女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第68話 最も強いと書いて

 吸血鬼の王。
 吸血鬼という種族の、頂点に立つ者のみがそう名乗る事を許される。


 人類が歴史を記録し始めてから現在に至るまでに存在した吸血鬼の王は、たったの三人。一人目は2年で失墜した。二人目は50年で。三人目は、数千年に至ってその座を守り続けている。


 名はレオル。
 吸血鬼史上最強の男。
 そして。


 恐らく、現時点で世界最強の男。


 そんなレオルも、生涯を通して二度だけ、敗北を喫した事がある。
 二度とも同じ人物で、吸血鬼の王になる前の事だ。


 武智たけち おさむ
 英雄と呼ばれた男に、レオルは二度負けていた。


 一度目は敵として。
 二度目は友として。


 二度とも全力で戦い、負けた。
 吸血鬼と人間とでは時間が違い過ぎる。


 故に、二度戦った後、レオルが修のもとを訪ねる事は無かった。修という一人の人間に二度負けた事をレオルは誰にも話していない。
 恥からではなく、誇りがある故に。


 王は最強でなくてはならない。


 負けるという事などあってはならない。


 だが。
 誰にも話すことはなくとも、レオルがそれを忘れた事は一時足りとも無かった。
 負けた事を糧とし、強くなった。あの敗北がなければ、今自分は王として君臨していないだろうと。彼は理解していた。


 修という人間に敗北した後、レオルは誰にも見えない所で、誰よりも努力した。王として君臨した後も鍛錬は惜しまなかった。強く在り続けた。


 そんなレオルに、傷をつけた人間が現れた。


 それは奇しくも、武智 修と同じような風貌の少年――緑崎みどりざき 優斗ゆうとだった。初の邂逅は敵として。
 一撃。
 たったの一撃だけだが、王に傷をつけた者のその在り方を、レオルは気に入った。


 修と似ていたから――という側面も無くはない。
 だが、大部分は優斗という人間の人間性に純粋に惹かれての事だった。


 その直前に、魔神と名乗る女から共闘を申し出られていたが、何の事はない。直接会って拳を交えたものが認め合えば、それはもう友人である。それが彼の持論だった。


 友人に向ける牙は持ち合わせていない。
 友人へ剥く牙など、持ち合わせていない。
 レオルは魔神を裏切り、優斗の側に着いた。


 彼は薄々気付いている。
 近い内に世界の均衡が崩れると。


 エルフ族は主力がほぼ壊滅状態となった。
 竜人たちは復興に力を注いでいる。
 吸血鬼は各々の性格上、一致団結するのが至難の業だ。


 誰かが何かを崩せば一気に動く。
 友人――竜王となった優斗がいる限り、吸血鬼が竜人に牙を剥く事は無いだろう。


 エルフ族に強力な味方が出来た場合、天秤は傾いてしまう。
 実質的には竜人+吸血鬼の王という協定だ。相手に竜王クラスが二人以上いた場合、力は均衡する。三人を超えていればあちら側に天秤が傾く。


 そして。


 レオルは、自分よりも強いかもしれない存在を優斗の口から聞いて知っていた。


 魔王。


 魔の王。


 こことは異なる時間軸で――異なる世界観で、彼の英雄、武智 修を屠ったという魔王。実力の差は歴然だったと優斗は言った。


 ならば。
 やる事は一つ。


 王が王である為に、レオルは動く。




「魔王を探せ。余が直々に手を降す」




 この命令は、優斗に知られてはいけない。
 彼は知れば止めようとするだろう。


 己一人で。
 唯一人の王として、決着をつけるつもりであった。


 そして間もなく。
 魔王の発見の報が入った。















「余は吸血鬼の王である」
「おれは魔王だ」


 二人の対峙は、簡単に実現された。
 世の全ての吸血鬼は王の支配下にある。全ての吸血鬼の位置を把握しているし、その気になれば視覚や聴覚もリンクさせることが出来る。


 吸血鬼は世界各地に散らばっている。


 優斗から聞いた情報を基に魔王の相貌を割り出し、その位置を特定するのにはさして時間はかからなかった。


 ――白いな。


 というのがレオルが魔王に対して抱いた、第一印象であり、それ以上もそれ以下も無かった。もしかすると自分よりも強い者と対峙しているというのに、彼の心は何の感情も抱かなかった。


「武智 修の友人である吸血鬼。レオルと言ったか。まさかお前からこちらに出向いてきてくれるとはな。いずれ行こうと思っていたが、その必要が無くなったようだ」


 魔王は、既に傷だらけだった。
 死に体であると言える。
 そんな姿でも、魔王は態度を崩さなかった。己の勝利を信じて疑わない態度。そしてそれは、吸血鬼の王――レオルも同じことだった。


