魔女メルセデスは爆破しかできない

るーるー

魔女がギルドにやってきた

「すいませ〜ん」


 ドアにつけられた鈴が開けられたことによりカラカラという軽快な音を立て少女のものらしき声が聞こえた。
 そして室内にいた者たちは自然とその音が鳴り響いた側へと視線を向ける。
 おずおずといった様子でドアを開いているのは小柄な少女。紅いダボダボの前開きのローブとその下には白いシャツとスカート、腰にはベルトをつけておりそこにはいくつもの小さなフラスコが下げられていた。頭にはローブと同色の三角帽子、手には使い古されたであろう大きな木の杖、帽子から溢れる髪はくすんだ銀色が見て取れた。
 そんな少女の姿を見た者は一同がこう思っただろう。


(((魔女のコスプレ?)))


 御伽噺にでてくる魔女のような格好をした少女を見て皆がそう思った。
 そんな皆の心のうちなど知らない少女はというとビクビクとした様子で室内の様子を伺いながら入ってくるとカウンターの方へと歩き始めた。
 よく見ればズレた眼鏡の奥にある翠の瞳の目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。というか体がガタガタと震えている様子からみるに完全にビビっていた。
 そんなビビっている少女の周りの大人も困っていた。
 なにせここは冒険者ギルド。いるのは強面の顔の奴らが八割、性格の悪い奴らが二割というところだ。性格のいい奴? そんな奴はそもそも冒険者などにならない。
 そんな強面の自分たちが話しかけたら今すでに涙を浮かべている少女がどうなるか?


「おい、嬢ちゃん」
「ひぃぃぁぁあぁぁ⁉︎」


 当然後退るか泣きじゃくるかだろう。
 ちなみに床から煙が上がるくらいに高速に、さらには涙が溢れながらギルドの壁まで少女は後ずさりながら腰のフラスコに手を伸ばす。
 そして少女に親切心から話しかけた強面の男の背中に突き刺さるのは非難の視線。つまりは「子供をいじめるんじゃねえ!」という至極真っ当な視線である。


「お、お嬢ちゃん。冒険者ギルドに何の用だい?」


 突き刺さる視線に脂汗を流しながらも強面の男は話を続ける。そんな男の姿を見て少女もどうやら襲われるわけではないというのを理解したらしく手にしていたフラスコから手を離しホッと息を吐いた。


「急に声をかけられてびっくりしました。危うく護身用の爆裂ポーションを投げるとこでしたよ」
(えぇぇぇ⁉︎)


 安心したような少女の顔とは裏腹にギルドにいた人々は心の内で少女が告げた物騒なものに対して悲鳴に近い声を上げていた。
 なにせ爆裂ポーションと言えば広範囲殲滅型の上から数えた方が早いほどの殺傷能力を誇るポーションだからだ。
 そんな物騒なポーションらしきものを腰に幾つもぶら下げているとわかるとただでさえ離れていた少女との距離は目に見えてわかるほどに広がった。誰もが爆破物は怖いのだ。


「そ、それで嬢ちゃんはなんで冒険者ギルドへ?」


 初めに話しかけた強面の男が仕方なしに話を進める。なにせ背後からは先ほどのような刺すような視線ではなく生贄を捧げるように「早く話を終わらしてくれ!」というような視線に切り替わり誰も話しかけようとしなかったためである。


「ああ! ボクこう見えて魔女なんですよ」
(((みりゃわかるよ!)))


 またもその場の客の心が一つになった。
 怪しげなローブ、とんがり帽子、さらには怪しげな薬と杖を持っているとすれば魔女を連想するのはこの場にいる者たちにとっては容易いことであった。


 しかし、先程まで怯えていたような顔をしていた少女が年相応にはにかみながらそんなこというので「知ってたよ!」 と言えるだけの非情さを持つ人もこの場にいなかった。


「で、その魔女さんがなぜ?」
「あ、はい。ボク、メルセデス・トリニダードと申しまして新しくこの町の近くの森に住むことになったので挨拶をと思いまして」


 こちらはご挨拶の品です。と少女、メルセデスはとりだした綺麗な箱をおもむろに開けるとさまざまな色のポーションが入っているの見えるように持ちなおした。


「そ、そうか。ならあっちの受付にいきな。そういうのはギルドの職員にわたすもんだ」
「え……」
「あ、そうですね」


 強面の男が指差した先にはギルドの依頼を受理したりする受付嬢の姿があり、その顔は明らかに関わりたくないと言わんばかりに引きつっていた。しかし、引きつっていたのは僅かの間、メルセデスが顔を受付嬢に向けた瞬間には引きつりながらも笑顔を貼り付けていた。
 彼女もプロである。来るもの拒まずがモットーである冒険者ギルドの看板受付嬢としてのプライドが彼女を笑顔にしていたのである。無論、看板受付嬢というのは自称であるが。


「ではこれをお納めください」
「わ、わかりました」


 丁寧に渡された箱をメルセデスから受け取った受付嬢であるがその手は震えていた。なにせ腰に爆裂ポーションを下げて自衛用に使うような魔女である。失礼な物言いであるが何が入っているか分かったものではない。
 いや、そんなものはさすがに贈り物として送ってくるはずがないと思うのだが嫌な予感が消えない。
 そんな予感ゆえにか震える手で箱を受け取った受付嬢は見ていてわかるほどに慎重に、それはもう危険物を扱うかのように慎重に音も立てずにテーブルへと箱を置いていく。ギルド内でその動きを見守っていた一同は大きく安堵の息を吐いた。
 受付嬢も一仕事やり終えたかねように額に浮かぶ汗を拭うといい笑顔を浮かべていた。


「あの〜 そんなに貴重なものではないのでそんなに慎重に置かなくても大丈夫ですよ? ただの爆破ポーションですので」
「「「ただのじゃねえよ!」」」


 今まで心の中でつぶやくだけだった冒険者一同がついに大声を上げた。その中にはやっぱり自分の勘は正しかったと考えていた受付嬢の姿もあった。


 そしてメルセデスはというと瞳に涙を浮かべながら後ずさっていた。

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