呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第七楽章 新しい仲間(6)

『魔法使い連盟オライア支部
 ダキシー=タンレー副支部長
  アコウ都レイセン区コーマ街七十五番地』
 歌姫レラーイ=ハルトーはクラウト語とオライア語とが併記された名刺をまじまじと見つめた。
 内容を信じるにしても不信は残る。何しろ目の前の男が「来訪は内密に」などと言うのだ。
「まず貴方が連盟の人間であると、どう証明してくださるのかしら?」
「執事の方が取り次いでくださった、を理由にしてはいけないのでしょうね?」
 そう痩せた男は苦笑した。
「当然でしてよ」
「では失礼」
 ダキシーが手を振るや、レラーイが手にした名刺が強烈な光を放つ。眩んだ目を瞬かせたその刹那で名刺が消え失せていた。
「いかがですか?」
「これで証明されたのは、貴方が魔法使いであることだけでしてよ」
「これは手厳しい。本来なら『支部にお問い合わせください』と言うところですが、何分私の来訪は内密でないと困りますので」
「連盟にも、ですの?」
「連盟にこそ、です」
「まあ、不穏ですこと」
「連盟は不穏な魔法使いから一般人を守るのが使命です」
「あたくしの使用人や楽隊に魔法使いはおりませんわよ」
「聞きましたところ、先日魔法による被害を受けたそうで。呪歌使いと称する少女だとか」
 レラーイのはらわたが煮えくりかえった。だが感情を露わにするのは教養ある人間のする事ではない。
「あれは災難でしたわ。ところで、呪歌使いも魔法使いですの?」
「本人が称しているだけで、魔法使いに他なりません」
「それで、その魔法使いをどうにかしてくださいますの?」
「具体的な被害は?」
「舞台装置を壊されてしまいましたの。怪我人が出なかったのは不幸中の幸いでしてよ。でも、お陰で公演が延期になりましたわ」
「魔法によって、ですね?」
「呪歌とやらが魔法なら」
「加害者は弁償しましたか?」
「町が肩代わりしましてよ。その条件で町の仕事を請け負ったようですわ」
「損害を町が肩代わりした――となると示談は成立したのですか?」
「それだけではなく、前説で舞台に出しましたところ、メチャクチャにされましたわ。お陰で舞台は大失敗でしたのよ!」
 つい興奮してしまい、レラーイは咳払いした。まだ喉に負担はかけられない。
「とにかく、舞台を台無しにされましたの」
「魔法によって、ですか?」
「ええ。ファンの方々に魔法をかけて、無理やり喜ばせましたのよ」
「その場合、被害者はファンの方々になりますが」
「そのせいでファンの方々はあたくしの舞台を楽しめませんでしたわ」
「その場合も被害者はファンになります」
「お陰であたくしは、危うく喉を潰すところでしたわ」
「魔法によって、ですか?」
「いいえ。魔法をかけられたファンの方々を目覚めさせようと無理をしたせいですの」
「残念ながら、それは本人の自由意志による行動ですので、魔法による被害とは認められません」
「貴方は何をしにいらしたの?」
「失礼しました。今までは過去の事例で違法性が問えないかを確認したまでです。ここからが私が到着を早めた本来の目的となります。連盟は、まだ私が途上にいると思っているはずです」
「それで、その目的とは何ですの?」
「現状で違法性が問えないなら、問える状態にすれば良いのです」
「つまり『再犯を待て』と?」
「いいえ『再犯をさせる』のです」
 ダキシーが声を潜める。なるほどとレラーイにも合点がいった。これは確かに内密な話である。
「ですけど、そう上手く運びますかしら?」
「魔法使いが一般人とトラブルを起こした場合、連盟職員は事故回避措置として魔法使いを拘束できます。その時点で違法行為が無くても、緊急性ありと判断すれば身柄を押さえられるのです」
