迷子の吸血鬼を拾った
初めてのインスタント
「なんじゃそれは」
レイラはその黄金の瞳でじっと俺が食っているそれを見つめていた。
「カップ麺。作るのが楽なんだよ。特にこういう日は」
異世界にはないのかな。インスタント食品。
慣れちゃえば別になんてことない、ただの便利食なのだが。
「食ってみるか?」
「吸血鬼は血さえあれば食事はしなくとも良い――が、興味はあるので食ってみたい」
「素直だな。ほれ」
箸とカップ麺をレイラの方へ寄越す。
すると、レイラはむつかしい顔で箸を持って見ていた。
「この棒、うぬが持っているのを見てはいたのだがいまいち持ち方がよく分からんのじゃ」
「あー」
そうか、箸で躓くのか。
外人も箸で苦戦すると聞くし、外国人どころか異世界人であるレイラが箸を使えなくても不思議ではない。
フォークでも取ってくるか。
麺だからそれで食えないということもあるまい。
「いや、差支えなければこの棒の使い方を教えて欲しいのじゃ。この世界ではこれで飯を食うのが基本なのじゃろう?」
「いや、箸をメインで使うのは世界でも珍しい方ではあるけどな。まあこの国に暮らすなら必須スキルではあるか」
仕方がないのでもう一膳箸を持ってきて、そちらを渡して俺が使っていたものは返してもらう。
冷静に考えれば関節キスになるところだったんだな。もうこんな歳になってまで関節キス程度できゃっきゃできないが。
「こう」
レイラはどうやら右利きのようなので、鏡になるよう左手で持って見せてやる。
持つことだけは左手でも出来るのだ。これで飯食うのは無理だけど。
「ふむ。こうか?」
「ああ、出来てる出来てる」
見た目は完璧だ。
ただ箸というのはそこより、力の入れ方が問題なんだよな。
そればかりは自分でやって見に着けて貰うしかないのだが……最初が麺ってのはちょっと難しいかもしれないな。今更だが。
麺を掴めず、つるつると滑るのをしばらく眺めていると、うーむとレイラが唸り始めた。
「何故こんな使いにくいものを使って食べるのじゃ」
「慣れれば便利なんだよ。掴んだり切ったりできるから」
「うーむ。こーじ、手伝って」
ちょいちょいとレイラがこちらに手招きしてくる。
こいつ時々なんか幼くなるんだよな。
「? 手伝ってって何をだ。あーんしてくれってことか?」
それは恥ずかしいから普通にフォーク持ってきてやるからそれで食って欲しい。
「違う。それじゃといつまで経ってもこのはしとやらを使えんじゃろ。儂の後ろに回ってさぽーとしろと言うことじゃ」
「サポートって言葉はどこで覚えたんだ」
「さっきあの箱を見ていた時に出てきた言葉じゃ」
学習能力が高いな。
……ん?
そういえば、なんでこいつ日本語分かるんだろう。
異世界も日本語なのかな。そんな訳あるか?
