女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第26話 吸血鬼の王

 吸血鬼の王。
 吸血鬼の頂点。
 見ただけで分かる。
 こいつは途轍もなく強い。


 こんなのを敵に回してたのか、俺たちは。


 今すぐにでも逃げ出したい。
 いや、逃がすべきだ。


「逃げろ。今すぐ逃げろ。俺が何とかする。逃げてくれ」


 ミラを後ろへ追いやり、殴りかかる。
 王へと殴りかかる。


 突き出した右手には、硬いものを殴った感覚だけが返ってきた。


「見るなり殴りかかってくるか。活きの良い吸血鬼もいるものだな。余は寛大だから許してやろう。なに、誰にでも反抗期はある」


 全くダメージなしかよ。
 人を殴った感触すらねぇ。
 微動だにせず、吸血鬼の王は俺の全力の拳を受けとめた。
 否。受けとめたなんて言葉では真実を伝えられていない。この男は避けようとも、止めようともしていない。ただただ拳を顔面に受け、それでいて平然としているのだ。


「どういう絡繰りだ。ダメージ無効とかチート過ぎるだろ」


 言いながら、左腕を振りかぶって殴る。
 ごっ、と鈍い音が響き、男の立っている地点から後ろの地面が大きく抉れる。爆風が吹き荒れるが、それでもやはり吸血鬼の王は平然と立っていた。


「おぬしは蚊に血を吸われた時に気が付くか?」


 俺の左手が顔面に当たったまま、王が言った。
 俺の攻撃は蚊に等しいってか。
 ふざけやがって……!!


「まぁ、余は気付くがな」


 右手で、中指を親指で押さえるポーズをとる王。
 いわゆるデコピンというやつだ。


「仕置きにはこの程度で十分だろう」


 まずい――
 と思った時には、影で、腕で、頭をガードしていた。
 生存本能というやつだろうか。
 先ほど竜車が壊れた時には出来なかった影でのガードが咄嗟に出来た。


 ――意味は、ほとんど無かったが。


 デコピンの余波で影が砕かれ。腕が潰れ。体を弾き飛ばされた。


「ほう、耐えるか。回復も早い。鍛えれば余の後継となれるぞ、ユウトよ」
「願い下げだ」


 顔面に右足で蹴りを入れる。
 例によってダメージは無いみたいだが。


「執拗に視界を遮るのはそこの小娘が逃げる時間を稼ぐためか」


 ――なんで。


「なんで逃げてない! ミラ!!」


 ミラは、武器を構えていた。
 やめろ。
 やめろ。
 やめろ……!!


「頼む。お前につく。あいつだけは見逃してくれ」
「余に集らぬのならな。そこらを飛んでおる羽虫など気にもせん」


 ……自分が虫扱いされるより仲間が羽虫と言われる方が腹立つんだな。初めて知ったぜ。


「殺気が漏れているぞ。少しは自重するんだな」


 ――小娘。


 と、王は続けた。


 瞬間、世界がスローモーションになる。
 火事場のクソ力というやつなのだろうか。
 鮮明に、今、自分が何をすべきかが分かる。


 ミラが高速で移動していた。
 時間が止まったかのように感じる中でも速いと認識できる程速い動きだった。
 だが、それに吸血鬼の王は反応している。
 そうは見えないが、間違いなく反応している。


 影から聖剣が飛び出してきた。
 俺の意志より早く、俺の意志に準ずるために。


 そのまま、振り上げる。
 全身全霊で、死力を尽くして。


 応えろ。
 今じゃなくていつやるんだ。


 応えろ――!!




「……ほう」


 王の右腕が落ちた。
 そして、その左目にミラのナイフが突き刺さる。
 動じない。
 動じないが――確かに、ダメージは通った。


「確かに流石の余とて眼球は鍛えられぬ……だがしかし、まさか腕を切り落とされるとはな。なかなかやるではないか。元人間にして、真祖をも超える力を手にしているのか」
「ミラ。逃げろ」
「…………分かった。ごめん。どうか、無事で」


 言って、ミラの姿が搔き消えた。
 魔具の力を使って本気で動くと、視認すら出来ないのか。
 王は見えてそうな反応をしたが。


「……余が逃がすと思うか?」
「俺が追わせると思うか?」
「……ふむ」


 ふ、と吸血鬼の王が臨戦態勢を解いた。
 何か特別な仕草をしたわけではないが、雰囲気でそう感じた。


 なんだ? どうしたんだ?


「うん? おぬしは楽にしていて良いぞ。余はどうやったらおぬしと本気で殺し合いが出来るか考えているだけだからな。死力を尽くして戦えばおぬしも余に心を開くだろう。
 ……ふむ。先ほどの小娘を殺してしまえばおぬしの踏ん切りもつくのか?」


 その言葉だけで――その考えだけで充分だ。


 なんて言ってやるほど、俺も親切じゃないが。
 無言で王の顔面に蹴りをくれてやった。
 ハイキックだ。


「ほう?」
「本当はどうやって逃げるか考えてたんだけどな。今ここでぶっ倒しといた方が良さそうだ、お前に関しては」
「面白い」


 言って、王は俺の右足を払いのけた。
 それだけで俺の右足は爆散し、バランスを崩す。
 倒れる前にまた生えるが。


「余はレオルと申す。おぬしは――ユウトだったか。正式におぬしをこちら側・・・・に勧誘したい」
「嫌なこった。お前がこっち・・・に付くんなら考えてやっても良いぜ」
「ふむ、それはそれで面白いな」


