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最強のPKが異世界で魔王を倒しました

子供の子

最強のPKが異世界で魔王を倒しました

 四人のプレイヤーが談笑しながら歩いているのを、じっと息を殺して見つめる。
 歩いているプレイヤーは男女二人ずつ。美男美女ばかり――現実・・での容姿は別として――のパーティである。


 ま、ゲームの中でわざわざ自分の顔をブサイクにする奴はそういないだろうけど。


 じっくりと機会を窺いながら、心の中でそう呟く。


 超人気VRMMO、『トラクスオンライン』。
 顔の造形や体形が自由に設定でき、自分の分身とも言えるアバターの体で幻想的な世界を楽しむ、家庭ゲーム機用のゲームだ。
 プレイスタイルは無限大とまで言われるほどの自由度の高さ、魔法や剣などを使ったアクション性の高さ、定期的に開催されるイベント等全てを含めて、世界最高峰のVRMMORPGと名高いゲームである。
 舞台背景は中世ヨーロッパ風の異世界。
 魔法が存在し、剣や槍で人々が争い、魔獣から素材を得て役立つ道具を作る。
 その設定こそありがちなものだが、逆に言えば王道と言うもので多くのゲーマーが魅了されている。


 そして俺自身も、その魅了されたゲーマーのうちの一人であった。


 多彩なプレイスタイルの中で俺が選んだ楽しみ方は、player kill。いわゆるPKと呼ばれるものである。


 日本人の感性に照らし合わせれば決して褒められたスタイルではないかもしれないが、一部の人間から――廃人と呼ばれる層からは割と支持を受けている。
 理由は簡単だ。


 開始から三年近く経つトラクスオンラインで、レベルカンスト者は一人も出ていない。レベルのカンストが幾つなのかも公表されていない。
 そんな中で、俺はレベルカンストに最も近い位置にいるのだ。


 ――レベル999。


 それが俺の、現在のレベルである。















 狙いのパーティが油断したその一瞬を、見逃さなかった。
 赤い髪のリーダーっぽい少年が放った冗談に、一同が笑いに包まれた瞬間である。


「マクロ。『暗殺』」


 マクロに組み込まれた強化系≪ブースト≫スキルが自動で発動して行く。
 プレイヤーが同時に発動できるブーストスキルは、レベルに依存する。


 1から99までは一つ。
 100から199までは二つ。
 200から299までで三つ。


 999レベルである俺は、同時に十個のスキルを発動することが出来た。


 ――『隠密』(自分の姿を自分のパーティメンバー以外に見えなくするスキル)
 ――『隠蔽』(自分が出す音やにおいを消すスキル)
 ――『一撃必殺』(クリティカル確率が上がるスキル)
 ――『一撃必殺』
 ――『ナイフ術』(ナイフでの攻撃力が上がるスキル)
 ――『片手剣術』(片手剣での攻撃力が上がるスキル)
 ――『剛力』(攻撃力が上がるスキル)
 ――『加速』(移動速度が上がるスキル)
 ――『手品』(発動後一度だけ一瞬で武器を変更することが出来るスキル)
 ――『聖衣』(発動後一度だけパーティメンバー以外の魔法スキルを無効化することが出来るスキル)


 9通り10個のスキルをマクロによって自動で連続使用する。
 マクロにはスキルを一通り設定することができ、それぞれに名前をつけておくとその名前をボイスコマンドで入力するだけで中に入っているスキルを使用することが出来る。
 一つのマクロには何度でも同じスキルを入れても良く、例えば10個すべてを『剛力』にすれば一瞬にせよフィールドボス並みのSTR(筋力値)を得ることも出来る。
 とは言え、マクロはメリットばかりではない。
 マクロでスキルを一括使用する場合、通常よりもMPマナポイントの使用量が増えるのだ。使用するスキルが増えれば増えるだけ加速的に使用MPも増えて行くたえ、10個も同時に使えば一つのスキル辺りの使用MPは実に通常の約5倍にもなる。
 俺はそれを補って余りあるほどの威力がマクロにはあると思っているが。


 このゲーム、マクロの組み方でだいぶ強さが変わるんだよなぁ。


 全て発動し終わる時間はスキルの並びと熟練度にもよるが、俺の場合は一秒程度で全てが終わる。


 三年間廃人プレイをし続けてきた俺は、自分なりの最高効率のマクロに辿り着いている。
 1000レベルがカンストにしろカンストじゃないにしろ、今までの傾向からしてマクロに組める――同時に使用できるスキルの数――は11に増えるはず。
 そうなったら、今よりも強くなることが出来る。


 マクロの起動が完了し、音もなく駆け出す。
 『加速』の補正がかかった今の俺は、100メートルを3秒ほどで駆け抜けるほどの速度で動くことが出来る。
 『隠密』と『隠蔽』によって隠れている上に、これほどの速度で迫られて気づくプレイヤーは極々僅かである。


 今回の狙いである四人パーティも、その例に漏れず一人目があっさり死んだ。


 一番軽装だった、水色の髪の少女の首がナイフで刎ねられぽんと宙に跳ね、残った体と驚愕に見開かれた目のついた頭が四散する。


 よし、魔導士を潰した。


 今のスキル構成は近接特化であるため、近づく前にやられる可能性のある魔導士が一番厄介なのだ。
 魔導士を殺した直後、『手品』の効果で片手剣に持ち替える。
 ぶん、と横に払ったその剣は、重装備だった黒髪の少年を咄嗟に構えられていた盾ごと両断した。


 持っている武器のランクにも、STRにも、差がありすぎるのだ。


 攻撃した時点で『隠密』と『隠蔽』の効果は切れている。
 一瞬にしてやられた二人の仲間と俺をようやく認識した赤髪のリーダーと、槍使いと思われる茶髪の少女が大きく距離を取った。


「全殺し≪オールキラー≫のトウヤ……!」


 赤髪の少年が整った顔を歪めながら呟いた。
 トウヤとは俺のプレイヤーネームである。ちなみにリアルの名前ではない。
 それはそうと、『全殺し』、か。


「その呼び名は流石に誇張だなぁ」


 『全殺し』。『トウヤ』はこのゲームをプレイするプレイヤー全員を一度は殺しているという、根も葉もない噂から来た通り名である。


 基本的に初心者は狩らない主義であるため、その時点で確実に嘘でしかない噂なのだが、自分で言うのもなんだが圧倒的な強さと殺しに対する躊躇いのなさからか根強く広まってしまったのだ。


「知ってるわよ。私は今日初めて殺されるし」


 少女はそう言うのと同時に、槍を投げつけてきた。
 淡いオーラを纏ったその槍は、ただ単純に投げつけただけでなくスキルの効果を受けていることを示している。
 普通に食らえば、俺でもそれなりのダメージを受ける。


 が、持っていた片手剣でそれを難なく弾く。
 きん、と弾いた音がする頃には、赤髪のリーダーが突っ込んできていた。
 武器は今の俺と同じく片手剣。


 ギィン、と甲高い音を立てて赤い髪の少年と刃をぶつけ合う。
 しばらくギチギチとそのまませめぎあっていたが、均衡は長く続かない。


 ぴし、と音がして赤髪の少年の持つ片手剣にひびが入った。


「げっ……」


 正面にある顔がやっちまった、という風に歪む。
 大方、俺と遭遇する前の狩りで武器の損傷度が溜まっていたのだろう。メンテキットを使えばフル回復するのだが、それを怠ったというわけだ。


 ばきぃん、という音と共に赤い髪の少年の体が斜めに両断された。


 ちらりと視界右上にあるMPバーを確認すると、マクロ起動によってほぼ0になっていたMPがほんの僅かだが回復している。


 魔法で仕留めるか。


 最後の茶髪の槍使いの少女に左手を向け、短くボイスコマンドを入力する。


「フレイムアロー」


 三本の火で象られた矢が、高速で少女に向かって行く。
 一本、二本となんとか槍で防ぐが、最後の一つが命中し――


「きゃうっ」


 少女の体が吹き飛んだ。
 フレイムアローは初級魔法で、チュートリアルで使用できるような簡単な魔法スキルだ。
 チュートリアルではゴブリンに少しダメージを与える程度しか威力がないが、俺のステータスで撃てばこうなることもある。


「……さて」


 今俺の目の前には、四人分のkillボーナス選択画面が表示されている。
 killボーナスとは、その言葉を直観的に捉えればそれが正解で、プレイヤーを殺したときに得られるボーナスのことだ。


 ボーナスには二種類あり、それから選べる。


 一つは、経験値。殺したプレイヤーのレベルに応じた経験値が貰える。
 ハイランカーを殺したときなんかはこれを選ぶことが多い。
 もう一つは、アイテム。
 殺した相手から、その時にアイテムストレージに入っているアイテムをランダムに得ることができる。レアなものになるほど選ばれにくいため、完全にランダムとも言い難いが。


 ちなみに前者は、殺された側にこれと言ったデメリットはない。
 このゲームのデスペナは死んで街に戻ってから三十分間フィールドに出られないだけだし、相手が経験値を選択しても自分の経験値が減るわけではない。
 アイテムの方は確実に減るため、デメリットと言えばデメリットなのだが、レアアイテムを取られにくくするために空き瓶などを何個か入れておいたりする対策を多くの人が講じているため、やはりデメリットは少ない。


