女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第13話 吸血鬼化と据え膳

「…………」
「……あら、思ったより驚かないのね」


 セレンさん達の元へ、吸血鬼が向かっている。
 聞いてしまえばあぁそうですかで済んでしまう話だった。何故そんな事を交換条件の素材に出来ると思っていたのだろう、この女は。


「当たり前だろ。あの人を誰だと思ってる。女神だぜ、女神。そして俺の嫁」
「あら、そういう関係だったの?」
「俺の中ではな」
「…………そう」


 ドン引きしていた。
 普通にドン引きしていた。
 戦いの中であるまじき行為だ。この隙を俺は突くべきなのだろうか。


「ま、人には色々な趣向があるわよね……それを吸血鬼になったら、力ずくで実現させられるのだけど、それでも嫌かしら?」
「え、まじで。そんなの吸血鬼にならない理由ないじゃん」


 ぐい、と首元を見せる俺。


「とっととやってくれ」
「……言っとくけど、成った・・・後にわたしに牙を剥こうとしても無駄よ? 吸血鬼の主従関係ってそういう風に出来てるから」
「別にお前なんかには興味ねぇ。問題は俺の夢が叶うか叶わないかだ」
「……あ、そう。わたしとしては好都合だけれど。仲間に、女神を殺さないように今からでも伝えて欲しい?」


 半ば呆れたように、女はそう提案してきた。


「別に良いよそんなの。今頃返り討ちにされてるだろ。お前ら、セレンさん舐めすぎだぞ」
「あなたが良いのなら良いけど……」
「良いって言ってんだろ。それより早く俺を吸血鬼にしろよ。時間が勿体ないだろ。時間は有限だ。チャンスの神様に後ろ髪はないって言うだろ」
「初めて聞いた言い回しね」


 そう言い。
 そう言い残して、がぶりと。


 女は俺の首筋に嚙みついた。


 吸血鬼の主従関係。
 それは絶対で、主に害をなす事は出来ない。


 かちり、という音がした訳ではないが。
 俺の中で、何かが・・・変わった。


 その瞬間、無防備だった女の腹に蹴りを入れて――吹き飛ばす。
 粉々に、跡形もなく。
 とは言っても上半身だけは残って、すぐに修復してしまったが。


 その顔は――驚愕に彩られていた。


「なんで……」
「なんでもなにも、女神様とお前程度じゃ、女神様の方が上だからに決まってんだろ」


 確信があった訳じゃないが。
 むしろ失敗する可能性の方が高かったくらいかもしれないが。それでも実行したのは、俺が吸血鬼になる事でしか、この女を倒すことが出来ないからだ。
 仮に俺が完全にこの女のしもべとなっていたらどうしてたか――だって?


 あり得ない仮定だが、その答えは単純だ。
 そうなったら俺は死に、セレンさんが悲しんで終わりだろう。俺は不死身だが、それは完全で完璧なものというわけではない。幾らでも抜け道はある。


 それすら出来ない洗脳だったら……どうしてたんだろうな。


 大丈夫な確信はなかったが、自信はあった。
 だって考えてもみろよ。


 たかだか吸血鬼――それも王とやらの下っ端に、女神の眷属たる俺が折れる訳ないだろう。得るものもあったしな。大量に。大漁だ。


「……『這いつくばれ』」


 その言葉には何らかの意味が込められていたのだろうが、それに俺が何かしらの動作を返すことは無かった。した事と言えば、ドヤ顔くらいか。


「はぁ……王様に怒られちゃうわね。嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないけど、ここであなたを消してエルーを回収すれば終わりよね。勿体ないわ、勿体ない。せっかくわたし達の仲間になれたのに、それを自ら放棄するなんて」


 その女の瞳は、紅く光っていた。
 瞬間、金縛りにあう。体が動かなくなってしまう。


 なんて事はなく。


 普通に動いて、女の体を縦に両断した。
 横、斜め、横横縦横と続けて切って切って、細切れにして――それでも、女は再生した。


「気が重いわ。これ程の力を持つ同族を消すことになるなんて」


 なんてこった。
 全然効いてないじゃないか。少しくらいは再生するのが遅れたりするもんだろう、あそこまでやったら。使ってるのは聖剣なんだし。こういう奴に特攻効果くらいあって然るべきだろう。
 ――或いはあって尚、この再生速度なのか。


 いずれにせよ、吸血鬼という存在の絶対さはよく分かった。
 よく分かった。俺じゃあ、人間である限り絶対勝てなかっただろうという事が。


「その無限の再生能力があったらそりゃ驕るよなぁ。でも忘れてないか。俺も、あんたと同じ吸血鬼なんだぜ」


 吸血鬼を殺す方法。
 絞め殺す。ありだろう。自分の首を捥いで、それでも回復しないような奴相手なら。体全部吹き飛ばす。ありだろうな。俺にはそんな真似が出来ないという点を除けば。


