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月兎。

第2部 9話前編

私がダクネスの暴走を止めた後。
ララフィード様が虫に刺されていないか確認したい、と私達はお見合い相手からちょっと離れた場所に移動し、お見合い相手の方は、現在お父さんが時間を稼いでいた。

「おいどう言うつもりだッ!!カズナ、お前私の手助けをしてくれるのではなかったのかッ!?」

私はダクネスに首根っこを掴まれ、廊下へと連れて来られていた。
ダクネスの隣には、私より背の低いめぐるんが上目使いで冷ややかな視線を送っている。


現在は私への詰問きつもんタイムだ。

「まぁ落ち着いてララフィード様。あんた、一つ大事な事忘れてるでしょ」
「三人の時はララフィード様と呼ぶな!……なんだ大事な事とは?」

ダクネスが少しだけ落ち着きを取り戻し、話を聞く姿勢になった。

「あんた、自分の家の名前に傷付けないって所をすっかり忘れてるでしょ。あんた、ここでとんでもない悪評が立ったら一番困るのはあんたなんだからね?」

私の言葉にダクネスは眉をしかめた。

「何が困る!悪評が立って婿入りの行き手が無くなれば、心置きなく冒険者稼業が続けられる。最悪、父に勘当されてしまったとしても、その覚悟は出来ている。
……家を勘当され、先行きが不安になった私は、必死に生活しようと無茶なクエストばかり受けるようになるかもしれない。
そして、やがてそんな無茶が祟り、力及ばず凶悪なモンスターに捕えられ、組み伏せられて…ッ!!…………そんな人生を送りたい」
「お前とうとう言い切りやがったな」

とんでもない願望を口に出した貴族のララフィード様は、更に続ける。

「大体、あんな女は私の好みのタイプでは無いんだ。父が持ってくる見合いには、大概ロクな男がいないんだ」

それに、私は首を傾げた。
いや、相手は結構な美女だったけど。

「あの人、そんなに駄目な感じなの?私は外見しか知らないけど」

その疑問に、

「あの女の名はアレクセイ・バーネス・バルリア。アレクセイ家というかなり大きな貴族の次女だ」

それにめぐるんが反応した。

「アレクセイ家のバルリアって言ったら、もの凄く評判良い方ですよ?次女って事で煩わしい権力争いには巻き込まれない立場で、その分伸び伸びと領地経営をしてる方ですね。
領民の評判は凄く良くて、善政を敷き、平民相手でも分け隔てなく相手をしてくれる、大変出来た方だとか……」

めぐるんが、ダクネスの不機嫌そうな反応に、自分の解説が間違っているのかと不安になり、段々尻すぼみになっていく。
それにダクネスが不機嫌そうに頷いた。

「そうだ。この、次女で伸び伸び領地経営が出来ると言う所はまぁ悪くはないな。堅苦しい宮廷での政務等が無いのはポイント高い。だが、その他がまるで駄目だ!」
「そ、そんなに駄目なの?それは、知らないとは言え私が悪かった……」

早まった事をしたかとちょっと後悔する私に、ダクネスが続けた。

「そうだ!まずコイツは、人柄が物凄く良いらしい。誰に対しても怒らず、家臣が失敗しても、決して怒らず何故失敗したのかを一緒に考えようと家臣に持ちかける様な、変わった奴で……」

え?良さそうな奴じゃん。
日本に住んでいた頃そんな上司が居たら、私だって働いていたかも知れない。

「そして非常に努力家で、民の為により知識を付けようと、日々勉学に励んでいるらしい。
頭が良く、それでいて最年少で女騎士に叙勲じょくんされた程の剣の腕も持つ。悪い噂など聞かない、正に完璧を絵に描いた様な女だな」

………………。

「……あの、話聞く限り凄く良い人っぽいんですが。ダクネスはその人の何が不満なんですか?」

汗を垂らしながらのめぐるんの言葉に。

「どこがッ!?全部だ全部!まず、貴族なら貴族らしく、常に下卑た笑みを浮かべていろ!初対面の時の、私を見る時のあの凛とした優しげな視線はなんだ!
もっとこう……。私が屋敷で楽な格好でウロウロしている時に、カズナが向けてくる様なあんな感じの舐め回す様な厭らしい視線で見られないのか」
「べべべべ、別にッ!?わわわ、私そんな視線で見てないしッ!?」