 ……適当な奴だなこいつ。
 案外ここんところに攻略できる隙があるんじゃないだろうか。


「流石にここではいそうですかとおぬし側に付くのはあの女に示しが付かない為に出来ないがな」
「あの女……?」
「自身は魔神と名乗っていたが」


「示しがつかないってどういう事だ。何か見返りがお前にあるのか?」
「強力な味方を得る事が出来ると。竜人とエルフ共をそろそろ殲滅しようと思っていた所だったからな。強力な味方とやらがおぬしかと思っていたのだが、ふむ。
 おぬしの反応を見ていると、存外そうではないのかもしれんな」


 再び吸血鬼の王は――レオルは思案モードに入った。
 くそ、余裕かましやがって。
 この状態でもダメージ与えられない自分が憎い。
 さっきの聖剣で斬れたのもほとんど奇跡みたいなもんだしな……
 案外もう一回やったら斬れたりしないかな。


「よし、決めたぞ。ユウトよ。余と一騎打ちをして、負けたら余の元へ下れ。余が負ければおぬしの元へ下ろう」
「……はぁ?」


 何言ってんだこいつ。
 いや、さっき冗談でこっちに付くなら考えるとか言ったけど。


「いやちょっと待て。お前馬鹿なのか?」
「余は考えるのは好かん。そういうのはいつも秘書に任せているのでな」


 馬鹿だ。
 良い感じに騙せないかなこいつ……
 一騎打ちとかまともにやって勝てる実力差じゃないしなぁ。


「レオル。お前の提案を受ける代わりに、俺も一つ提案がある。お前からの要求のみを俺が飲んでも対等な勝負とは言えないだろう?」
「言われてみればそうだな。よし、言ってみよ」
「一騎打ちのさい、お前は吸血鬼のスキルを一切使わないってのはどうだ?」
「うん? その程度の事で良いのか? それくらいの事なら最初から提示するつもりだったぞ。余は吸血鬼の王で、おぬしはただの吸血鬼だからな。別の事にすると良い」


 ……正気か?
 いや、正直吸血鬼のスキルを封じたところで勝てるとは思ってなかったが……ギリギリを攻めたつもりだったんだがな。


 ……いけるか?
 試してみるか。


「じゃあその場から動いたらお前の負けってのはどうだ?」
「良いだろう」


 即答か。


「後でゴネるなよ。絶対だぞ」
「しつこいぞ。何なら余の血にかけて誓おう」


 血にかけてってどんなもんの効力があるんだよ。
 エルランスも眼にかけてとか言ってたが、この世界では自分の自慢のものにかけて誓うのが流行りなのか? 生きて帰れたらミラにでも聞いてみるか。


「始めの合図はそっちに任せる。俺の提案を受けてくれたしな」
「ふむ。おぬしもなかなかどうして寛大ではないか。益々仲間に欲しくなったわ。――では、始めようとするか」


 レオルが言った直後。
 俺は地面を思い切り踏み砕いた。


「なっ……」


 レオルが驚きの声を上げる。
 が、もう遅い。


 俺が全力で地面を蹴り飛ばしたらどうなるかなんて今更言うまでもないだろう。
 その場には巨大なクレーターが発生し、レオルはたたらを踏んでいた。


 つまり、『その場』から動いた。


「俺の勝ちだな」
「…………」


 奇策で負かされた吸血鬼の王は、しばらく黙っていたかと思うと――


「くく……くはは、はっはっはっはっは!!」


 大きな声で笑い始めた。
 腹を抱え、本気でおかしそうに。
 どうしたんだ一体。


「くくく、実はおぬしからの提案を聞いた時点でこの可能性は考えておったのだ。余を目の前にしてよくもまぁ、こんな手を取れたものよ」


 そうなのか。
 バレてたのか。
 なら阻止だって……いや、無理だな。
 俺は足を振り上げる事なく、力を籠めただけで地面を割り砕いた。
 モーションが無いのなら止めようがない。


 吸血鬼としての能力――例えば翼を作ってその場に浮遊したりすれば動く事は防げたかもしれないが、それも封じてたしな。


「面白い。ユウトよ。おぬしの元に下ろうじゃないか。たった今から余はおぬしの仲間だ。おぬしの仲間の小娘を羽虫と呼んだ事、おぬし自身を虫呼ばわりした事を正式に詫びよう」
「えらく物分かりが良いじゃないか……魔神との話はいいのか?」
「おぬしに仲間になる気がないのなら余が折れれば良いまでの話だ。余とおぬしが争えばどちらかが死ぬのだろうが、どちらが死ぬにせよ吸血鬼の視点から見れば大きな損失よ」


 なるほど、そういう見方になるのか……。
 でもこいつを安易に仲間にしてしまって良いのか?
 今セレンさんが竜王とコンタクトを取ろうとしているんだけどこいつ的にはおっけーなのか?


「俺の仲間になってくれるのはありがたいんだが、竜人やエルフ族と組む事になってもお前は我慢できるのか? できないのなら――」
「ん? 別に良いぞ。今は戦争している訳でもないしな」
「…………お前、そんな適当で後で雑事を任せてるとか言ってた秘書辺りに怒られたりしないのか?」
「仕方がないだろう。仲間が言う事なのだ。あ奴も納得する」


 怒られるのか……
 吸血鬼の王、それで良いのか……


「しかし、竜王の奴はともかく、エルフ族の方は難しいだろう。あやつは余を嫌っているからなぁ」
「そうなのか」
「うむ。まぁ余が謝れば済む事だ。気にするでない」
「……何したんだ?」
「昔あやつを口説いた事があってな。その時からそれこそ羽虫の如く嫌われているのだ」


 馬鹿かこいつは。
 馬鹿なんだこいつは。


 強いけど馬鹿だ。


 ……大丈夫かなぁ。

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