 もう一つ。


 吸血して殺す。


 俺があいつに血を呑まれた時。
 舌を噛み切られた時、俺の回復速度は遅くなっていた。あれは俺の血を――力を吸ったからなのではないか、と思っている。
 外れてたら俺が吸血鬼になった意味がほとんどなくなってしまうから勘弁して欲しいが。
 ……まぁ、外れてたら仕方がない。


 どうにかして体全部吹き飛ばす算段を立てるしかないな。




 なんて事を思いながら。
 俺は女の首筋から、血を吸っていた。


「な……んで……」


 血を吸っている最中の俺はそれに答える事が出来ないが、俺はそれに心の中で答える。


 三日前だったか。俺を襲った時、俺は為す術なく倒れた。何もできずにやられた。
 だが今回はこうも圧倒した。塵を払うより簡単にあしらえた。


 違いは、聖剣が手元にあるかないかだ。
 どうやらこの剣、近くにあった方が力を発揮できるようだ。当たり前と言えば当たり前なのだが。
 聖剣を持っている時の俺が本気で殴ったり蹴ったり暴れたりすれば、宿なんて吹き飛ぶ。オークの体を吹き飛ばした時の事から考えても、冗談や過剰表現でない事が分かるだろう。


 それ以外の要因もあるにはあるのだろうが――とりあえずのところはそんな感じだ。


 女から血を吸って、吸って、吸い取り切って。


 灰になって、消えた。




「…………」


 名前すら知らない吸血鬼を、俺がこの手で。この牙で殺した。
 未だに生き物を殺すのには慣れない。
 ……なんて、散々あの女を細切れにした後に言われても説得力はないか。どこか俺は楽しんでいるのだと思う。超常的な、超人的な、人を超える力を手にして、俺は楽しんでいるのだろう。


 でも、今はそれで良いと思える。


 セレンさんに尽くす為だけに、俺はここに立っている。


 ――さて。
 あの女の言った事が本当ならば、今頃セレンさん達のところにも吸血鬼が襲来してきているはずだ。俺がこんなに余裕なのは、あの女がこの程度だったからというのもあるのだが、一度だけ見た――一度だけ見せてもらった、セレンさんの本気も本気、全力で放った魔法を間近で感じた事があるからだ。


 俺があの女に勝てる事をどこか確信していたように。
 いやそれ以上に。


 セレンさんが吸血鬼に負けるはずが無かった。


 とは言え、全く心配じゃない訳でもない。
 走って帰るか。

















 なんというか、全体的にステータスが上がっている気がする。
 吸血鬼になって、土台が人間より上位の存在になっているからなのだろうか。そもそも段々と聖剣から得られる力も上がってきているような……こちらは気のせいかもしれないが。


 ともかく、本気で走ったら一分もかからずに宿に到着した。
 スポーツカー顔負けの速度だ。間違いなく速度超過だ。一発免取である。


 だが見つからなければ捕まらないのだ。
 と言うかこの世界に道交法とかあるのだろうか。


 途中で人とか轢いてないよな。そしたら間違いなくその人は間違いなくあの世逝きだが……一応気を付けてたし、大丈夫だと思いたい。


「セレンさん、だいじょ……うぶですね、やっぱり」


 部屋に入ると、そこには氷漬けにされた赤髪の少女がいた。
 牙あるし羽あるし、着ている服はあの女と同じだしで間違いなく敵である。何故か首だけ空を飛んでるが。


「ボクが切ったら、その直後にセレンが凍らせたんだよ。徒労とはこの事だ……」
「いえ、ミラちゃんが敵の接近に気づいてくれなかったらどうなってたか分かりませんよ」
「無詠唱で人間一人を丸っと氷漬けに出来る人が言っても説得力はないよね」


 はぁん。
 こっちの吸血鬼は近付いているのさえ気付かれたのか。その点、あっちの女の方が上手だったんだろうか。
 この前襲撃された時より警戒してたから気付いただけの可能性もあるし、一概には言えないが。


「まさか俺がちょっと散歩している間にそんな事が起きてたとは」
「散歩してきただけの人が、吸血鬼になって帰ってくるとは思えませんよ」


 セレンさんは怒っているように見えた。
 或いは戸惑っているのかもしれない。
 時間にすれば小一時間で、知り合いが吸血鬼になってればそりゃ驚くか。
 てか見ただけで気付くんだな。俺はあの女――よく考えてみれば吸血鬼っぽい見た目だったあの女を目の前にしても、すぐには吸血鬼という発想が出てこなかったのに。
 何か大きな特徴とかあるのだろうか。


