浮遊図書館の魔王様

るーるー

第二十一話 蹴散らされました

「陣を敷き待機せよ」


 従者である騎士に指示を出し、ウフクスは彼方にあるファンガルムの王城にそっくりな浮遊城を睨みつける。


「いやはや、見事な手並みですなウフクス卿」
「バァース卿か」


 ガチャガチャとやかましい音を立てながら五人ほどの騎士を連れてきたバァースを見、ウフクスは眉を潜めた。


「バァース卿、なぜ鎧を着用しておらぬので?」
「此度の戦、三万もの軍を集めた時点で我ら、ファンガルム皇国の勝ちは決まったようなものでしょう」


 バァースはにやりと笑うがウフクスは笑う気が起きない。戦場ではなにが起きるかわからないからだ。
 それを目の前の男は理解していないのだ。


「戦の前より戦の後を考えよというでしょう?」
「……それは確実に勝てる戦ならばだ」
「はっ、こちら三万です。数で押しつぶせばいいだけですよ」


 バァースとウフクスの間に殺気立った空気がながれる。


「ふん、このまま敵に動きがなければあと一時間で仕掛ける。貴公も準備されてはどうだ?」


 先に視線をそらしたウフクスは助言を告げる。


「ご安心を、我が隊は準備ができておりますゆえ」


 バァースは芝居かかった仕草で礼を行う。
 再びバァースに向かい口を開こうとしたウフクスだったがこちらに向かい急ぎ走ってきた伝令兵に気づいた。


「報告です! 前方五キロの地点に人影が現れました!」
「な! 監視をしていた魔法使い達はなにをしていたんだ!」
「それが、突然現れたということなので……」


 バァースは伝令兵に詰め寄るが動揺しているためか同じことを繰り返すばかりだ。


「く、ならば先に攻めるのみ。行くぞ!」


 そう告げるとバァースは伝令を放り出し、自軍に出撃の命令を出し始めた。


「まて、バァース卿。敵の狙いがわからん! 慎重に動くべきだ」


 そうウフクスは背中に語るが振り返ったバァースは鼻で笑う。


「ウフクス卿、私はあなたのように負け犬にはなりたくないのですよ」


 侮蔑の笑みをウフクスに投げかけると馬にまたがり自軍を率い、前進を始める。
 それに続くかのように他の貴族たちも自軍を率い我先にと進み始めた。
 この軍勢はあくまで貴族三十二門の同盟であり一番上の指揮官が存在しない。つまり三十二の軍がそれぞれに指揮官を仰ぎバラバラに行動するというだけの軍勢なのだ。


「ウフクス卿」


 ウフクスの周りにいる貴族は三人、つまり、二十七門の貴族は突撃を開始したことになる。
 ガリっとウフクスは歯に噛み砕かんばかりの力をこめる。


「仕方ない、我らも行くぞ。魔法使い、私に遠視の魔法を」


 魔法使いが慌てように遠視の魔法をウフクスにかける。
 かけおわるとウフクスは急ぎ馬を走らせ、突然現れたという人影を探し、捉えた。


「なにをしている?」


 ウフクスが目に写したのは銀の髪をした人間。それは右腕だけが黒くなっており、頭上に掲げている。
 すると腕から黒い靄のようなものが上がりゆらゆらと揺れ始めた。


「なんだあれは⁉︎ 魔法か⁉︎」
「いえ、あのような魔法は聞いたことがありません!」


 ウフクスの疑問に魔法使いが答える。
 つまり未知の魔法という可能性があるということか。
 思考している間に黒い靄はやがて漆黒の腕とかわる。


「あ、悪魔っ!」


 誰かがそう言う。確かに悪魔の腕に見えなくもない。黒腕はまるで軽く運動するような素振りを数度繰り返すとグッと後ろに反り返る。
 その動作を見た瞬間、ウフクスはなんとも言えない悪寒を感じ取った。
 そしてそれは現実となる。
 黒腕が黒い光となり中央の突撃している部隊に向け振り下ろされる。
 そして、地面に叩きつけられた瞬間。
 黒い光は膨らみ本流となって走る。多々潰された兵士は一瞬で消え失せた。しかし、黒い本流は止まらず中央の部隊を再び飲み込み始めた。
 誰一人として悲鳴をあげることもできずに黒い光の中に消えて行くのをウフクスは魔法で強化した瞳でみてしまった。遅れてこちらに向かい衝撃が届き土煙が舞い上がり視界を塞ぐ


「全員とまれぇぇぇ!」


 大声を上げ、自身は馬のタズナを引き、無理やりに馬を止める。後ろの部下も同様にとまるが何人かは馬から落ちたような音が響いた。


「なっ⁉︎」


 土煙が収まり、前方を確認できるようになった時、ウフクスは絶句した。
 中央に展開していた部隊の半数が大地が抉られたような跡とともに完全に消失していた。
 おそらくはあの黒腕に消し飛ばされたのだろう。辛うじて黒腕の影響を受けなかった部隊も衝撃の発生が近かったせいか五体満足でいるほうが珍しいと思われるほどの惨状だった。また、無傷の者も戦意を喪失しかけている。
 無理もない。たった一撃で軍の半分を吹き飛ばした。


「誰かあの娘を殺せ! 殺したならば一生遊んで暮らせるだけの金をくれてやる」


 そんな無気力感が漂う中、一人喚く者がいた。


「よせ、バァース卿! 撤退し再編成を……」
「うるさい! あの小娘だけは八つ裂きにしなければわたしの気が済まん!」


 血走った眼でこちらを睨んでくるバァースの瞳には復讐しか映っていない。


「全軍、後退せよ! 陣を立て直すぞ!」


 ウフクスげが声を張り上げ後退を促すとゆっくりとだが全軍が後退を始めた。しかし、バァースの誘いに乗った幾つかの部隊がバァースと共に再度突撃を仕掛けるのが目に入った。
 それと同時にウフクスの瞳は黒腕が再び現れたことを捉えた。


「ウフクス卿!」
「殺れ! 殺せ!」


 静止の声をかけるが狂ったように突撃するバァースには全く聞こえていない。それどこれか再度黒腕が出現していることにさえ気づいていたないのかもしれない。


「全軍、後退急げ!」


 再び声を上げた時、黒腕が横薙ぎに薙ぎ払われバァース達が一瞬で消し飛ばされ、轟音。
 遅れてきた衝撃波にウフクスは歯を食いしばり耐えた。
 衝撃波が収まり、再び、静寂に包まれる。


「 魔王でも現れたのか……」


 一人立つ少女を見つめ、震える口調でウフクスは一人口ごもる。
 この日ファンガルム皇国は三万という兵力を一日で五千を切るほどの敗戦となった。
 これは皇国が生まれてからの最大の敗北として歴史に刻まれたのだった。

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