呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第十楽章 獲物を狩る者(3)

 ドラゴンは牙を鳴らし既に魔力を放っている。
 トラウマが思考に割り込んだ為にリンカの反応が遅れた。

♪ビム(回避)♪

 際どいところで直撃は免れたが、余波で呪歌を乱されリンカは落下する。

♪レイ・フィオール(飛翔)♪

 体勢を整えている間に距離を詰められた。
 ドラゴンが空を噛む。

♪ビム(回避)♪

 ドラゴンが牙を鳴らす。

♪ビム(回避)♪

 ドラゴンが発する魔力がリンカの肌をひりつかせる。距離を取りたいが、加速する隙が無い。
 このままではいずれ、リンカの集中力が切れる。
 一方のドラゴンは体力にも魔力にも余裕があるだろう。遊び半分で必死のリンカを殺せるのだ。
 牙が鳴る。

♪ビム(回避)♪

 牙が空を噛む。

♪ビム(回避)♪

(もうダメかも……)
 リンカが弱気になったそのとき、雷鳴が轟いた。
(雷の魔法!?)
 窮地に陥ったリンカの脳が必死に役立つ記憶を掘り返す。
――大気は最強の絶縁体である。その絶縁体を貫く雷からしたら、空中にいる生体は最高の導電体。必ず着雷するので、空で雷雲に出くわしたら直ちに地上へ――
「どうしてあの人・・・の本なの!」
 悲しい事にリンカの魔法知識は全てあの人・・・から与えられたものなのだ。
 そして地上に降りる暇など無い。雷は空中の生体に――
 雷鳴にドラゴンの咆哮が重なり響き合う。リンカは思わず振り返った。
 雷光に包まれたドラゴンが吠えている。その様はまるで「雷に打たれて悲鳴を上げている」かのよう。
(あれ、どうして私に来ないの?)
 雷に打たれたのはドラゴンの方だった。しかし晴れ渡った空に雷雲など無い。
「まさか」
 目を眩ませたか、首を振るドラゴンの脇に小さな影が。紺色のコートが空を滑ってきた。風でフードが外れ、銀髪が風になぶられている。
「トゥシェ!」
 リンカの弟子が飛んで来た。その手に長杖を握って。
 その意味するところは――
「キースキンは救出しました!」
 リンカが一番聞きたかった言葉が、耳に届く。
(ラッドは助かったんだ……)
 力が抜けて意識が遠のく。
「先生!」
 トウシェがぶつかってきた。リンカを抱きかかえ、そのまま落下する。
「もう誘導は不要です。隠れます!」
 だがドラゴンは既に目眩ましから立ち直っていた。巨大な目が二人を睨んでいる。口を開き――
「トゥシェ、避けて!」
 それが無理とは分かっていた。緊急回避は呪歌しかない。
 一か八か、リンカはトゥシェの体に両手を回した。
 牙が噛み合わさる。

♪ビム(回避)♪

 二人分の重さで回避が鈍い。
(避けられない!)
 と絶望したのは一瞬。襲い来るはずの魔力が感じられない。
 ドラゴンはまた口を開けていた。
(フェイント!?)
 リンカは罠にはまったのだ。
 無理な回避で二人は姿勢を崩している。次の攻撃は避けられない。
(殺される! トゥシェまで!)
 それだけは避けたかった。だがトゥシェが速すぎて、リンカが死ぬ前に到着してしまったのだ。
「離れて!」
 リンカはトゥシェを突き放そうとした。だが両腕で強く抱きかかえられているので離れようがない。
 絶望したリンカが見つめるドラゴンの口が、さらに大きく開いた。

 ガガガガッガガガガ!!

 耳障りな音がドラゴンの口から迸った。巨体が姿勢を崩している。
(え!?)
 いきなり視界が緑に閉ざされた。二人は山林に突っ込み、地面すれすれで停止した。
 地に足が着いた途端、またリンカはへたり込んでしまった。
「はあ、はあ……生きている……」
「……良かった……間に合って……」
 トウシェも両手を落ち葉に着いて肩で息をしている。芸人を運んできた時のように精根尽き果てているようだ。考えてみれば昨日のことである。
「ありがとう、トゥシェ」
「……まだ、ドラゴンから逃げおおせてはいません」
「そうだね。でも、どうして急に暴れたんだろう? トゥシェが何か?」
「……僕は雷撃で注意を逸らしただけで、他は……」
「そうなんだ」
 助かったもののリンカは釈然としない。
(偶然? にしてはできすぎている)
 トゥシェがよろめきつつ立ち上がった。
「……ドラゴンが移動を始めました」
「え!?」
 木陰からドラゴンの影が覗ける。
「戻って行く。どうして?」
「……旅団の構成員を見つけたのでしょうか?」
「そんな程度で戻ったりしないよ。私を魔導師だと思って怒っていたんだから」
「先生が魔導術を!?」
「真似だけ。集めた魔力を魔界の魔力くらいに圧縮して、密度を高めて打ち込んだの」
 へたり、とトゥシェが両膝を着いた。杖を放してリンカの両肩に手を置く。
「……お願いですから、もっと自分を大切にしてください……でないと僕は……」
 涙混じりだ。
「ごめんね。私、自棄になっていた」
「……もう二度と、危険な真似はしないでください」
「そうだね。もうしないよ」
(私が自棄になったらトゥシェを巻き込んでしまう)
 再び奇跡的な偶然が起きる事など無いのだから。
「……今のうちにこの場を離れましょう。ドラゴンが戻ってこないとは限りません」
「うん。でも、どうしてドラゴンは戻るんだろう?」
「……魔獣の考える事ですから」
「トゥシェ、相手を見くびっちゃダメだよ。ドラゴンは人間より知恵があると思って」
「……心得ます。しかし、考えるのは移動した後にしてください」
「そうだね。あ、そう言えばラッドはどこ?」
「……洞窟を出た所で別れました」
「ドラゴンが戻ったら危ないよ」
「……中隊本部に戻るとは限りません」
「元々ドラゴンはそこか、その近くに用があったんだよ。私に怒ったから追いかけただけで、まだ目的は果たしていない。私を忘れたら、行き先は一つのはず」
「……分かりました。ドラゴンに見つからないよう注意して探しましょう」
「ありがとうトゥシェ。ごめんね、危ない事ばかりさせて」
「……いいえ。先生に会う前は、もっと危ない事をしていましたから」
 そう言ってトゥシェはフードを被りなおした。

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