「え? ユウトも吸血鬼なの? じゃあ敵?」
「ちげーよ。吸血鬼イコール的だと思うな。しかも嬉々とした顔で言いやがって」
「せっかく堂々と殺せる機会だと思ったのに」
「そんな機会は一生こねー」


「優斗さん」


 ぴしゃり、と。
 俺たちの雑談を断ち切る。
 その声は冷えていて、俺を冷やすには十分だった。


「説明してもらいます。一体、何があったんですか」


 ……まぁ誤魔化せるとは思ってなかったが。


「ユウト。無理だよ、セレン姉さん本気で怒ってる」


 お前はお前でキャラを統一しろ。
 俺と一緒に悪ふざけして誤魔化そうとしてくれてたのは何となくわかるが……


「どこから説明しましょうか」
「全部です」


 一から十まで、つま先から頭のてっぺんまで。と。
 底冷えするような声で続けた。


「一から十までどころか、一から百まで、一から万まで、全部俺の自己満足ですよ。少なくとも俺は満足してます」
「――――」


 セレンさんは何かを言おうとし、止めた。
 何を言おうとしたかはなんとなく想像がつくが。
 だから俺は先んじて、拾い上げて言う。


「何度やっても同じ事しますよ。こうするしか無かったし、こうしたかった」


 そうする事によって、多分俺は今までより強くなっている。ここまで走ってきた時にも感じた事だが、やはり土台が人間かそれ以外かではかなり話が違ってくるようだ。
 地球には普通の人間しかいないが、こちらの世界ではそうではない。人間は生態系のトップに立っていない。トップが何なのか知らないけど。案外それが吸血鬼辺りなんじゃないかと思うけど、実際のところどうなのだろう。


「……分かりました。でも、これからはそういう危険な事をする前に私に相談してください」
「危険な事ね……」


 むしろそんなものに巻き込みたくないから(事実関係上、巻き込まれているのは紛れもなく俺なのだろうが)、今回こうして動いたのに、これからは相談してから――巻き込んでからやる。
 そんな事、出来る訳ない。


「分かりました。ですがセレンさん、今回はどうしても俺一人でやる必要があったんです。だからあなたが気に病む必要はないんですよ」


「私は――」


 と、ここで邪魔が入った。
 邪魔と言ったらあまりに失礼か。
 不躾にも、割って入ってきた存在がいた。


「ボクはこの部屋から出て行って良いかな。気味の悪い吸血鬼の像も近くにあって落ち着かないんだ」


 ……仕方がない。


 凍結している吸血鬼の像を、砕く。
 手を添えて力を込めるだけで、氷の塊を砕けてしまう。
 吸血鬼は内部まで凍結していたようで、再生もしなければ血が流れもしなかった。多分、死んでいるのだろう。
 それを粉々に踏み砕く。


 それでもミラは出ていったが。
 逃げやがってあいつ……


 という意味があるんだかないんだか、よく分からない展開を経た後にセレンさんは続ける。


「私は、優斗さんが心配なんです。私のせいで、段々と――」


 この後は、何も邪魔が入らなかった。
 だが、セレンさんは続けなかった。
 段々と。


 人間離れしているだなんて、本人を前にして言えるのはミラくらいだろう。


「心配なんていりませんよ。微塵も必要ありません。何度も言っているでしょう。俺がやりたい事をやっているだけです」


 俺がかっこつけたいだけなのだ。
 多少異常だろうと、助けになりたい。
 なんて言うと自らの力を過信しすぎだと笑う人もいるかもしれないが。正面からセレンさんと戦えば、恐らく勝つのはセレンさんだ。
 そんな仮定がまずあり得ないが。
 例えばさっきミラが言っていた、無詠唱での凍結攻撃。どうやって避けるのそれって感じだし。相性の問題もあるのかもしれないが少なくとも、俺が守らなければならない程セレンさんは弱い訳ではない。
 むしろ最強クラスだろう。
 でも心配してしまうものは心配してしまうのだ。


 そしてそれは、セレンさんには全く責任がなくて、惚れた俺の負けなのだ。


 セレンさんは――


「……分かりました。もう止めません。でも、責任はとってもらいますから」
「責任?」


 はて。
 何のことだ?


 セレンさんは、首を捻る俺を睨んで(と言っても言葉ほど過激ではなく、なんというか小動物のそれみたいな感じだったが)続ける。


「男の恥、ですよ」


 据え膳食わぬは。
 ……え?

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