 ヌルい仕様だと思えばそこで終了だが、あまり厳しくても人離れするだけだし、俺はこれくらいでいいと思っている。
 killするにもそんなに罪悪感を感じなくて済むしな。


 俺はいつも通り、経験値を選択する。
 レベル300くらいのプレイヤーになると、その辺の魔物を狩るよりも経験値が貰えるのだ。経験値稼ぎbのためだけにプレイヤーキルをしているわけではないが、空き瓶などのゴミを掴まされるよりはこっちのほうがよっぽど美味しい。
 今殺した四人組の平均レベルは450と、それなりに高いし。


 それでも――


「まだまだ足りないな……」


 レベル1000に上がるのに必要だと表示されている経験値の量は、実に700レベル級――つまりトッププレイヤーだ――を1000人殺しても遠く足りない数値。


 流石に700レベル台を複数同時に相手するのは厳しいからやるなら一人ずつだし、そもそも700レベルにもなると大抵は大手のギルドに所属しているため、下手に手を出すと巨大ギルド全体を敵に回すことにもなりかねない。
 幾つかの大手のギルドマスターとは知り合いのためそこと敵対することは考えにくいが、このゲームで一番大きなギルドは俺に対してお世辞にも友好的とは言えないしな。


 索敵スキルを使用し、辺りをぐるりと見まわす。
 ……どうやらここらには魔物もプレイヤーもいないようだ。


 今日はここらで終わりにしとくか。
 最近、経験値集めの成果が目に見えないせいでモチベーションが下がってしまっているのを認識しながら、右手を振ってメニューを表示し、ログアウトボタンに手を伸ばし――


 ザザ、と耳障りな音がした。
 何十年も前にあった、テレビの『砂嵐』なる現象の音によく似た音だ。


 直後。
 瞬間、という言葉通り、瞬きをする間に。


 俺は、全く見覚えのない空間にいた。















 思い浮かんだ言葉は、王。
 それほどまでに圧倒的な存在がそこにはいた。


 広い広い部屋の中央、三メートルほど高くなったその場所で、そいつが椅子に座っていた。


 男だ。
 闇を思わせる色合いの長髪に、全てを見透かすような怜悧な視線。
 髪と合わせているのか、漆黒のような鎧。呪われてそうだ。


「我は魔王である。よくぞ来た、異界の鬼よ」


 ――魔王。
 一体何が起きている。
 何かのイベントか?
 そうなると、俺はどういう反応をすればいいんだ?


「そう警戒せずとも良い。取って食おうとは思っておらん」


 ぴり、と肌に刺さるような重圧が、ただその声を聞いただけでのしかかる。
 周りにさっと視線を這わせるが、俺以外にプレイヤーはいないようだ。なんか色んな見た目のがたくさんいるが。
 オーガに、ダークエルフに、あれは天狗か?


 そこでようやく気づく。


 HPバーが……MPバーもない……?


 常に視界の右上に表示されていたそれが、存在しない。
 バグなのかなんなのかは分からないが、これが特殊なイベントなのだということは伝わってくる。


 どんなイベントだ……?
 魔王。
 『トラクスオンライン』にも魔王は出てくるが、その姿は誰も確認したことがない。別に魔王を倒すことがゲームの目的でもないし、クエストの途中で聞くお伽噺にちらりと登場する程度だ。
 そのため、誰も特に気を留めなかったのだが……。


 このトラクスオンラインのフィールドは、どこに置いても全て全プレイヤー共通のものだ。だから、その場所に自分一人しかいないという状況は、たまたま人がいなかったということ以外にありえない。
 となると、もしかしたら俺しか受けられないクエストなのかもしれない。


 いや、正しくは今は俺しか、と言うべきか。


 レベル999。
 或いは、『鬼』と俺を呼んでいたことから、kill数。
 どちらかが……はたまた両方を満たしていないと発生しないイベントということなのかもしれない。それにしては何のアナウンスもなかったのが気にかかるが。


 ……うーむよくわからん。
 とりあえず攻略掲示板に情報を載せておくか。


 一旦ログアウトしようと右手を振る。


「……?」


 振る。
 何度もやっている動作。簡単な動き。
 ミスをしているとは考えにくい。
 が、メニューが表示されない。


「バグってんのか……?」


 なんとなく嫌な予感がした。
 一昔前に流行った小説ジャンルの、『異世界転生』だとか『デスゲーム』だとかいう言葉が脳裏をよぎる。


「ふむ。異界からの転生者は時々不思議な行動をとると聞くが、今のお前みたいなのがそうなのか?」


「異界……」


 異なる世界で、異界。
 自分の体を見る。
 ここ数十年の技術の発達は凄まじく、VRの世界でも相当細かい描写は施されているが、産毛だとか血管だとか、そこまで事細かには再現されていない。
 そして今、俺の手にはうっすらと産毛が生え、手首を見れば血管が浮き出ている。


 ここは現実だ。
 ゲームの中ではない。


 が、俺の服装はゲームの中で纏っていたそれのままだ。


 ……漫画や小説の展開に照らし合わせれば、俺はトラクスオンラインからこの世界に召喚されたとかそういう感じなのだろうか。


「そろそろ状況が飲み込めたか?」


 律儀に待っていた魔王(?)が俺に問いかけてくる。


 飲み込めたよ。
 考えても無駄だってことがな。


「なんで俺をここに呼んだんだ? なんで俺なんだ?」


「貴様ッ! 魔王様になんて口のきき方を……!!」


 突然会話に割って入ってきたのは、背の低い老人だった。緑色のくすんだローブで全身をすっぽり覆い隠している。
 あぁいうの、色んなゲームに出てくるな。大体めんどくさい魔法を使ってくるんだ。魔王の側近として。


「良い。……お前とは対等に行こうと思っているのだ。異界の鬼よ。我と共にこの世界を手中に収めようではないか。
 報酬は世界の半分だ」


「おぉ……」


 テンプレ的な台詞だが、こうして聞くと結構なプレッシャーがあるな。
 断ったらただじゃおかない、みたいな雰囲気も出てるし。


「世界の半分ってのは魅力的な話だけどさ。俺、別に世界征服とか興味ないんだよね」


「興味がなくとも、我の近くにいれば大勢の人間を殺すことができるぞ」


 このイベント(?)に巻き込まれた理由はPKだったか。
 トラクスでの服装をしていることと言い、あのゲームが原因っぽいな。
 ……だとするともしかして、あのゲームの中でのスキルとかも使えるのか?


「――――!」


 何故か、使えるという確信をした。
 何の脈絡もなかったが、何となく理解したのだ。


 この世界で、俺はあのゲームの中と同じように動ける、と。


 ……なら、もしかすると。


「別に、俺は殺しが趣味なわけじゃない。対人戦は好きだけど、一方的な虐殺になりそうな相手には手を出さないんだ」


 ――マクロ、『対多数』起動。


 どうやらこの世界ではわざわざボイスコマンドで発動しなくも良いらしい。
 ピリ、と空気が張り詰めるような感覚を覚える。


 俺が臨戦態勢に入ったのをどうやってか察知したようだ。


「残念だ」


 さほど残念でもなさそうに、魔王が言った。
 それが合図だったとでも言うように、周りにいた奴らが動き出す。


 爆炎、凍氷、豪風、轟雷、深闇、極光。


 どれもかなりの威力を秘めた攻撃だ。


 俺目掛けて飛んでくるそれらの魔法を、上に大きく跳躍することでまずは躱す。


 そのまま空中で闇と光の二振りの剣を構えるのと同時に、俺がこうして避けることを想定していた奴らが遠距離やら向かってきてやらで攻撃を繰り出してくる。


 ダークエルフの放った弓を切り落とし、風に乗って駆けてきた天狗の拳に足の裏で合わせる。その上から叩きつぶすように振るわれた土のハンマーを闇の剣の闇で掻き消し、そのままの勢いで天狗を蹴り飛ばす。


「蒼天落とし!」


 別にボイスコマンドはいらないのだが、勢いで叫んでスキルを発動させる。
 空中にいるときに使える、メテオ技だ。
 態勢を崩していた天狗の腹を貫き、そのまま真下にいたオーガを巻き込む。


 二人殺した。


「おぉ!」


 一気に経験値が入ってくる感覚。
 こいつら、ゲームで言えば相当レベルが高いぞ。


 全員殺せば或いは、1000に届くかもしれない。


「真円月斬!!」


 ひゅん、と俺の腕が目にも止まらない速さで動いた。
 一瞬遅れて、半径十メートルほどで斬属性の衝撃が発生する。


 一度に大勢を狩るときに重宝する技だが――


「流石にこんなんに当たってくれないか」


 モーションがわかりやすい技だからな。
 全員がしゃがんだり退避したりで躱していた。
 雑魚を同時に相手取る感じじゃ無理か。魔王がいるということは、こいつらはそれなりに上の立場の人(?)らだろうし。


 あとざっと見る限り八人か。
 これは八人同時に相手取るよりも、一人ひとり撃破していくイメージでやったほうが良さげだな。


 ――マクロ、『全力』起動


 マクロに名づけるネーミングセンスの無さは自覚しているが、これをボイスコマンドで発動するのやっぱり恥ずかしいな。ゲームの中でこのマクロを使うことは無かったからあまり気にしなかったが。
 あとでマクロ名変更しておこう。
 トラクス(現実)に戻れなかったら、念じるだけで発動できてしまうので変える意味はないが。


「雰囲気が変わった……?」


 ダークエルフの女がぼそりと呟く。
 このマクロの中に入っているスキルは、


 剛力が三つ、金剛が三つ、加速が四つと言ったザ・脳筋みたいな構成だ。普通こんなスキル構成にしても大して強くないのだが、俺は元々のステータスが高いだけに、こんな力技が一番手っ取り早かったりする。


 双剣を刀に持ち替える。


 ……てあれ?
 今、俺どうやって武器持ち替えたんだ?


