女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第17話 泥爆弾

 間に合った。
 間に合ったか?
 間に合ったのか?


「ミラ! 無事か!?」
「無事。安心して」


 ほっとしかけるが、すぐに思い直す。
 セレンさんが――いない。


「セレンも無事。大丈夫」


 ミラの声は、少しだけ――多分一ヵ月一緒に過ごしてなければ気付かないくらい少しだけ、震えていた。いつもと同じ無表情だったが。




「登場ついでに殴るなよ。君と違ってオレは不死身じゃないんだ」
「掠ったようなもんだろ。お前がサトウか」


 山を駆けている途中で、この男の気配に気付いた。
 俺の数少ない戦闘経験で培われていた危機察知能力が、分かりやすいくらいに悲鳴を上げる程不吉な気配。俺がダッシュを始めた地点の土は大きく抉れている事だろう。


「掠ったんじゃなくて掠らせたんだ。そうしなければオレは死んでたわけなんだが、君は良いね。躊躇なく人殺しが出来るんだ」
「……あぁ?」


 何言ってんだこいつ。


「お前が後ろ手に武器を構えてさえなければ、出会い頭に殴りかかることなんてしなかったかもな」
「激昂しているようで冷静。そうさせているのは君の人間の部分なのかな」


 何を言っているんだ。


「トラウマとかないのかい? その分じゃあ、君は他に人間を殺しているだろう。その瞬間がフラッシュバックする事とかないのかな。分からないなぁ、オレはまだ人は殺してないんだ。興味がある。うん、興味がある。君と友達だったら学校の休み時間にでも聞いてみるのに、敵同士だとこうして戦場でしか話し合えない。悲しい事だよ、本当に悲しい。これで君と話すのが最後になるのも、君の最期を見届けるのも。仕方ないよね。それがオレの仕事だから。女神とその眷属を殺すことが、オレの仕事の一つだから。仕方がない――仕方がないことなんだ。抗いようもない、避ける事も出来ない、オレはこの場で人間を殺さなければならない。そういう契約なんだ」


 そういう契約なんだ、ともう一度続けるサトウ。 
 その表情は、なんというか。
 狂気に満ち溢れた笑顔、と言った感じだった。


「あぁ、ちなみにオレは佐藤じゃなくて斎藤だ。覚えておかなくても良いけどね」


 台詞の後半は、俺の真横で聞こえた。
 ずぶ、と心臓の部分にナイフが刺さっている。刺さっていた。既に引き抜かれている。
 高速移動とかじゃない。
 近付いてきているのは分かってたのに、何故か反応できなかった。


「この程度じゃ死なないのか。死なないのならもう何度か殺してみようか。そうやって少しずつ慣らしていって、メインディッシュに女神を殺ろう」


 狂ってるのか、こいつは。
 明らかに頭がおかしい。


 ぶん、と拳を振るうと、するりとそれを躱して斎藤は後ろに下がっていった。


「質問に答えてくれよ、緑崎 優斗。初めて人を殺した時、どう思った? それとも何も思わなかったのか? 狂乱状態で人を殺したのか? それとも確固たる意志を持って人を殺したのか? どうやって殺した? それだけのパワーがあれば一発でもクリーンヒットさせれば人なんて簡単に死ぬよな。殴り殺したのか。蹴り殺したのか。斬り殺したのか。絞め殺したのか。刺し殺したのか。撃ち殺したのか。なぁ、教えてくれよ。どんな感触だったんだ。どんな感覚だったんだ。今、どんな気持ちなんだ? 魔物を殺しまくっても何も感じないんだ。人型に近いやつでも何も。きっとオレは人を殺さないと満たされない。でも人殺しって悪いことって教わっただろ。道徳の時間とかで。なんで人殺しって悪いんだ? 法律で定められてるからじゃないのか? オレは多分、法律で禁じられてなかったら両親とか百回は殺してると思うんだけど、実際人殺しをした人はどう思っているんだ? 気になって気になって、夜も眠れない。あの女は余計な問答を挟まずにすぐ殺せとか言ってたけどやっぱりそんなの無理だよ。無理無理、不可能だ。早く答えろよ早く早く早く早く早くさぁ!! 答えろっつってんだろうがあ!!」


 髪をかき乱し、叫ぶ斎藤。
 何なんだこいつ、まじで。


「斎藤とか言ったか。お前は魔神の眷属なのか?」
「おいおいおいおいおいおいおい!! オレの質問に答えろよ先によぉ!! ……と言いたいところだけど、今回だけ特別に先に応えてあげよう。その質問の答えはイエスだ。それにしても、ふん。魔神ねえ。魔の神とは、良い具合に体を現しているものだよ」


 後半部分はいまいち何を言っているか分からなかったが、とりあえずこいつは俺の敵で良いんだよな。躊躇する必要はなくなった。


「今度は本気で殴るぞ」
「無駄だよ。君の攻撃なんて当たらない」


 無視し、殴りかかる――。
 と見せかけて左足で蹴りあげる。


「だから無駄なんだって」


 俺の左足に奴の右足が乗せられた。
 蹴りあげる速度に合わせて、被せるように。
 そのまま俺の蹴りに合わせて、ぐるん、と高速で回転した。形としては後方宙返りって感じか?