まあいいや。
「サポートって……俺、隣で箸の使い方レクチャー……教えられるほど器用じゃないぞ」
「後ろに来て、こう覆い被さるようにすれば良いじゃろ」
「ははあ、なるほどね」
確かにそれなら出来るだろう。レイラは小柄だし、俺は大柄な部類だから無理なく出来る。要は二人羽織みたいなもんだ。
そう考えれば話は簡単である。
ただ問題は、
「そんな近付いて、近いわボケとか言って突然殴りかかってこないだろうな」
「そんなことしたらうぬは死んでしまうじゃろう」
死んでしまうだろうな。
なんせデコピンであの威力だからな。成人男性のパンチくらいの威力はあったからな。
しかしやれと言われたならば遠慮なくやらせていただこう。
後ろからそっと抱きしめるように――って自分で言語化するとキモいな。
ゴスロリのドレスがごわごわするけど、なんか全体的に柔らかくて良いにおいがする。
間違いなく男ではあり得ない感覚だ。
それはともかく。
二人羽織の体勢になり、直接手取り足取りというか指をとって力加減を教えてやる。
それでもしばらくは苦戦していたが、やがて麺を掴めるようになり、ちゅるんと一本だけだが食べさせることが出来た。
「で、できた、できたぞこーじ!」
無邪気に喜ぶレイラ。
「そうだな。離れていいか? 離れるぞ?」
返事を待たずに離れる。
もう少しくっついていたら理性がもたなかったかもしれない。
外見はとんでもない美少女だからな……その実態は吸血鬼なんだけれども。
ようやく人心地のついた気分だ。
「で、美味いか?」
「うーん。よく分からんな」
よく分からんて。
ああ、いや、一本だけちゅるんした程度で味が分かるわけないか。
ていうか、早く食べちゃわないと伸びちゃうんだよな。
「それ、早く食べないとどんどん美味しくなくなる呪いにかかってるからな。頑張るんだぞ」
「腐ってしまうということかの? 鮮度が落ちるとか」
「いや、汁を吸ってふやけちゃうんだよ。それが美味しいと思う人もいるにはいるみたいだけど、俺は御免だ」
「なるほどの。そういう食べ物はそういえばあちらにもあったな。しかし、儂はこの棒を上手く使えない」
「フォーク持ってきてやろうか?」
「洗い物が増えてしまうじゃろう。そんなことより良い案がある」
洗い物とか気にするんだな。
吸血鬼が意外と小市民だ。
そんなもんなのだろうか。
「良い案っていうと?」
レイラは無言で俺に箸を渡してきて、牙のよく見えるおくちをあーんして目を瞑った。
……食わせろと。
別にいいけどさ。
こいつはちっとも意識していないみたいだし、俺だけ意識するのも馬鹿らしい。
適当に一口分くらい掴んで、口の中に突っ込んでやる。
すると、びちびちびち! と音を立てて麺を吸い込んだ。
ヘタクソだなこいつ。麺食うの。
「ドレスにめっちゃ跳ねたけどいいのか。洗うの大変だろそれ」
「これは儂の体の一部のようなもんじゃからな。消して出せば元通りじゃ」
「へえ、そりゃ便利だな」
俺の服も全部そうなってくれればいいのに。
洗濯って結構家事の中でもウェイトを占めるような気がするんだよな。
「しかし、美味いなこれは。ただお湯を入れただけのように見えたが、うぬは凄いの」
「凄いのは俺じゃなくてこれを開発した奴だ。こんなんどこにでも売ってるの」
「なんと……魔法もないのによくこんなものを作れるのう」
「代わりに科学って便利なもんがあってな……まあそれは追々説明してくさ。そんなことより、早くラーメン食っちまわないとふやけるぞ」
「それは困るな」
再びレイラはあーんと口を開く。
非現実的な牙のお陰でそうでもないが、女の子が無防備に口を開いているっていう状況はどこか背徳的な淫靡さを感じる。
そんなシチュエーション滅多にないが。