挙動不審になる私に、ダクネスは尚も続ける。

「部下が失敗しても怒らない?馬鹿が!失敗した執事に、お仕置きと称してアレコレやるのは貴族の嗜みだろうが!
あの女は何も分かっちゃいない、あの女の家臣は叱って欲しくて失敗しているんだ!貴族なら、執事を片っ端から犯すぐらいの甲斐性を見せろ!」

そんな奴はお前だけだ。
ダクネスは、いよいよ我慢ならないと言った風に拳を握って力説した。

「そもそも、私の好みのタイプはあんな放っといても出来る様な女とは正反対なんだ!外見はパッとせず、胸が小さくても良いしガリガリでも太っていても良い。
私が一途に想っていても、他の男に言い寄られれば流されてしまう様な意志の弱いのが良い。年中発情してそうな、スケベそうなのは必須条件だ。
出来るだけ楽に人生送りたいと、人生舐めてる駄目な奴が良い。借金があれば申し分ないな!そして、働きもせずに酒ばかり飲んで、私が駄目なのは世間が悪いと文句を言い、間男とイチャつきながら私に言うんだ。
ちょっとダクネス、お前のその厭らしい身体を使ってちょっと金を稼いで来い!…………んくぅ……ッ!!」

力説を終え、頬を火照らせてブルリと身体を震わせるダメネスさん。
畜生、この男はもう駄目だ、手遅れだった。
どうしようもない空気の中、無言で立ち尽くす私とめぐるん。

「……もう良い!私は自分で見合いをぶち壊す!カズナ、私の邪魔をする気なら、それなりの覚悟をしておけよッ!?」

ダクネスはそう言うと、怒りをあらわにお見合い相手の元へと向かって行った。

残された私とめぐるんが暫し無言で立ち尽くす。やがてめぐるんが、棘のある口調で言ってきた。

「……カズナ、何のつもりですか?」

そんなめぐるんに。

「あのお父さんの顔見たでしょ、あれは本気で息子の心配してた顔だよ。それに、相手も見たでしょ。
これって、政略結婚ってよりも、真剣に息子の幸せ願ってる親の、ちゃんと薦めるお見合いって感じだよね」
「……それが、何だって言うんです?幾ら親だって、息子の人生勝手に決めるなんて……」

めぐるんが強い口調で言いかける。
私は、それを最後まで言わせなかった。

「いや、ダクネスは貴族でしょ。親が結婚を決める。これって、当たり前の事なんじゃない?貴族ってのは、生まれた時から贅沢も出来るし英才教育だって受けられる。
……ダクネスを見てると、あんまりそうは見えないけど。でも、一般庶民の税金で食べてきた分、一般庶民より自由が無いのは当たり前だよ。
どんな身分でも良い所があれば悪い所もある。一般庶民はお金が無い分自由がある。貴族はお金はあるけど自由は無い。
生まれた時から贅沢してきて、そして自分の人生も好きに決めたい。そんなものは唯の我が儘だよ。
……寧ろ、よく今までこれだけ自由にやらせてもらってるなって思うよ私は。そして、結婚相手は全く欠点の無い女ときた。あんた、これで贅沢言ったら庶民が怒るよ?」

長々と言った私の言葉に、めぐるんが更に噛み付いた。

「でも!だからって……ッ!!」
「まぁ、それが一応の表向きの理由ね」

私の言葉に、めぐるんの動きが止まった。

「……えっ?」

私はめぐるんにその場にしゃがむ様に促し、問い掛けた。
それはもう、真顔で。

「めぐるん、あんたは馬鹿じゃない。だから言う。言うけど……。ダクネスの本当の望みとか、願いって何?」

めぐるんは私と同じ様にしゃがみ込み、真面目な顔でそんな事を聞かれるとは思わなかったのか、戸惑った。

「え、えっと……?このまま結婚せずに、僕達と一緒に冒険者を……」

無難な返事を返そうとするめぐるんに、私は思わず大声で言った。

「違う!そんな上辺だけの綺麗な事を聞いてるんじゃない!あんたは馬鹿じゃないんだから分かるでしょ!
言って!ほら、恥ずかしがらずに言ってみて!その口で言ってみて!どんな表情で言うのか見ててあげるから!」
「つ、強いモンスターとかに力及ばず連れ拐われて、凄くエッチな目に合わされる事です!……カ、カズナ、これってセクハラ?セクハラじゃないですか?」

