顔面を狙って叩きつけた。


「ブフ⁉︎」


 顔面を盾で殴られ鼻血を垂らしながらも喜々としてアルはお返しとばかりにフォルトの顔面を殴り返した。


「ぐっ」


 顔面を殴られ姿勢が崩れかかったフォルトだがすぐさまバックステップで間合いをとる。


「援護する!」


 アルが間合いを詰めようと脚に力を込めようとするタイミングで他の冒険者達が幾つもの弓を放ち足止めをしようとするが弓の射線に甲冑が入り込み全てその身で受け切った。
 その間にフォルトは魔法使いにより治癒魔法を受け回復に専念する。


「邪魔しないでよ」


 少し不機嫌そうにアルが呟くのと甲冑が弓兵に向かい進むのは同時だった。
 音を立てながらも近づき、拳を振るう。それだけで弓兵は無力化されていった。


「魔法使いや弓使い、後方支援組は下がれ! 武器組は前に出ろ!」


 フランクは二体の甲冑に囲まれながらも大声で号令をだす。
 甲冑達は確かに冒険者達で対応ができている。
 だが、決して冒険者側が優位なわけではない。
 近接戦闘を得意とする冒険者達は確かに善戦し、撃破をしているところも見られるが魔法使い、弓使いなどと甲冑達の相性は最悪だった。
 魔法は当たっても中身が空の為か熱しても冷やしても全く効果がなく、甲冑はいに介さずひたすらに襲い続けて来た。弓使いに至っては普通の矢では効果がなく、魔力が篭った矢だけが刺さるには刺さったが結局貫通するには至らず火力不足というのが現状だ。


「わたくしが!」


 再び剣を構えたフォルトが前線に戻り、近くの甲冑を真っ二つに斬り捨てた。
 それの動きを見て笑みを深めながらアルはフォルトに向かい歩き始める。


「あのアルとかいう奴にに魔法と弓を集中させろ!」


 フランクの命によりアルに魔法と弓が雨のように降り注ぐ。
 アルはそんな中に喜んで飛び込んだ。魔法を躱し、躱しきれなければ手甲で打ち払う。弓は手甲で払い続けるが何本かは体に当たりはするが刺さりはしなかった。


「ぱんち! ぱんち! ぱんち!」


 アルはただ拳や脚を振り回し、台風のように暴れまわる。それだけで近くの冒険者を吹き飛ばし続ける。


「なんなんだ、あれは⁉︎」
「拳で鎧が凹んだぞ!」
「魔法を払うとか……」


 そんなアルの常識外れた行動に戦うほうが馬鹿らしく感じてくる。だが冒険者側も被害を出しているが確実に甲冑の数は減って来ていた。


「むぅ」


 甲冑が減ってきていることに気付いたアルのは飛んできた魔法を払いながら不機嫌そうな声を上げる。
 アルは戦うのを中断するとスタスタと階段のほうに歩き始めた。無論、斬りかかってきた奴はぱんちで黙らしたが。


「?」


 そんなアルの姿を見た冒険者は不審に思いはするが手が出せない状態だ。隙あらば甲冑が拳を振り上げ襲いかかってくる為気が抜けないのだ。
 そんな中、アルは階段のそばにくるとチョコンと座り戦う気が失せたのか観戦モードだ。


「今のうちに甲冑を叩き潰せ!」
『うおおおお!』


 怒声を上げながら冒険者は奮闘する。
 アルが戦わなくなったことにより完全に均衡が傾きはじめた。
 確かに甲冑は強かった。魔法を弾き、弓すら通さない強靭な鎧。一対一では確実に勝負にならなかっただろう。
 だがそれは騎士の戦い方だ。そして今この場にいるのは騎士ではなく冒険者だ。彼等は一つの甲冑に対して五、六人で挑み絶えず攻撃を仕掛け続けた。


「これで最後!」


 フォルトが剣を振るい甲冑の左足を斬り払った。脚が片方なくなりバランスを崩した甲冑に幾人もの冒険者が群がり滅多刺しにする。初めのうちは拳を振り回し反撃していた甲冑だったが徐々に動きが鈍くなりやがて沈黙する。
 最後の甲冑が動きを止めたためアルのほうに冒険者達が振り向くと、アルは静かに拍手をしていた。