 なんて、そんな冷静な分析をしている場合ではなかった。
 俺の蹴りの威力で回転した斎藤は、そのままの威力を保ったまま俺に右足で腹に蹴りを放ってきた。ギリギリで両手を挟むが――障子でも破るかのように、簡単にへし折られ、千切れて、腹への衝撃。


「……がっ……!」


 浮遊感。
 を感じる暇もなく、俺は吹き飛ばされた。
 木にぶつかり、止まる。
 腕で防いだ時点でかなり威力は殺せていたようだが、それでも痛い事には変わりない。
 ……既に腕は治っているが。腹――内部も、恐らく既に完治しているだろう。


「うわぁ、ダメージなし。でも……聞いてた通りだ。本当に、君は戦闘に関しては素人みたいだね。狂ってるだけで、体が治るのが早いだで、力が強いだけでド素人だ。これならオレにも簡単に殺せる。あの吸血鬼の女がしくじったって聞いたから少しは期待してたんだけどなぁ」


 いつの間にか、男が目の前にいた。
 いや、近付いてくるのは分かってたんだ。なのに何故か、気付いたら前にいる。
 ……何がどうなっている。金縛りの類なのか?


「吸血鬼の名前を出したことで、オレが使っている力が金縛りかもしれないって事くらいまでは考えられたかな? でも残念、違うんだ。オレは今、何の力も使ってない。君を蹴った時に砕けた自分の足を治すために魔法は使ったけど、それ以外は何も」
「……じゃあ」
「歩法だよ。簡単な事だ。オレのうちは変な拳法を代々受け継いでてね。身体能力はそこらで運動してる高校生と大差ないけど、戦闘技術は誰よりも高い」


 漫画の登場人物みたいな事を言い始める斎藤。
 ……俺が知らないだけでそういう奴も本当にいるものなのだろうか。一億とウン千万人いるんだから、一人くらいそういうのがいたっておかしくはないか。


「信じられないって顔してるね。オレからすれば君の不死身体質の方が信じられないんだけど。あの女、オレをこの世界に送り込む時にくれたのが魔法をそれなりに扱えるようになるってだけの力だからね。省エネとか言ってたけど、この分じゃあ君に割かれているエネルギーはかなり大きそうだ」
「……随分と余裕なんだな」
「君の攻撃はオレに当たらない。当たれば死ぬだろうけど、当たらないんだから怖がる必要はない。飛行機に乗っている時に、常に墜落の危機に怯える搭乗者はいないだろう?」


 知らねぇよ。
 俺飛行機乗った事ないし。


「余所見は禁物」


 割り込んだきた声。
 よりも早く届いたかもしれない、その一突きは易とも簡単に躱された。
 万全を期っしての事なのか、後ろにぴょんぴょんと下がって行く。


 声の主――ミラは、無表情のままで。


「ユウト。この男は危険。逃げよう」
「逃がさないよ。緑崎 優斗も女神も、君も。今言った順番で殺していってあげるから大人しく待ってな」


 斎藤は短剣を逆手に持ち直して、低くそう宣言した。
 俺を一番最初のターゲットにしてくれてるのはありがたい(?)が、これは死ぬ訳にはいかないな。そもそもあいつはどうやって俺を殺すつもりなのか。
 あの短剣じゃあどうやっても俺は殺せないと思うが……


 いや。
 魔法が使えるんだったな、そういえば。
 それなら俺を完全に消し去ることも出来るのかもしれない。


 絞殺なんて手もあるか。
 自分を殺す方法を自分で考えるのはぞっとしないものがあるが、それが少しでも対策になるならしないという手もない。


 だが、どうするかな。
 殺されないように動く事は出来るかもしれないが、それではこいつに勝つ事はできない。
 俺の攻撃が通じない、ミラの攻撃も通じないとなればセレンさんは……となるが、ここまで出てきてないという事はあのドラゴンを葬った際の魔法の反動で動けないのだろう。


 俺とミラでどうにかするしかない。
 いや、できれば俺だけでどうにかしたい。
 斎藤は強い。俺は不死身だから多少は無理が効くが、ミラは違う。生身の人間だし、聖剣も持っていない。魔具こそあるものの、それで倒せなかった時のデメリットが大きすぎる。


 どうする。
 近付けば返される。
 なら――そうか。
 あの手があるじゃないか。


「そろそろこっちから行こうか。……うん?」


 斎藤は俺の行動を見て、首を傾げる。


「何やってんの? 土遊び?」


 俺は地面に手を突っ込んでいた。
 山の土は柔らかい。そして湿っている。だから、重い。


「即席泥爆弾だよ」
「――!」


 俺の言葉を理解したのか、大きく後ろに逃げようとする斎藤。
 逃がさねぇよ。
 お前、俺たちを殺すつもりなんだろ。


 逃がす理由がねぇ――!


 土の中に手を突っ込んだまま、斎藤の方向に向けて思い切り手を振り抜く。
 山の地面が抉れ、それがそのまま高速で――武器として向かって行く。


「ちっ……!」


 斎藤が舌打ちをするのが辛うじて見えた。
 直後、大量の土砂に押されて吹き飛ぶ。
 奴は生身と言っていた。それが本当なら――信じる気はないが、それが本当だと思うしかない――復帰にある程度の時間はかかるはずだ。


 その間に。


「ミラ。小さい石を拾い集めてくれ」


 俺は、石を集めた。
 今度は爆弾でなく、散弾だ。

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