 双剣に戻してみる。
 そしてまた刀に。


 ……どうやら、武器の持ち替えも念じるだけで出来るようだ。
 トラクスでもこれが出来たら相当なチートだぞ。


 一瞬で武器が消えて、手元に来る感じ。よくわからないがとにかくいきなり手元にある。


 まぁいいや。
 便利だなぁと思っておこう。


「ほう。妙な魔法を使うな。空間魔法か?」


「さぁ。どうだろうな」


 俺の様子を見ていた魔王が口を挟んでくるが、悪いな。わからないもんはわからないんだ。


 というか魔王こいつ、手出ししてこないんだな。目の前の連中とは一対一でやればまず負ける気はしないが、魔王は違う。一対一でも勝敗はわからない。
 一応一撃で決める策はあるが、失敗すれば泥沼の戦いになる。


 ひゅん、と矢が飛んでくるのを素手でキャッチする。
 矢先が微妙に濡れている。もしかしてこれって毒か?


 さっきからちょいちょい矢を放ってくるダークエルフの女。鬱陶しいな。その後ろに一番強そうな闇騎士っぽいのがいるから構わないでおいたが、やっぱあいつから殺すか。


 『加速』四つ分のステータスで、一瞬にしてダークエルフの女との距離をつめる。
 二十メートル程度の距離はあったが、それをゼロにするのにはコンマ二秒もかからない。これくらいの距離なら、さながら瞬間移動だ。


「一刀居合――零薙」


 いつの間にか、闇騎士がダークエルフの女の前に立ちふさがっていた。
 どういう理屈でそこに一瞬で現れたのかわからないが――まぁいい。


 こいつごと両断するだけだ。


 刀は何にも遮られることなく振りぬかれた。
 『加速』を四つ使った俺自身の目にも留まらぬ速度で放たれた斬撃は、闇騎士の鎧を豆腐を斬るように簡単に断ち、後ろのダークエルフの女の上半身と下半身を斬られたことにさえ気づかないほど綺麗に斬った。


 一瞬の静寂の後、闇騎士とダークエルフの上半身が同時に地面に落ちる。


 一番強そうだった割に、普通に一撃かよ。


「突――火炎の閃」


 魔法を撃とうとしていたローブのじいさんを剣先から伸びた炎で貫き吹き飛ばし、武器を片手剣に持ち替える。


「――さて、次はどいつだ?」」

















 最後の一人の首を落とし、溜息をつく。
 レベル1000には届かなかったか。未だ余裕顔の魔王と戦う前に1000になっておきたかったのだが。


「そいつらは軍の幹部だったのだがな。そうも簡単に殺されてしまうとは」


 実に楽しそうに、愉快そうに笑いながら魔王はそう言った。
 邪悪。そのものだ。


 俺も人のことは言えないが。


「どうだ? 異界の鬼よ。本当に我と組まぬか? 実はお前と戦うのは少し躊躇われるのだ。勇者がここへ来るまで時間もない」


「躊躇われるんならそのダダ漏れの殺気をどうにかしろよ、魔王さま」


 勇者か。魔王もいるんだし、勇者もいておかしくないな。
 ……魔王殺して1000に届かなかったら、勇者も殺してみようかな。


 なんて考えていると、いつの間にか。


 本当にいつの間にか、魔王が後ろに立っていた。


「我は全ての魔法が使える。当然、我の部下であったダークナイトのように、こうして影を伝って移動することもな」


 ――あの闇騎士ってダークナイトってのかよそのまんまだな
 とか、
 ――あのいきなり目の前にいたのは影から出てきたのか
 だとかを考えながら、こちらは逆に考えるよりも早く思い切り前に飛び退いた。


 直後。
 俺のいた辺りが、ドズン、という音を立てて、何かに押しつぶされたように陥没した。


 とんでもねぇ。


「こうか?」


 ずずず、と魔王の手元に闇のようなものが集まり、刀が出てきた。
 何をする気かと思えば、それを構える。


 ――居合の型に。


「確か――ゼロナギ、と言ってたな」


 キン、と音が遅れて聞こえた。
 既に魔王の腕は振りぬかれている。


 そしてさらにその音から遅れ――ぽろ、と魔王の首が落ちた。


 間に……合った……。


 恐らく、トラクスをそれなりにプレイしているものなら確実に習得しているであろう反射カウンタースキル、『ミラー』。


 攻撃を無効化し、それ以上の威力にして跳ね返す恐ろしいスキルだ。
 その代わり魔力は全消費するし、『威力』がそのときにあるMPを超えていたら発動すらしない。


 ギリギリの綱渡りだったが、幹部たちとの戦闘でMPが足りるところまで回復していたようだ。


 どさ、と魔王の体が崩れ落ちる。
 どくどくと広がる赤い血は、魔王が絶命したことを如実に物語っていた。


 まさか俺の使った技を真似してくるとは思っていなかったが、お陰でミラーを使うタイミングも間違えなかったし、余裕の態度が墓穴を掘ったな。


「――!!」


 ボップアップが出てくるわけでも、ファンファーレが鳴り響いたわけでもない。
 だが、確信した。


 今、俺はレベルアップした。
 ……けどこれ、意味があるのか?


 仮に元の世界に戻れたとして、そこでも俺は1000になったままなのだろうか。
 それとも、999に戻って、なかったことになっているのか。


 それに、スキルは使えたがステータス画面が開けるわけでもなく、増えたと思われるマクロの同時使用量も生かすことができない。
 ただ漠然と感じるのは、なんとなくステータスが上がっているような気がするだけだ。全体の10%くらい増えている気がする。


 今までの経験上、レベルアップ時には5%ほどのステータス上昇だったのだが、999から1000だし、本来よりレベルアップ時のステータスアップ量が多いのかもしれないな。


 楽しみにしていたマクロはどうにもならないようだが、とりあえず強くなったことだけは確かだ。


 問題は、ここからどうするか……という話なのだが……。
 とりあえず、ここから出るか。


「ここが魔王の本拠地だとすると、きっと雑魚Mobもたくさんいるんだろうなぁ」


 ボス戦は楽しいが、雑魚狩りはただの作業だ。
 なるべく雑魚と遭遇エンカウントしないように注意しながら進もう。













 俺が戦闘していた部屋から出て、スキル『隠密』と『隠蔽』を使いながら歩いていると、案の定、何匹かのゴブリンっぽいやつとかリザードマンみたいなやつとすれ違った。
 どいつも慌ただしく動いていたが、魔王が死んだことがもう知れたのだろうか。
 それにしては、魔王のいた部屋とは逆方向に忙しなく向かっていっているような気もするが……。


 耳を澄ませてみると、いくつかの単語が聞こえてくる。


 いわく、『侵入者』、『召喚』、『勇者』。


 ざっくり言えば、ここへ勇者が侵入してきた。異界の鬼を召喚するために幹部が集まっているところを一網打尽にしようとやってきたらしい。


 勇者かぁ。
 魔王の敵なら、事情を話せば仲間にしてくれるだろうか。いや、仲間にしてくれなくとも街まで案内してくれればそれでいいのだが。
 なるべく大きな街がいい。
 元の世界に戻る方法とかあるかもだし。


 というか、今更だけど魔王に聞けばよかったな。
 いや、カウンター決めて一撃で殺しちゃったから聞くタイミングもなかったか。


 とにかく、勇者がいると思われる、雑魚たちが向かっていっている先へついていく。
 やがて、悲鳴と何かが爆発するような音が近づいてきた。


 あちら側もこっちに向かってきているようで、相当なスピードである。


 勇者は、青いショートヘアの少女だった。手にしている剣で雑魚たちをばっさばっさと切り捨てているところを除けば、やや小柄な、かわいい女の子にしか見えないだろう。


 ちょうど俺から10メートルくらいの地点になったとき、『隠密』と『隠蔽』を解いて姿を表しつつ、少なくともこいつらの味方ではないということを示すために、近場にいた雑魚を数匹殺して見せる。


