女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第35話 最悪の再会

 さて。
 ドルーさんの告白から――俺たちがツィード海峡を抜けてから、一週間が経過した。


 この一週間で随分と強くなった。ような気がする。そうであって欲しい。
 苦手な翼での飛行もだいぶ出来るようになったしな。慣れてみると結構楽しいんだ、あれ。


「小僧。そろそろ到着するぞ。小娘たちを連れて船頭に出ろ」


 と、ドルーさんからのお呼びがかかった。
 ツィード海峡を通らないと年単位かかると言われてたからもっとかかると思ってたんだが……そういえばどれくらいになるかとか聞いてなかったな。


「ドルーさん」


 俺に到着を告げてすぐに立ち去ろうとしたおっさんを呼び止める。
 なんだ、と立ち止まる彼に、俺は頭を下げた。


「ありがとう。理由はどうあれ、俺たちをここまで送り届けてくれて。それにあんたには命まで救われてる」
「礼なんてよせ。お前さんのキャラじゃあないだろう」


 そうか?
 俺って結構礼儀正しい奴であったつもりなんだが。
 まぁ、おっさんから見てそうだったんならそうするのが正しいんだろう。


「感謝なんてしてないんだからね!」
「お前さんがそうしたところでどこに需要があるんだ」















 船が岸に着き、色々と世話を焼きたがるドルーさんに別れを告げて俺たちは歩き始めた。


 ちなみに、遥か彼方に――本当に物凄い遠くなのだろうが、遠近感が狂ってしまうような巨大な壁があった。
 あれが死の山だろう。
 スケールが違い過ぎる。


 おっさんの話だとしばらく行けば村があるらしいが……あまりそこも栄えてないんだろうな。おっさんの航海している理由を聞いた限りじゃ。


 食料はマリアさんの影に大量に入っている。
 生ものを収納しておけるマリアさんを連れてきたのは大正解だと思う。出来ればずっといて貰いたいものだ。どうすれば吸血鬼の王レオルの奴を説得できるかな……


 ともかく。
 食料がマリアさんの影に大量に入っている以上、その村で少量を調達する必要はない。寝床とか提供してもらえると有難いなーくらいだ。




 だが。


 村はなかった。


 いや。
 そこに在った形跡はある。


 家は燃えカスと化し。
 人はゴミのように山にされ。
 畑は踏み荒らされていた。


 これは――


「こんなところにまで手を出すのか……! 魔神……!!」


 俺たちの行く先々でこんな事をするのか……!!
 だったら俺たちは何のために――


「優斗さん! しっかりしてください」


 セレンさんに肩を揺さぶられ、我に返る。
 いつの間にか俺は跪いていたようだ。
 膝に灰が付いている。


 家のものか。誰かのものなのか。


「くそっ……!」
「落ち着いてください、優斗さん。魔神が――彼女が直接これに関わっている可能性は低いです。彼女なら滅ぼさずに、私たちに対する罠として利用するはずです。ドルーさんがそうだったように」
「……そうですかね。そうでしょうか」
「意味もなく人に害することは彼女も嫌うはずです」


 そうだと良いが。
 魔神とやらの人柄を知らない俺としてはそこまで――


「――セレンさん。ミラ、マリアさん。下がって」


 吸血鬼の視力で。
 俺は誰よりも早く見つけていた。
 王には敵わなくとも、俺の視力は上がっている。


 そして恐らく――いや、確証はないが多分、あいつもこっちに気付いている。


 黒髪黒目。
 俺と同じ日本人。


 不思議な歩法をやらを使い、いつの間にか俺たちの目の前に現れる男。


 斎藤。


 そいつが、いた。


 俺が見ている方向を見て、ミラが凍り付き。
 セレンさんがはっとし、マリアさんが構える。


 そして。


「やぁ。緑崎 優斗」


 離れていたはずなのに。
 またもこいつは俺の目の前に現れた。


 誰よりも早く反応したのは、マリアさんだった。


 長い脚で蹴りを放ち、それを斎藤は一旦受け流して後ろに下がる。


 その体が凍り付いた。
 ミラが硬直した時のような比喩でなく、物理的に。


「あーしまった。今回は女神が十全に動けるのか。まずったなぁ」


 凍り付いた自分の体を見下ろして、斎藤はそんな事を言い放った。
 しゅうしゅうと音を立てて蒸気が上がっている。
 何かしらの魔法で溶かそうとしているのか。


 俺は魔力がないが、こいつは魔法を使えるんだったな。


 だが、正直なところ今の俺たちの敵ではない。
 何故このタイミングで現れた。


 何故こいつは今現れた。


「まぁ、これくらいで十分だろう。十全ではなくても、足りているだろう」


 にんまりと。
 斎藤が笑いながら、言った。


「――ッ!!」


 悪寒。
 嫌な予感。


 空間が、割れた。


 これは――


 と思った時には、俺はその割れた空間に飲み込まれていた。
 セレンさんも、ミラも、マリアさんも。


 辛うじて誰かの腕を掴む。


 そして。
 視界が暗転した。















 目が覚めた時、目の前にあったのはマリアさんの顔だった。


「……うぉっ」


 思わず声を出してしまう。
 マリアさんも気を失っていたようで、目を覚ました。


「……これは、どういう状況ですか?」
「……さぁ」


 マリアさんの顔は間近にあるし体は何故か動かないし、辺りは真っ暗だしで不思議だらけだ。


 ――セレンさんとミラは。


 どこにいった。
 あの二人は……!