しかし何故目を閉じているのだろう、こいつ。
まるで餌付けでもしているような気分だ。
ふと思いついて、イジワルをしてみることにした。
手の動きを止める。
数秒そのまま待っていると、ぱちりとレイラの目が開いた。
「どうしたのじゃ?」
「いや、どうもしない」
麺を挟んで、彼女の口の付近まで持っていくとまた目を閉じたので、直前で止める。
やはり数秒経ってから目を開いたレイラは、口のすぐ前に麺があることに気付いてそれを自分から食べようとした。
のを、ひょいと箸を手前に引いて避ける。
レイラは俺をジト目で見ている。
「…………」
「うおっ」
ガッと腕を掴んで引かれ、麺が食べられた。
「子どもかうぬは」
「ぐ……」
想像と違ったカウンターを決められ呻いてしまった。
なんかもっと面白い反応が返ってくると思ったのだが。
そういえばこいつ、見た目通りの年齢じゃないんだよな。
「食べさせてやらねばならぬはうぬの方だったようじゃな」
くくく、と笑いながらのレイラの言葉に、俺は悔し気に呻くしかなかったのだった。
レイラはその黄金の瞳でじっと俺が食っているそれを見つめていた。
「カップ麺。作るのが楽なんだよ。特にこういう日は」
異世界にはないのかな。インスタント食品。
慣れちゃえば別になんてことない、ただの便利食なのだが。
「食ってみるか?」
「吸血鬼は血さえあれば食事はしなくとも良い――が、興味はあるので食ってみたい」
「素直だな。ほれ」
箸とカップ麺をレイラの方へ寄越す。
すると、レイラはむつかしい顔で箸を持って見ていた。
「この棒、うぬが持っているのを見てはいたのだがいまいち持ち方がよく分からんのじゃ」
「あー」
そうか、箸で躓くのか。
外人も箸で苦戦すると聞くし、外国人どころか異世界人であるレイラが箸を使えなくても不思議ではない。
フォークでも取ってくるか。
麺だからそれで食えないということもあるまい。
「いや、差支えなければこの棒の使い方を教えて欲しいのじゃ。この世界ではこれで飯を食うのが基本なのじゃろう?」
「いや、箸をメインで使うのは世界でも珍しい方ではあるけどな。まあこの国に暮らすなら必須スキルではあるか」
仕方がないのでもう一膳箸を持ってきて、そちらを渡して俺が使っていたものは返してもらう。
冷静に考えれば関節キスになるところだったんだな。もうこんな歳になってまで関節キス程度できゃっきゃできないが。
「こう」
レイラはどうやら右利きのようなので、鏡になるよう左手で持って見せてやる。
持つことだけは左手でも出来るのだ。これで飯食うのは無理だけど。
「ふむ。こうか?」
「ああ、出来てる出来てる」
見た目は完璧だ。
ただ箸というのはそこより、力の入れ方が問題なんだよな。
そればかりは自分でやって見に着けて貰うしかないのだが……最初が麺ってのはちょっと難しいかもしれないな。今更だが。
麺を掴めず、つるつると滑るのをしばらく眺めていると、うーむとレイラが唸り始めた。
「何故こんな使いにくいものを使って食べるのじゃ」
「慣れれば便利なんだよ。掴んだり切ったりできるから」
「うーむ。こーじ、手伝って」
ちょいちょいとレイラがこちらに手招きしてくる。
こいつ時々なんか幼くなるんだよな。
「? 手伝ってって何をだ。あーんしてくれってことか?」
それは恥ずかしいから普通にフォーク持ってきてやるからそれで食って欲しい。
「違う。それじゃといつまで経ってもこのはしとやらを使えんじゃろ。儂の後ろに回ってさぽーとしろと言うことじゃ」
「サポートって言葉はどこで覚えたんだ」
「さっきあの箱を見ていた時に出てきた言葉じゃ」
学習能力が高いな。
……ん?
そういえば、なんでこいつ日本語分かるんだろう。
異世界も日本語なのかな。そんな訳あるか?