「……君は?」


 勇者が立ち止まり……って、そういえばこいつが勇者なのかどうかはまだわからないのか。
 少女が立ち止まり、剣を隙なく構えながら問いかけてくる。


「トウヤと言う。怪しいもんじゃない」


「いきなり現れて、あっさりと魔物を殺せるくらい強い人が魔王城にいるって時点で怪しいんだけど……」


 それもそうか。


「ボクはユリア。もしかしたら知っているかもしれないけど、勇者だ。キミはボクの味方? それとも敵?」


 美少女かつ女勇者かつボクっ娘だと……。
 異世界すごい。俺この世界に永住しよう。


「味方。ユリアがここに来たのは、やっぱ魔王を倒すためなのか?」


「そうだよ。味方なら邪魔はしないんだろうけど、油断させて後ろからぐさっ! とかはやめてね。魔王だけでなく、異界の鬼っていうのも相手にしなきゃなんないし」


「あ、それ俺のことだ」


 聞きなれた……というか、印象に強い言葉を聞いて、思わず反応してしまう。


「なんだって……?」


 ぴり、とした殺気がユリアから吹き付けられる。


「いやいやいや待て待て。俺はお前の味方だって。魔王なら俺が殺したし」


「……へ?」


 いきなりの告白に、間の抜けたような表情をしたユリア。


 そんな表情でもどこかかわいいって、美少女ってずるいなぁ。
 とにかく、半信半疑のようなので、ユリアを連れて元来た道を戻る。








「まさか本当に魔王がやられてるなんて……キミ、何者なの?」


 驚きの表情のまま転がっていた魔王の首を見たユリアは、俺が魔王を殺したということを信じてくれたようだ。
 まぁ、俺だって拍子抜けするくらい割りとあっさり勝っちゃったから、あんまり実感は沸いてないんだけど。


「『異界の鬼』らしいな。俺自身はごく普通の一般人だったつもりなんだけど」


 少なくとも、ゲームの外では。
 いや、ゲームの中での行動のせいでこうやって今ここにいるんだろうけどさ。


「……うーん。異界の鬼って絶対に敵になると思ってたけど、そんなことなかったんだね。
 キミってもしかして、元の世界に帰りたかったりする?」


「そりゃもちろん。やり残したことがあるからな」


 主にゲームだけど。漫画の続きとかも気になるし。


「できれば帰してあげたいけど……これからボクは王国に戻って、魔王の脅威がなくなったことと、キミが魔王を倒したということを伝えるけれど、ついてくる? 王国にある学院の教授とかなら、異世界に行く方法も知ってるかも」


 願ったり叶ったりだ。


「よろしく頼む、ユリア」


「うん、少しの間だけどよろしくね、トウヤ」


 こうして、俺は勇者と旅をすることになった。















「王国まで一か月かぁ……。結構遠いんだな」


「『最短で』一か月だよ。きっと、もっとかかると思う」


「引きこもりにはきつい道のりだな……」


 どうやら魔王城とやらはかなりの僻地にあったらしい。最短のルートで最高の効率で進んで一か月。長い旅になりそうだ。


「ねぇねぇ、トウヤ。キミのいた世界のこと教えてよ。ただ歩いてるだけじゃ退屈だしさ」


 少し前を歩いていたユリアが振り向きながら言った。
 そのままうしろ向きに歩くユリアを見ながら、改めてこの子が相当な美少女だということを認識する。


 青い髪を短く切っているのは恐らく動きやすいためなのだろうが、活発なイメージのあるユリアにはかなりマッチしている。伸ばしても当然かわいいのだろうが。


 若干つり目で、目鼻顔立ちは完璧と言えるほどに整っている。人間の顔にも黄金比が存在するらしいが、それにぴたり寸分違わず当て嵌まっていてもおかしくない。詳しくは知らないけど。


 体のバランスはと言えば、良く聞こえるように表現すればスレンダー。悪意のある言い方をすれば、起伏に乏しい。
 つまりは貧乳だ。
 腰の方は鍛えるというのもあって、いい感じだが。


 などと観察していると、ユリアが首を傾げながら、


「どうしたの? 黙りこくっちゃって」


「いや、なんでもない。俺の世界だっけ? そうだなぁ……高速で動く金属の箱とか、高速で空を飛ぶ金属の塊とかがあるな」


「えーなにそれ。ボクのことバカだと思ってるの?」


 ぷくっと頬を膨らませながら言うユリア。


「いやいや、これがマジなんだって。予想通りの反応をしてくれて楽しいからいいけど」


 自動車と飛行機の原理を素人なりに伝えながら歩いていると、いつの間にか日が暮れていた。




「今日はここで野宿にしよっか」


「野宿か……」


 いや当然と言えば当然なんだろうけど。
 森……とまではいかないが、木々に囲まれたこの場所で眠るのは抵抗があるな。


「風呂とかはどうするんだ?」


「水場が近くにあればそこで水浴びかなー」


「ふぅむ……」


 スキル『遠耳』を使って聴力を強化する。
 と、


「あれ? トウヤ今魔法使った?」


「わかるのか」


「うん。魔力が少しだけど動いたから」


 魔力。MPのことだろうか。


「耳が良くなる魔法を使ったんだ。近くに水場があればそういう音がすると思って」


「器用な魔法使うんだね、トウヤって」


「器用……なのか?」


 念じるだけで使えてしまうから、何がどう器用なのか全然ピンとこない。
 説明されても理解できる気はしないから別に聞かないけど。


「うん、そういうの使える人って、大抵そういう魔法しか習得しないから自分では戦わずに支援に徹する人が多いんだ。トウヤは魔王を倒したってことは、かなり強いんでしょ?」


「魔王が油断してたっていうか、俺のことを完全になめてたから勝てたってのもあるけどね……お、水、近くにあるみたいだな」


「ほんとっ!? 良かったぁ、今日少しだけだけど戦ったから、汗かいてて気持ち悪かったんだよね」


 見た目はボーイッシュなユリアだが、やはり女の子ということか。
 俺も一日一度は風呂に入らないと気持ち悪いし。女の子じゃないけど。


「あー、あっちのほうにあるから、お先にどうぞ。間違っても覗いたりしないから安心して」


「うん、ありがとう。先に失礼するね。……あ、トウヤって火とかおこせる?」


「魔法でつけるから大丈夫」


「じゃあ、お願いね」


 バッグを持って俺が指示した方向へ行くユリア。
 やがてその姿が見えなくなり――


「さて、覗くか」


 俺は準備を始めた。

















 というのは嘘だ。
 流石に今日会ったばかりの女の子の水浴びを覗くほど俺も猿じゃない。正直魅力的だし、俺のスキルをフル活用すれば百パーセントばれない自信がある。


 普通に薪を集め、『トラクスオンライン』ではほとんど使用することのなかった火種というスキルを使用する。
 攻撃力はほぼゼロ、灯りにすらならないレベルのスキルだが、火を使う職業のロールプレイをしていた人たちにとってはかなり重宝されているらしい。
 俺もこういった状況になって、便利さにようやく気が付いた。


 トラクスほどの自由度の高いオンラインゲームなら、気づいていないだけで色んな使い方がありそうだな。
 帰ったら試してみよう。


 とりあえず火はつけれたし、あとは俺が水を浴びるだけだな。


 ……風呂に入りたいなぁ。


 あ、そういえば。


 トラクスオンラインを始めて半年くらい経ったときに、気まぐれで取った初級の物質創造スキルがあったな。
 上級まで取らないとほぼ使い物にならないくせに、上級に要求されるスキルポイントがやたら多くて挫折したんだった。


 水は……魔法で作り出せる。
 火も魔法で出せる。


 あと必要なのは、『入れ物』か。


 初級の物質創造スキルでできるかなぁ。


 イメージするのは、ドラム缶。
 物質創造スキルの発動を念じ――


 ごっそりと体から力が抜ける。


「う、おぉ……?」


 もしかして、今のが『魔力』ってやつの感覚だろうか。
 戦闘してたときはアドレナリンが出てて気づかなったのかな。


 ともかく、目の前にはドラム缶が出来ていた。
 細かい形に差異はあるだろうが、この際どうでもいい。要は水を張って火の上に乗せたら温かくなれば良いのだ。
 それから……流石にドラム缶に直接足をつけたら熱いだろうから、木かなんかで足場も作らないとだな。


 工作とか小学生の時以来だけど大丈夫かな。













「すごい、すごいよトウヤ! 今ボク、キミのことをすっごく尊敬してる!」


「そりゃーどうも!」


 遠くから聞こえる興奮した大声に、こちらも大声で返す。
 ちょうどユリアが水浴びから帰ってきたタイミングで、思ったよりも手こずった木の足場作りが終わったのだが、興味津々のユリアに一番風呂の権利を譲ったのだ。
 まぁ喜んでくれたならいいか。
 なにこれ!? なにこれ! となんとなく正解を察しながらうきうきと尋ねるユリアがかわいかったし。


「もうちょっと大きければトウヤも一緒に入れたのにねー!」


「えっ」


 それはつまりどういうことだ。
 誘っているのか。
 どうするのが正解なんだ。


「冗談だよー!」


 あはは、と笑い声が続いてやってくる。
 分かってたけどさ。ちょっとくらい期待してもいいじゃないか。




 ……でも次作るときは、ちょっと大きめのドラム缶にしようと心に決めたのであった。















 勇者ユリア=ミルローク。
 剣、槍、弓、全ての武器の扱いに長け、魔力も膨大な量を誇る。生まれたときから勇者となることが定められていたユリアは、英才教育を受けてきたのだと言う。


「見たところユリア一人だけど、仲間とか作らなかったのか?」


「うーん」


 どことなく思いつめたような表情になったような気がして、もしかして地雷を踏んだかなと心配になる。


「自分で言うのもなんだけど、ボクって強すぎるんだよね。それに、魔物も。普通の人間と旅してたら、その人が危ないから……」


 強すぎるが故の孤独。
 俺もそうだった。
 ……とはちょっと言い難いか。
 別にイベントとかには参加してたし。むしろ頼られてたしな。これこそ自分で言うのもなんだが。というか、ネトゲで頼られるってあまり栄誉なことではないけど。