「まあ、耳よりですわね」
「事情聴取で危険性が認められた魔法使いは査問委員会に送られます。審議の上『反社会性あり』と判断された場合は監視対象に指定され、以後連盟の監視下に置かれます」
「ぬるい措置ですわね」
「事情聴取の際に抵抗するなどして『潜在的犯罪者』と判断された場合は魔力の封印処置を行います。以後魔法は使えなくなります」
「呪歌が使えなくなる、と?」
「呪歌も魔法ですので、当然使えなくなります」
「それは心強くてよ。タンレーさんでしたわね。お目にかかれて嬉しいわ。何かお礼をしなければ」
「お礼などとんでもない。連盟の使命は一般人への奉仕です。ただ、使命を果たすには十分な人材が足りていないのが問題でして」
「それは、ご苦労なさっていることでしょうね」
「はい。例えば各国の支部責任者を現地採用に限定したが為、任に耐えない人物が就く例があります。少数ですが、不幸にもこの国がその一例でして」
「それは不愉快ですわね」
「はい。地元政府から改善を訴える声が出ない限り、連盟の本局は対応しないでしょう」
 ダキシーの狙いが読めた。邪魔な上司を排除して自分が、あるいは仲間を支部長に据えたいのだ。こういう上昇志向の人間はレラーイには理解しやすい。
「お嘆きになる必要はありませんわ、タンレーさん。幸いにも、あたくしには執政院に身内がおりますの。その旨手紙をしたためますわ」
「それは助かります。これで連盟は、なお一層オライア国民の為に尽くせます」
 一礼してダキシーは口元を緩めた。レラーイも笑みで応じる。これで契約成立だ。
 ダキシーが退出した後レラーイは窓を開け、部屋の空気を入れ換えた。
「キツネみたいな人間って、魔法使いにもいますのね」
 首都勤務の男がレラーイの祖父を、ハルトー執政院議長を知らぬはずがない。伝手を作る為に接近してきたのは確実だ。
 祖父を頼るのはしゃくだが、魔法使い連盟に伝手ができる事はレラーイにも好都合である。希少な魔法使いに影響力を持てれば何かと便利なはず。
「それに」
 自分は手紙を書くだけ。祖父が動かなくても昨夜の報復ができるのだ。
「詰めが甘いキツネですこと」
 呼び鈴を鳴らすと執事が花束を抱えて入ってきた。
「来客中にファンの方が見えました」
「あら素敵ね」
 赤や黄色の花々が芳しい香りを放ち、ダキシーに汚された空気を浄めてくれる。
「バノン、お祖父様に手紙を書きますわ。それと、呪歌使いの小娘を広場に誘導なさい」
「かしこまりました、お嬢様」
 誘導――呼ぶのではなく来る様に仕向ける――を瞬時に理解した執事は深々と頭を下げてから退出した。
 レラーイは花束に添えられた封筒を空けた。拙い字が書かれたカードと、さらに小さな封筒が入っている。
『けいあいする歌姫さまへ。あなた様にあこがれています。つらいできごとに負けないでください。お花と、元気がでる力をお送りします。――歌姫さまのさんびしゃ』
 小さな封筒には「魔法のお守り」「魔法使いの前で開けてください」とある。これから呪歌使いと対峙するレラーイにとり、これ以上にない贈り物だ。
「幸運神フィファナが微笑んでくれたのかしらね。それとも――」
 折良くノックと共に執事が戻ってきた。手紙の用意をお盆に乗せて。
「早かったわね」
「お嬢様、呪歌使いの弟子が広場におります。今師匠を招きますと二人が揃ってしまいます」
「それは厄介ね」
「見受けましたところ、弟子は感情的になりやすい人物かと」
「確かに、そうでしたわね」
 一昨日も激していたのは弟子の方だ。レラーイに損害を与えたのは師匠だが、気分を害してきたのは専ら弟子である。小生意気な弟子が魔法が使えなくなる展開も面白そうだ。
「ちょっと弟子に挨拶してきますわ」
