昔懐かしのアレから出てきたのは黒髪黒ブレザー黒ニーソの美少女でした

子供の子

昔懐かしのアレから出てきたのは黒髪黒ブレザー黒ニーソの美少女でした

 ある日、自宅の物置の奥でとある物を見つけた。
 多分俺くらいの年代がこれ・・を知っているか知らないかの瀬戸際なのだと思う。


 別に隠すことでも引っ張ることでもないからさくっとネタバレしてしまうが、見つけたものとはビデオテープだ。
 昔懐かしの映像記録ツール。
 黒いテープがびろーんとなってイラっとさせられたのがもう十年以上前のことだと思うとギャップに頭がくらっときちまうね。


 さて、まあビデオテープそのものが物置の奥から出てくることは特筆すべきことではないのだが、表面に書いてあるタイトルがちょっと興味を引く内容だったのだ。


『呪いのビデオ』


 ご丁寧に、裏面には『見たら死にます』とまで書いてある。


 少なくとも俺の記憶にはこんなものは家に無かったはずだ。
 字も両親のそれとは違うように見えるし、当然俺の字でもない。


「ふっ」


 こんなものを見つけてしまった日にはするべきことは決まっている。


 物置をもうしばらく漁ってみると、かなり埃を被ってはいるが、ビデオデッキが出てきた。
 うん、こっちはなんとなく記憶にあるな。というか、明らかに俺が貼ったものと思われるおまけつき玩具のおまけシールがどどんと自己主張している。


 よくもまあ今まで剥がれずに残っていたものだ。
 懐かしい。


 とまあそれは置いといて。
 コンセントやらコードやらも残っているし、(多分)テレビ側の配線側も問題ないはずだ。


 見た目の割りにそこそこ重いビデオデッキをよいこらリビングまで運んでテレビと接続し、入力切れ替えをしてみる。


 ザーと砂嵐が表示された。
 うん、多分映るだろこれで。


 肝心のビデオテープの方だが、見た感じ損傷もなさそうだし問題なく読み込んでくれると良いんだが……


 じゃじゃじゃ、と少々耳障りな音と共にビデオテープが吸い込まれて行く。


 しばらく待っていると、急に映像が流れ始めた。


 内容は、まあ。
 普通のホラー特集みたいなもんだった。




 で、それを最初は興味津々で、途中からぼんやりと、最後の方はほとんど興味を失いかけながら見ていると、テープが巻かれ終わった時のあの独特の音のあと、何故かまだ映像が流れ続けていた。


 どこかの部屋が映っている。


 何か見覚えがあるような……


 いや。
 この部屋、見覚えがあるもんなんてもんじゃない。


 俺の部屋だ!
 この部屋だ!


 俺が座っているソファの後ろに、黒いもやっとしたものが映っている。


 冷や汗がどばっと流れる。
 後ろを振り向くのが怖い。


 ざざ、ざざ、と画面が乱れる。
 さっきも言ったが、テープはもう巻かれ終わっているはずだ。
 画面が乱れるなんてことが起きるはずがない。
 ましてや、さっきまで映っていなかった黒いもやが少しずつ俺に――俺が座っているソファに近付いてきているなんてことは――断じてない。


 背中側が心なしか涼しい。いや冷たい。


 何かが後ろにいる。
 気配がある。


 や、やばい。やばいやばいやばいやばいやばい!!






 ――うぅぅぅぅぅ。


 唸り声が。


 聴こえた。






「うぅらぁめぇぇしぃぃ「ぎゃあああああああああああああ!!!! いってえええええ!?」えええええ!?」




 俺は立ちあがり、走った!
 が、すぐ転んだ。
 普段の運動不足が災いした。




「や、やめて食べないで殺さないで連れてかないで俺めっちゃ良い子だから超良い子だから許してくださいお願いします」




 黒いもやの方を見ないように手で遮りながら何かに全力で謝りつつ高速で後ずさる成人男性の図。
 想像するだに恐ろしい。呪いのビデオよりよっぽど呪われそうだ。


 しかしそんなことを気にしている場合ではない。


「ちょ、ちょっと待ってください。別に私はそういうのじゃないですから!」


「……へ?」


 何やら可愛らしい感じの声が聞こえ、思わずそちらを見てしまう。
 ……見てしまうという表現は失礼だったかもしれない。


 何故なら、そこには普通に声音通りの可愛らしい少女が立っていたからだ。


 綺麗な長い黒髪に、出過ぎず引っ込み過ぎずなプロポーション、アイドルもかくやと言うレベルで整った様子。あと黒基調のブレザー。
 端的に言って可愛い女の子がそこにいた。