「俺はいいのか?」


「うん。トウヤはもしかしたらボクより強いかもしれないくらいだし。むしろボクのことを守ってよ」


 冗談交じりに言うユリア。


「ユリアを守らないといけないほど強い奴がまだいるのか?」


「うーん。……たぶんいないだろうね」


 魔王が死に、魔物の活動が緩慢になっているらしい。
 影響はまだ少なく、近隣のみだがそのうち王国の方……つまり歩いて一か月以上かかる場所にも影響が出始めるとのことだった。


 俺たちが着くより早く影響が出始めたら、特別戻って報告する必要はなさそうなもんだが。


「まぁ、お仕事だし。お金も貰ってるしね」


「ふぅん」


 そんなもんか。
 そんなもんなんだろうな。


 けど少し、気になることがあった。


 仲間がいらない程……仲間が作れない程強い勇者。魔王がいなくなった世界で、どうやって生きていくのだろう。
 普通に結婚して子供を産んで、ゆっくり暮らしていくのだろうか。


 などと余計なことを考えていると、例によって少し先を歩いていたユリアが振り返りながら言う。 


「ね、トウヤ。体がなまっちゃうといけないし、ちょっと組手しない?」


「唐突だな」


「あはは。やっぱり魔王を倒したトウヤがどれくらい強いのか見てみたくて」


 ということだった。















 スキル『身代わり』。
 HPが満タンの時のみ使えるスキルで、一撃で絶命する威力の攻撃を一度だけ無効にし、最初に指定しておいた物にそのダメージを肩代わりさせるスキルだ。
 正直トラクスオンライン内で俺を一撃で倒せつ奴なんてほとんどいなかったから死にスキルのようなものだったが、まさかこんなところで役に立つとは。


 ちなみにこれ、パーティメンバーにもかけられる。
 使用MPはとんでもないが、効果が発動しそうな場面では絶大な威力を発揮する。


 俺はこのスキルを自分とユリアにかけ、ユリアに準備が完了したことを伝える。


「本当に大丈夫なの? いや、信じてないわけじゃないんだけど……」


「大丈夫大丈夫。どっちにしろ寸止めするつもりで二人ともやるんだから、よっぽどのことがない限り事故は起こらないって」


「ならいいけど……」


 ユリアが剣を構える。
 隙が全く見当たらない。どの方向から、どのタイミングで攻撃しても反応される。そんなことを直観した。


 俺も片手剣を取り出す。
 何もないところからいつの間にか現れた片手剣を見てユリアが驚くが、殊更それについて問いただしてくるようなことはしないようだ。
 そういう魔法もこの世界に存在するのかもしれない。


 ひゅう、と向かい風が吹いた瞬間、ユリアが動き出した。
 風に乗って加速したかのように滑らかな動き出しのせいで一瞬反応に遅れ、ぬるりと突き出された剣を辛うじて切り払う。
 単純な力比べでは俺の方が上のため、多少無理な態勢でも弾き返せてしまうのだ。


 弾いた方向に高速で体を回転しつつ、今度は重い斬撃を放ってくるユリア。
 ……これもまだ、俺のステータスが上回る。
 受け止められる。


 はずだったのだが。
 いつの間にか、俺の手から剣が弾き飛ばされていた。


「――ッ!」


 思ったよりユリアの力が強かった? いや、違う。力の入れ方だ。俺も度重なるPKでそれなりに対人経験は豊富なはずなのだが、技術では一枚も二枚もあちらが上手だ。


 思い切り体をのけ反らせてなんとか攻撃を躱す。
 もうステータス任せの無理やりだ。


 そのままの勢いで後ろにバク転しつつ距離をとる。


「流石に強いな」


「キミこそ。武器を飛ばした時点で勝ったと思ったけど、とんでもない身体能力だね」


 なんとなくずるいような気がして、マクロを使っていなかったが出し惜しみしてて勝てる相手じゃないな。


 今の攻防だけでもわかる。
 『トラクス』にいた誰よりも、そしてあの魔王よりも、もちろん俺よりもユリアは強い。俺がやらなくともユリアなら魔王を倒していただろう。


 マクロを発動しようとし――思いとどまる。


 そういえば、『身代わり』はブーストスキルに分類される。
 既にひとつかかっている時点で、ブーストスキル10個で登録してあるマクロを使えない。


 いや……使える。
 どういう力が働いているのかは分からないが、なんとなくで直観する。レベルが1000に上がったことで、ブーストスキルの同時発動可能数が増えている。


 マクロ、『全力』。


 念じ、片手剣を取り出す。


「本気かな?」


 ユリアが尋ねてくる。


「本気だよ」


 答え――駆ける。


「じゃあボクも、本気」


 耳に届いたそんな言葉と共に、俺は吹き飛ばされた。
 痛みはない。金剛の防御力が上回っていたようだ。


 ユリアを見ると、彼女は剣を持っていなかった。
 素手である。
 いや――厳密には、黒い簡素な手甲と、足にプロテクターのようなものをつけているが。


 格闘スタイルか。
 さっきの衝撃から察するに、カウンターで顔面を蹴り抜かれたか殴り飛ばされたかのどちらかだろう。


「なら俺も素手で」


 元々俺に得意な戦い方はない。
 状況に応じて『殺す』のが好きな俺は、大抵の場合相手に合わせて武器を変える。今回はたまたまそれが拳だったというだけのこと。


「――ふっ!」


 短く息を吐きだしながら、ユリアがその場で右拳を繰り出した。
 何を――と思った瞬間、顔面に衝撃が加わる。
 やはり痛みはない。防御力を貫通してくることはなかった。が、反射的に目を閉じてしまった。次に視界が復活したときには、ユリアが消えていた。


 後ろ――!


 音と、空気の振動。
 後は予感直感。そんなもので、咄嗟に俺は後ろを振り返りながらガードの姿勢をとった。


 蹴られる。
 脚をしならせての、綺麗なフォームの横薙ぎの蹴り。


 どっ、と重い音が体の中から響く。
 ユリアの蹴りはガードの上からでも俺を地面ごと押し出すだけの威力があり、無理やり体勢を崩されてしまう。


 金剛がなかったら、今ので腕どころか胴体がもげていたかもしれないぞ。


 じっと目を凝らして見ると、ユリアの拳と脚を薄く金色のオーラが纏っていた。びゅっ、とユリアが再びその場で右拳を繰り出す。


 それに追随するかのように高速で伸びてくる金色のオーラ。
 あれがさっき俺に攻撃してきたのか。
 しっかり見ていれば、避けられないほどでもない。


 躱し、前にダッシュする。
 すると、ユリアは力を溜めるかのように一瞬動きを止め――


「ハッ――!!」


 その場で蹴りを繰り出した。
 とんでもない量と密度で迫る金色のオーラを、避けることができない。咄嗟に後ろに飛びながら防御の姿勢をとるが、そのまま大きく吹き飛ばされてしまう。


「――ぐ、ぉ……!」


 力を込めて金色のオーラを吹き飛ばすと、それと同時にまるで金色のオーラの中から出てくるようなタイミングで、ユリアが突っ込んできた。


 超近接戦闘。
 そうとしか呼べないような距離で、互いに拳を、脚を繰り出し続ける。


 一発の速度も、次へつながる回転力もユリアが上。一発の重さでは俺が勝っているが、当たらなければ意味はない。しかも、ユリアの攻撃力がどんどん上がっていっている。
 このままじゃそのうち金剛の防御力を貫通してくるぞ。


 一か八か……。


 かけられていた金剛を全て解き、『加速』を代わりに使用する。


 ず――、と。


 回転の中で、ユリアの拳に金色のオーラが集まる。
 今までで一番重い攻撃が来る。


 それにカウンターするように俺も、加速と剛力全ての力を載せた掌底を繰り出し――




 バァンッ!!


