メイドと武器商人
メイドとガッツポーズ
二時間後。
ご主人様の言いつけ通りに貴族様に新しい武器を差し上げるべく私は屋敷の庭で準備体操を行なっています。
掃除は意外と床を直す方に時間を取られました。
開けた穴は土で埋めておいたからバレることはないでしょう。カーペットで隠しましたし。
すでに体操を始めてから一時間。体は充分に温まりました。体操をし始めてから魔導鳩が飛んでいくのも確認済み。これで某貴族様にはご主人様からの手紙が確実に届いていることでしょう。
ご主人様からの命令は一つ。
『地図にマークが入った場所に新作兵器を放り投げる』という事です。
新作の兵器、しかもおそらくはまだ性能テストすらしていない兵器を無料で差し上げるとは我がご主人様は大変に太っ腹である。しかし、同時にその貴族で実験する気満々ですよね。
もちろんこれは比喩である。
ご主人様のお腹は出ていない。今はくびれを作ろうと頑張っていらっしゃる。それもまたほほえましい。
おっと話が逸れました。
ご主人様は武器商人である。それも武器であればなんでも売るといった類の。
当然それは対価として金を受け取るわけなんだが今回はそれがない。
ご主人様を知るものがいたのであればおそらくは皆が口を揃えてこういうだろう。
『怒ってる』と
ああ、哀れな貴族様。
友達より敵の方が多いご主人様は敵には容赦しないのです。
運が良ければ生き残れることを祈ります。祈るだけですが。死んでいても悲しむことはありませんが。
「時間です」
予定の時間になりました。メイドは素早く動くのが基本です。
私は手にしていた黒い物体を体を大きく弓なりに逸らし、
「てい!」
掛け声と共に勢いよく投擲。放り投げられた物体は天高く飛び上がります。
四キロ先の窓を射抜くことなどこのパーフェクトメイドたるリップスには呼吸をするがごとくのたやすさ。
さらにその飛んでいく物体を目で追うことすら容易いです。
ある程度の高さまで上がった物体はやがて勢いをなくし、次第に放物線を描きながらゆっくりとしかし、速度を徐々に増しながら落下を開始。
「狙い通りです!」
落下していく地点を予想し私は思わず声を上げガッツポーズ。
そして上がるは巨大な火柱。
同時に遥か遠くであるはずの我がご主人様の館まで衝撃が届き、大地が揺れます。
あまりの衝撃にガッツポーズを決めていた私も吹き飛ばされるとゴロゴロと地面を転がる羽目となりました。
よろめきながらも立ち上がると長距離にも限らず私の優れた瞳は音を上げながら立ち上がる焔の柱が目に入りました。
……ご主人様、あんな危険な物を私にも出してたんですね。
しかも性能テストもしてないやつを。
下手すれば私どころか屋敷が吹き飛ぶ位の勢いですよあの火柱。
まあ、私がいる限りそんなことはあり得ないんですが。
「しかし、恐るべきはミズノとカワノの技術力、と言うべきでしょうか」
どちらもご主人様が投資している商会ではありますが兵器の破壊力が半端じゃありません。
一体、なにと戦うことを想定して造られているのかまったくわかりません。
これだけの技術を得ると予想をして投資したご主人様の先見の明には感激すると共にミズノとカワノには別の意味での驚きを感じてしまいます。
まあ、私を潰すのは無理でしょうが。
「思ったよりでっかい花火が上がったね〜 で、リップスはなんで地面に寝転がってるの」
「ご主人様」
転がった私が上を見るとパジャマではなく外出する用の服を着たご主人様が目に入ります。
衝撃で吹き飛ばされたわけなんですが。
しかし、そんなことをわざわざ言うほどのことではない。手早く地面から立ち上がると服についた砂をはたき落とす何事もなかったかのように振る舞います。
「いえ、ご主人様が投資を行なった商会の技術力に驚いていた次第でございます」
「ミズノとカワノのこと? あれは元々が資金難であっただけだからね〜 お金さえあればなんとかなるもんだよ」
さすがですご主人様。
「それにあの二つの商会の技術は武器転用の可能性を秘めてたしね。武器は金になるし」
さすがですご主人様。略してさすご主!
そう武器は金になる。
そしてその金になる武器を売り歩く武器商人だからこそ子供のようは見た目であるご主人様にも関わらず大勢の大人に注目を集めているわけなんですが。
だが、脂ぎった大人になど愛らしいご主人様はあげません。
「もし使えなかったら奴隷にでもする予定だったしギブアンドテイクだよ」
そして子供らしからぬ冷徹さ。
その人を人とは思っていない口ぶりにキュンキュンしてしまいます。
「それでご主人様。今回の件はどうするつもりですか?」
「今回の件?」
曲がりなりにも相手は貴族。
しかも先ほどの手紙を拾った際に軽く流し読みした限りでは相手はご主人様より爵位は上です。多少の揉め事が覚悟しざる得ないでしょう。
「今回の件はたまたま、僕に嫌がらせをしてきた貴族の家にたまたま! 僕が謝罪の意味を込めて送った新作の兵器がたまたま! 暴発しただけの話だからね」
なるほど、たまたまが重なったのならば仕方がありませんね。
事故ですから。
そう事故ですから!
仕方ありません。
「さ、出かけるよリップス」
「はい、ですがどちらに?」
ロビーで時間を刻む時計の方はまだ十時を回った頃。
私の記憶では取引は昼からのはずです。
そんな疑問を頭に浮かべていた私を見たご主人様はやれやれと言わんばかりに首を振ります。
「そんなのいきなり現れたあの火柱を見に行くに決まってるじゃん? あんな超常現象が起こったんだ。きっと怪我をした人がいるかもしれない。貴族としては放って置けないよ」
「さすがはご主人様」
ないす野次馬根性と言うべきでしょうか。
まさか自分を脅してきた輩に慈悲の心をお持ちとは。その心意気に私も思わず目から魔導液体がこぼれ落ちてしまいます。
「さ! 人を馬鹿にした貴族様を嘲笑いにいくぞー!」
心の声が漏れても笑顔のご主人様も素敵です!
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