「あのー……落ち着きましたか?」


 少女は俺を心配そうに見つめている。
 慈愛の眼差しである。


「ふっ」


 どうやら俺は気が動転しすぎて幻覚と幻聴を見て聞いているらしい。
 恐怖のあまり頭がおかしくなってしまったようだ。
 俺は数年前両親が飛行機事故で他界した時以来一人暮らしの一匹ウルフ。
 家に女の子が入ってくることなんて天地が二回ひっくり返ったってあり得ない。


 ゆっくり目を閉じて深呼吸して、もう一度見てみよう。


 おーけー、幻覚は消えていないようだ。


 もう一度深呼吸してみよう。


 …………。


「あ、あの、過呼吸みたいになってますけど、大丈夫ですか?」


 うわああ喋ったああああ。


 これは幻だ幻のポ〇モンだそんなものいない絶対いないはずなんだ存在しない実在しないんだ。


「ふっ」


「そのシニカルっぽさを演出した笑いを挟まないと死ぬ病気なんですか?」


 なんか言ってるが気にしない。何故ならこれは幻覚であって実在しないからだ。
 そこにいないのならこんなことしたって俺は悪くない。


 胸に向かって手を伸ばす。
 そして柔らかい感触が掌に――当たる前にバチーンと頬に衝撃が走った。



















「いきなりおどかしたのは私が悪いですし、確かに非実在青少年だと思うのも無理ないかもしれませんが」


「はい」


「だからと言って、女の子の胸を揉んで良い理由にはなりません」


「ならないのか……」


「なんで本気で残念そうなんですか」


 ばちんとやられた俺は本来の清い心と落ち着いた精神を取り戻し、彼女の話を静かに聞いていた。
 俺は正座して、少女はソファに脚を組んで座っていた。


 見えそうで見えない。


 バレるとまたばちんとやられかねないのでバレないように見る。


「バレてますから」


「ごめんなさい」


 てか分かってるんなら脚組むのやめろよそんなん見てくださいって言ってるようなもんだぜ。


 彼女は九十九 ひばりと言うらしい。
 色々説明していたが、端折って説明すると要は彼女は、『呪いのビデオ怖い』や『その他色々』という念の集合体的な存在であるらしい。
 その他色々がふんわりしすぎててよく分からないのだが。


 ちなみに名前だが、苗字は付喪神から取っていて、ひばりは気分で付けたのだとか。


 幽霊じゃないだけましなのか、むしろいわば負の念で構成されている分怖がるべきなのか判断がつきづらいところだが、今のところひばりは俺に対して呪いとか殺すとかヤバい感情は持っていなさそうなのでとりあえずセーフ。


「で、なんで俺の家におんねん」


「……もしかして負の念にかけて怨念でおんねんですか?」


「許して」


 自分のギャグを懇切丁寧に解説される時ほどの辛さって他にないよな。


「ほら、貴方のお母様がホラー好きだったでしょう?」


「……あー……」


 そういやそうだったな。
 道理で俺は見覚えがないはずだ。
 母さんのものだったか。


「もしかして母さんにも同じようにビンタしたのか?」


「ビンタしたのは貴方がセクハラ紛いのことをしたからですっ! それに私が実体を持ったのはつい最近の話ですから」


「つい最近? なんでまた」


 旬が過ぎてて、遅すぎる感が否めないのだが。


「そこなんですよ。旬が過ぎてるせいで、私の存在を――呪いのビデオの存在を忘れている、知らない人が増えているんです」


「それが?」


「私みたいな念の集合体は、完全に忘れられたら終わりなんです。なので、何かしらの対策をしなければいけないわけです」


「ほうほう」


「それで、物置にいた『忘れ去られた』他の方々にもお力を借りて実体を持つことに成功したのです」


「へえ」


 それでその他色々か。
 忘れ去られていた……ねえ。
 確かに、昔々身近にあったものとか倉庫に仕舞われていたのを、俺は忘れていた。というか知らなかった。あそこを管理してたのは母さんだったからな……