 そしてそれは双方、正しい考え方だった。


 この勝負は、どちらに転がってもおかしくない。


 天秤の気紛れで決まる。


 魔王とレオルが動いた。
 同時に飛び出し、同時に右の拳を突き出す。


 稲妻が天を走った時のような轟音が響いた。
 魔王の体が宙に浮き、吹き飛ばされかける。
 が、レオルの影がそれを阻止していた。吸血鬼の王。吸血鬼としての戦い方に、粗はない。


 続けて二発、魔王の腹に蹴りを入れた。
 その二発ともが一撃で山をも崩しかねない程の威力である。


「強いな、吸血鬼の王」
「当たり前だ。余は全ての上に立つ王である」


 血術で右腕が限界まで強化される。
 そして、殴る。
 吸血鬼には竜人のような破壊的な咆哮ブレスや、エルフ族のような魔法適正も無い。それでも強いのは、ただ純粋な身体能力と、闇に紛れるという特性故。


 王はその頂点だ。


 自身の殴打の余波に耐えきれず、影が魔王の体を手放した。
 今まで吹き飛びそうになっていたのを抑えてられていたのが無くなり、威力はそのまま推進力となる。


 はずだった。
 魔王はレオルの一撃を、喰らった。


 喰らった。


 暴食の罪。


「ふむ……」


 よろめく魔王と、消滅した自らの右腕を眺めるレオル。
 次に瞬間には元に戻るが。


「攻撃も『喰える』のか。厄介だな」
「おれも今初めて知った。吸血鬼の王。あんたのお陰で、おれはまた強くなる」


 魔王が無造作に左腕を振るった。
 影を自分と相手の間に挟み込み、血術で強化し、それを防御する。


 紙一重だった。


 ――なるほど。


 王は思う。
 確かにこれは、人間では勝てないだろう、と。


 修は強かった。
 だがそれも過去の事。
 今では自分の方が遥かに強いという自負がある。
 そしてそれは過信でなく、事実だった。


 優斗は勘違いしているが、レオルの特筆すべき点は防御力でなく、圧倒的な――暴力的な攻撃力だ。優斗の攻撃が通じなかったのは、ただ単純にレオルが強すぎて、優斗が弱すぎたというただ一点に限る。
 あの時点では、だが。


 レオルが動く。
 王が本気で動く。


 全力をもって潰さねばならないと確信したからだ。
 放っておけば、吸血鬼の――世界の存亡に関わると。


 影が。


 魔王の体を貫いた。
 余すところなく、生命の介在する余地など全く残さず、無慈悲に、無惨に貫いた。


 それでも。
 魔王は生きていた。


 ――生物ではない、か。


 人間でもない。
 竜人でも、吸血鬼でも、エルフでもない。


 『よくないモノ』。
 そう認識した。


 生きているという表現も間違いである。


 魔王は生きてなどいない。
 死にもしない。


 そこに在るか、無いかだけだ。


「良いだろう。余とてそう簡単に行くとは思ってなかったからな」


 魔王は。
 生きも死にもしない魔王は、吸血鬼の王との間にある、絶望的な差を見つけていた。見つけてしまった。今は勝てない。


 強さの核が違う、と。
 舐めていたと言って良い。


 英雄とその卵を退けた事によって、自分が既に世界で最高峰の存在であると誤認していた。それは間違いだったのだ。
 普通にしてては超えられない壁がある。


「竜王か……光のハイエルフか……」


 次のターゲット。
 何とかこの場から逃げ出して、更なる暴食と強欲を。


 罪に塗れた存在へと昇華せねばならない。己自身を。


「逃がすと思うか。余は相手が蚊でも潰すと決めたら確実に潰すぞ」


 言葉の通り。
 レオルは、自らの影で魔王を圧し潰した。


「今のおれじゃあ勝てない。それが分かっただけでも収穫か」


 魔王は。
 そう言って、へと逃げた。


 内側・・にいる限り、決して手を出せない場所へ。
 その扉を開ける事が出来るのは、魔王を含めて二人しかいない。


 もう一人は魔の神だ。


 魔王は一つ、忘れていた。
 失念していた。


 魔神は。
 魔王を、既に見捨てているという事を。


 扉は開かれた。
 吸血鬼の王の、目の前に。


「――馬鹿な」


 魔王が呟いた。
 あり得ない。
 何故ここへ出てきてしまったのか。


 それが解らなかった。


 自分の敗因の一つが、理解できなかった。


 その一つが理解出来なかったせいで、魔王は完全に失う。


 機会を。


 そして、ギリギリで間に合う。


 英雄の意志を継いだ男が。
 外の理に導かれて、もう一度邂逅する。


「先走ってんじゃねぇよレオル。せめて俺に一言ぐらいあったって良いだろ」
「ふむ。余は散歩に出かけただけのつもりだったのだが、たまたまこいつと肩がぶつかってな」
「下手な嘘つくんじゃねー」


 魔王は。
 覚えていた。


 その人間を。
 取るに足らない、殺す価値もないと判断した人間を。


「お前は――!」
「会いたかったぜ魔王。ここでお前は終わりだ」


 しゃん、と。
 その男――緑崎 優斗の持つ日本刀が、音を立てた。

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