浮遊図書館の魔王様

るーるー

第三十三話 誠意見せられました

「やだよ、めんどくさい」


 ユールの提案をわたしはあっさりと蹴り払う。
 なんでわざわざ姫殿下を攫って皇国と喧嘩するという火種を自分から抱え込まなきゃいけないんだよ。


「ええ、魔王さまがそういう方であるということは承知していますわ」


 わたしの返答を予想していたのだろう。ユールの笑顔は微塵も揺らがない。
 まだ、なにかカードをもってるのかな。
 正直面倒なことには自分から首を突っ込みたくない。しかし、浮遊図書館に住むようになってからは面倒事のほうからわたしに近寄ってきてる気がするんだよね。
 つまり今回もそのパターンな感じがする。


「ですから魔王さま、ファンガルム皇国をもらってくれませんか?」
「いらない」


 国なんてもらっても統治なんてできないし、城だけでも持て余してるんだから。国民の面倒まで見るようになると本を読む時間が完全に消え失せてしまうじゃないか。
 ユールはわたしの発言に軽くため息をつく。


「一国が手にはいるんですのよ? 」
「国なんてめんどいじゃないか」
「私もこの国がめんどくさいから譲りたかったんですけど」


 一応王族なんだからめんどくさいからって国を譲っちゃダメだよ。


「そもそも国の実権を握ってるのは国王であって君ではないでしょ?」
「いやぁ、我が父上ながらあれでは国はだめになりますよ」


 どうも国王はあんまり娘に好かれてないみたいだね。


「なにより私は国外に出たいのです! 楽しそうですし!」
「楽しいだけで国を譲るの⁉︎」


 この姫殿下がバカなだけなのかもしれない。
 そして典型的な快楽主義者だ。


「まぁ、いいです。それより夜のパーティの服はどうされる予定ですか?」
「このまま出る予定だけど?」


 今のわたしの格好は白いローブに下は下着を着けてるだけだ。浮遊図書館では魔法で温度が最適にされてたしね。着飾る必要なんて全くないし。


「なんでそんなにかわいいのに綺麗に着飾らないんですか⁉︎ 勿体無い!」
「え、着飾る必要ないし」


 なぜか怒り気味にしゃべってくるユールに若干引いた。なによりそんなに着飾るのが面倒なわたしにとっては服は肌さえ見えなければいいと思っている代物だからだ。


「そんなことを言って! 可憐な女の子は着飾るのが義務です! はい、復唱!」
「か、可憐な女の子は……」
「声が小さい!」
「可憐な女の子は着飾るのが義務です!!」


 もうやけくそだった。この子無理。精神がゴリゴリ削られていくし、相性的にもさいあくだ。


「さあ、では今からパーティ用のドレスを……」


 狂気じみた眼でこちらに擦り寄ってくるユールから後ずさる。
 城が微かに震えた。そして次には轟音が響きさっきよりも大きく城が揺れる。


「なにごとですの⁉︎」


 流石に危機感を覚えたユールが強張った表情を浮かべる。
 荒々しく部屋がノックされ騎士が焦った様子で入ってきた。


「失礼します! 敵襲です!」
「敵襲⁉︎ 魔族ですか?」
「いえ、獣人です。剣を振り回して近衛騎士を吹き飛ばしてます。お早く避難してください!」


 ため息を尽きながらユールとわたしは再び騎士に先導され部屋の外にでた。


「レクれぇぇぇさまぁぁぁぁぁぁぁ!」


 部屋から出て広間に続く階段の近くに来た時、絶叫のような声が聞こえ、同時に何がぶつかるような音が響いて来た。


「なんですのあれは⁉︎」
「……わたしの臣下だよ」


 階段から下を覗いたユールが呆れたような声を上げる。まぁ、見なくても結果はわかってるんだけどね。
 階段から隠れるように見ると、うん、やっぱりレキだ。
 再び轟音。
 その度に天井からパラパラと破片が落ちてくる。なんか倒壊しそうだね。この城。
 おそらく近衛騎士を剣で吹き飛ばしているのは刃で斬ってないからなんだろうけど。


「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるよ、レキ」


 隠れるのを止めわたしは階段をゆっくりと降りながらレキに話しかける。
 レキはハッと顔を上げわたしを確認すると凄まじい勢いで階段を駆け上がってくると急停止し、


「申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 頭を階段にめりこましながら東の国の謝罪方法DNGEZAを行ってきた。本の図でしか見たことがない、幻の所業!
 大事にしていた剣を放り投げてまでしてくるとは余程罪悪感でもあったのだろう。


「戦闘に興奮するあまり我を忘れ主を、魔王様を大地に叩き落とすという所業、このレキ今すぐこの命をもって……」


 頭を上げ放り投げた剣を拾い上げ自分の首元に当て、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら首を刎ねようとする。


「まてまてまてまて! 許す!許すから!」


 今のレキは本当に自分の首を刎ねかねない。
 慌ててわたしは止めに入る。


「ゆ、許してくださるのですか?」
「許す! 許すから! 勝手に死のうとするな!」
「わかりました。魔王さま」


 レキは剣をゆっくりと下ろし鞘に収め膝を付き臣下の礼をとる。
 とりあえずレキの自殺は阻止できたけど。
 周りを見渡すと吹き飛ばされていない近衛騎士達はまだ剣を構えたままレキに敵意を込めた視線を送っていた。
 どうしたもんかね。


「レクレ様、斬りますか?」


 すでに戦闘態勢に戻ったレキが鞘を軽く撫でる。
 反省してるとは全く思えないな。


「そういえばレキ、さっきまで戦ってた騎士達は殺したの?」
「いえ、剣の腹で殴りつけただけですから意識を失ってるだけかと」


 なるほど、確かに周りには血が飛び散ってないしね。アザくらいなら許容範囲内かな。


「あの、魔王さま」


 ユールの声に振り返ると相変わらずにこやかな笑みを浮かべたままだ。
 この状況でわらえるとはなかなかに神経が図太い。


「その、そちらの獣人は?」
「ああ、わたしの臣下だよ。レキっていうの」


 紹介されたレキが警戒したまま軽く礼をする。


「まあまあ」
「これ以上まだやる? 続けるなら付き合うよ? ……レキが」


 周りにも聞こえるように若干声を大きめにして言う。レキがとは誰にも聞こえない程度で言ったけどね。
 その効果は抜群で周りの騎士達は一歩後ろに後ずさった。


「ふふふ、家臣であるならばレキさんも客人ですわ。丁重におもてなし致しましょう」
「光栄だね。姫殿下」


 ユールがにこやかに告げるとあきらかに周りの騎士達がほっとしたのがわかった。そりゃ、レキなんて化け物クラスの相手なんてしてたら命が惜しいしね。


「ではこちらにどうぞ」


 騎士に誘導させるわけではなくユール自身が部屋につれて行くようだ。
 しかし、ユールは不意に立ち止まり振り返ると、


「魔王さま、私は諦めたわけではございませんよ? むしろ余計に行きたくなりました」


 周りの人には聞こえないような声だけどわたしにははっきりと聞こえる宣言にわたしはまだ火種が目の前にあることを実感しため息をついたのだった。



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