 と、爆発するような音が響き渡った。
 俺はこの音が何かを知っている。身代わりが発動し、対象のモノとして登録した岩が粉々に砕け散った音だ。


 ユリアの拳は俺の心臓の位置に。


 確実に致命傷である。


 かく言う俺の攻撃はどこに当たったんだ――? と思うのと同時に、右の掌に何やら好ましい感触があるのを自覚した。


 むにゅん、というか、ふに、というか。


 思わず手を動かしてしまう。


 同じ人間なのにどうしてここまでやわらかいのだろう。


 俺の掌は、ユリアの心臓の辺り――いや、分かりやすく言えば、胸に直撃していた。
 身代わりの効果で威力を全て殺された結果、俺がただユリアの胸を揉んでいるような構図になっている。


「い……」


 ユリアの顔が瞬時に真っ赤になり、俺は次に起こることを予想して、加速を解いて再び自分に金剛をかけた。


「いや――!!」


「おぐうっ」




 もしかしたらその攻撃が今までで一番重かったかもしれないことは言わなくてもいいことか。



















「ごめんなさい……」


「いや、俺も悪かったし。怪我もないんだしさ」


 むしろ、これは避けたらだめかなと思って敢えて避けなかった部分もあるし。
 しょんぼりするユリアを慰めつつ、夕食をとる。


「それにしても、料理うまいんだな、ユリア」


「そんなことないよー。一人旅だったから、自分で作るしかなくって慣れただけなんだ」


 と言いつつ、嬉しそうにするユリア。
 さっきまであんな凛々しく俺とばちばちやってたのに、こうしてると慣れない褒められ方してふにゃふにゃ笑ってるかわいい女の子だなぁ。
 こんな子が勇者やってたなんて、俄かには信じられない。


 いや、恐ろしいほど強かったけどさ。
 俺はさっき普通に全力だったけど、ユリアは本気ではあっても全力ではなかっただろうしな。俺は別に殺すつもりでやっても死なないのを確信していたから躊躇なしだけど、ユリアは俺に言われただけじゃ信じ切れなかっただろうし。
 俺が無茶なカウンターをしかけたせいで結果的に身代わりが発動してしまったが。


 ユリアは確かに強い。
 だが、仲間がいらない程ではない。


 『トラクス』では俺もほぼソロでやっていたが、何度かプレイヤーに殺されたり、魔物に殺されたりしてるからな。
 仲間がいれば――と思ったことは何度かある。


 ユリアは運よく・・・今まで生きていたが、何かの拍子に死んでいてもおかしくないのだ。例えば俺がやられた方法は、毒を盛られたりとかな。
 大きなイベントで大人数が集まったとき、至急された間食を疑いもせずに口に入れた途端、高レベルの麻痺にかかって何もできずに殺された。
 あれは明らかに俺の不注意だが、そういうことがないとも言い切れない。


 一体、王国とやらは何を考えているんだ。
 本当に、勇者ユリアに魔王を倒させるつもりだったのか?


「どうかした? 思いつめたような顔して」


 黙りこくっていた俺を不審に思ってか、ユリアが声をかけてくる。
 それに俺は「いや、なんでもない」と返し、そこからは普通に色んな話をした。


 この世界の話、俺のいた世界の話。
 魔法や魔力の概念や、魔物の存在。
 魔王が世界征服を企んでいたことや、勇者であることのちょっとした特権の話。


「全ての宿屋にタダで泊まれるのか。そりゃいいな」


「うん。でも無料になるのは宿泊費だけで、食費はお支払いするんだけどね」


「ふぅん」


 王国けち臭いな。そこもタダでいいじゃん。


「……でも」


「うん?」


「今のボクって、勇者なのかな」


「……?」


「魔王は倒れて、魔物の活動も静かになってる。現に、魔王城からここまで魔物に一度も襲われてないでしょ? ボクが魔王城に向かうときは、何度も何度も襲われて大変だったのに。
 魔王はいない、魔物も暴れない、そんな世界で、ボクは何ができるんだろう……って」


「……結婚でもして、ゆっくり暮らしたらいいんじゃないか?
 魔王はもういないんだから、誰かのために頑張る必要なんてもうないだろう」


「……! そっか。そうだよね……」


 まるでその発想はなかったと言わんばかりの驚き方をするユリア。
 いや、事実その発想がなかったのだろう。
 生まれたときから勇者で、魔王を倒すために鍛えられて、魔王を倒すために旅に出たと思ったらどこの馬の骨かもわからない不審な男に魔王を倒されてしまった。


 仲間を作らず、ただ一つの目的のために頑張ってきたユリアは、その目的を失って不安定になっているのだろう。


 なんとかしてやりたい、と思わんでもない。
 が、自分でなんとかするだろうとも思うし、よそ者の俺が手出ししていいものかどうかも分からない。魔王を倒すことが使命だった勇者と、魔王を倒してしまった俺とで多少の接点はあるかもしれないが、王国に戻ったら俺は元の世界に戻る方法を探すし、ユリアはユリアでしばらく何かしら忙しくなるだろう。


「ゆっくりと……かぁ」


 考え込むユリアが、何を考えているかはわからない。
 だが、その表情から、決して楽しいことを考えているわけではないということだけは理解できた。


 そして、俺も考える。


 使命を失った勇者ユリアは――果たして何者なのだろう、と。


 何者になるのだろう――と。















「ようこそおいでくださいました。勇者ユリア殿。それと、お連れの方も」


 ここはエルフの村。魔王の城を出て、一週間がなんだかんだで経過していた。
 森の中にひっそりと佇む小さな集落のようなものだ。
 出迎えてくれたのは、年若い青年……に見えるが、ユリアから事前に聞いた話によると、これでも300歳を超えているのだとか。


「魔王の討伐、本当にお疲れさまでした。どうぞごゆっくり、この村で体を休めていってください」


 エルフって閉鎖的なイメージがあったが、全然フレンドリーじゃないか。
 まぁ、人間にも色々いるように、エルフにも色々いるのだろう。きっと閉鎖的なエルフだっているに違いない。
 というか、イメージ的にいてほしい。


 などと勝手なことを思いながら、案内してくれるエルフの青年(300歳)についていくのであった。















「気をきかせてくれたんだろうけど……」


「……どうしようね」


 俺とユリアが案内された宿は、文句のつけようもないほど立派なものだった。
 森の中にあるのにこれだけ立派な宿があるのは、度々ほかの村のエルフが遊びに来たりするからだと言う。
 全然閉鎖的じゃないじゃないか!


 いや、問題はそこじゃなくて。


 案内された宿の、とある一室に更に案内され、どうぞごゆっくりと言って青年は行ってしまった。
 ポイントは『一室』だ。


 中に入ると、座卓がひとつ、座布団が二つ、奥には敷布団が二つと、明らかに俺とユリアが『そういう仲』だと思われている節がある。


「まぁでも、いいんじゃない? どうせ野宿のときは、ボクと一緒に寝てたんだし」


「誤解が生まれそうな言い方だな。適度に距離は保ってただろうに……」


 いや、それなら別に布団を離せば良いだけなのだが。
 それでもなんというか……。
 部屋の中で二人きりってまずい気がする。外で二人きりより危ない響きがある。


 ユリアはボーイッシュだが、決して女の子っぽくないわけではない。むしろそこらの女の子より数段かわいいし、貧にゅ……スレンダーだがなんとなく健康的な色気がある。


 まずいですよ。


「それに、トウヤはそういうことしない人だって、この何日かで分かったしね」


「そりゃまぁ、自制はするけどさ……」


 ここまで信頼されると頑なに拒否するのも逆にいやらしいな。
 まぁ、ユリアの言う通りこの一か月間ずっと一緒だったんだし、間違いなんてそうそう起きないか。俺とユリアって言ってもまだ出会って一週間だしな。
 俺が襲ったりしなければ、そういうことはおきない。


 俺が気をつければいいのだ。








 と思っていたのだが。


 なんでお前がここにいる……!


 今は夜中。
 俺もユリアも、何事もなく眠りについたはずだった。


 はずだったのだが……何か暖かいものを感じて目を開けたら、ユリアの整った顔が目の前にあったのだ。
 心臓が止まるかと思ったほどびっくりしたが、なんとか声は出さずに済んだ。


 一体何が起きてるんだ……。


「……ん……」


 もぞもぞとユリアが動く。


 眉をひそめ、口を堅く結び、何かから逃れるように。


「…………」


 起こすのも悪いか。
 俺が移動すればいいだけだし。


 と、布団からそっと出ようとすると。


 がしっ。


 腕を掴まれた。


「ちょ……」


 そのまま引き寄せられ、腕がホールドされる。
 や、やわっこい……なんかいいにおい……じゃなくて。


 これ、このタイミングでユリアが起きたらどうなるんだ。
 いや、ユリアの性格的にどうもならないかもしれないけど俺が気まずすぎる。


 頑張ってこそこそ抜け出そうとし――


「――ぃやぁ……」


 やめた。
 まぁいいや。
 そのうち離してくれるだろうし、それまで起きていればいいか。

















「………………か?」「あぁ、寝て…………」「しかし勇者は強…………」「一斉にかかれば…………」「………………命令に逆らうわけにも…………」「くそ、我々が人間如きにッ」


 ――!!


 どこからか声が聞こえ、目が覚める。
 何やら不穏なものを感じ、『遠耳』を発動すると、声が明瞭に聞き取れた。


「こちらにもそれ相応の被害が出るぞ」
「だが、あちらからの物資が断たれて困るのは我々だ」
「やるしかない。勇者を殺すぞ」


 最後のは、俺たちを案内してくれたエルフの声だった。
 殺される。
 そう思った次の瞬間には、無意識にマクロを発動していた。。


 やられる前にやる。


 ――出来れば、ユリアには気づかれないように。




 そうと決まれば動くだけだ。
 『暗殺』のマクロと、この月すら出ていない夜の闇は相性がいい。


 いつの間にか離れていたユリアの腕を一瞬だけ見て、立ち上がる。




 ――さて。






「一人目」


 ぷしゅ、とエルフの首から血が噴き出る。
 首を落とすと音がでかいからな。
 崩れ落ちるようにして倒れるエルフの体をいい具合に小突いてソフトに着地させ、絶命したのを確認してから次へと向かう。


 遠耳を発動している間に聞き取った声は五人分。


 ――だが、聞き取った音はこの村全員だ。
 それぞれが武器の音、そして、明らかに息をひそめている音。


 つまり全員が俺たちの命を狙っている。
 ……いや。
 ユリアの命を狙っている。
 何者かからの命令だと言っていた。
 魔王の関係者だろうか。


 ……ともかく、全員殺せばこの場は収まる。


 一人、また一人と殺して行き、血のにおいが村全体にあふれ始める。
 そうすると暗殺のマクロを使っていても、何者かが『殺し』を行っていることが露見し始め、混乱が起きる。
 混乱したエルフたちは集まり、相談を始める。


 俺はそこに――火を放った。
 燃え広がらないように、火炎の球の中に十数人のエルフを閉じ込め、同時に、一瞬で焼き尽くす。


 最後に残ったのは、あの青年だった。


 ようやく俺はエルフの前に姿を見せる。そして、問う。


「誰の差し金だ」


「貴様……言うわけないだろ、下等生物が……! よくも仲間たちを……を……?」


 激昂しかけたエルフの首が落ちる。
 それを受け止め、未だ残っていた火炎の球に放りこんで処分する。


 遠耳を使い音を確認するが、残っているのはユリアと俺の音だけ。


 終わったか……。
 俺はその場に座り込んだ。
 回復したら、これからやるべきことを考え、実行しなければ。

















 早朝。
 違和感を感じたユリアは、目を覚ました。
 人の気配がない。
 それに、自分に魔法がかけられたような痕跡が残っている。


 ――これは……睡眠魔法……?


