女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜
第23話 けじめ
「念のためさ。念のため、君の実力を見せて貰いたい。それに僕の力も見ておいて貰いたいしね。安全なところで組手でもどうかな?」
と言うエルランスの提案を断る理由もなく、俺は彼と組手をする事となった。
組手とは言っても空手みたいに堅苦しい感じのものではなく、何でもありの寸止めルールだが。
あ、ちなみに武器は無し。
ただ――
「吸血鬼としての能力は使って貰って構わない。そんなところで手加減をして貰っても困る」
との事だった。
武器は使わないが、聖剣を置くようには言われなかった。
そして時刻は夕闇時。
敢えてエルランスがこの時間を選んだのだ。
「武器を使わない以外はお互い全力だ。――君のタイミングで初めてくれ」
では遠慮なく。
言われた直後に、俺は走っていた。
加減なしの全力疾走。
10メートル程しか離れていなかった距離は、10分の1秒も経たずに埋まった。だが、寸止めで撃つつもりだった拳は撃つ前に止められた。
右の拳を手前に引いた状態で、エルランスの掌に抑え込まれていた。
「……やっぱ速いんだな。お前」
「ユウトこそ。予想以上に速かったよ」
そう、言葉を交わしたかは定かではない。
次の瞬間には二人とも次の動きに移っていた。
俺は影を動かし。
エルランスは後ろへ跳ぼうとしていた。
が、俺の影の方が速かった。
エルランスの足を絡めとり、引き倒す。
そして今度こそ、俺の拳は奴の顔面の手前で止まった。
風圧だけで周りの砂が幾らか吹き飛ぶが、こいつ自身にダメージはないはずだ。
「……参った。済まない。僕は君の事をどこかで甘く見ていたようだ。思っていたよりずっと速く、ずっと強かった。正直なところ、僕より弱いと思ってたんだ」
「正直に言い過ぎだぜお前」
動きは俺より速いみたいだが、その他が基本的に俺より下だ。ミラよりも遅いしな。総合的に見ればミラよりは強そうだけど。実際どうかは知らない。
ていうかこいつ、多分今の組手で『本気』は出していない。
お互い全力とか抜かしたくせによくやるぜ。全力ではあっても本気ではないってか?
「でもこれだけ強ければ心配はいらなさそうだ。助力を願ったつもりの君に、一人で彼を倒されてしまうかもしれない」
「そうか」
彼、ね。
こいつの性格のせいなのだろうか、やけにその極悪人な竜人とやらに対して敬意――のようなものを払っているような気がする。
いや、言い方の問題なのだろうけど。俺の気のせいである可能性の方が高いと思うけど。ただ何となくそう思った。それだけだ。
よく考えてみれば極悪人に敬意を払う理由が見当たらないし。
「早速だけど向かおうか。竜車で三日程行ったところにあるが、何。道中では君に剣術でも教えようかな」
◆
竜車での三日間は割愛する。
野郎と二人きりでの旅なんて回想したくないし出来れば二度と体験したくない。
剣術を教えてもらった事だけは感謝するが、流石に三日程度じゃ大した進歩もなかったし……
俺にその手の才能があればまた違ったのだろうけど。
剣道部所属とかだったらもっと強かったのかもしれない。今更だが。
さて。
目的地に到着した俺たちを待ち構えていたのは、森の中の広場で座って眠る赤髪の壮年の男だった。
――見た目が、エルランスに似ている。
なんというか――あいつとエルランスで、父と子、のような似方。
「おい」
「済まない。やはり気付いてしまったか。――君の思う通り、彼は僕の父だ。だからこそ僕が、留めを刺さなければならない」
そのやり取りの後、壮年の男――竜人が目を開いた。
或いは最初から起きていたのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。
奴が目を開いた時、感じる威圧感は全く変化が無かったからだ。俺たちが一定の距離に近付いてきていた段階で既に竜人は臨戦態勢に入っていた。
「父上。僕一人では貴方に敵いませんが、今僕の隣には信ずるに値する仲間がいます。今日こそ貴方を――殺します」
そう宣言した後、エルランスは飛び出した。
父上こと、竜人はその言葉を無視してエルランスを迎え撃つ。
初撃は簡単に受け止められた。
そして反撃を――俺が食い止める。
右手での大振り。
ただのパンチ。
それを、俺は左腕を大きな盾に変化させて受けた。
重い衝撃。本気で踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうなパワー。
聖剣も持っていないし吸血鬼でもないのにこれかよ。
竜人ってすげぇな。
影を変化させ、エルランスの足を絡めとった時のように――あの時より容赦なく、足を貫いて動きを止めるつもりで攻撃する。
鋏のように影の刃が閉じた時には、竜人は後ろへ大きく跳んでいた。
速い。
エルランスよりも――もしかすると、ミラよりも。
「――はぁっ!!」
エルランスがその場で剣を振り抜き、衝撃波を飛ばす。
なんだそれ。初めて見たぞ。
地面を斬り裂きながら飛ぶそれを易とも簡単に素手で引きちぎるかのように破った竜人の目が、確かに驚きの色に見開かれた。
その直後に俺が続いていたからだ。
大きく振りかぶっての全力の一撃。
防げるはずがない。
普通の人間なら。
普通の人間なら――!
