呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第八楽章 黄金の夜明け旅団(8)

 リンカは途方に暮れたまま空を飛んでいた。その側をフェアリーのルビが小鳥の様に舞っている。
「ねえラッドは~?」
「うん、どうやって探そうか?」
 迂闊うかつにも程がある。解放される町が分からないでは、探しようがない。
「人探しの呪歌なんか無いし、失せ物探しで何とかできないかな……」
 ルビに説明しているのか自分に言い訳しているのか、分からない程リンカは混乱していた。
「とにかく事情を説明しないと」
 カーメンの町が見えて来た。するとリンカの額に引っ張られる感覚が。魔力覚が近づいてくる魔力源を捉えたのだ。
 その魔力源が発するリズムを知っていたので、リンカの胸がズキンと痛んだ。
「トゥシェだ~」
 ルビが手を振った。
「……先生」
 杖も無いのにトゥシェは素早く上昇してきた。
「……先生、キースキンは?」
「余所の町で解放するって」
「……とりあえず身を隠しましょう」
 見れば弟子は二人の荷物を背負っていた。
「でも、町長さんに説明しないと」
「……今戻ったら脱走幇助で逮捕されます」
「仕方ないよ」
「……いけません!」」
 トゥシェがリンカの腕を掴んだ。
「……先生はこんな所で終わって良い人ではありません。魔法界の間違いを正せる、たった一人の人間なんですよ」
「でも、悪い事をしたら罰を受けなきゃ」
 トゥシェは悲しげに顔を振った。
「……僕の願いはいつも拒まれるのですね」
「ご免ね。私を心配してくれるのは嬉しい。でも……」
「……分かりました。ですが、出頭はキースキンの無事を確認してからにしてください。もし連中が解放しなかったら、誰が彼を助けるのですか?」
「そうか。そうだね」
 町への償いより、恩人の無事を確認する方が優先だ。
「それなんだけど、私うっかりして……どこで解放されるか聞かなかったの……」
 あまりに情けなくて涙が出てくる。
「……方法はあります」
「本当に? いや、トゥシェが言うんだからそうなんだね!」
 師匠より遥かに優秀で賢い弟子がそう言うのだ。ここは任せるのが一番だとリンカは判断した。

 三人は町から離れた川原に降りた。
 トゥシェがしゃがみ込んで砂地に魔法円を描く。その周りをルビが飛び回った。
「これでラッドがみつかるの~?」
「……キースキンを探すのは困難ですが、彼が持っている杖を探知するのは容易です。あの杖ほど僕が知っている品はありませんから」
「そうか。繋がりの強さが魔法の効果を高めるんだね」
「……関係性の法則を良くご存じで」
「うん、本で――」
 不意にリンカの脳裏にあの時・・・の光景が蘇った。記憶を探ったが為にトラウマを呼び起こしてしまったのだ。
 リンカの意識は過去に飛んでいた。幸せの絶頂だった、心から尊敬していたに初めて会ったに。
「やだ!」
 自分の声で我に返った。リンカは今異国の川原にいる。
「どうしたの~? おおごえで~」
 ルビが不思議そうに近寄ってきた。
「だ、大丈夫。ちょっと、嫌な思い出がね」
 額の汗を拭って見やると、弟子は師匠を気遣ったか聞こえない振りをしてくれていた。
 程なくトゥシェは魔法円を描き終えた。立ち上がって呪文の詠唱を始める。
「……メーベルアルゲート、ヴァルゲンオーストヴィン――」
 トゥシェが呪文を使うのは、リズムを身につける程使い慣れていない魔法くらいだ。探知魔法自体は慣れていても、探す対象が違えば魔力リズムも変わるのだから仕方ない。
「……我は求む。我が杖の在処をそこに示せ。探知!」
 魔法円が輝き、全方位に向かって魔力が発散された。リンカの足下を瞬時に過ぎて彼方へと抜ける。
「ふわ~、すごいまほうだ~」
 天を仰ぐトゥシェのフードがずり落ち、銀髪が露わになっていた。
「……はあっ……」
 大きくトゥシェは喘ぐ。額に汗が浮かんでいた。
「ラッドみつかった~?」
「……反応はありませんでした」
 首を振る弟子の汗をリンカはハンカチで拭ってやる。
「やっぱり杖が無いと難しいんだね」
「……そうではありません。精度が悪くても方角くらいの反応はあるはずです。反応が無い、これの意味する所は『杖は魔法が届かない場所にある』です」
「そんなに遠くって事?」
「……それほど時間は経過していません。恐らく魔法壁の中にあるのでしょう。可能性が高いのは、連中の隠れ家です」
「まだラッドは捕まったまま?」
「……そうまで抱え込む価値が彼にあるでしょうか? この場合、杖を取り上げたと考えるべきでしょう」
「そうか。トゥシェの杖は高級品だから盗られちゃったのか」
「……しかし、これでキースキンの手がかりは無くなりました」
「そんな事ないよ。だって隠れ家にトゥシェの杖があるんでしょ? それを盗った人がラッドを町に置いてきた人だよ、きっと。だからその人に聞けばラッドがどこにいるか分かるんじゃないの?」
「……そういう推測は、成立しますね。ですが……」
「どうせやっつける相手なんだから、ラッドの無事を確認する前か後かなんて大して違わないじゃない」
「……分かりました。もう止めません。しかし――」
「なに?」
「……もう二度と僕を『巻き込みたくない』と思わないでください。それは先生と運命を共にすると誓った僕への、最大の侮辱です」
「うん、ごめんね。もう二度としない。トゥシェ、ありがとう」
「ねえラッドはどこ~?」
「ごめんねルビちゃん。もう少しかかるの。まずは隠れ家を探さないと」
「……ご安心ください」
 トゥシェの緋色の瞳が静かに輝く。
「……僕の探知魔法を打ち消すほど強力な魔法壁なら、それが発する魔力を探知するのは容易です」
 自信に満ちた言葉が頼もしかった。

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