 ユリアは魔力の流れを察知することに長けている。
 そのため、『人の気配』も魔力を感じることで察知するのだ。


 そんなユリアでさえ、人の気配を感じない。
 つまり、人がいないのだ。






 生きている人が、というのを知るのは、ほんの数分後のことだった。
 部屋の中にいるはずのトウヤがいない。
 そもそも自分がトウヤの布団で寝ていた理由もわからない。
 探すために外に出たユリアが最初に見たのは、壁にもたれかかってぴくりとも動かない、女性のエルフだった。
 見れば、首元が綺麗に裂かれていて、そこから血が流れ出ていた痕がある。


 死体は見慣れていた。
 それでも、これだけ唐突に見ればいくらユリアと言えども取り乱す。


「え……え……?」


 必死に考えるが、何が起きているのか理解できない。
 理解したくない。


 否。
 本当はなんとなくわかっているのだ。


 誰がこれをやったのか。
 そして、それに何かしらの理由があったことも。


 ――ボクを、魔法で眠らせてここの人たちを……。


 魔法がかけられた痕跡があるのは、腕だった。
 何故かそこから温もりを感じるような気がして、自分の体を抱きしめる。


「なんで……どこに行っちゃったんだよ……トウヤ……」

















 俺はユリアの前から姿を消した。
 勇者の近くに殺人鬼がいてはまずいだろう。
 それにしても、魔王のときも少しは思ったが、俺って人を殺すのにあまり罪悪感を覚えないみたいだな。PKを繰り返していた影響なのだろうか。
 それとも、この世界に俺がいるということ自体が非現実的で、受け入れられてないからだろうか。


 或いは両方、か。


 ともかく。
 ユリアの傍からは離れたが、目を離すわけにはいかない。
 今回、ユリアに知らさずに暗殺者を始末してしまったのだから、これからも襲われた場合後手に回る可能性がある。
 そうならないように、俺がユリアを陰から守る。
 少なくとも、王国に着くまでは。















 ユリアは、一人で歩いていた。
 エルフの森を出てからもう一週間は経つ。
 たったの一週間一緒にいたトウヤのことを今でもふとしたときに思い出す。この世界の人間じゃないトウヤの出す、不思議な雰囲気が印象に強かったのだろうか。


 愚痴や不安を吐き出しても、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれたから、特別な感情を抱いているのだろうか。
 それとも他の要素があるのだろうか。


 考えても答えは出ない。


 ただひとつ言えるのは、


「さみしいな……」


 ぽつりとつぶやいた言葉に、返ってくる声はない。


 弱くなった、と自覚している。
 元々ひとりで旅をしていたのに、たったの一週間、一緒にいただけでこれほどに弱くなってしまった。ひとりで旅をすることが、こんなにも怖く、こんなにも静かなことなのだと、気づかされてしまった。


「責任とってよ……」


 無責任で弱い言葉を発し、ユリアは歩き続けた。

















 もう何人殺しただろうか。
 進めば進むほど、ユリアを狙う暗殺者が増えてきている。
 どうやらユリアを王国に辿り着かせたくないようだ。大抵暗殺者がユリアを狙うのは、ユリアが睡眠をとる時間――つまり真夜中。
 昼間は当然先へと進むわけだから、はぐれないようについていかなければならない。


 必然的に俺が眠る時間は少なくなるわけだが、回復魔法でどうにか体力を回復しながらやりくりしている。
 気づかれないように守りつつ尾行するのが、こうも大変だとは……。


 夜目が効くようになるスキル『鷹目』を発動し、ユリアが眠っている地点を確認する。今のところ異常はない。
 敵側も躍起になっている。
 今はまだ対処できる程度の暗殺者しか来ていないが、そのうちかなりの使い手が送られてくるかもしれない。
 ユリアに気づかれず、且つ他の暗殺者が共同で殺しに来る可能性も考慮して、スピーディーに。


 殺す。


「…………」


 『遠耳』で異物の音を感知した。
 一瞬だけ鳴った、小枝を踏み折る音。


 『暗殺』のマクロに、1000になったことによって空いたもうひと枠に『遠耳』をつけて察知した音に近づく。
 呼吸。
 そして心臓の音。


 それらが聞こえるまで近づき――後ろから一撃で首を落とす。


 はずだった。
 どうやってか俺の攻撃を読み、暗殺者は首を狙った一撃を躱していた。身長、音の聞こえ方、身のこなしからして恐らく女の暗殺者だろう。
 だが、相手が女であることを手加減の理由にはしない。


 誰であろうと殺すだけだ。


 暗殺のマクロを解き、11の枠全てを加速に使う。


 次の瞬間。
 俺の手には、暗殺者の心臓が握られていた。


「――――」


 即死だ。
 喀血反応も起こさず、静かに口と穴の開いた胸から血を垂れ流し、その体から力が失われる。
 そっとその体を抱きとめ、炎の魔法で燃やし尽くす。
 においと煙がユリアのほうに行かないように風魔法を駆使しつつ死体を燃やすのにも、もう慣れた。灰は土魔法で穴をつくり、そこに埋めて何もなかったかのように元に戻す。


 ここまでで駆除完了だ。 


 元々人殺しの技には長けていた自負がある。
 伊達にPKを続けていない。
 だが、『トラクスオンライン』では殺せば終わりだった。


 こうして、殺し、その後処理をする自分があまりに手慣れているのが――あまりに穢れているのが、ユリアともう、友人として接することが出来ないことを如実に物語っていた。


 ……いや。
 それどころか、もう俺は元の世界に戻って、やっていける自信がない。


 何人も実際に殺した。
 ゲームでなく、現実で。


 ふとした拍子に、殺意を抱いてしまうかもしれない。


 そうなるのが、怖かった。



















 ディクリア王国。
 世界でも有数の権力と富を持つ王国である。
 人々は豊かに暮らし、貧しさにあえぐものはその王国に存在しない。誰もが幸せに暮らす、まさに理想の国。


 ――というのが、この国の表面だ。


 俺は、ユリアが目指していた王国――ディクトリア王国に辿り着いていた。
 魔王の城を出発してから、実に五週間。
 その間、襲ってきた暗殺者の数は五十を超える。


 ユリアが王国の中心にある城へ入っていくのを見届けたのが、十日前。
 その後俺は、適当な武器や防具を売り払ってある程度纏まった金を手にし、中心街から離れたところにある宿を借りている。
 何度か街にある図書館へも足へ運んだが、元の世界へ帰る方法はなさそうだった。


 ……まぁ、見つかったところで、帰るかどうかはわからないが。


 新聞を読み、酔っ払いの話を聞き、実際に街を歩いて見て回った結果。


 どうにも、この国は信用ならない。


 まずひとつ。
 新聞はこの十日間、魔王を討ち倒した勇者ユリアのことについてばかりだった。今日はどのパーティに出席するだの、明日はどこどこへ挨拶へ行くだの。


 問題は、『勇者を討ち倒した』勇者ユリアだ。


 ユリアなら、まず間違いなく、魔王を倒したのが自分ではないことを伝える。
 それなのに、この新聞ではユリアが魔王を倒したことになっている。


 それも、ユリアが魔王を倒したということを妙に強調しながら。


 次に、この国の実態についてだ。


 貧しさにあえぐ者は存在しない。
 これはイコールで、全員が豊かだということではなかった。
 貧しいものは奴隷、或いは誰の目にも届かないようなスラム街に追いやられ、住民権を剥奪され、死人と同じように扱われる。


 そして、これは酔っ払いから聞いた話のため真偽のほどは定かではないが、半年に一度、そういう人間を『焼却処分』するとのことだった。


 これが本当かどうかは置いといて、どうにもこの国は外面を綺麗に保ちすぎている。
 これが方針なのか、戦略なのか、行き過ぎた習慣なのかはわからないが、俺はこの国を信用することができない。


