呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第四楽章 歌姫の舞台(2)

 交易都市の大通りは脇街道より広く、両側に家屋がひしめいていた。そして人が溢れている。どこから集まってきたのか、それとも日頃から祭のように人でごった返しているのか、交易都市が初めてのラッドには分からない。
「甘かった……」
”あまいもの~? ルビもほしい~”
 宿にザックを預けたラッドはフィドルのケースだけを背負っている。公演までの待ち時間で一稼ぎと踏んでいたのだが、その目論見が甘かったのだ。
 既に広場が満員のため入場規制されている。通りの真ん中では台に乗った役人が声を張りあげていた。
「広場にはもう入れない! 公演を聞かない者は帰れ! 聞きたい者は列に並べ!」
 一際人が集まっていたのは行列だった。
「これ、どこに向かっているんで?」
 旅人風の男が役人に尋ねている。
「広場に面した幸運神殿だ。歌は聞こえるぞ」
「庭があるんで?」
「庭は無い。礼拝堂だ」
「それじゃ舞台が見えないんじゃ? それにおれは大地神タイアズの信者なんですよ」
「幸運神殿の好意が嫌なら帰れ!」
”なになに~、けんか~?”
「他の神様の神殿に入ると罰が当たるんじゃないか心配なんだろう」
”いたいの~?”
「さあ、俺は罰が当たった事ないし。そもそも自分の神様の神殿に入った事がない」
”どうして~?”
「少ないんだよ、工芸神殿って。アルヒンの町には海洋神殿しかなかったじゃないか。途中の町も大地神殿か幸運神殿ぐらい。工芸神タンバルは職人の神様だから、一つの町にいる信者の数が少ないんで巡回神官が回ってくるだけなんだ」
”ラッドってしょくにんなの~?”
「芸術家の神様でもあるんだけど、芸術家なんて職人より少ないから。アルヒンの町じゃお師匠様を除いたら、流しのおっさん一人くらいだぞ」
 ラッドの側にいた中年女が露骨に顔を背けた。傍目には独り言をしているのだから当然の反応である。
 ラッドの頬から耳まで熱くなった。
(独り言よりイタいよな、妄想相手のおしゃべりなんて)
 妄想少女がラッドの内なる声を聞けず、声に出さないと会話できないのが理不尽だった。


 行列が進みラッドは広場に入った。巨大な礼拝堂と白亜の尖塔が近づく。空を狭めるほどの巨大建築である。
”ふわ~、これひとがつくったの~?”
「ああ。かなり古いから、元は太陽神殿だったんだろうな」
”いまはちがうの~?”
「だから幸運神殿だって。太陽神殿はルガーン人と一緒に大陸を追放されたんだ」
”どうして~?”
「圧政を諫めるどころか、お墨付きを与えていたんだ。だからリリアーナ大王に追放された。で、空いた神殿に幸運神殿が入ったんだ」
”ばちはあたらないの~?”
「そりゃまあ、リリアーナ大王が信奉する、今一番力がある神殿だから。昔は信者少なかったそうだけど、今はどんどん増えているって。ルガーン人以外の太陽神ラ・ルガの信者とか、圧政から助けてくれなかった神様に見切りを付けた人が、改宗しているんだ」
”かいしゅうってな~に?”
「信じる神様を替えること」
”かえないひともいるの~?”
「兄貴たち町の皆は改宗しないで、海洋神ミイマズの信者のままさ」
”どうして~?”
「祖父さんはこう言ったよ。『俺らは海洋神ミイマズのお陰で生きてこられた。それで十分だ。それ以上救ってもらおうなんて贅沢だ』って」
”かみさまなのに~、すくってくれないの~?”
「いや、だから海洋神ミイマズのお陰で船は守られたし、魚も捕れたし――あれ?」
 確かに今のオライア人なら、それで十分救われるだろう。生活ができるのだから。だが、奴隷時代は話が違う。
 創世の神々は世界を創られた。生活の神々は生業を助けてくれる。神殿へ行けば治癒の法術で怪我や病気を治してもらえる。
 だが奴隷は奴隷のままだった。
(奴隷のままで祖父さんたちは救われたと言えるのか?)
 神々が救ってくれるのは命だけで、社会的地位や身分は範疇外である。
(神々は「人間は命さえあれば良い」と思っているのか?)
 命より大切なものがあったから、ラッドは野垂れ死にを覚悟して故郷を出たのだ。
 故郷に留まれば命の保証はある。町の名士の実弟として金銭的に苦しむ事もない。だが、その代償として兄の名誉の汚点となり続けねばならない。
 それが嫌だから、自分の命より兄の名誉の方が大切だから、堅気を捨てて漂泊の身を選んだのだ。
(命さえ守れば、人間の尊厳を意に介さないのか、神々は?)
 ルガーン帝国でもバラキア神国でも、神殿は圧制者の側にいた。太陽神ラ・ルガと戦争神バラクは、弾圧された民衆に邪神とさえ呼ばれたではないか。
 創世三神にしても、天空神殿は戦争神殿に協力したとしてクラウト王国から追放されたし、海洋神殿は西方辺境地域で侵略戦争に加担したとして糾弾されている。罪を問われていないのは大地神殿ぐらいだ。
 工芸神タンバルにしても、神殿が少ないので演奏以外で助けてくれる事があるとは思えない。
(いっそ俺も……)
”ラッドはかいしゅうしないの~?”
 ルビに心を見透かされ、ラッドは飛び上がりそうになった。
「別に、工芸神タンバルに不満は無いさ。それに、俺は幸運に見放されているし」
”そうなの~?”
「見れば分かるだろ、この貧弱な体格。双子なのに兄貴と大違いだ。生まれる時、幸運神フィファナは兄貴だけ祝福して、俺は見捨てられたんだ」
”フィファナっていじわるなんだ~”
「そうだな。意地悪なんだ」
 神々がもたらす御利益と不利益、双方を天秤に掛けたら竿はどちらに傾くか?
 オライア人については不利益に傾くのでは、とラッドには思えた。

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