呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第八楽章 黄金の夜明け旅団(3)

「だとしても、身ぐるみ剥がされかけた者としちゃ、簡単に信じるわけにはいきませんよ」
 ラッドは敢えて強気に出た。
「なんだと?」
「お仲間が捕まったとき、襲われていたの、俺なんですよ。盗賊の被害者なんです、俺は。だから助けてくれた呪歌使いの仲間になったんです」
「それは、不運な巡り合わせだったな」
「町が賞金を懸けていたってなると、相当被害が出ていたはずです。貧乏人からなけなしの財産を奪う人たちの、どこが正義なんですか?」
「善悪とは絶対的ではなく相対的なものだ。君たちは連盟の悪辣さを知らないから、我々が悪く見えるのだろう」
「どうですかね。もし魔法使い連盟が悪の組織なら、俺の同業者が歌っているはずですよ。思い切り揶揄した吟遊詩をね」
「――なんだと?」
「有名な組織の悪事なら、吟遊詩の格好の題材です。権力者をこき下ろすという、庶民の願いを叶えるのが俺たち吟遊詩人ですからね」
「それは、連盟が巧妙に悪事を隠蔽しているからだ」
「その程度で吟遊詩人が『巨悪に気づかない』と思っているなら、随分とバカにしていますよ。あ、だからだ。黄金の夜明け旅団は俺たち吟遊詩人をバカにしているから、そんな組織の言い分なんて誰も耳を貸さないんだ。庶民に情報を、歌で伝えるのが吟遊詩人なのに、それをバカにして遠ざけるなんて。皆さんが正義かどうかは知りませんが、確実に言えるのは間抜けな組織だってことですね」
「貴様、口に気を付けろ」
「もし黄金の夜明け旅団が正義で、巨大な陰謀によって隠蔽されているなら、それこそ吟遊詩人が歌って広めますよ。本当に、正義だとしたらね。でもそれが無い。となると答えは二つに一つ。黄金の夜明け旅団が吟遊詩人をバカにしているからか、実は悪であるか」
「吟遊詩人風情・・が何を偉そうな」
 むかついたがラッドは堪えた。
「だって、巨悪に立ち向かう勇者なら個人だって歌い広めるのが吟遊詩人ですよ。バラキア神国を知っていますか? 既に滅んでいますが、酷い圧政を敷いた国です。そんな暴政にただ一人で立ち向かった勇者がいます。政府が禁じた薬を売り歩く行商人です」
「行商人が勇者だと?」
「ええ。死病と言われた赤熱病の特効薬で、大勢の命を救ったのです。そんな勇敢な行商人の吟遊詩を、国中で歌って広めたのが吟遊詩人ですよ。お陰で人々は希望を持てた。それに腹を立てたバラキア政府は歌を禁じた。そうしたら歌詞を変えて別の歌として歌い続ける。それが吟遊詩人です」
「だ、だが歌っただけではないか」
「その歌を聞きつけて立ち上がったのが、後に伝説の英雄と歌われたフィンギルトです」
「なんだと!?」
「歌は人の心を動かします。そして人が動けば、歴史だって動かせるんです。字が読めない人の方が多いこの国で、リリアーナ大王の事を誰もが知っているのは、吟遊詩人が歌っているからです。断言しますが、字が読めない人が知っている大王様の情報は、全部吟遊詩になっていますからね」
「話が大げさ過ぎるぞ」
「嘘じゃありません。リリアーナ大王の吟遊詩、俺は全部歌えますよ。それが歌えなくちゃ、この国じゃ商売になりませんから。あ、新ネタは除きます。毎月新しい吟遊詩が作られていますから」
「そんなに簡単に吟遊詩など、作れるものなのか?」
「昨夜、即興で作った歌で拍手喝采を浴びましたよ、俺は。広場を埋め尽くした大観衆から」
「いくら何でも嘘くさいぞ」
「カーメンの町で聞いてくださいよ。昨夜、歌姫の舞台に乱入した吟遊詩人が拍手喝采を浴びたって事は、噂になっていますから」
「だとしても、即興だと?」
「ネタは、その前日に俺が盗賊に、あなたのお仲間に襲われた件です。体験談くらい即興で歌えないんじゃ、吟遊詩人として食っていけませんよ。しかも、助けてくれた呪歌使いが隣にいる。その活躍を称える吟遊詩、これで客が喜ばないわけがない。交易都市は盗賊魔法使いに悩まされていましたからね。お陰で、カーメンの町では呪歌使いは大人気ですよ」
 ラッドは勝負に出て、印象操作を織り交ぜて語った。
「余計な真似をしてくれたな」
 しかし素人はそれに気づいていない。
「助けてくれた恩義に報いたまでです。俺は義理堅いのが信条なんでね。俺が伝えた情報で、カーメンの住人は呪歌使いの味方になりましたよ」
 念を入れて誘導する。すると小隊長が間を入れた。
(少しわざとらしかったかな?)
 だが怪しんでいるというよりは、考えているような表情だ。そしてゆっくりとしゃべりだす。
「つまりだ、黄金の夜明け旅団を称える吟遊詩を作れば、大勢の支持を取り付けることができるのだな?」
(かかった!)
 喜びを圧し殺してラッドは慎重に言葉を選ぶ。
「誰がそんな事を言いました? 呪歌使いが支持されたのは、悪い盗賊を捕まえるという正義を行ったからですよ。盗賊では称えようがありません」
「待て。それは君が、黄金の夜明け旅団の事を知らないからだ」
「そりゃ、真実の姿を知れば作れますよ、吟遊詩の一つや二つ。でも罪の無い人間を人質にして、挙げ句に殺そうなんて人たちが正義だなんて、あるんですか?」
「早合点するな。俺は殺すなどとは言っていないぞ」
 それはラッドも知っている。先ほど突っ込んで聞かなかったのは「言わせない」為だ。
「でも人質交換が不成立なら、見せしめに俺を殺すんでしょ?」
「その様は事は避けるとも」
「でも可能性としてでも、自分を殺す人たちの正義を信じるなんて無理です」
「分かった。では取り引きとしよう。吟遊詩を作れば殺さないと約束する。人質交換が不成立でも、だ」
 ラッドは心中で勝鬨かちどきを上げた。絶体絶命の危機から舌先一つで生き延びたのだ。
「それじゃあ、まず組織について教えてください」
「良かろう。だが俺は疲れた。同志スレーン、説明してやれ」
「は、デニ小隊長」
 指名されたのは少女の方だった。
(うわ、これは困る)
 年頃の異性だと観察どころではなくなる。だが散々ごねた後だ。さらなる譲歩は引き出せまい。
(意識するな意識するな。相手は悪党相手は悪党相手は悪党)
 だが少女が間近に迫ると心臓が高鳴ってしまう。甘い香りが鼻腔をくすぐる。先ほど背中に感じた柔らかい感触が蘇ってくる。
 半ば夢心地のラッドに少女は語り出した。
「私たち黄金の夜明け旅団は――」



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