何故我々は小説を書き始めたのか

子供の子

何故我々は小説を書き始めたのか

 自分のルーツがどこにあるのか。
 自分が生まれた場所がどこなのか。
 自分が生まれようとした場所がどこなのか。


 書きながら思い出していこうと思う。


 何故私は小説を書き始めたのだろう。
 本が好きだから? 子供の時から本は好きだった。外で遊ぶのも好きだったが、何よりも本を読んでいる時間が好きだった。


 物語に入り込んで入り込んで、入り浸って、主人公が悲しめば悲しいし喜べば嬉しいし楽しそうにしてるのを見ると自分も楽しくなった。


 最後がすっきりした本を読み終えた後の、本を置く瞬間が好きだった。


 最後が納得いかない本を読み終えた時の、本を置く瞬間は嫌いだった。
 何故主人公はこうしなかったのだろう。


 私だったらこうしたのに。
 この場面でこうしたのに。


 あぁ。


 ここかもしれない。


 自分だったらこうしたのに。


 これなのかもしれない。


 自己投影。
 自己陶酔。


 自己満足。


 私は自分を満たす為に、自分が喜ぶ話を書き始めたのだ。


 初めて書いた話は、今でも覚えている。


 設定も、場面も、最後も覚えている。


 最後は、無かった。


 私は途中でその話を書くことを放棄した。


 そして。


 私は本を読んだ。
 何を読んだかまで覚えている。


 宮部みゆき ソロモンの偽証


 才能に打ちのめされた。
 絶対に超えられない。
 どこが果てなのかすら分からない壁がある事を知った。


 あぁいや、本当はもっと前にその壁が存在している事は知っていた。


 読書の虫であったのと同時に、私は野球少年だった過去を持っている。
 オチは分かると思うが、途中で私は投げ出した。


 壁に果てがない事を知って、投げ出した。
 逃げ出した。


 意味もなく他のスポーツに手を出し、ちょっとやっては他の事をして、移って移って。


 しかし。


 その間も、本は読んでいた。


 そして私は、過去に投げ出した話はそのままに。
 そのままそういうものだと思って。


 そのまま、他の話を書き始めた。


 恥ずかしい話だが、それはポルノ小説だった。


 有り体に言ってエロ小説だ。


 うん。
 恥ずかしいな、思い出すのも。


 異世界モノのエロ小説を書いて、世に公開した。
 ここで言って良い話なのかは分からないが、ノクターンノベルズという姉妹サイトがある事はご存知だと思う。
 ご存知でない人は検索してみると良い。


 そのノクターンノベルズに投稿した。


 稚拙な。
 幼くて拙い小説を公開した。


 前の失敗を活かさずに。
 失敗は勝手に成功の母となると信じて、投稿した。


 あろうことか、それなりの人気が出てしまった。


 何年前の事だろうか。
 それなりの人気が出た小説を、私はやはり未完結で放り出した。


 いや。
 それだけではない。


 やはりここで言うべき事ではないのかもしれないが、私はその小説を投稿したアカウントからも逃げ出した。そうすることで別人になるのだと言わんばかりに。


 しばらく、私は小説を書かなかった。


 だが、読んだ。


 奇妙な事だが――というよりは当時の若気の至りというのか――私はノクターンノベルズというサイトを知った後に、小説家になろうを知った。


 小説家になろうに公開されている作品も、幾つも読んだ。


 完結している作品。
 今もなお進む作品。


 未完結のまま、放置されてしまった作品。


 未完結のまま、作者がいなくなってしまった作品。


 そうしてようやく、私は自分が何をしていたか分かった。


 結末が納得のいかない小説。
 それよりも遥かに納得のいかない――いくべきでない事をしていたのだ。


 そして、今のアカウント。


 実はノクターンノベルズにも作品を公開している。


 数年前にエタっているが。
 同じ過ちを繰り返したのだ。


 失敗は成功の母。
 だが、何も生まない失敗もある。


 私はそれを繰り返した。


 何故今こんな事を書いているのだろうとふと思い出せば、自分のルーツを思い出す為か。
 ちなみに、数年前にエタった方のエロ小説もそれなりに人気が出てしまっている。


 私は怖くなって逃げ出したのだ。
 完結させるには能力がいる。


 才能がいる。


 と、勘違いして逃げ出したのだ。


 実際に必要なものは。


 作品への愛だ。


 ああ恥ずかしい。
 夜中になると定期的にこういう文章を書きたくなる。


 で、公開する。
 誰かに共感して欲しいから。


 私のルーツはどこにあるのだろう。


 自己満足。
 自己投影。
 自己陶酔。


 自己否定。


 自分を否定していた私は、短編を幾つか書いた。
 書いて、公開した。


 嬉しい事に、何人かの読者が反応してくれた。
 自分の作品を読んでもらって、何かを感じてもらうという事は本当に嬉しいことだ。


 私が嬉しいと。
 主人公も嬉しい。


 主人公が悲しいと。
 私も悲しい。


 話を書きながら、私はそう感じながら読んでいる。
 書きながら読んでいる。


 変な表現だ。
 プロットは既に練ってあるのに、言語化する時点で、私は初めて読む作品にそうするかのように入り込む。入り浸って書く。


 ルーツの話だ。


 読んでいる自分と、書いている自分。


 どちらも同じ自分であって、同じ自己だ。
 陶酔して投影して満足して否定して。


 嫌悪して、書く。読む。


 今私は、ただただ感情をぶつけているだけだ。
 誰かが共感してくれるとは思わない。


 だが、そうであったら嬉しいなとは思う。


 我々は何故小説を書き始めたのだろう。


 私は何故。
 あなたは何故。


 小説を書いている。
 何故この話を読んでいる。


 何かを感じたかったのか。
 共感を得る人間が欲しかったのか。


 私には分からない。
 私も読者であるのに、分からない。


 何故書き始めたのかももう覚えてない。
 何かに感化されて書き始めたのだろうけども。


 叫んでいるのだ。
 何かに感化されて。


 何かを感じて、誰かにも感じて欲しくて。


 世界を共有したくて。




 あなたは何故、小説を書いている?

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