女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第8話 虐殺

 この世界は非情だ。
 否。
 俺が知らなかっただけで、どの世界も非情なのだろう。
 人間が驕り高ぶって自分たちが星の支配者とまで宣うこの世界でも、世界は全てに対して平等に出来ていた。蟻の巣を破壊する子どもを見たことがあるだろうか。
 或いは自分がその子どもだっただろうか。


 生物は、純粋な力に勝てない。
 そこに正義や悪の介在する余地はなく、ただ蹂躙されるだけなのだ。




 結論から言おう。
 俺は間に合わなかった。
 既に虐殺は始まっていた。


 世の中、そんな都合よく出来ていないのだ。
 俺が判断できた足音は10人程度だったが、その村の人々を襲っている人数はざっと見ただけでも50を軽く超えていた。
 配置とか言ってたなそう言えば。


 なんて頭で考える暇もなく、俺は飛び出していた。


 一人目を殴って気絶させ、二人目を蹴り飛ばす。死んだかもしれない。三人目は剣で斬った。死んだだろう。
 説得しようとか捕まえようとかそういう気持ちは吹っ飛んでいた。
 ただ目の前で行われている虐殺を止めようと。


 俺という怪物染みた人間は暴れた。
 虐殺を止めようとして、虐殺していた。
 気が付けば、残った人間は俺の後ろに。


 残った賊は俺の前に立っていた。


 残りは十数人。
 カストロも含めて、だ。


 生きている村人は二十数人。亡くなった人はその10倍。


 どこかで火の手が上がっているのか、焦げ臭いにおいがした。
 ――肉が焼ける、臭いがした。


「こォれは驚いた。貴方はあの時のお若いお客様じゃァないですかァ」


 仰々しく手を広げ、大げさにカストロは言う。
 余裕のある動作だ。
 それが余計に癪に障る。


「この村は人数が多かったンで傭兵もたくさん雇ったつもりでしたがァ……足りませんでしたネェ。とんだ計算外ですよ、お若いお客様。あなたが襲った我々の仲間・・、何人死にましたかネェ」
「知ったことか」


 死なないように。
 殺さないように加減はしたつもりだが、何人かは死んだだろう。
 人殺しという意味では、俺も同じ穴の狢だ。
 意味のない虐殺だ。
 蟻の巣を破壊した子どものように、圧倒的に自分より弱い存在を壊滅させた。いや、今更なのか。オークの巣を丸ごと破壊した俺が言えたことではない。
 既に俺は、命を自らの手で葬っている。


 意識して。


「どうやってここまで来たのか、お伺いしてもよろしいですかネェ」
「お前に言う必要はない」
「これはひどい。後学のためにお聞きしようと思ったのですがァ……仕方ないですネェ。ライザーさん、お若いお客様は邪魔をするつもりなようですよォ」


 カストロは後ろに声をかける。
 すると、男が一人歩み出てきた。
 筋骨隆々、なんて言葉がよく似合う男だ。
 身長もかなり高い。顔も厳つい。くすんだ茶色の髪は短く刈ってある。一言で言えば、強そうな男である。
 背負ってるのは大剣か。あんなのを振り回すつもりか? 50㎏くらいはありそうに見えるんだが。


「勘弁してくれよ。あんな化け物とやり合うなんて聞いてねぇぞ。一般人殺して捕まえるだけの簡単な仕事だったはずなんだがなぁ」
「これも仕事内容の一つですよォ。なんなら特別の報酬を出しましょゥか」


 なんてやり取りの後、面倒くさそうに俺の方を向いた。


「よぉ坊主。別にお前さんに恨みはねえがな。仲間も何人かやられてる事だし、けじめってのは付けなくちゃならないらしい。出来ればあんまる強い奴とは戦いたくねぇんだがな――」


 言いながら、男は。ライザーは笑っていた。


「やるしかねぇならやるっきゃねぇよなぁ!!」


 なぁ!! の部分で、大剣を投げつけてきた。


 ……はぁ?
 あり得ないだろそんなの――!


 避ければ後ろにいる村人たちが危ない。
 受けるしかないが……あんなの弾けるのか?


 視界いっぱいに大剣が広がり――けたたましい金属音と共に、辛うじて上方向に弾く事に成功した。開けた視界に、ライザーはいない。


 どこへ、と思う間もなく、上から・・・声が聞こえる。


「まさか上に弾いてくれるとはなぁ! ドンピシャだぜ!!」


 大剣を投げて、自分も走ったのか。
 ちょうどその陰に隠れるように。
 そしてそこにライザーがいるとも知らず、俺はそちらに剣を弾いた。
 弾いて、武器を与えてしまった。


 振り下ろされる大剣を、防ぐ術を俺は持っていなかった。
 咄嗟に挟んだ左腕はあっさりと切断され、体も両断――とまでは流石に行かないが、大きく抉り取られた。


 大量の血が飛び散る。
 あぁ、そういえばミラに喉を突かれた時は血も出なかったな。血が出る前に治ったという事なのだろう。そして今回はそうじゃない。


 あぁ――痛みは感じない。
 感覚自体がない。
 視界が暗くなり、脚から力が抜ける。


 だが、倒れない。
 朦朧とする意識の中、切れた左腕を持ってくっつける・・・・・


「おいおい。マジもんの化け物じゃねぇか」


 次第に、意識は回復する。
 飛び散った血が勢いよく蒸発を始める。


「――なるほどなぁ」


 呟いた。
 どうやら俺の不死身性はかなりのものらしい。傷は、ほとんど塞がっていた。中途半端に傷が残っているせいでじくじくと痛むくらいだ。
 だが、その痛みさえも徐々に引いていく。