恥ずかしそうに半泣きになるめぐるんに、私は更に続けて言った。

「セクハラじゃない!良い?あんたが大馬鹿だとしたら、アイツはもう手遅れの極バカだ!
夢はモンスターに拉致られて色々されたい?馬鹿ッ!あんたお父さんに、言って来なさい!言えるもんなら言って来なさい!!
お宅の息子さんはこういった立派な夢があるんで結婚は取りやめて夢を叶えさせてあげて下さいって、今すぐお父さんに説明して来なさい!」
「ごめんなさい!言えません!ごめんなさいッ!!」

涙目になるめぐるんに、私は更に追撃する。

「私の国にはAV男優って仕事があってね、それはとてもエッチな仕事なんだよ。別にその仕事を馬鹿にする訳じゃ無い。事情があって、しょうがなくそれになるってのなら仕方が無い。
けどもし私に、実家がお金持ちな男友達がいて、僕特にお金に困ってないけど、夢はAV男優になる事ですとか言い出したら、引っぱたいてでも止めるわ。親も泣くわそんなもん!」
「正論です!ごめんなさい、ごめんなさい!」

私の勢いに気圧されて、何故か謝り続けるめぐるん。そのめぐるんが、何だかオドオドしながら言ってきた。

「あ、あの……。でも、それじゃあの人と結婚させる事が正解だって言うんですか?」

私はめぐるんを納得させるべく、声を落として説明を始めた。

「私だってそうは言わない。別に冒険者以外に道を見つけるならそれでも良いよ。というかね、今後は私がダクネスを止めてあげる事が出来なくなるからだよ。
……良い、めぐるん。あんたにはまだ言ってなかったけど、私は冒険者稼業をずっとやってく気なんて更々無い。こんなブラックな仕事は趣味とかでやるものだよ。……で、こないだジッポ作ったでしょ?」
「え……、ええ、まぁ」
「あのジッポがね、一つ一万エリスって値段設定なのに飛ぶ様に売れてんだわ」

その言葉に、めぐるんは特に意外でもなかった様に言ってきた。

「まぁ……平均的な魔道具の値段考えたらそんな値段じゃ破格でしょうね。しかも、火って言うのは一生生活に使う物です。
大事に使えばずっと使える道具ですし、あんな便利な物が一万で手に入るなら、誰だって買いますよ。あれに慣れたら、もう火打石なんて使えませんから」

まぁ、そんなもんなのか。
火打石は一度使ってみたけど、あれは素人に簡単に火を起こせるような物じゃなかった。
この世界の人達は良くあんな器用に使いこなせるもんだと感心したものだ。

「私が作れるジッポの数は、冒険の無い日に鍛冶スキルを稼働させて、まぁのんびり作って一日三個ほど作れるかどうかなの。冒険せずに作り続ければ月に九十個。
これが全部売れたとして、ウィズへのマージンに材料費を差っ引いても、月の儲けが五十万程になる」

めぐるんがゴクリと喉を鳴らす。

「つまり、もう私は危険な冒険稼業をする必要は無い。でもそうなったら、あんたらはどうする?屋敷には適当に住んで貰えば良いよ。暇な時なら私も冒険に付き合っても良い。
でも私には、命の危険をおかさなくても割の良い収入を得る方法が見つかった。なんなら、めぐるんも手伝ってくれるならバイト代だって払うよ。アクシズは知らん。アイツはいざとなったら芸でも何でも食べていける。
……でもダクネスは?アイツはお金を稼ぐのが冒険の目的じゃなくて、本来のアレな目的があるでしょ?
私達が冒険に出なくなれば、放っとけば一人でクエストに行っちゃうよ。それも、とびきり危険なヤツに大喜びで。……あれは、そういう奴でしょ?」