まあいいや。
「サポートって……俺、隣で箸の使い方レクチャー……教えられるほど器用じゃないぞ」
「後ろに来て、こう覆い被さるようにすれば良いじゃろ」
「ははあ、なるほどね」
確かにそれなら出来るだろう。レイラは小柄だし、俺は大柄な部類だから無理なく出来る。要は二人羽織みたいなもんだ。
そう考えれば話は簡単である。
ただ問題は、
「そんな近付いて、近いわボケとか言って突然殴りかかってこないだろうな」
「そんなことしたらうぬは死んでしまうじゃろう」
死んでしまうだろうな。
なんせデコピンであの威力だからな。成人男性のパンチくらいの威力はあったからな。
しかしやれと言われたならば遠慮なくやらせていただこう。
後ろからそっと抱きしめるように――って自分で言語化するとキモいな。
ゴスロリのドレスがごわごわするけど、なんか全体的に柔らかくて良いにおいがする。
間違いなく男ではあり得ない感覚だ。
それはともかく。
二人羽織の体勢になり、直接手取り足取りというか指をとって力加減を教えてやる。
それでもしばらくは苦戦していたが、やがて麺を掴めるようになり、ちゅるんと一本だけだが食べさせることが出来た。
「で、できた、できたぞこーじ!」
無邪気に喜ぶレイラ。
「そうだな。離れていいか? 離れるぞ?」
返事を待たずに離れる。
もう少しくっついていたら理性がもたなかったかもしれない。
外見はとんでもない美少女だからな……その実態は吸血鬼なんだけれども。
ようやく人心地のついた気分だ。
「で、美味いか?」
「うーん。よく分からんな」
よく分からんて。
ああ、いや、一本だけちゅるんした程度で味が分かるわけないか。
ていうか、早く食べちゃわないと伸びちゃうんだよな。
「それ、早く食べないとどんどん美味しくなくなる呪いにかかってるからな。頑張るんだぞ」
「腐ってしまうということかの? 鮮度が落ちるとか」
「いや、汁を吸ってふやけちゃうんだよ。それが美味しいと思う人もいるにはいるみたいだけど、俺は御免だ」
「なるほどの。そういう食べ物はそういえばあちらにもあったな。しかし、儂はこの棒を上手く使えない」
「フォーク持ってきてやろうか?」
「洗い物が増えてしまうじゃろう。そんなことより良い案がある」
洗い物とか気にするんだな。
吸血鬼が意外と小市民だ。
そんなもんなのだろうか。
「良い案っていうと?」
レイラは無言で俺に箸を渡してきて、牙のよく見えるおくちをあーんして目を瞑った。
……食わせろと。
別にいいけどさ。
こいつはちっとも意識していないみたいだし、俺だけ意識するのも馬鹿らしい。
適当に一口分くらい掴んで、口の中に突っ込んでやる。
すると、びちびちびち! と音を立てて麺を吸い込んだ。
ヘタクソだなこいつ。麺食うの。
「ドレスにめっちゃ跳ねたけどいいのか。洗うの大変だろそれ」
「これは儂の体の一部のようなもんじゃからな。消して出せば元通りじゃ」
「へえ、そりゃ便利だな」
俺の服も全部そうなってくれればいいのに。
洗濯って結構家事の中でもウェイトを占めるような気がするんだよな。
「しかし、美味いなこれは。ただお湯を入れただけのように見えたが、うぬは凄いの」
「凄いのは俺じゃなくてこれを開発した奴だ。こんなんどこにでも売ってるの」
「なんと……魔法もないのによくこんなものを作れるのう」
「代わりに科学って便利なもんがあってな……まあそれは追々説明してくさ。そんなことより、早くラーメン食っちまわないとふやけるぞ」
「それは困るな」
再びレイラはあーんと口を開く。
非現実的な牙のお陰でそうでもないが、女の子が無防備に口を開いているっていう状況はどこか背徳的な淫靡さを感じる。
そんなシチュエーション滅多にないが。
しかし何故目を閉じているのだろう、こいつ。
まるで餌付けでもしているような気分だ。
ふと思いついて、イジワルをしてみることにした。
手の動きを止める。
数秒そのまま待っていると、ぱちりとレイラの目が開いた。
「どうしたのじゃ?」
「いや、どうもしない」
麺を挟んで、彼女の口の付近まで持っていくとまた目を閉じたので、直前で止める。
やはり数秒経ってから目を開いたレイラは、口のすぐ前に麺があることに気付いてそれを自分から食べようとした。
のを、ひょいと箸を手前に引いて避ける。
レイラは俺をジト目で見ている。
「…………」
「うおっ」
ガッと腕を掴んで引かれ、麺が食べられた。
「子どもかうぬは」
「ぐ……」
想像と違ったカウンターを決められ呻いてしまった。
なんかもっと面白い反応が返ってくると思ったのだが。
そういえばこいつ、見た目通りの年齢じゃないんだよな。
「食べさせてやらねばならぬはうぬの方だったようじゃな」
くくく、と笑いながらのレイラの言葉に、俺は悔し気に呻くしかなかったのだった。
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