女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第5話 でぇと

 はい、朝です。
 朝ですよー。 


 よく眠れました。
 おはよう。


 何事もなく無事に朝を迎えたよ。
 無様に迎えてしまったよ。




 宿オプションの朝食を摂り(パンと目玉焼きとウインナーっぽいやつだった)、部屋に戻ってセレンさんとベッドの上で向かい合う。


 ベッドの上というのは変な意味ではなく、安めのダブルベッドの部屋に泊まったので単純にそこしか向かい合えるようなスペースが無かったからだ。
 ちなみに二人とも正座。
 特に意味はない。


 そういう空気なだけだ。


「これからの方針を決めていこうと思います」
「第一回ドキドキ作戦会議ですね。わくわくだぜ」
「しばらくは拠点を移しながら、依頼を受けていってお金を貯めようと思います」


 俺のボケは無視だった。真顔で無視だった。
 寝起きだから機嫌が悪いのかもしれない。
 女神だって落ち込みもすれば喜びもするし機嫌だって悪くなるのだろう。そうだろう。


「具体的にはどれくらいを目標にするんです?」
「30億くらいですかね」
「え、まじで?」
「まじです」


 あまりの額に素で反応してしまったが、それもまた真顔で返された。
 30億て。


 日本のサラリーマンが一生で稼ぐ額の10倍くらいか。でもあれって上も下もごっちゃまぜの平均値をとったものだから、多分実際は中央値をとった方がしっくりくるんじゃないだろうか。
 中央値がどんなもんか知らないけど。


 平均的なサラリーマンが一生で3億本当に稼げるのかと問われれば首を捻るしかない。
 今の俺は平均的なサラリーマンでも中央値的なサラリーマンでもない。ここは日本でもないのだから関係ないんだけど。金銭感覚は日本人のまんまだからややこしい。


「昨日稼いだのが幾らでしたっけ」
「100万ゴールドですね」


 1ゴールド1円の基準で考えれば100万円。
 一日で100万稼ぐ人が日本にどれくらいいたのか知らないけど、それを一年365日、週休二日と盆休み正月休み加味して考えれば200日くらいで計算すると一年で2億。


 30億稼ぐには15年かかる。


 一日100万稼いだとしても、だ。


「…………20年くらい余裕があるんですか?」
「多く見積もって二年か三年、てところでしょう。早ければ一年後でもあり得ます」


 ふーむ。
 うーん。


「ちなみに30億って何に使うんです?」
「仲間集めですね。戦力を雇うんです。聖剣の――優斗さんの力は絶大ですが、千人力だとしても万人には敵わないのですから」
「どれくらいの期間を考えてます?」
「半年ですかね。最長でも」
「…………怒ってます?」


 空気に耐えられず、思わず尋ねてしまう。


「怒ってません」


 怒ってるようだった。


 それはともかくとして。


 怒ってるから無茶振りをしている訳ではないのだろう。
 一日100万と言ったが、昨日受けた依頼の難易度からして、まだまだ余裕があった。必死こいてやらないといけないレベルの依頼にもなれば、また昨日とは桁違いの報酬を得られるのだろう。


 裏を返せば俺も――恐らくセレンさんも、桁違いの強さなのだろう。


 到達可能……なのか?
 不可能ならセレンさんも言い出さないだろう。
 幾ら不機嫌だからってそういう理不尽はしない人だ。神様だけど。しかも昨日会ったばかりの人だけど。


 セレンさんは俺の事を一年くらい前から知っていたようだが。


 俺から何か対案を出せる訳でもないし。


「分かりました。しばらくはお金集めに専念しましょう――ただ、今日だけはちょっと別の事して良いですかね」
「……別の事?」
「はい」


 怪訝な顔をするセレンさんににっこりと笑いかけながら、


「デートしましょう」










 街をぶらついて、服を買ったり小物を買ったり、どうでも良いような会話をして。日が暮れかかる頃には、セレンさんの機嫌は直っていた。


 良かった。


「覚悟していたんです」


 食事を終え、まったりと公園っぽいところでくつろいでいる時。
 不意にセレンさんが口を開いた。


「覚悟の上に覚悟を決めて、同じベッドに入ったんです」


 機嫌は直っているので物腰は柔らかだったが。
 俺は縮こまるしかなかった。
 分かってたんだけどさ。たぶんそういう事だろうって。


「私に女性としての魅力がないのかと思って落ち込んだりしたんですけど――」
「いや、それは――」


 セレンさんの言葉を遮ろうとした俺の言葉を遮り。


 はぁ、と溜め息をついた女神様は続ける。


「今日一日、優斗さんの態度を見ていてはっきりしました。ただのチキンなんだって」


 吐血した。
 は言い過ぎだけど。
 リアルに項垂れた。


 確かにチキンだった。
 据え膳食わぬはなんとやらの先人の言葉を思い出すまでもない。


「……なんて」
「?」
「冗談ですよ。いえ、冗談でもないですね。私は一年前から優斗さんを知ってましたけど、優斗さんとは実際まだ会って一日ですし。どこか浮かれていたんでしょう」