めぐるんが、いつの間にか私の話に引き込まれた様に、真剣に聞き入っていた。
めぐるんが頷くのを見て私は続ける。

「放っとけば良い話かもしれないけど、それが出来るほど薄い関係じゃ無くなってしまった。別にダクネスが嫌いな訳じゃ無い。寧ろ好きか嫌いかで言えば、そりゃ好きだよ。
だからこそ、アイツのあんな馬鹿な願望は叶って欲しくない。勿論余計なお世話だってのは分かってるし、私はダクネスの彼女でもないんだから、束縛する権利も無い。人の人生勝手に決める権利だって無い。
……でも、我が儘だけどダクネスがそんな事になるのは嫌なものは嫌だ。それに何でもかんでも本人の望み通りにさせてやれば良いってものでもないでしょう?」

めぐるんがコクコク頷き。

「でも、だからってバルリアさんに婿入りしたらそれが上手く行くんですか?それに、ダクネスの好みの……」
「好みのタイプじゃないから可哀想なんて馬鹿言わないでよ?さっき好みのタイプは聞いたでしょ?あんたダクネスが、理想の女性見つけてきたってモロさっきのタイプの女を連れて来たらどうすんの?
良い?押し付けるんだよ、バルリアってあの女に……。良い奴そうだし、ここは泥を被って貰おう。馬鹿な事しでかそうとするダクネスを、首に縄付けてちゃんと監視しといて貰おう。
話を聞いた感じだと、アイツは次男で伸び伸びやってるんだよね?なら、結婚してもダクネスだってたまになら冒険に出ても良いって許して貰えるかも知れない。そうなったら、その時ぐらいは私達が冒険に付き合ってあげれば良い。
これなら、親は安心、私も安心、ダクネスが危険な冒険に出る事も無くなるし、何より、手の掛かる三人の内一人が掃ける」
「手の掛かる三人に僕も入ってますよねそれ」

私は拳を振り上げ、立ち上がった。

「じゃあ始めるよ!そもそも、冒険者稼業なんて一生出来る仕事じゃ無いんだよ、こんなブラック稼業、本当は辞められるなら辞めた方が良いに決まってる!
ハッキリ言おう。アイツは馬鹿だ!百歩譲って、本人がどうしても冒険者を続けたいとか、そんなだけなら別に良い!私だって応援する!
でももう一度言うけど、アイツは馬鹿だ!本来他人が人様の家の事に首突っ込むのはアレだけど、目標はダクネスを無事婿にやる事!
それが無理なら、今後もいつでも寿退社出来る様に、ダスティネスの名前に泥を付けさせない事!」
「おい、僕の目を見て話をしようじゃないか」




「失礼、お待たせしました」
「しました」

お父さんとバルリアが歓談している間、チラチラと此方を気にしていたダクネスの隣に、私とめぐるんはスッと立つ。

「カズナの考えには納得はしました。でも、卑怯かもしれませんが、僕はやっぱりダクネスには嫌われたくありません。
なので、邪魔はしませんがフォローもしません。今日は僕は黙ってます」

めぐるんはそう言って、そっとダクネスの隣に佇んだ。するとダクネスが、私にヒソヒソと耳打ちしてきた。

「……おい、悪い事は言わない、止めておけ。さもなくば、今日の帰りにはお前が死ぬほど後悔する様な事態にしてやるぞ」

何ソレ怖い。
しかし、今の私に脅しは効かない。
なんせ今は、ダクネスよりも強い味方が私の後ろ盾として付いている。
そう。

「旦那様、差し出がましい様ですが、そろそろララフィード様とバルリア様のお見合いを始めましょうか。ララフィード様が、先ほどから待ちきれない御様子ですので」

その言葉に、余計な事を言うなとばかりにダクネスがギリギリと歯を食いしばった。
ダクネスの様子には気付かないお父さんが、私の進言を嬉々として承諾した。
お父さん的には、私が先ほどダクネスを黙らせる為に頭をはたいた事は特に気にしてはいない様だ。
寧ろ、良くやってくれたとばかりにホッとしていた。