竜人は、左腕と右腕をクロスさせて防いだ。
上にあった左腕は切断出来たが右腕はほぼ無傷で済んでいる。
そして、奴が口を開いた。
喋るという意味の比喩ではなく、ただ言葉の意味そのものの動きをした。
「咆哮だ!! 避けろ!!」
いやこのタイミングで言われても。
影で自分の体を絡めとって引っ張るが、間に合わず。
冗談みたいに巨大な光線に左半身が持っていかれた。
「ぐ……ぁ……あ!」
意識を集中させ、即座に回復させる。
だが、咆哮はそれで終わりではなかった。
影で逃げた俺を、顔の向きを変えて追いかけてくる光線。
今度は上半身に――
頭はやばい。
多分やばい。
両腕を盾に流動的な形の丸い盾に変化させ、受ける。
すると、咆哮の威力に圧されるような形でどうにか力の奔流部分からは抜け出す事が出来た。
――が。
まずい事が一つある。
両腕を盾にして防いだお陰で、聖剣は今落ちていっている。
俺から離れれば離れるほど聖剣の加護は減少する。それは何度も試して分かっている。
沈め。
沈め……!
沈め!!
影に聖剣が――沈んだ。
水の中にで入るかのように、抵抗なく。
出来た。
案外ぶっつけ本番でも出来るもんだ。
影の中に物を出し入れするのは今まで出来なかったんだよな。
影を動かすのよりも難しいのだ。少なくとも俺にとっては。
ざざ、と地面を幾らか削りながら着地する。
影の中に聖剣がある今、コンディションとしては常に体に身に着けているような感じになってるな。これからは影の中に入れて持ち運ぶか。
「ガァアアアアアアアア!!」
竜人が、叫んだ。
かと思えば衝撃波が奴を中心に広がり、ギリギリ俺は踏ん張れたがエルランスが吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた方を追いかけようとする竜人の前に立ち塞がる。
「逃がすかよ!」
鳩尾に左手の掌底を叩き込む。
右の手刀で左腕が切断される。
冗談みたいな防御力と攻撃力だな。
右手で顔面を殴る。殴り返される。
痛ぇ。くっそ痛ぇ。
「は、は」
強いなこいつ。
真正面から殴り合える奴がいたなんて思いもしなかった。
一撃一撃が一撃必殺。
それを俺は不死身の力で、竜人はその純粋な防御力で流している。
一発殴るごとに衝撃で地面が抉れ、蹴りで大地が揺れる。
不死身じゃなかったら今頃全身の骨がバキバキだろう。
拮抗したかに見えていた殴り合いも、数分経つ頃には戦局が変わり始めていた。
俺が。
圧され始めていた。
嘘だろ……!
こいつ、どんどん強くなっていっている。
どんどん一撃が重くなっている。
このままじゃ再生が間に合わないうちに体中を全て叩き潰されてしまう。
体力が無尽蔵なのかこいつ……!