「で、実体を持つことがどう対策に繋がるんだ?」


「ずばり、貴方に認知してもらうことです」


「俺?」


「はい。結びつき・・・・が特に深い貴方に認知してもらえれば、まず間違いなく完全に消滅することはありませんから」


「……ふぅん」


 このふぅん、に深い意味はない。
 ふぅん、て感じだ。
 俺はこう見えて割かし人見知りは激しい方なのだが、この子には不思議と普通に接することが出来る。いや、むしろ昔からの知り合いのように接することが出来る。


 ああ、そうか。
 倉庫にいた、ってことは、本当に昔馴染みなのか。


「なので私は呪いのビデオから出てきたと言っても、呪いのビデオの化身と言うわけではないんですよ」


「言いたいことはぼんやりとわかった。で、俺は何をすれば良いんだ?」


「何も」


「何も」


「ええ、何もしなくて大丈夫です。ただ、そこにいてくれれば。傍にいてくれれば」


「…………」


 何でだろう。
 何か不思議な感じがする。
 『忘れ去っていた』ことに対する……罪悪感? 『思い出せた』ことに対する……喜び?


「……まあ、いいや。いるだけでいいってんなら断る理由もないさ。飯とか風呂とかどうすんだ?」


「どちらも必要ありません。食べられますし、お風呂も入ることは出来ますけれど」


「なるほど。じゃあまずは体の洗い方を教えてやろう。さあ」


「さあ、じゃないです」


 ぶみ、と顔を踏まれた。
 描写し忘れていたが、ひばりはニーソを穿いている。そして俺はニーソが大好物だ。
 別に特段描写することでもないが。


 別にな。


 ひばりは汚物を見るような目で俺をじとっと睨んでいる。


「ふっ」


「うわっ」


 ドン引きされてしまった。
 ただ笑っただけなのに、おかしい。不条理だ。


「だが、考えてみてもほしい」


「何をです」


「俺は健全な男で、君は女の子なわけだ」


「誰でもいいんですか?」


「……いや、そういうわけではないんだけど」


 むしろなんで俺は初対面の女の子にこんなセクハラしてんだ?
 いや、初対面な感じが薄いのが悪いんだよ。……初対面じゃなかったらセクハラしていいのかどうかは置いといて。


「貞操の危機を感じます」


「大丈夫。合意を得るまでは一切手を出さないと誓おう」


「…………」


「手始めに甘いものあたりで懐柔しようと思っているんだが、何か食ってみたいものはあるか?」


「そういうの、言っちゃったら意味ないと思いますけど。アイスの実が食べたいです」


「あー」


 たまにCMやってるな。
 興味ないんで流し見程度だったが。
 コンビニに売ってるだろうか。


 机の上に置いてあった財布を手に取り、「じゃあ買ってくるから。適当にテレビでも見てて待っててくれ」


 コンビニまでは歩いて五分と言ったところだ。
 いつもなら横着して車で行くのだが、今日は歩いていこうか。
 ちょっと頭を冷やしたいしな。
 ひばりを見ていると、懐かしいような、申し訳ないような、様々な感情に襲われて冷静でいられない。多分これは刹那的なもので、時間が経てばそんなこともなくなるのだろうが。


 今はその時間が欲しい。


 玄関へ向かうと、ひばりもとことこと着いてきた。


「なんだ、お前も来るのか?」


「それもいいですけど。多分貴方、私といるところ見られたら通報されますよ? ただの見送りです」


 おっさんと女子高生。
 絵面的にはまずいわな。


「なんなら帰ってきたときに定番のあれ言ってくれても良いぜ。ご飯にするかお風呂にするかのあれ」


「そういうのはやりませんー」


「そりゃ残念」


 扉を開き、外へ出たタイミングで。
 ひばりがぼそっと言った。


「――あなたが、私の名前のことを『思い出したら』、ちょっと考えます」


 ぽかんとする俺の前で扉がぱたんとしまった。


 ……どうやらゆっくり頭を冷やしている暇もないようだ。

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