魔女メルセデスは爆破しかできない

るーるー

魔女は後に語られる

 
 雫が溢れる。
 それはゆっくりと、しかし確実に黒いものがハゲ弟の頭の傷(偽物、本人自称)に迫っていた。


「あああああああああ!アギぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉︎」


 ゆっくりと迫るポーションを見ていたハゲ弟は初めは恐怖の、しかし後には激痛による悲鳴を喉から絞り出した。それもそのはず、ポーションが垂らされた頭の傷、無論そんなものなどないのだがメルセデスがポーションをかけた場所、すなわち頭を中心に小規模の爆発が起こったからだ。


「きゃっ」
「うおっ」


 爆発が発した衝撃波に吹き飛ばされるように地面を転がっていく。受け身など取れるほどの身体能力などなかったメルセデスはというと盛大に転がっていき、ハゲ兄の方はというと転がりはしたがすぐに起き上がった。
 しかし、起こった爆発の規模のわりに響いた大きな爆音と衝撃は町に住む人をも驚かした。


「な、なんだ!?」
「ハーゲ兄弟がまた恐喝まがいのことをやってんのか?」


 このハゲ兄弟は悪い意味で有名のようだ。


「なんだ何が起こった⁉︎ モンスターの襲撃か⁉︎」


 そんな悪い意味での有名人であるハゲ兄はというと腰に差していたナイフを取り出すと、警戒するように周囲を見渡している。一方のメルセデスはというと転がった拍子に鼻を打ったらしく結構な量の血が流れ出ているのを手で押さえていた。


「おかしいですね。ボクは確かに回復用のポーションを取り出したはずなのに」


 起き上がり、鼻血を流しながら首を傾げていた。


「お、弟よ⁉︎」


 警戒をしていたハゲ兄が頭から煙を上げて倒れているハゲ弟を発見したらしく慌ててそちらに駆け寄っていた。ハゲ弟はというと白目を剥き、口から泡を吹き、頭からは煙が上がっていたが爆散や延焼などしている様子は見られず、体が時折痙攣するように動いているところを見るに生きてはいるようだった。彼の頭に髪の毛がなかったため爆発により燃えたりしなかったことも幸いと言えただろうが本当の意味で彼はメルセデスの手によって重傷を負わされたと言ってもいいだろう。


「き、貴様ぁ‼︎ 弟に重傷を負わせやがったなぁ‼︎」
「ひぃぃ!? ボクはただ回復させようとしただけなのに!」
「問答無用ぉぉぉぉぉ!」


 心臓が弱いものがみたならば卒倒しそうなくらいにおっかない顔をしたハゲ兄が音を立てながらメルセデスに向かい駆け出すとナイフを握りしめた方の手を大きく振りかぶってくる。
 メルセデスはというと悲鳴を上げながら後ろへと後ずさった。後ずさると同時にメルセデスは自分のローブの裾を自分で踏みつけクルリと回りながら転倒。
 それだけであったならハゲ兄に捕まるだけで済んだだろう。そうすればハゲ兄は弟に対する本当の意味での慰謝料を請求でき、メルセデスも普通に払っただけで済んだであろう。そう、メルセデスが普通に転んだのであれば。
 メルセデスが転んだ瞬間、やたらと肌色の部分が色々と露出、それを慌てて隠そうとしたメルセデスが体を動かしたその時、腰のベルトに備え付けてあったフラスコが外れ、割れることなく地面へと落ちるとその勢いのまま地面を転がっていく。奇しくもそれはこちらに向かいナイフを振り上げながら走って来るハゲ兄の方へと。
 そして怒りに視野が狭くなっているハゲ兄は足元になど全く注意を払わずにメルセデスに向かい走り続け、音を立てて転がっていたフラスコを踏み抜いた。


「「「あ……」」」


 声を上げたのは誰であったか。
 そしておそらくは声を上げた人々はなんとなくこの後に起こることを察していたのだろう。物陰に隠れたり耳を押さえたりする者の姿が多く見えた。


 そしてそれは皆の想像を裏切らない形で顕現する。


 ドォォォォォォォォォォォォォォォン!


 爆発である。
 それも一つ目のフラスコが起こした爆発がさらに周りを転がっていたフラスコに誘爆する形で広がる大爆発であり巨大な火柱があがるほどの大惨事を引き起こしたのである。
 それは爆破の中心部分でないにも関わらず余波だけで建物を震わし、さらには立っていた人をも軽く転がすほどの衝撃波を伴うほどのものだった。


「ハギャァァァァァァァァァァァァァァァァ⁉︎」


 ドォォォンという音が立て続けに響く爆発音とそれに掻き消されるようにハゲ兄の悲鳴が町に響き渡る。途中、爆発の余波のせいでどこかに飛ばされたのかハゲ兄の声は徐々に小さくなっていっていた。


「ひぃぃぃぃ⁉︎」


 メルセデスはというと目の前で起こる火柱にびびって悲鳴をあげていた。町の人たちも当然悲鳴をあげながら逃げ回っていた。


「消火! 消火しないと!」


 パニックになりながらもとりあえずはなんとかしなければと思い立ったのは良いことだろう。ただし、それはパニックになっていなかったらの話である。


「おい、やめろ!」


 町の人たちも気づいた。この子はとんでもなく間抜けであるということに。
 慌てたメルセデスは声をかけられたことにも気付かずにベルトに備える氷結ポーションではなくその隣の爆裂ポーション(改)を手に取る。無論、改と名が付いているように爆裂ポーションよりもいろいろと改良が加えられているのだ。


「えい!」
「「「「あぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」」」」


 可愛らしい声と共に爆裂ポーション(改)が放られた瞬間、町の人たちは悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出し、メルセデスはというと。


「あ……」


 自分が放り投げたフラスコが氷結ポーションでないことに気付き間抜けな声をあげると同時に極太の火柱から生じた衝撃波で吹き飛ばされ壁に叩きつけられると意識を失うのであった。


「ふぎゅぅぅぅ……」


 この日、トリハの町で起こった町の一部を灰塵と化した爆発事故は『爆裂の魔女』に手を出すなという常識が生まれるきっかけだったと後に町の者は語る。

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