ドラゴンが人になったようなもの。
エネルギーはドラゴンのままだとしたら。
人如きの体を動かす程度のエネルギー消費は微々たるものなのかもしれない。
そう考えればこいつの馬鹿みたいなスタミナにも理由がつく。いや、魔法が存在する世界でそんな考えなんて意味ないのかもしれないが。
そんな事を考えている間にも、俺が負うダメージは増え、回復は徐々に――本当に徐々に、追いつかなくなってきているようだった。
とは言え、今ここで俺が殴る手を止めて何か新しい事をしようとするものならその瞬間にひき肉だ。影を動かすのにもそれなりに集中力がいる。
ここまで連続で痛みがある中で動かすのはかなりきつい。
先ほどからやろうとしてるがうんともすんとも言わねぇ。
こんなところで。
セレンさんもミラも見てない、おまけみたいな話で死んでたまるか。
右手で繰り出した拳が、竜人の右手の拳を合わさった。
瞬間、凄まじいまでの衝撃が生じる。
今までとは比にならない程の音が響き渡る。
俺と竜人が同時に仰け反る。
本当に大した奴だ。
不死身であり、聖剣を持った俺と左腕を失った状態で互角以上に殴り合い。
このままやっていれば負けるとまで確信させた竜人は。
そして、そいつと一対一でやって無傷で最低でも一度は帰ってきているこいつも。
「遅くなって済まない。ようやく割り込める隙を見せたな、父上!!」
竜人は。
俺と自分の間に割って入ったエルランスに躊躇いなく右腕で殴りかかった。
それをするりと躱したエルランスは、空ぶった腕をがっちりと掴んでそのまま背負い投げをした。
どん、と竜人が俺の目の前に仰向けで叩きつけられる。
すかさず俺は仰向けになっている奴の胸に右手の拳をハンマーのように振り下ろす。
背負い投げの時とは比べ物にならない衝撃が竜人を襲い、完全に無防備になっていた体だけでは衝撃を吸収しきれなかったのだろう、大きく地面が凹んだ。
俺は態勢を崩したが、エルランスはそうではなかった。
真っすぐ父親を見ていて、俺がダメージを与えたばかりの胸に、剣を突き立てた。
「さようなら。父上」
直後、竜人の体の中で何かが爆発した。
剣に魔法をかけておいたのか。
びく、と体を震わせて。
竜人は動かなくなった。
「……終わったのか」
「あぁ。これで終わりだ。ありがとうユウト。君がいなければ、僕は父を止める事が出来なかった」
本当に申し訳ない。
暫くの間、一人に――二人にさせてくれ。
そう言われれば、嫌だ言う訳にもいかない。
俺は離れ、エルランスと竜人……息子と父親は、何かを語った。
と言うエルランスの提案を断る理由もなく、俺は彼と組手をする事となった。
組手とは言っても空手みたいに堅苦しい感じのものではなく、何でもありの寸止めルールだが。
あ、ちなみに武器は無し。
ただ――
「吸血鬼としての能力は使って貰って構わない。そんなところで手加減をして貰っても困る」
との事だった。
武器は使わないが、聖剣を置くようには言われなかった。
そして時刻は夕闇時。
敢えてエルランスがこの時間を選んだのだ。
「武器を使わない以外はお互い全力だ。――君のタイミングで初めてくれ」
では遠慮なく。
言われた直後に、俺は走っていた。
加減なしの全力疾走。
10メートル程しか離れていなかった距離は、10分の1秒も経たずに埋まった。だが、寸止めで撃つつもりだった拳は撃つ前に止められた。
右の拳を手前に引いた状態で、エルランスの掌に抑え込まれていた。
「……やっぱ速いんだな。お前」
「ユウトこそ。予想以上に速かったよ」
そう、言葉を交わしたかは定かではない。
次の瞬間には二人とも次の動きに移っていた。
俺は影を動かし。
エルランスは後ろへ跳ぼうとしていた。
が、俺の影の方が速かった。
エルランスの足を絡めとり、引き倒す。
そして今度こそ、俺の拳は奴の顔面の手前で止まった。
風圧だけで周りの砂が幾らか吹き飛ぶが、こいつ自身にダメージはないはずだ。
「……参った。済まない。僕は君の事をどこかで甘く見ていたようだ。思っていたよりずっと速く、ずっと強かった。正直なところ、僕より弱いと思ってたんだ」
「正直に言い過ぎだぜお前」
動きは俺より速いみたいだが、その他が基本的に俺より下だ。ミラよりも遅いしな。総合的に見ればミラよりは強そうだけど。実際どうかは知らない。
ていうかこいつ、多分今の組手で『本気』は出していない。
お互い全力とか抜かしたくせによくやるぜ。全力ではあっても本気ではないってか?
