女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第82話 あっちとこっち

 鬼。
 吸血鬼にも鬼という字は入っているが、それを意図して敢えて《鬼》と呼んでいるのだろうか。


 言葉としてのインパクトは伝わりやすい。
 確かに鬼のように強かった。


「儂はあやつの言うところの《鬼》に成り切れてないがの。お前なら或いは辿り着く事が出来るかもしれん」
「昨日は自分の事を特別だと思うな、とか言ってたのにえらい心の変わりようだな」
「特別というのは吸血鬼の王や竜王みたいなのを言うんじゃよ」
「……なるほど」


 確かにあれは特別だ。
 特別製だ。モノが違う。
 あれと同列に語ることが出来るほど逸脱してはいないだろうな。
 俺もラリアも。


「勘違いするでない、という事じゃよ。わきまえれば良いのじゃ」
「わきまえる」
「分相応。自分の格を見誤れば、死期も早まるのじゃ」
「身に染みるよ」


 不死身じゃなければ。吸血鬼でなければ、もう何度死んでいるか分からない。
 そういう意味では俺はわきまえていなかったのかもしれないな。分を。


「じゃがまあ、儂のところまで辿り着くだけならすぐじゃろうな。使いこなす事が出来るかと、それより先に進めるかはお前の心意気次第じゃが」
「心意気だけなら誰よりもあるつもりだよ」


 つもり。
 つもりなだけかもしれないが。
 いや、卑屈になっても良い事はないな。
 楽観的なのよりは良いのかもしれないが。それもまた状況によるか。


「儂から見ればお前は――」


 と。
 ラリアが何かを言いかけたタイミングで、船が揺れた。
 いや、揺れるだけなら常にしている。大きく揺れた、という表現が正しいか。ただならぬことが起きたのだと。すぐに直感できる揺れだった。


 何事かと思って部屋の外に出てみれば、すぐにその異変を把握することが出来た。
 魔物――が。
 溢れかえっていた。


 スライムっぽいやつとか。
 狼っぽいやつとか。
 猿みたいなやつとか。
 猫。蛇。牛。色々な。


 言葉通りの意味で。
 乱雑に、煩雑に溢れかえっていた。


「なんだこれ!?」
「儂に聞いても分かる訳がないじゃろう」


 それはそうだが。
 こんな訳分からない状況に直面すれば訳分からず叫んでしまうのも仕方ないだろう。
 異様。異なる様と書いても足りないくらいの異変。
 こんな状態が正常であるはずがない。
 セレンさん達は――と感覚を集中してみれば、船頭の方から音が聞こえてきた。


「丁度良い機会じゃ。力を抑えながらの戦い方を教えてやろう」


 そう言うと、ラリアはひらりひらりと踊るように魔物たちを足蹴にしつつ、前へ進んでいった。いや、急にそんな事言われても真似出来るか。
 俺は力ずくで溢れかえる魔物たちを押しのけて船頭に向かう。













 船頭に辿り着いて事態が好転したかと言えば、そんな事はないとしか言えなかった。
 船頭には。
 見えるだけでも、レッサーデーモンが5体。


 セレンさんとミラ、ディーナもここにいた。
 だが、誰も動けずにいた。


 駆け付けた俺たちも当然、動けない。
 1体であれだけの猛威を奮ったレッサーデーモンが5体もいるのだ。


 ミラとディーナは話でしか聞いていないが、話でしか聞いていない分、その恐ろしさは過剰に伝わっているのかもしれなかった。


 誰も、動けない。
 これは。
 こんなの、無理だろう。


 どう足掻いても、どうにもならない。


「女神を渡せ」


 不意に、レッサーデーモンの一人がそう呟いた。
 魔物たちはここへ寄ってこない。他の場所で思い思いに暴れている。この船が沈むのも時間の問題だろう。
 それはさておき――


 今こいつ、なんて言った。


「女神を渡せと言っている」
「渡す訳――」
「分かりました。ついていきます」


 セレンさんが。
 俺の言葉を遮るようにして、前へ進み出た。


「ただい皆さんには手を出さないと約束してください」
「……良いだろう」


 セレンさんの提案に、少し考えるようにしてレッサーデーモンが頷いた。
 いやそうじゃなくて。
 良くねえよ。


「ふっざけんな! てめえら、俺が――」
「ふざけてるのは優斗さんです。落ち着いて、考えてみてください」
「セレンさ――」
「私が行けばみんな無事にこの場を離れる事が出来るのです。足掻いてどうにかなる問題ではないということは、私と優斗さんが一番分かってるはずですよ」


 分かっている。
 分かっているが、そういう問題じゃない。


 理屈じゃねえんだよ。


「ふざけてるのはあんただ、セレンさん。俺が許す訳ないだろ」


 今だ。
 今、ラリアに並んで。レオルの域にまで手が届くようにならなければならない。


 今すぐに。


 ――力がいる。


 強く。
 強く。
 強く!!