「よし!ではバルリア嬢、此方へ。ララフィード、さぁ付いて来なさい。客間に行こうか」

ダクネスが、それを聞いてかがみ込んだ。

「すみません、足を挫いてしまった様で……。バルリア嬢、肩を借りても宜しいですか?」

そう言ってバルリアに手を伸ばす。
私にまたはたかれるのを警戒してか、口調だけはマトモなお貴族様風になっているダクネス。
しかしこれはいけない、絶対何かやらかす気だ!
私はすかさず肩を貸し、

「ララフィード様、どうかお手を。幾らバルリア様がお気に召されたからと言って、婚約前から甘えてはなりませんよ?
バルリア様申し訳ございません、本日のララフィード様は少々浮かれてあだだだだだだ折れる折れますララフィード様お戯れを、ちょ、やめ、お止め下さ、止めてって言ってんでしょララフィード様!」

私は涙目になりながら、ダクネスに全力で握られた肩を振り払った。
コ、コイツ今、私が肩を貸さなかったら物理的にバルリアを締め上げようとしやがったのか!

「ど、どうされました?大丈夫ですか?」

涙目で肩を押さえて踞る私に、バルリアが心配そうに声を掛けてきた。なんて良い人なんだ、あんたお願いだからこの狂犬を貰ってやってくれないかな。

「ふふ、何でもありませんバルリア嬢。では参りましょうか」

スタスタと歩いていくダクネスを見送りながら、お父さんが肩を押さえて踞る私に、申し訳無さそうに手を合わせて頭を下げた。




「では、改めて自己紹介をさせて頂きます。アレクセイ・バーネス・バルリアです。アレクセイ家の次女で、カロン地方に僅かながら領地を拝領しております」

ダクネスとバルリアが、客間の白いテーブルを挟み、向かい合って座っていた。
バルリアは、見ればかなりの美女だ。
普段から剣を握り鍛えているからか、キュッと引き締まった肉体は、私よりも頭一つぐらい背が高く、む、胸もなかなかの巨乳だ。
そんなバルリアは、穏やかそうな笑みをたたえ、ダクネスを見つめていた。

ダクネスの隣には私とめぐるんが不自然なぐらい近くに立つ。
バルリアはそれをちょっと気にした様子だったが、お父さんが何も言わないので口に出す事はしなかった。

「私はダスティネス・フォード・ララフィード。細かい自己紹介は省きます。カロンの田舎領主でも知っていて当然んんんッ!?」

いきなり失礼な事を言いかけたダクネスが、途端にテーブルに顔を伏せ、フルフルと小さく震えた。

「ど、どうされました?」

心配するバルリアに、

「い、いえ……。その、バルリア嬢のお顔を見ていたら何だか気分が悪くんんーッ!?」

顔を耳まで赤くして、何か言い掛けたダクネスが再び顔を伏せた。

「ララフィード様は、今朝からバルリア様とお会いになるのを楽しみにしておりまして、少々舞い上がっておられるのです。ご覧下さいララフィード様の顔を。真っ赤になって照れているでしょう?」
「そ、そういえば顔が赤いですわね……。うふふ、なんだか此方が照れてしまいますわ……」

そう言いながら、私は足元に力を込め、ダクネスにだけ聞こえる小さな声で囁いた。
そう、テーブルの下で、ダクネスの足をグリグリ踏みながら。

「……ねぇララフィード様、これ以上いらない事言ったらもっと強めに踏むから」

そんな私の言葉を聞いていたのかいないのか。赤い顔で何だか荒い息でハァハァ言い出したダクネスが、小さな声で呟いた。

「ご、ご褒美だ……」

当家のお坊っちゃまは何時だってブレない。

息子の様子に、お父さんは今テーブルの下がどういう状況かが分かったらしい。すぐさま状況が分かると言う事は、お父さんは息子の性癖を知っていると言う事だ。
何故息子がこんなになるまで放っといたんだと叱ってやりたかったが、今はそれ所じゃない。
お父さんは私とダクネスをフォローするべく、慌てた様にバルリアに話題を振った。