「でもこれだけ強ければ心配はいらなさそうだ。助力を願ったつもりの君に、一人で彼を倒されてしまうかもしれない」
「そうか」
彼、ね。
こいつの性格のせいなのだろうか、やけにその極悪人な竜人とやらに対して敬意――のようなものを払っているような気がする。
いや、言い方の問題なのだろうけど。俺の気のせいである可能性の方が高いと思うけど。ただ何となくそう思った。それだけだ。
よく考えてみれば極悪人に敬意を払う理由が見当たらないし。
「早速だけど向かおうか。竜車で三日程行ったところにあるが、何。道中では君に剣術でも教えようかな」
◆
竜車での三日間は割愛する。
野郎と二人きりでの旅なんて回想したくないし出来れば二度と体験したくない。
剣術を教えてもらった事だけは感謝するが、流石に三日程度じゃ大した進歩もなかったし……
俺にその手の才能があればまた違ったのだろうけど。
剣道部所属とかだったらもっと強かったのかもしれない。今更だが。
さて。
目的地に到着した俺たちを待ち構えていたのは、森の中の広場で座って眠る赤髪の壮年の男だった。
――見た目が、エルランスに似ている。
なんというか――あいつとエルランスで、父と子、のような似方。
「おい」
「済まない。やはり気付いてしまったか。――君の思う通り、彼は僕の父だ。だからこそ僕が、留めを刺さなければならない」
そのやり取りの後、壮年の男――竜人が目を開いた。
或いは最初から起きていたのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。
奴が目を開いた時、感じる威圧感は全く変化が無かったからだ。俺たちが一定の距離に近付いてきていた段階で既に竜人は臨戦態勢に入っていた。
「父上。僕一人では貴方に敵いませんが、今僕の隣には信ずるに値する仲間がいます。今日こそ貴方を――殺します」
そう宣言した後、エルランスは飛び出した。
父上こと、竜人はその言葉を無視してエルランスを迎え撃つ。
初撃は簡単に受け止められた。
そして反撃を――俺が食い止める。
右手での大振り。
ただのパンチ。
それを、俺は左腕を大きな盾に変化させて受けた。
重い衝撃。本気で踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうなパワー。
聖剣も持っていないし吸血鬼でもないのにこれかよ。
竜人ってすげぇな。
影を変化させ、エルランスの足を絡めとった時のように――あの時より容赦なく、足を貫いて動きを止めるつもりで攻撃する。
鋏のように影の刃が閉じた時には、竜人は後ろへ大きく跳んでいた。
速い。
エルランスよりも――もしかすると、ミラよりも。
「――はぁっ!!」
エルランスがその場で剣を振り抜き、衝撃波を飛ばす。
なんだそれ。初めて見たぞ。
地面を斬り裂きながら飛ぶそれを易とも簡単に素手で引きちぎるかのように破った竜人の目が、確かに驚きの色に見開かれた。
その直後に俺が続いていたからだ。
大きく振りかぶっての全力の一撃。
防げるはずがない。
普通の人間なら。
普通の人間なら――!
竜人は、左腕と右腕をクロスさせて防いだ。
上にあった左腕は切断出来たが右腕はほぼ無傷で済んでいる。
そして、奴が口を開いた。
喋るという意味の比喩ではなく、ただ言葉の意味そのものの動きをした。
「咆哮だ!! 避けろ!!」
いやこのタイミングで言われても。
影で自分の体を絡めとって引っ張るが、間に合わず。
冗談みたいに巨大な光線に左半身が持っていかれた。
「ぐ……ぁ……あ!」
意識を集中させ、即座に回復させる。
だが、咆哮はそれで終わりではなかった。
影で逃げた俺を、顔の向きを変えて追いかけてくる光線。
今度は上半身に――
頭はやばい。
多分やばい。
両腕を盾に流動的な形の丸い盾に変化させ、受ける。
すると、咆哮の威力に圧されるような形でどうにか力の奔流部分からは抜け出す事が出来た。
――が。
まずい事が一つある。
両腕を盾にして防いだお陰で、聖剣は今落ちていっている。
俺から離れれば離れるほど聖剣の加護は減少する。それは何度も試して分かっている。
沈め。
沈め……!
沈め!!
