呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚
第一楽章 吟遊詩人の少年(4)
炎を上げる杖頭が向けられると、ラッドはフィドルを構え直した。吟遊詩人として死ぬなら、演奏中こそが相応しい。
(それに、さっきの演奏はまだ終わっていない!)
演奏を途中で止めたりしたら、お師匠様に叱られる。
♪金色の冠金色の髪碧玉の瞳
後の大王リリアーナ女王也
五百年の長きに渡る圧政は
一夜にして終わりを告げる
解き放たれし民人は歓喜し
高らかにその御名を称えん♪
「紅蓮の炎よ、我が眼前の敵を焼き尽くせ!」
魔法使いが命じるや炎が踊り上がった。火柱と化してラッドに襲い来る。
”ラッドあぶな~い!”
(まだ途中だ!)
♪救世の君よリリアーナ大王
永遠に称えよ偉大な御方を
リリアーナああリリアーナ
大恩の御名を永遠に称えん♪
歌いきれた。
もう思い残す事はない。
「これが、吟遊詩人の死に様だ」
ラッドは迫り来る火炎を見つめた。
(短い人生だったな……)
生まれてから良い事など何もなく、自立した途端に果てるのだ。
ラッドは息を詰め、その時が来るのを待った。
死が、ラッドを掴む――
――
――苦しくなって息を継いだ。
「あれ?」
腕力に欠けるラッドだが、職業柄肺活量だけは鍛えられている。その自分が息切れしたのだから相当時間が経過したはず。
だのに、まだ焼かれていない。自分も、楽器も。
分隊長から伸びる炎は、手を伸ばせば届く距離で赤々と燃えているのに。
「あれれ?」
ラッドに届かないのは炎だけではなかった。熱も感じない。まるで見えないほど透明なガラス窓が炎も熱も遮っているかのように。
「お頭、失敗ですかい?」
黒髭がおずおずと問いかけた。
「バカな……この俺様が火炎魔法ごときをしくじるなど……」
分隊長は汗だくで火を噴く杖を握っている。炎で暑いのか、動揺しているのか。
「魔法の強さは十分だ。だのに炎が届かないだなんて……。小僧、貴様は何かしたのか?」
「へ?」
「失敗ではない。俺様は失敗などしていない。となれば、貴様が防御の仕掛け魔法でも使ったに違いない。でなければあり得ないのだ!」
状況は理解できなかったが、一つだけ理解できた。
助かったのだ。自分も楽器も。
「奇蹟だ……」
そうとしか表現できない。そして奇蹟を起こせるとしたら――
「リリアーナ大王が起こした奇跡だ!」
「な、なんだってー!?」
「数々の奇蹟を起こしたリリアーナ大王なら、死の直前まで称えた俺を助けてくれるさ。残念だったな、三流魔法使い!」
「そんなバカな!」
ラッドは天を仰いで叫んだ。
「リリアーナ大王様、心から感謝いたします!」
と、その目が信じられない物を捉えた。
「人間――空に!?」
抜けるような青空に二つの人影が浮いている――否、近づいてくる。
少年二人が空を飛んで来たのだ。
空を飛ぶ、それは魔法でもなければ不可能な事だ。二人の少年が魔法使いである事は間違いあるまい。
(違う、一人は女の子だ!)
小柄な方は長い髪を横で結んでなびかせている。一瞬少年に見間違えたのは、短すぎるズボンのせいだ。十歳過ぎて太もも丸だしの短パン姿の少女なんてこの国にはいない。
亜麻色の髪をなびかせた、異国風の装いをした少女の象牙色の肌が、黒檀の瞳が、ラッドの心臓を蹴り上げた。
ましてやその少女が、話しかけてくるとあっては。
「君、もう大丈夫だからね!」
秋晴れの空から透明な声が降ってきた。天性の声質である。
「あ、ああ」
ラッドは生返事しかできない。あまりに非現実的な事態に頭が処理仕切れなくなったのだ。
魔法で殺されかけた事より、奇蹟で救われた事よりも、異性が声をかけてくれた事の方がラッドにとってはより非現実的である。
かろうじて理解できたのは、自分を助けたのは大王様の奇蹟ではなく、天空から舞い降りてくる少女の魔法だという事だった。
(それに、さっきの演奏はまだ終わっていない!)