「バルリア嬢、カロン領の方はどうだね?あそこは今不作だと聞くが……。何なら、支援もやぶさかではないよ?親子になるかも知れないんだからね」
「うふふ、その折は是非!しかしご安心下さい、不作は以前から予想しておりました。既に対策は打ってありますのでご安心を」

ダクネスが赤い顔でプルプルしている間、和やかに話は進んでいく……。




これ以上は父親がいては邪魔だろうと言って、お父さんが立ち去って行った。
立ち去り際、お父さんに頼むと、ボソリと言われて。

今、ダクネスとバルリアの二人は私とめぐるんを引き連れて、ダスティネス家の庭を散歩している。
流石は有名な貴族の庭。
大きな池があり、冬に入るというのに、品種改良でもされた高級種なのか、そこかしこに色とりどりの花が咲き乱れていた。

「ララフィード様は、ご趣味は何を?」

バルリアが、お見合いの定番の当たり障りの無い質問をした。

「ゴブリン狩りを少々ぐッ!?」

迂闊な事を口走るダクネスに、横から肘で脇腹を突く。
と、先ほどから不自然にダクネスに近い私に、バルリアが苦笑しながら小首を傾げた。

「……随分と仲が宜しいんですね?」

これには、私がしまったと顔をしかめた。
ヤバい、やり過ぎたか。私がダクネスの評判を下げる要素になってどうする。
お見合いに来て、目の前でお見合い相手とメイドがくっついていれば、面白い訳が無い。
私がどう誤魔化そうかと言葉を選んでいると、それを察したダクネスが、私にニヤリと笑いかけた。
コイツ、また何を……ッ!?

「このカズナと言うメイドとは特別仲が良く、毎日一緒におります。食事もお風呂も何でも一緒、勿論、夜寝る時も……時も………うう……」

馬鹿な事を口走ったダクネスが、途中から顔を赤らめ言いよどんだ。
だから、あんたの羞恥心の基準は何処にあるんだ。

「ララフィード様は冗談が大好きでして。こうして、自分で口にしておいて恥ずかしがるシャイなお方なのです。
ですよね?ララフィードお坊っちゃま。どうしましたララフィードお坊っちゃま?顔が赤いですよララフィードお坊っちゃま」
「うう……。お、覚えてろよ……」

ララフィードと言う貴族らしい名前でお坊っちゃまと連呼され、歯を食いしばって涙目になるダクネス。
よし、これで暫くは大人しくなるだろう。
それを見て、バルリアがちょっと寂しそうに苦笑しながら呟いた。

「……本当に、仲が宜しいですわね。妬いてしまいますわ」
「またまたご冗談を。メイドと主のほんのお戯れで……」

私のその言葉を聞き、ダクネスがバッと私から距離を取る。
おお?

「もうまどろっこしいのは止めだ!こんな事いつまでもやっていられるか!」

何を思ったか、ダクネスが着ていたモーニングコートの上着を脱ぎ捨て、その下に着ていたYシャツを思い切り引き裂き破り捨てた。
逞しい筋肉が露になり、エロネスさんの腹筋が嫌でも目に飛び込んでくる。
堅苦しいモーニングコートを動き易いように脱ぎ捨て、Yシャツも紙みたいに破り捨てていくマッチョネスさん。
思わず目を逸らし顔を赤らめるバルリアに、ダクネスが大声で。

「おい、バルリアと言ったな!クラスは騎士なのだから剣は使えるのだろう!私もクルセイダーだ。今から修練場に付き合って貰おう。そこでお前の素質を見定めてやる。さぁ、付いて来いッ!!」

いきなりとんでもない行動に出たダクネスを止める事など、私にはとても出来なかった。

「……この女を見ろバルリア。貴族たるもの、常日頃から、このカズナの厭らしい目つきを見習うが良い!」

みみみみ、見てないし!
ちょっと気になってチラッと視線がいっただけだし!


To be continued…

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