影に聖剣が――沈んだ。
水の中にで入るかのように、抵抗なく。
出来た。
案外ぶっつけ本番でも出来るもんだ。
影の中に物を出し入れするのは今まで出来なかったんだよな。
影を動かすのよりも難しいのだ。少なくとも俺にとっては。
ざざ、と地面を幾らか削りながら着地する。
影の中に聖剣がある今、コンディションとしては常に体に身に着けているような感じになってるな。これからは影の中に入れて持ち運ぶか。
「ガァアアアアアアアア!!」
竜人が、叫んだ。
かと思えば衝撃波が奴を中心に広がり、ギリギリ俺は踏ん張れたがエルランスが吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた方を追いかけようとする竜人の前に立ち塞がる。
「逃がすかよ!」
鳩尾に左手の掌底を叩き込む。
右の手刀で左腕が切断される。
冗談みたいな防御力と攻撃力だな。
右手で顔面を殴る。殴り返される。
痛ぇ。くっそ痛ぇ。
「は、は」
強いなこいつ。
真正面から殴り合える奴がいたなんて思いもしなかった。
一撃一撃が一撃必殺。
それを俺は不死身の力で、竜人はその純粋な防御力で流している。
一発殴るごとに衝撃で地面が抉れ、蹴りで大地が揺れる。
不死身じゃなかったら今頃全身の骨がバキバキだろう。
拮抗したかに見えていた殴り合いも、数分経つ頃には戦局が変わり始めていた。
俺が。
圧され始めていた。
嘘だろ……!
こいつ、どんどん強くなっていっている。
どんどん一撃が重くなっている。
このままじゃ再生が間に合わないうちに体中を全て叩き潰されてしまう。
体力が無尽蔵なのかこいつ……!
ドラゴンが人になったようなもの。
エネルギーはドラゴンのままだとしたら。
人如きの体を動かす程度のエネルギー消費は微々たるものなのかもしれない。
そう考えればこいつの馬鹿みたいなスタミナにも理由がつく。いや、魔法が存在する世界でそんな考えなんて意味ないのかもしれないが。
そんな事を考えている間にも、俺が負うダメージは増え、回復は徐々に――本当に徐々に、追いつかなくなってきているようだった。
とは言え、今ここで俺が殴る手を止めて何か新しい事をしようとするものならその瞬間にひき肉だ。影を動かすのにもそれなりに集中力がいる。
ここまで連続で痛みがある中で動かすのはかなりきつい。
先ほどからやろうとしてるがうんともすんとも言わねぇ。
こんなところで。
セレンさんもミラも見てない、おまけみたいな話で死んでたまるか。
右手で繰り出した拳が、竜人の右手の拳を合わさった。
瞬間、凄まじいまでの衝撃が生じる。
今までとは比にならない程の音が響き渡る。
俺と竜人が同時に仰け反る。
本当に大した奴だ。
不死身であり、聖剣を持った俺と左腕を失った状態で互角以上に殴り合い。
このままやっていれば負けるとまで確信させた竜人は。
そして、そいつと一対一でやって無傷で最低でも一度は帰ってきているこいつも。
「遅くなって済まない。ようやく割り込める隙を見せたな、父上!!」
竜人は。
俺と自分の間に割って入ったエルランスに躊躇いなく右腕で殴りかかった。
それをするりと躱したエルランスは、空ぶった腕をがっちりと掴んでそのまま背負い投げをした。
どん、と竜人が俺の目の前に仰向けで叩きつけられる。
すかさず俺は仰向けになっている奴の胸に右手の拳をハンマーのように振り下ろす。
背負い投げの時とは比べ物にならない衝撃が竜人を襲い、完全に無防備になっていた体だけでは衝撃を吸収しきれなかったのだろう、大きく地面が凹んだ。
俺は態勢を崩したが、エルランスはそうではなかった。
真っすぐ父親を見ていて、俺がダメージを与えたばかりの胸に、剣を突き立てた。
「さようなら。父上」
直後、竜人の体の中で何かが爆発した。
剣に魔法をかけておいたのか。
びく、と体を震わせて。
竜人は動かなくなった。
「……終わったのか」
「あぁ。これで終わりだ。ありがとうユウト。君がいなければ、僕は父を止める事が出来なかった」
本当に申し訳ない。
暫くの間、一人に――二人にさせてくれ。
そう言われれば、嫌だ言う訳にもいかない。
俺は離れ、エルランスと竜人……息子と父親は、何かを語った。
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