「お嬢様のお手をわずらわせるまでもございません。私めにお任せを」
「子供扱いしないでちょうだい」
「差し出がましい真似をいたしまして、申し訳ございません。くれぐれもご用心を。何分相手は魔法使いですので」
「心配いりませんわ。貴方が用意してくれたお守りがありますもの」
「はて、何の事でございましょう?」
「そういう事にしておきますわ。貴方は良い執事でしてよ」
「恐れ入ります」
 頭を垂れる執事を残し、レラーイは部屋を出た。


                   ♪


 トゥシェを探してラッドは中央広場までやってきた。
 後悔、羞恥、自己嫌悪など様々な感情が入り乱れ頭が混乱している。今考えられるのは一つだけだった。
(とにかく謝ろう)
 異性の前で頭を下げるのは抵抗があったが、幸い「トゥシェに杖を届けに行く」という口実があった。リンカもラッドを一人で行かせてくれた。恐らく「男同士で決着を付けてこい」との気遣いだろう。半年程度とはいえ年長者らしい。
(謝って、その後は……トゥシェの反応次第か)
 これから行動を共にするのだから、後々の為にわだかまりは解消しておきたい。
 だがしかし、当のトゥシェが見つからない。
 人でごった返す交易都市で一人を探すのは難しい。目印である長杖は今ラッドの手にある。
(騒ぎ、起きていないな)
 フェアリーを見れば人々が騒ぐはず。しかし噂話が集まるだろう広場でも、それらしい騒ぎや人だかりは見当たらない。もしルビが姿を消していたら、見つけるのは至難の業だ。
「フードを被った紺色のコートを着た少年を見ませんでしたか?」
 手当たり次第に聞いて回るも収穫は無し。
「どうしよう……」
 途方に暮れるラッド前に、不意にドレス姿の娘が立ちはだかった。
「貴方、魔法使いでしたのね!?」
 耳に残る声質、縦巻きの金髪、見覚えある顔。
「レ、レラーイ……ハルトー?」
 吟遊詩人など足下にも及ばない高名な歌姫が、何故かラッドに話しかけてきた――というより糾弾してきた。
「道理で。あんな拙い演奏で拍手喝采を浴びるなんて変だと思いましたのよ。やはり魔法の仕業だったんですわね!?」
「え? は?」
 ただでさえ異性に弱いラッドはパニックに陥った。
「惚けても無駄ですわ! 貴方が魔法使いであることは明々白々でしてよ!」
「あ、あの、俺、吟遊詩人、ですが」
 背を向けて楽器ケースを見せる。先ほどの反省で担いできたのだ。
 だがレラーイはまなじりを釣り上げラッドに指を突きつけた。
「その杖が証拠ですわ!」
「え、これ?」
 ラッドが杖を動かすやレラーイが金切り声をあげる。
「あたくしに魔法を使うつもりですのね!?」
「え、は?」
 何が何だか分からずオロオロするラッドを尻目に、レラーイは小さな封筒から羊皮紙を引っ張り出した。
「これで、貴方の魔法は無効ですわ!」
 広げられた羊皮紙には二重円と星形の図形や記号など――トゥシェが地面に描いたのと似ている――が描かれており、それらの線が光った。
 全身に痺れが走り、平衡感覚が消え、目の前に地面が迫った。手を着こうにも体の自由が利かず、額に激痛。手足どころか瞼さえ動かず、激突する瞬間を目に焼き付けた。息も苦しい。
 悲鳴が木霊のように頭蓋骨に反響する中、誰かがラッドに覆い被さった。ひどく柔らかい。
「確保!」
 少女の声が覆い被さった人物から響き、ラッドの胴に両手が回された。
(俺、今女の子に抱きつかれているのか?)
「離脱!」
 やや遠い男の声。
 地面がグルグル回り、次第に遠くなってゆく。人々の頭を見下ろして――ラッドの意識も遠ざかり、闇に落ちた。



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