 隣に並んでいたセレンさんが、俺の方を向いた。
 俺はずっとセレンさんを見ていたから、当然の結果として向き合う事になる。


 ……なんかちょっと赤くなってないか?
 夕日が差している。
 その色に溶け込むように、仄かにセレンさんの頬が朱色に染まっていた。


 というのに気づけたのは、その・・アクションのしばらく後だったが。


 セレンさんの端正な顔が近づいてきたかと思えば。
 口に柔らかい感触が押し付けられていた。


 すっげぇ良い匂い。
 すっげぇやわらけぇ。


 一瞬だった。
 あっと言う間もなかった。


「先代と私とで、重ね合わせていた部分もあるかもしれません。でもそう想ってしまったのはもうどうしようもないですから。
 ――覚悟を決めてくださいね。初めての事なので、きっと私は重いですよ」


 マウストゥーマウス。
 宣戦布告。
 或いは勝利宣言。


 この場合負けたのは俺か、それともセレンさんなのか。


 一つだけ確かなのは、惚れた方が負けという事だ。


 そういう意味では――。
 言わずが花、か。



















 雨降って地固まる。
 雨という程でも、固まるほどの地も出来ていなかったかもしれないが。それはともかくとして、そういう結果に落ち着いた。


 セレンさんはどうやら、俺を観察していた一年を通して――自分で言うのも気恥ずかしいものだし、改めて言語化するとそれはもう悶えるほどの羞恥なのだが――俺の事を好きになっていたらしい。


 俺という人間がどんな人間かを俺よりも知っているかもしれないセレンさんが、俺を選んだ理由はそういう事だったのかもしれない。


 俺の方はと言えば、普通に一目惚れだった。
 会った瞬間に負けていた。


 冗談めかして色々冗句を言っていたが、結局あれが決め手となったのかは分からない。ともかくとして俺は負けたけど勝ったのだ。


 誰に勝ったのかは知らないけど。


 何に負けたのかもよく分かってないけど。


 ともあれ、これでハッピーエンドとはいかない。俺たちの戦いはこれからなのだ。
 この文句って打ち切りの代名詞みたいに使われるけど、言葉のみを捉えれば良い文句だと思うんだよな。俺たちの戦いはこれからだ。無限の可能性を感じる。


 実のところ、もっと物語を展開させていきたかった作者の心の叫びなのではないかと思うがそれはまた別の機会にじっくりと話そう。そんな機会二度と来ないと思うが。


「今日こそ依頼を受けに行きましょう、優斗さん」


 朝。
 節約のために同じ部屋で寝ていたセレンさんに起こされ、起き抜けにそんな事を言われた。節約のために同じ部屋で寝ていたとは言え、一緒のベッドで寝ていたわけではない。
 今回はベッドが二つある部屋だ。


「あと五分……」


 女神に起こされても眠いものは眠かった。


「駄目ですよ。朝一で行くって約束したじゃないですか」
「あと三分……」


 既に俺は半分寝ていた。
 朝は基本弱いのだ。というか朝に強い人なんているのだろうか。その人は夜寝て朝起きるの権化みたいな人間なのだろう。
 俺は深夜に寝て昼に起きたい。それが一番俺という人間に合致している生活スタイルのような気がする。という事で寝る。


「ちゅっ」
「うわあああああああああああ!!」


 起きた。
 実際はセレンさんが「ちゅっ」と言っただけだった。
 現実は無情である。この世界に神はいないのか。


「ふふ、起きましたね」
「そりゃ起きるでしょう……今何時ですか?」


 と聞いてからこの世界には時計があるのだろうか、そもそも時間の概念は一緒なのだろうかと言う今更ながらの疑問が持ち上がる。


「朝の8時ですね。この世界でも時間は一緒です」
「へえ」


 万国共通なのか。国じゃなくて世界だけど。


「早く行きましょう。ほら、着替えて着替えて。私は先に朝ご飯食べに行ってますからね」


 と言うセレンさんは、既に着替えていた。
 しまった。


 もしかしてもう少し早く起きてれば着替えシーンが見れたのか? 俺はボーナスステージをみすみす見逃してしまったのか? ちくしょう、朝の魔物め。あと五分早く起きてれば或いは……!


