女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第16話 迫るもの

 ミラは、近づいてくる人間の気配を感じていた。
 いつもと変わらぬ無表情。だが、その内心は今までになく焦っている。


 セレンは、あの大規模な――大規模すぎる魔法を放った後、意識が朦朧としている。魔力が枯渇した者に現れる症状だ。
 今は自分が肩を貸してなんとか立ってはいるが、この分ではセレンはどこかに隠れて貰った方が良さそうだ、とミラは判断した。


「セレン。隠れてて」
「……で、ですが……」
「良いから」


 ミラはセレンを連れ、近くに茂みに隠れた。
 そこに力なく渋る彼女を置いて、再び元の場所に仁王立ちする。


 武器を構えて。


 近づいてくる人間の気配は、ユウトのものではなかった。


 高速で移動しているその気配は、知っている者のものではなかったが、知っているモノだった。悪意。殺意。死の気配。
 それが近づいてきていた。


 それを、人間が持ってこちらに向かってきていた。


 気付いたのは、セレンが魔法を放った直後の事だった。
 わざとこちらに分かるように気配を放っている事に気付いたのは、セレンを隠そうと決断する直前だった。


 粘つくような威圧感が、近づいてきて。
 そこだけでも、あの男――ユウトとは違う、と改めて思う。


 確かにユウトは時々……戦闘時も、そうでない時も、超常的な、人を超えた何かを見せる時があった。それが力そのものにしろ、その考え方――人間性にしろ。
 だが、こんなにも研ぎ澄まされていて、それでいてねめつけるような殺意は出さなかった。
 荒々しく粗削りで、隙だらけで、必死な男だった。




 そして。
 いつの間にか、そいつはいた。


 ミラの目の前に立っていた。















 居る、と認識した瞬間にミラは動いていた。
 意識を外したつもりはない。常に警戒していた。しかし、その警戒を潜り抜けてそいつは――その男はそこに立っていた。
 狙うは心臓。


 確実に殺すつもりで、持っていたナイフで突いた。


「素晴らしい判断だ。でも動きが遅い。君がナイフで突いている間にオレは5回は顔面を殴れた」


 ナイフは、受け止められていた。
 その男の左手の、人差し指と中指で挟むように。
 言葉の通り――否。殴られなかったが、目の前には男の右の拳が。鼻先まで突き出されていた。


 駄目だ。敵わない。
 普段のミラであれば、こう判断した次の瞬間には逃亡する準備が整っていた。逃げ足の速さは誰よりも自信がある。
 逃げ足、と聞くと否定的な言葉に聞こえてしまうが、これは戦闘に置いて重要な要素である。


 敵と距離を置き、作戦を練り直す。
 或いは二度と出会う事がないように気をつける。


 この場合、ミラがとるべきだった措置はこの場から逃げ、二度とこの男と遭わないようにする事だった。だが、彼女はそうしなかった。
 その代わりに、男に問う。


「ユウトの関係者?」
「いや、ターゲットだ。後ろの女神も含めてね」


 ターゲット。
 目的。
 ――女神。
 女神……?
 そう言えば、とミラは思い返す。


 ユウトという少年と、セレンという少女について、ミラはほとんど何も知らない。
 二人とも遠い地の生まれで、訳あって旅をしているとしか。その訳が何やらかなり込み入ったものである事は承知しているが、それも差し迫ったものではないようだし、ギリギリまでミラは彼らに同行するつもりでいた。


 時折出る、聞きなれない単語はその『訳』に関する事なのだろうと聞き流していた。


 その中に、『女神』という言葉もあった。
 これに関してはユウトが――セレンを好いているあの少年が、比喩か何かで出している言葉だと思っていた。
 だがそうではないらしい。


 事が済んで自分もセレンも、そしてユウトも生きていたら。


 一度詳しく話を聞いてみよう。


 ――生きていたら。


 ミラは、その男と距離をとった。
 男は追撃せず、こちらを見据えている。臨戦態勢ではなく、ただこちらを観察するように。次はどうするのだろうという、好奇心さえ感じるような視線だった。


 男は――ユウトと同じ、黒髪で黒目だった。
 顔立ちもどこか似ている。
 この男とユウトは同じ地の生まれなのかもしれない。


 雰囲気は致命的に違うが。
 この男は危険だ。


 そして、思い出す。


「あなたが『サトウ』?」
「サトウ? あぁ、斎藤を聞き間違えたのか。正しくはサイトウだ。誰から聞いたのかは知らないが、知ってしまってるんなら生かしておく意味もなくなった。悪いが死んでもらうぞ」


 サトウ――もといサイトウが、明確な殺意を放った。
 死ぬ。


 ここでボクは死ぬ。


 そう、心の中で呟いた。


 不思議と恐怖は無かった。
 本来、自分はもう死んでいるようなものなのだから。
 奴隷になった時点で、死んでいたようなものだから。
 あの時、彼に助けて貰わなければ、奴隷商を殺せたとしてもすぐに捕えられ、死罪になっていただろう。殺せなかったとしても物好きな金持ちに買われ、飼い殺されていただろう。


 彼らに救ってもらった命。
 ここで散らす事を惜しく思うほど、ミラは冷徹な人間ではなかった。




 そして。




 それを看過する程、緑崎 優斗は出来た人間ではなかった。




「てめぇ――俺の大切な仲間に何してやがる!!」


 聞きなれた声。
 中々聞かない怒声。
 聖剣を携えた元人間、誰よりも人間らしい吸血鬼になった少年が、怒りと共にやってきた。

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