吸血鬼ヴァンパイアか? 人造人間ゴーレムか? いずれにせよ、普通の人間じゃあねえな、坊主」
「人間だよ。正真正銘な」


 斬り裂かれた皮鎧まで治ってるのは、女神からの贈り物だからだろうか。
 血は蒸発するし衣服も治るしで、見た目はすっかり元通りだな。
 いや。見た目だけじゃないか。意識も体調も――むしろ以前よりも明確に強くなっている。


「はっ。奇妙な人間もいるもんだ」


 ライザーが大剣を構えた。
 獰猛な猛獣を彷彿とさせるような笑みを、先ほどからずっと浮かべている。楽しいのか。戦いが。楽しいのか。人を斬る事が。楽しいのか――殺し合いが。






 これから自分が、死ぬのだとしても。






 決着は一瞬だった。
 と言うより、この戦い自体が無意味だったのだ。
 死なない人間と死ぬ人間。


 勝つのがどちらかなんて、幼稚園児でもわかる。


 ライザーの大剣を左手で掴み、へし折る。今の俺の握力は金属を素手で握り潰せるほどのものなようだ。
 小指と薬指が落ちたが痛みはない。既に治っているのかアドレナリンで感じてないだけなのかは後で確認するとして。
 右手の聖剣でライザーの首を突いた。


「ご――」


 何か言う前に、横に振り抜く。
 呆気なく首が落ちて転がった。
 その首が笑っているのがどうにも気持ち悪くて、よろける。
 死して尚、ライザーは笑っていた。


 だが、踏み止まる。
 まだ終わっていない。
 まだ異常でいろ、俺。


「カストロ。選ばせてやる。この場で命乞いをするか、すぐに俺に殺されるか」


 小指と薬指は生えていた。腕もくっつけなくても生えてたかもしれないな、この分じゃあ。
 ちなみに、落ちた小指と薬指は消えていた。血も蒸発したし治ったら削れた部分ってのは消えるものらしい。


「ただし、勘違いをするな。命乞いをしたところでお前が助かるとは限らない。俺が許しても俺の奴隷・・・・が許さないだろうし、裏にいる村人たちもそうだ」


 強調した部分に、思い当たるものがあるのだろう。
 さっとカストロの顔が青褪めた。
 あの鬱陶しい笑みは浮かべていない。


 奴の後ろにいた残りの十数名はとっくに逃げ出していたようだ。当の本人は腰を抜かして座り込んでいたが。こいつだけは逃げたとしても逃がさないがな。
 他の連中は……まぁ良いか。顔も覚えてないし。少なくともリーダー格っぽかったライザーは死んだのだ。しばらくは大人しくしているだろう。


「い、命だけは――」
「もう一度言うが、今命乞いしても死ぬのが遅くなるだけだ。いずれ俺の仲間がここに来るだろう。その時にお前は死ぬ」


 蹲ってひんひんと泣き始めるカストロ。
 どう足掻いても死ぬしかない。ミラと村人たちが許すと言うなら俺が殺す。そのつもりでいる。こいつは絶対に何度も繰り返す。そういう奴だ。




「あの……」


 後ろから声をかけられる。
 振り向かなくともわかる。生き残りの村人たちだろう。
 奴隷にするためにたまたま生かされていた村人たち。当然若い女子供や、健康そうな青年しか残っていない。
 瞬く間に親族や親しい者を殺され、追いやられ、訳の分からない間に助かった。
 戸惑いしかないだろう。
 それでも、俺に声をかけた少女は、


「ありがとうございます、助けてくださって……」


 助けてくださって。
 俺は何のためにあいつらを叩きのめしたのだろう。何のためにライザーを殺したのだろう。そう考えたら――すぐに答えは出た。


「礼はいりません。やりたいからやった。それだけです。助けられなかった人の方が、多いですし」


 結局は自己満足だ。
 結果的に助かった人と助からなかった人がいるだけで、やった事は自分のやりたかった事。間に合わなかった事に悔いがないわけではないが――自己犠牲をするわけじゃない俺には、多分これが精いっぱいだったんだろう。あり得ない過去を仮定して後悔するのは生産的でない。
 くよくよしてセレンさんに心配かけるのも忍びない。
 早めに切り替えないとな……。

















 セレンさんとミラが到着したのは、俺がカストロを縄でふん縛っている最中だった。
 もう少し早ければ――と思うが、やはりそれもあり得ない過去なのだろう。


「早かったですね。セレンさん、ミラ」


 実際、予想してたよりずっと早い。
 もっと後で来るものだと思っていた。


「竜車に魔法をかけて、出し得る限界の一歩先で走らせたのはセレン。ボクは何もしてない」


 澄ました顔で言うミラ。
 だが、その視線は俺の下で黙って縛られているカストロに向いていた。


 当のセレンさんはと言うと――状況を見て、惨状を見て、泣きそうな顔になっていた。
 なんであなたがそんな顔をするんですか。


 そう言おうとしたが、それより先にセレンさんに抱きしめられた。


「え――」
「今は何も言わなくて良いんです」


 そう言われれば、黙るしかない。
 何を言うにしても、苦痛でしかなかっただろうから。
 大人しく。子どもらしく彼女に甘えよう。


 今だけは――。

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