「どちらにせよ、脱衣所で着替えてますけどね」
「そりゃそうですよねー」
「下着はここで替えましたが」
「なんだと!?」
「冗談です」


 冗談だった。
 良い感じに手玉にとられている。
 うーん、悪くない。


 そろそろ流石に目が覚めてきたな。今日こそ稼がないと。いつまでもだらだらしてちゃあ半年で30億なんて到底達成できないぞ。






 という訳で。


 朝起きて着替えて飯食って、さぁ働くぞと気合いを入れた矢先の事だった。


 ギルドへ向かう途中、それ・・を見た。
 異世界に行くタイプの物語にはほぼ必ずと言って良い程出てくる存在。現代日本では見ない(少なくとも表には出てこない)ような存在。


 昔はあったと言う。
 今は一応全面撤廃されているはずだが。
 きっとそれ自体の禍根は未だに根強く根付いているのだろう。そういう存在だ。


 見た瞬間、俺は動いていた。


「おい。やめろよ、そういうの」


 掴んでいた。
 鎖を引きずって歩く手を。


 鎖に繋がれている少女と目が合う。どんな気持ちなのか、俺には読み取ることは出来ない。俺がその立場に立ったことがないからだ。


 ぼさぼさの深い青の髪に、同じ色の瞳。
 だが。
 その中に光はない。


 無力。無気力。


 奴隷。


 その手の作品を見る度に色々思うことがあったが、実際行き会えばこうなってしまうのか。どうやら俺という人間は根っからのお人好しらしい。見知らぬ爺さんにドロップキックをかますお人好しというのもまぁ良いだろう。そういう人間なのだから、鎖に繋がれて引きずられる少女くらい助けたって良いじゃないか。


 道行く人々は、物珍しそうに俺と男を見ていた。
 見世物じゃねぇんだ。俺もこいつも、この子だって。


 手を掴まれた30代くらいに見える細身の男は笑う。
 にんまりと。にやりと。
 嫌な感じに笑う。嗤うと書いても良いかもしれない。そういう笑みだった。


「……たまに居るんですよネェ、貴方のような熱血な御方。名前をお聞きしてもよろしィですか?」


 ねっとりとした喋り方だ。いけすかない。自制してないとぶん殴りそうだ。
 俺の力で人なんて殴ったらどうなるか目に見えてるから我慢するしかないが。


「優斗だ」
「良ィ名前ですネェ、実に良ィ……で、ユウトさん。この手、放して貰えませんかネェ」
「その子、奴隷なんだろ」


 手は離さない。
 むしろ力を込める。
 折らない程度に加減しながら。殴れない代わりにせめてと。


「……今朝がた入荷したばかりですからネェ。まだ商品になる前の出来損ないと言ったところですかネェ」


 …………こいつは。
 危ない。
 こんなところで人を殺す訳にはいかない。こんな奴を殺してやってしまう訳にはいかない。


「俺がこの子を引き受ける」


 聞いた男は笑みを深くした。
 してやったり、と。


「アタシがこうして引きずって歩いてるのは、実のところこうして貴方のような方が稀に出てくるから、なんですよネェ。どーうです? この子以外にも、カワイソウな目に合ってる女の子はたくさんいますヨ?」


 我慢の限界だった。


「てめぇ――!!」


 腕を握る手に力を込――


 パァン、と。


 乾いた音が響いた。
 いつの間にか俺と男の間に立っていたセレンさんが、男の顔を張った音だった。


 とうの男はと言うと。


「はっはァ。よくある事ですよネェ、今のも。慣れてますから、アタシも他の方らも。
 ……その子、それなりにお高いですが貴方たちに払えますかネェ。ま、いざとなれば」


 男はセレンさんを見る。


「幾らでも稼ぎ手はありそうですがネェ」


 無意識に。本当に無意識に。
 剣に手が伸びていた。
 その手を、セレンさんが制した。


「すみません優斗さん。私が言える立場ではありませんが、我慢してください」
「……分かりました」


 はっはァ、と男が嗤う。嘲笑う。


「お若い価値観をお持ちのようで何よりですよネェ、アタシのような売人としては。これに指印を押してくださィ。5000万ゴールド。今持ってなくとも、これから貴方方に支払われる報酬から何割か差し引かれるようになりんですよネェ。便利ですよネェ! 魔法ってやつは」


 男は。


 どこまでも、底抜けに、底なしに俺たちを馬鹿にするようにひとしきり笑った後。
 少女を置いて、人混みに消えていった。


 悪意に触れた気分は、最悪だ。

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