「すごい! もうちょっと苦戦するかと思ったけど意外と早かったね」


 皮肉でもなくただ純粋に賞賛を送る笑顔だ。
 冒険者達は再度警戒をする。甲冑は囲めばなんとかなった。だが、この少女は囲んでも止めれなかった。警戒するには十分だ。


「こっちは甲冑全部やられたしね」
「なんだ、通してくれるのか?」


 少ししょんぼりしているアルからは戦う意欲というものが全く感じられない。そのためフランクは通してくれるという淡い期待を持つ。


「まあ、オレもソコソコに満足したけど」


 そう言いながら戦闘前に置いた砂時計を見えるように掲げる。まだは三分の一ほどの砂が残っていた。


「まだ時間あるしもうちょっと遊ぼう」
「さっきは一人で俺たちを相手にするのは無理と言ってなかったか?」


 冒険者側は戦闘前に比べ数はかなり減っている。意識を失い戦えない物も少なくない。それでもまだ五百人ほどは残っている。


「さっきまでなら無理だったよ? でも今ならオレだけでも勝てるよ?」


 当たり前の事を言うようにアルは平然と答える。


「ただ、あんまり時間がないしね。一撃だけにしとくね」


 そういうとアルは手甲を装備した右腕を天に掲げる。
 その動きに冒険者達が構え、警戒する。


「これ、上手くいかないんだよね」


 アルがぼやいていると手甲に嵌め込まれている青い宝玉がボンヤリと淡く光り始める。
 冒険者達は警戒を強めるが宝玉が光ると同時に周りからカタカタという音が響きはじめた。


「何の音?」


 フォルトが怪訝な顔をしつつ周りを見ると潰したはずの甲冑がアルのほうにゆっくりと引き寄せられていた。
  
「なっ!」


 他の冒険者達も甲冑が動いていることに驚愕しつつも警戒を怠らない。
 しかし、甲冑は襲いかかることなくゆっくりと動くだけだ。


「なにをしてるんだ?」


 全員の心境を代弁するかのようにフランクが呟く。


「いくよ! 発動!」


 アルの叫びと共に今まで淡く光るだけだった宝珠が輝きを強める。
 あまりはな眩しすぎるためその場の全員が目を覆う。
 やがて光が収まり、眼を開けれるようになると目の前のアルに自然と視線を向け、全員が息を飲んだ。


「な、なんだあれ……」


 目の前にはアルが立っていた。
 ただ、天に掲げていた右手はすでに以前の物と全く違っていた。


「よっ」


 軽い声かけと共にアルが軽く右腕を動かすだけで鉄の軋む音が鳴り響いた。
 アルの右腕は壊れた甲冑が集まり巨大な鉄の右腕と化していた。
 具合を確かめるかのようにアルは鉄の塊と化した手を握ったり開いたりするだけでも耳障りな音が響き渡るが冒険者達はただ唖然として見上げていた。


「よし、こんな感じかな」


 確認が終わったのかアルが冒険者達を視界に捉える。


「じゃ、一発だけいくよ」


 鉄の腕ををゆっくりと振り上げ握り拳をつくりあげるとアルは溜めるように拳を構えた。鉄の擦れる音が鳴り、周囲に威圧感を振りまく。


「前衛ぇぇぇぇ! 盾構えろぉぉぉぉ!」


 フランクの絶叫に前衛は慌てて盾を構え、魔法使い達は防御強化の魔法をかける。
 次の瞬間、アルの肩がフッ消える。
 いや、消えたと認識した時には周辺に金属がぶつかり合うような轟音が鳴り響き冒険者達が宙を舞う。
 悲鳴を上げる暇もない一撃、それが横に一列に並び盾を構えていた冒険者達の一角を文字通り殴り貫いた。
 声を上げることもできず、ただ静寂だけただった空間にうめき声、悲鳴の音だけが流れる。


「本当はこの後横になぎ払うんだけど」


 不満そうな顔で鉄の腕を戻しながら不機嫌そうに言う。
 戻した腕はすでに原型を留めるのが難しいのかボロボロと部品に使った甲冑が床に落ち乾いた音を立て続けた。


「一撃だけって約束だし、第二階層はこれで終わりだよ」


 床に置いた砂時計が全て落ち、魔方陣が展開。
 光がアルを包み込み転移の準備を完了させる。


「あと三層がんばれー」


 ケラケラと笑いながらアルが魔方陣の光に飲まれ消える。
 後にはボロボロの冒険者達だけが残されたのであった。

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品