 有体に言えば、嫌な予感がするのだ。


 とても、嫌な予感が――。






























 そんな俺の耳に、『勇者ユリアの処刑』という情報が入ったのは、その日の夜だった。





















 何を間違えたんだろう。
 どこから間違えたんだろう。


 ユリアは、そんなことばかりを考えていた。
 王国に到着して、城で王に出迎えられた瞬間、妙な違和感を感じた。
 それが何なのかわかる前にその違和感は綺麗さっぱり消失し、事の運びの説明や、お祝いのパーティーなどへの出席でその違和感について考える暇はなかった。


 王国に到着してから十日後。
 突然ユリアは捕えられた。


 抵抗――するわけにはいかなかった。
 自分を抑えている兵士の、数十倍は強い自分が暴れれば、この人たちは呆気なく死んでしまう。
 そう理解していたからだ。
 もしかしたら、それを意図して、敢えてろくに訓練を受けていない兵士を捕縛に使ったのだろうかと気が付いたのは、牢屋に入れられてからだった。


 魔力を抑える石で作られた牢屋は、いかに膨大な魔力量を誇るユリアであっても抗えないほど強力なものだった。
 そしてその日のうちに、裁判すら経ずに死刑を言い渡された。


 国家転覆を図った罪とのことだった。


 無論、そんなことをしようと考えたことすらない。そんな発想自体存在しなかった。
 のに、有無を言わさずこうなってしまった。


 その理由については、思い当たるものがあった。


 それは、自分自身の存在。


 勇者は、魔王のいない世界では強力すぎる兵器なのだ。
 いつ暴れだすかわからない。いつ反旗を翻すかわからない。
 だから、従ううちに殺す。
 捕えてしまえば、どうとでもなるだけの道具はあるのだ。


「勇者じゃなくなったボクは……この世界にいらないみたいだよ、トウヤ」


 ぼんやりと、この可能性は考慮していた。
 それでも、勇者として育てられたユリアは、魔王を倒すしかなかった。


 何を間違えたんだろう。
 どこから間違えたんだろう。
 誰が、間違えているんだろう。




「最後にもう一度会いたいなぁ」


 呟いた、そんな願いは叶うことなく――。




 翌日。


 処刑の時間は無慈悲にやってきた。



















 皆殺しにしてやろうか。


 ユリアの処刑の話を聞いた瞬間、そう思った。
 俺が王国に抱いていた嫌な予感は、見事に的中したのだ。この王国は害悪だ。勇者としてユリアを利用し続けた挙句、掌を返して処分する。


 暗殺者を送っていたのも、この国だろう。


 理由には検討がついている。


 ユリアが怖いのだろう。
 あまりにも強力な力を持ち、ひとりで王国を壊滅させられるだけの兵力を内に秘める勇者が怖いのだろう。


 ふざけやがって。
 お前らがユリアの何を知っている。
 たったの一週間一緒にいただけの俺でも、ユリアが国家転覆なんて狙うわけないとわかるのに。十何年もユリアを見てきたはずのお前らが、なぜわからない。


 それは、この王国が、ユリアという少女を、魔王を倒すための勇者という道具としか見ていなかったことを明確に表していた。


 ユリアは今日の昼。
 街の大広場で公開処刑される。


 絶対に実行はさせない。
 それだけは確実だ。


 だが、どうやって。
 仮に助け出せたとして、それからどうすればいい。
 王国の連中を皆殺しにして、俺とユリアのことを知る者を全員消せばいいのか? そうすればユリアが再び罪に問われることはない。


 別にそうすることに躊躇いはない。
 気のいい酔っ払いのおっさんや、素性の知れない俺を何日も泊めさせてくれた宿屋のおかみさんには悪いが、そうなったら仕方のないことだ。


 ――なんて言えるほど、俺は人間を辞めちゃあいない。
 最後の手段としてそれも考えておくべきだが、きっともっといい方法があるはずだ。
 被害を最小限に、そして、ユリアにヘイトが向かないようにしながら助ける方法が。


 待っていろ、ユリア。
 絶対に助けてやる。



















 群衆は戸惑いと、そして興奮に包まれていた。
 魔王を倒した勇者が国家転覆を図り、即日死刑。
 おかしいことに気づく者も当然いたが、『勇者が公開処刑』という娯楽・・の熱に、誰もが浮かされていた。


 民にとっては、特別勇者に守られたという自覚がない。
 何故なら、魔王が直接攻めてきて、人々を殺して回ったりすることがなかったからだ。魔王は闇の勢力を徐々に伸ばしていたが、人界のほぼ中心に位置するこの王国まではまだ手が出せていなかった。


 ただそれだけのことで、この王国はたまたま魔王の影響が少なかっただけなのだが、そんなことを民の大半は知らない。
 ただ漠然と、魔王と呼ばれる化け物がいて、それを倒しに勇者が向かったのだということだけを知っていた。


 だから、魔王を倒した勇者が帰ってきても、これと言った感謝や感激はないのだ。
 ただ、国を挙げて祭りが行われたりしたから参加する。


 みんな勇者が偉いと言ったから自分もそう思う。


 その程度なのだ。


 今回の件は、有名人が何かやらかして見世物になりながら処刑される。
 その程度の認識しかしていない者が大半だった。


 これは民が悪いのではなく、意図的に情報を操作していた国の上層部の暗躍によるものだ。
 最初から勇者をこうして処分するつもりだったのだから、ここで民に反対されては面倒くさい。そう考えて彼らは動き、今の異常な状況が作られた。




 異様な雰囲気の中、仰々しく禍々しい、護送馬車に乗せられた勇者ユリアが登場した。


 彼女の顔に表情はなく、全てを受け入れているかのようだった。




「勇者ユリア。お前は魔王をも討ち滅ぼす力を振りかざし国家転覆を図り、国を混乱に陥れようとした。
 よって、今日このとき、命を持って謝罪の意を示してもらう」


 執行官が声高々にそう宣言した瞬間。






 人々は、恐怖を感じた。


 冷ややかで、燃えるような殺意。
 圧倒的なまでの暴力。
 身じろぎひとつでもした瞬間に、自分の命が消し飛ぶだろうという、確信。
 処刑台の上に、人が立っていた。




「全員、動くな」


 怒りのこもった、冷たい声。


 ユリアは、振り返ってその声の主を見た。
 絶望的な殺意の中、ひとりだけそれを向けられていなかったユリアが、その人物を一番最初に認識した。


「トウヤ……!」



















「全員、動くな」


 スキル『威圧』を使いながら、言葉を放つ。
 『威圧』は相手のステータスをダウンさせる広範囲スキルだが、相手が自分より遥かに弱い場合にしか通用しないスキルだ。
 主に魔物を『捕獲≪テイム≫』するときに使われる。
 MPの消費が激しいのと、自分自身のステータスも下がってしまう副作用があるため、対人で使うことはほぼない。


 が、こうして現実で使うにはそれなりの効果があるようだな。
 『威圧』の名の通り、スキル説明には「相手を怯えさせ、本来の力を引き出せなくする」とある。俺に怯えさせるのが、今は重要なファクターだ。


「トウヤ……!」


 唯一、この場で『威圧』の効果を受けないユリアだけが、動いて俺を見た。
 一瞬目が合うが、特に反応はしない。
 次へ行動を移す。




「俺は魔王だ」






 何百、或いは何千と人が集まっているのに、痛いほど静かになった大広場で、俺は言った。
 誰も、何も反応しない。できないのだ。俺の強さにあてられて。『威圧』の効果と、俺の発する殺気のせいで。


「先代の魔王はそこの勇者に倒されたが――」


 ちら、とユリアを見ながら。
 戸惑いを隠そうとしないその表情を見て、頬が緩まないように注意しながら続ける。


「俺は違う。勇者を攫い、めとる。勇者が俺のものになれば、脅威は消えるからな」


 そこで、『威圧』を解いた。




「兵士よ! 何をしておる、そいつを討ち取れ!!」


 真っ先に叫んだのは、偉そうな服に身を包んだおっさんだった。
 だが、兵士が動く前に。


 そのおっさんの体が、縦に、二つに割れた。


「動くなと言っただろう。邪魔をすれば、殺す」


 ぴり、とした緊張感が大広場に張り詰める。
 『威圧』は解いたというのに、誰も、赤ん坊でさえ、声をあげない。生存本能というやつだろうか。


「来い。ユリア」


「トウヤ……なんで……どうして……」


 まだ状況を飲み込めていないユリアに、俺は。


「結婚して、ゆっくり暮らそう。二人で」


 手を差し出した。


「――――」


 一歩、一歩とユリアが近づいてくる。
 そして俺の目の前まで来て、


「――――ぁ」


 自分の手が、枷で捕らわれていることを思い出したのだろう。
 だから俺は抱きしめた。


 柔らかく、小さくて、暖かい感触。


「トウヤ……トウヤぁ……」


 やがてユリアは泣き出した。
 子どもみたいに、泣きじゃくった。
 勇者ではなく、ひとりの少女として。
 勇者ユリアは、もういない。




 勇者の役目は、終わったのだ。























 一連の騒動は、当時そこにいた者によって後の世へ語り継がれる。
 学ぶべき教訓として。
 忘れてはいけない恐怖と、忘れてはいけない愚かさを。








 ずっと昔、勇者を愛した鬼がいた。
 勇者に愛された鬼がいた。


 鬼は勇者を守るために魔王となり、勇者は鬼の愛に応えてひとりの少女になった。


 二人がどこへ行ったのかは、誰も知らない。

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