天白家の日常(連載版)

るーるー

ヤマトソォォォォル!

 日本は豊かな国である。
 今やコンビニにいけばなんでも揃うような時代、さらにはインターネットを使えばさまざまな物が手に入る。
 いわば便利大国、日本である。
 しかし、便利になるがゆえに日本人は忘れてしまったのではないだろうか?日本人の魂たるヤマトソウルを! 僕はそう思う。たがらこそ僕らには! いや、僕には今こそヤマトソウルが必要なのだ!


「お母様」
「なにかしら? 使郎。今、お母さんプチプチくん潰すのに忙しいの。あと20枚くらい潰さないといけないんだから」
「これはハマるわ」


 深妙な声を出し話しかけた僕をなぜか梱包などに使うプチプチくん(気泡緩衝材)を夢中で潰している母さんと然は雑に扱ってきた。リビングにはひたすらにプチプチという音だけが響くという状況だ。というか今のリビングはなかなかにカオスな現状だろう。なぜならそのプチプチくんで埋め尽くされているからだ。右、左至るところにプチプチくんがあり、挙げ句の果てに天井から吊るされているものまであるのだ。


「……お母様、このプチプチくんは一体なんなんでしょう?」
「これ?」


 ひたすら夢中になりながらプチプチしていた母さんがようやく顔をこちらに向けて会話してくれる。然はというと一心不乱といった感じでプチプチしていた。なにが然をそこまで必死にさせるのか僕には全く理解できない。


「これはね懸賞で当たったものよ」
「え、懸賞でそんなに大きなものでも当たったの?」


 なにせリビングを埋め尽くすくらいの量だ。相当大きなものが当たったんだろう。


「ふふふふふ、なに言ってるの使郎。当たったのはこれよ」
「どれ?」


 母さんが指差しているのはプチプチくんだ。そこに商品は見当たらない。


「母さん、どれだよ」
「だからこれよ。プチプチくんが当たったのよ」
「what's?」


 思わず英語が出てしまった。


「あら使郎、英語が出るなんて次のテストは満点かしら」


 思わぬところでハードルが上がった!


「いや、なんでプチプチくんが懸賞で当たるのさ! おかしいじゃん!」
「当たったのだから仕方がないわ。プチプチくん1年分」
「1年分⁉︎」


 1年分のプチプチくんだと⁉︎ いや、そもそもプチプチくん1日分がどれくらいの量か全くわからないだけど⁉︎ 1年分って一体どれくらいの量が……


「ちなみにこのリビングにある分だけで1日分よ」
「多すぎじゃね⁉︎」


 想定外の多さだった。


「使郎……」
「なんだよ、然」


 なぜか虚ろな目をした然が僕に話しかけてきた。あまりいい予感はしないな。


「いまなら私、プチプチくん世界王者にも勝てる気がするわ」
「……然、意味がわからないから一度寝てから発言してくれないか?」


 すでに然がなにを言ってるかわからない。


「それで使郎、なにか話があったんじゃないの?」
「は! そうだよ!」


 リビングのプチプチくんに圧倒されて忘れてたよ。
 僕はお願いをするための正式な姿勢をとる。母さんに向かい正座し、手を床にに付け、額を床に擦り付けるようにして、しばらくその姿勢を保つ。


「お小遣いの前借りをさしてください!」


 そう、DOGEZAである。これこそ真のヤマトソウルを持つものだけができる真の請願の意を表す姿勢である。
 プライド? なにそれ? たべれるの?
 お金がないとなにもできないなら僕はお金を手に入れるために悪魔にだって魂を売るだろう。


「だーめ」


 我が母は悪魔よりも優しくなかった。笑顔での拒否である。


「なんでさ!」
「あなた先月も前借りしたでしょ? その前の月も」
「これで最後だから!」


 必死に頼み込むと母さんはため息をついた。


「使郎、あなた2カ月前になんて言ったか覚えてる」
「えっと確か……」
「『一生のお願い!』だったわ」
「先月は?」
「『来月から頑張る!』だったわ」
「で、今月は?」
「グヌヌヌヌ」


 然が言ってることが本当だからたちが悪い。あいつ、勉強とかは覚える気がない癖にくだらないことにだけは抜群の記憶力を発揮するから手に負えない。案の定、然のほうをみると意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見ていやがる。


「ちなみに使郎、今回はなんていうつもりだったのかしら?」


 顔は笑っているが目には冷たい色が浮かんでいる母さんを見て一歩後ろに下がる。


「せ、」
「「せ?」」
「戦略的撤退!」


 返す言葉もなく僕はリビングから逃走したのであった。
 リビングから逃げ出した僕が向かったのは自分の部屋。こうなったら最後の手段しかない。
 そう決心した僕が見たものは机の上に鎮座している豚、の貯金箱だ。ズボラに見えて僕はちまちま貯金箱にお金を入れているのだ。少なくとも三千円以上はあるはずだ。


「まだ満タンではないけど仕方ない」


 とりあえずは三千円あれば漫画を買いに行けるしなんとかなるだろう。
 道具箱から黒光りするハンマーを取り出し、振りかざす。


「豚よ、我が漫画の糧となれぇぇぇぇぇぇ!」
「使郎」


 手にしたハンマーを声を上げ振り下ろす絶妙なタイミングで然が声をかけてきた。僕はハンマーを振り上げたまま顔だけを然の方へと向ける。


「なんだ? 僕は今運命の決断に身を任せて豚を殺すとこれなんだが?」
「それは大変ね」


 煎餅をバリバリと食べながら全く大変そうに思ってなさそうな顔で言ってくる。


「じゃ、割るか」
「ところで使郎」
「っ、なんだよ?」
「その豚さんにはちゃんとお金が入ってるの?」
「入ってるよ」


 豚の貯金箱を持ち上げ軽く振るうと小気味のいい音が響いた。


「ほらな?」
「そうね」


 一体なんなんだ? いつも意味がわからない行動をとるが今日は余計に意味がわからないぞ。
 怪訝に思いながらも再びハンマーを振り上げ、豚に狙いを定め今度こそ振り下ろす。


「だからこそ謝るのだけど……」
「えっ?」


 然が無表情で何かを告げた瞬間にはハンマーは寸分たがわずに豚の貯金箱の頭を粉砕し乾いた音を立てながら中身をぶちまけた。


「使郎の貯金箱にはお金は入ってないわ」


 ただし、ぶちまけた中身には硬貨や紙幣は一切見られずなぜか入っているのは缶ジュースなどについているプルタブばかり。


「……僕の貯金箱の中身は?」
「そんなものは私が二カ月くらい前に割って使ったわ。使郎の割ったのは私の貯金箱よ。同じのだったしすり替えたのよ」
「……は?」


 呆然としている僕の前に然はどこから取り出したのかなにかの破片を出し、僕の机の上に置いてきた。


「使郎の貯金箱の中、二千円くらいしかなかったわ。ちゃんと貯金しないとだめよ?」
「……」


 なぜかダメだしをして煎餅をバリバリと音を食べながら然は去っていった。
 一人残された僕はため息をつく。


「土下座でなんとか小遣い貰えないかなぁ〜」


 嘆くのだった。


 天白家は今日も平和です。(家には貯金箱泥棒、ヤマトソウルも母には通じず)

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