「落ち着いてくださいユウトさん」


 奇しくも、俺が先ほど焼け焦げた村で取り乱した時のセレンさんと同じ言葉をかけるマリアさん。或いは意識しての事かもしれない。
 いや、意識しての事か。


 普段はユウト様って言うしな。


 ……お陰で少し落ち着いた。


 多分ここは土の中だ。
 それっぽい感じがする。
 こう、うまくは言えないが。


「先ほどのは空間魔法ですね。分断される罠に気を付けるようにしていたのに、まんまとしてやられたようです。……先ほどのあの男、ユウト様と何か関係が?」
「同郷なだけで面識はほとんどない。ちょっとした因縁はあるが」
「セレン様とミラ様の気配はすぐ近くにあります。二人一緒ですね。ですが早くここから脱出した方が良さそうです。先ほどの男の気配がこちらに近付いてきてます」


 セレンさん達も近くにいるのか。
 とは言ってもなぁ。
 どれくらい地下にいるか分からないが、体がぴくりとも動かない。


 せめてもう少し『溜め』を作れるだけの空間があれば違うのだろうが、こうも密着されていては力も入れにくい。


「ユウト様。ですから、落ち着いてください。吸血鬼は自らの姿を変えられるのですよ」


 あぁ。
 あぁ、そうだった。


 腕を。
 木に変化させて、辺りの土を崩して行く。


 ある程度の余地が出来れば、あとは力ずくで吹っ飛ばすだけだ。


 どんっ、と爆発するような音と共に、俺たちは地面の上へ戻る事が出来た。
 どうやらそれ程深いところではなかったようだ。


 体中についた土を払いながら、マリアさんに言う。


「俺はここであいつを食い止めます。マリアさんはセレンさんとミラを探してください。俺は気配ってのが感じられないんで。俺たちのように地中に埋まってしまっているのであれば、もしかしたら出られなくなっているかもしれない」
「…………分かりました」


 色々と思うところがあったのかもしれないが、マリアさんは俺の案を呑んでくれた。
 一先ず、セレンさんとミラは大丈夫だろう。
 あぁは言ったが、あの二人が簡単に行動不能になるとは思えない。


 地中でも海中でも空中でも、セレンさんがどうにかするだろうしどうにかなっているだろう。


 だから俺は。


 向かってくる不吉な気配を、ここで終わらせるだけだ。















「なんだ。君一人なのか」


 やがて現れた斎藤は、開口一番そんな事を言った。
 なんだとはひどい言い草だな――とでも言おうかと思ったが、やめておく。これから戦う相手と馴れあっても良い事なんて一つもない。


「冷静だなぁ。これを見ても落ち着いてられるかい?」


 そう言って斎藤が取り出したのは、ミラのナイフだった。
 が……だからどうしたという話だ。
 二人の安全はマリアさんが保証してくれているようなものだ。


「なんだ。思ったより揺さぶれないな」


 黙ってこいつを――
 いや。
 一つだけ聞いておきたい事があったな。


「あの村を燃やしたのはお前か」
「うん?」
「あの村を燃やしたのはお前かと聞いているんだ」
「……そうだけど、それが何か君に関係あるのかい? オレが誰を殺そうと、君の仲間じゃない限りは関係ないだろう?」
「もうお前と話すべきことはない」


 話す価値もない。


 俺は手を木に変化させて、斎藤の方に向けた。


「おぉっと。それ、オレにとってはトラウマなんだよねぇ。人対人の戦闘なら慣れてるけど、君みたいな化け物と戦うのには慣れてないからさー。あの青い子みたいに普通の人間ならやりやすいのに」


 伸ばす。
 木を。即ち腕を、伸ばして斎藤を絡めとる。
 逃げようとしていたが、難なく捕まえる。


「もうお前なんかが相手になるレベルじゃないんだよ、俺」
「……そうみたいだね。仕方がない。こっちの世界に来てから随分と楽しませて貰ったし、先に地獄で待ってるよ」
「天寿を全うしてから逝ってやる。お前と同じところにな」
「あ、ちょっと待って貰えるかな」
「待つと思うか?」
「聞きたい事と言うか、共有したい事があるんだ。ずっとオレの中にある種の感動があってね。君とならきっと共有できる」


 斎藤は続ける。


「案外、オレ達って人を殺しても何も感じないんだね」


 ぐ、と掌を握る。
 それは木の枝が内側に向けて縮むことを意味していて、その中にいる普通の人間は当然、潰れる。


 呆気なく。


 斎藤という人間は、死んだ。















 三人目。
 三人目だ。
 俺が人を殺した数は。


 一人はライザー。
 二人目は吸血鬼の女。
 三人目は斎藤。


 二人目に関しては名前すら知らないのにな。
 どんどん自分が人間離れしていっているのを感じている。


 殺す以外に方法はなかった。
 斎藤も、吸血鬼の女も、ライザーもそういう奴だった。


 だがそれは俺の行動を正当化する意味にはならない。


 俺もそのうち堕ちるのだろう。地獄に。
 だけどそれは、早くてもセレンさんと一緒に世界を救った後の事だ。


 今考えるべきは、セレンさん達の無事だろう。

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