「無理ですよ優斗さん。現実はそう甘くないんです」


 言って、セレンさんは笑った。
 俺を安心させる為にだろうか。
 しかし俺の目から見ても、無理しているのが分かる笑い方だった。


 無理だろうそんなの。
 無理なんだよそんなの!!


 現実は甘くない。
 分かっている。
 現実は甘くない。
 分かり切っている。


 それでも。


 否定しなければならない。
 否定出来るだけの力を手に入れなければならない。


「こっちへ来い、女神」


 レッサーデーモンが言い、セレンさんがそちらへ行く。


 動けない。
 本能が邪魔している。
 敵うはずがない事を理解してしまっている本能が、否定してしまっている。


 ミラもディーナも動けない。
 ラリアは――と思ったが、動けているなら動いているだろう。


 きっと、動かないのがこの場面での一番賢い選択なのだろう。
 まずはこの場を凌ぐことが一番優先すべきことなのだろう。


「分かってんだよそんな事は……!」


 くそ、なんで魔神は介入してこない。
 あいつ的にも今の状況はかなりの危機じゃないのか。
 どうにかなるから静観しているのか。


 レオルは。
 ラリアがレッサーデーモンを見た瞬間に呼んでいたとしても、まだ到着しないだろう。


 時間を稼げば――


 いや。
 あの時のように、セレンさんだけを連れて逃げれば良い訳ではない。
 そもそも、セレンさんを抱きかかえる暇すらないだろう。


「早くしろ。時間がない」


 そう言って、レッサーデーモンがセレンさんの腕を引っ張った。
 瞬間、俺の中で何かが切り替わった。












「――――」










 右手が。
 右手だけがそう・・なった。


 何がどうなったのかは、俺自身分かっていない。
 ただ衝動的に、本能の赴くままに俺は動いていた。


 1体目の首をもぎ取り。
 2体目の体を千切って。
 3体目の腹を蹴り抜き。
 4体目の体と、5体目の体を纏めて放った。


 右手にはいつの間にか聖剣が握られていた。


 体中の全エネルギーが、研ぎ澄まされて行くような感覚。
 そのエネルギーが聖剣へと流れ込んで行く。


 一秒後の未来には。
 ただの青い空が視えていた。




 















「やっぱレッサーデーモンじゃ駄目か。女神の眷属はこれだから嫌なんだ」


 レッサーデーモンをよく分からない内に撃退して、右腕がよく分からない・・・・・・・何か・・に変異して、場が落ち着いたかと思えば。


 いつの間にか、その男はそこに立っていた。


 髪の色も、瞳の色も白。肌の色も、纏っている衣服の色も。
 純白。


 一瞬魔神や魔王を想起する程白い男だ。


 だがそれも一瞬の事だ。
 魔神からも、魔王からも感じられなかった程の、暴力的な殺意がぶつけられた。


 咄嗟に自分の体を庇ってしまう。
 自分の身を案じてしまう。


 その間に、その男は俺の横に立っていた。
 全く見えなかった。視えなかった。


「女神は貰って行くぜ」


 と――いう台詞と共に――


 って。


「行かせるわけねえだろうが!!」


 よく分からないが、こいつは敵だ。
 殺す。
 殺す。
 殺す。


「おいおい、もう半分くらいなってんのかよ・・・・・・・。ここで摘んどくべきか……? いや、あの男が近づいてきてるな」


 二発目。
 何故か撃てた聖剣での超必を真正面から軽々と受け止めて、男は言った。


「殺す!!」
「慣れない言葉を口にすると、体の動きは鈍るんだぜ」


 突き出した右手が消滅していた。
 が、すぐに治る。
 自分の右腕じゃない。
 何かの右腕が。


 黒い皮で覆われている、何かの腕が。


「……おいおい。じゃあな。これ以上はまずそうだ」
「逃がすかよ」


 既に自分のものでないような腕を更に変化させて、男を覆って捕えようとする。
 が、簡単に右腕は引きちぎられた。


 足りないのだ。
 強さが。


「くそ、時間もねえってのに……やっぱ摘むべきだよなあこれ。間に合うかなあ」


 ゴチャゴチャうるさい。
 黙って死ね。
 黙らせてやる。


「ここでどっちも殺しとくか? 眷属も女神も」
「――――」


 ――――――――。
 ――――――――。


 男の体が弾け飛んだ。
 再生が始まっている。
 こいつも不死だ。
 弾け飛んだ体が、もう一度吹き飛んだ。


 もう一度。
 もう一度。
 もう一度。
 もう一度。
 もう一度。






「それ以上そちら側に行くと、余がおぬしを始末せねばならなくなるぞ」


 不意に聞こえたその声を最後に。
 俺は意識を失った。

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