演奏を途中で止めたりしたら、お師匠様に叱られる。
♪金色の冠金色の髪碧玉の瞳
後の大王リリアーナ女王也
五百年の長きに渡る圧政は
一夜にして終わりを告げる
解き放たれし民人は歓喜し
高らかにその御名を称えん♪
「紅蓮の炎よ、我が眼前の敵を焼き尽くせ!」
魔法使いが命じるや炎が踊り上がった。火柱と化してラッドに襲い来る。
”ラッドあぶな~い!”
(まだ途中だ!)
♪救世の君よリリアーナ大王
永遠に称えよ偉大な御方を
リリアーナああリリアーナ
大恩の御名を永遠に称えん♪
歌いきれた。
もう思い残す事はない。
「これが、吟遊詩人の死に様だ」
ラッドは迫り来る火炎を見つめた。
(短い人生だったな……)
生まれてから良い事など何もなく、自立した途端に果てるのだ。
ラッドは息を詰め、その時が来るのを待った。
死が、ラッドを掴む――
――
――苦しくなって息を継いだ。
「あれ?」
腕力に欠けるラッドだが、職業柄肺活量だけは鍛えられている。その自分が息切れしたのだから相当時間が経過したはず。
だのに、まだ焼かれていない。自分も、楽器も。
分隊長から伸びる炎は、手を伸ばせば届く距離で赤々と燃えているのに。
「あれれ?」
ラッドに届かないのは炎だけではなかった。熱も感じない。まるで見えないほど透明なガラス窓が炎も熱も遮っているかのように。
「お頭、失敗ですかい?」
黒髭がおずおずと問いかけた。
「バカな……この俺様が火炎魔法ごときをしくじるなど……」
分隊長は汗だくで火を噴く杖を握っている。炎で暑いのか、動揺しているのか。
「魔法の強さは十分だ。だのに炎が届かないだなんて……。小僧、貴様は何かしたのか?」
「へ?」
「失敗ではない。俺様は失敗などしていない。となれば、貴様が防御の仕掛け魔法でも使ったに違いない。でなければあり得ないのだ!」
状況は理解できなかったが、一つだけ理解できた。
助かったのだ。自分も楽器も。
「奇蹟だ……」
そうとしか表現できない。そして奇蹟を起こせるとしたら――
「リリアーナ大王が起こした奇跡だ!」
「な、なんだってー!?」
「数々の奇蹟を起こしたリリアーナ大王なら、死の直前まで称えた俺を助けてくれるさ。残念だったな、三流魔法使い!」
「そんなバカな!」
ラッドは天を仰いで叫んだ。
「リリアーナ大王様、心から感謝いたします!」
と、その目が信じられない物を捉えた。
「人間――空に!?」
抜けるような青空に二つの人影が浮いている――否、近づいてくる。
少年二人が空を飛んで来たのだ。
空を飛ぶ、それは魔法でもなければ不可能な事だ。二人の少年が魔法使いである事は間違いあるまい。
(違う、一人は女の子だ!)
小柄な方は長い髪を横で結んでなびかせている。一瞬少年に見間違えたのは、短すぎるズボンのせいだ。十歳過ぎて太もも丸だしの短パン姿の少女なんてこの国にはいない。
亜麻色の髪をなびかせた、異国風の装いをした少女の象牙色の肌が、黒檀の瞳が、ラッドの心臓を蹴り上げた。
ましてやその少女が、話しかけてくるとあっては。
「君、もう大丈夫だからね!」
秋晴れの空から透明な声が降ってきた。天性の声質である。
「あ、ああ」
ラッドは生返事しかできない。あまりに非現実的な事態に頭が処理仕切れなくなったのだ。
魔法で殺されかけた事より、奇蹟で救われた事よりも、異性が声をかけてくれた事の方がラッドにとってはより非現実的である。
かろうじて理解できたのは、自分を助けたのは大王様の奇蹟ではなく、天空から舞い降りてくる少女の魔法だという事だった。
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