君が見たものを僕は知っている

涼風 しずく

第23話 信じること

僕達は鈴佳を囲むように座った。凜は一週間の授業の黒板を写したノートを鈴佳に渡す。凜は本当にしっかりしてる。こんなしっかり者の彼氏が信也とは。でもなんだかんだお似合いなんだけど。


「よし、これで最後ね。あとは何か欲しいものとかある?」

凜はノートを全て渡すとまるで、鈴佳のお姉ちゃんのように面倒を見ている。


「うん。大丈夫!ありがとうね!」

鈴佳はその優しさを貰って嬉しそうだ。


「ところで、まだ退院とかは目通したたないの?」

信也は僕の持ってきたフルーツバスケットを眺めながら話す。


「うん。まだ分からないかな。今年中は厳しいかもしれないって言われたけど」

医者の話を鈴佳の両親が聞いて、その話を僕の両親が聞いて、それを教えてもらったのだけど、鈴佳の病気の原因は分かっていないらしい。ただ、心臓の活動が弱まってきているのは確からしいが。そこが一番の不安材料だ。


「あーそうなのか。じゃあ、誕生日もクリスマスもここで過ごすんだな」

信也は何かうーんと考えている。


すると病室のドアが開く音がした。入ってきたのは鈴佳の両親だった。


僕達は「こんにちは」と挨拶をする。両親は「こんにちは。みんな来てくれてありがとうね」と返してくれた。


僕達は両親の邪魔にならないように今日は帰ることにした。鈴佳に「また来るね」と挨拶をして僕達は病室をあとにした。


僕達は並んで病院の廊下を歩いていた。鈴佳の元気そうな姿を見てみんなホッとしていた。


「ちょっと待って!」

すると急に後ろから女性の僕達を呼び止める声が聞こえてきた。


僕達は驚いて反射的にパッと振り向いた。そこに立っていたのは、鈴佳のお母さんだった。


「あ、どうしたんですか?僕達、何か忘れ物しました?」

僕達にはそんな覚えはまったくない。


「いいえ、違うわ。あなた達には話しておきたい事があるの」

お母さんのその真剣な表情で僕達は、その話の内容が重いものだとわかった。そして、きっと僕達に関係する話となると鈴佳のことだろう。僕はゴクンと唾を飲んだ。


僕達は屋上へと場所を移動した。途中でお母さんが買ってくれた缶コーヒーを飲みながら話を聞いた。


「実はお医者さんに言われていた事があるの。鈴佳の病気は原因不明で適切な治療方も分からない状態なの。それでね、心臓は日に日に悪くなってるみたいでね、このままだともしかしたら今月中にも死に至るかもしれないらしいわ」

お母さんは涙を堪えながら話をしてくれた。


「そ、そんな」

僕達はきっと今の話を誰も直ぐには理解していなかっただろう。急に死の宣告を聞かされたって、そんなのって……。言葉が見つからなかった。


「でもね、もしその間に原因が解ればきっと助かるって。だから諦めてはダメだってことも言われたの。ごめんね。みんなには伝えるべきか迷ったのだけれど、あの子ね口を開けばみんなのことばかり話すのよ。あの子がそんなに大切に思ってるみんなには知っててほしかったの。心配させてごめんね」

お母さんは深々と頭を下げる。


僕達はその姿にたいしても何も言えなかった。ただ涙を堪えるのに必死だった。一番辛いはずのお母さんの前で泣くことは絶対に許されないことだ、僕達はただ耐えた。耐えることしかできなかった。


僕達はお母さんの話を聞き終えると病院を出た。


僕達はそこから歩いて家へ向かった。


「なんかさ、まだ頭は整理してないけど、本当に鈴佳ちゃんはもうすぐ居なくなっちまうのか?」

信也は自分に問いかけるように話す。無理もない。僕だってまたま整理しきれてない。悪い夢なんじゃないかと思ってしまう。でもその時吹いた冷たい風の僕にあたる感触はとてもリアルで、夢とは程遠かった。


「でも、大丈夫だよね。きっと、治療方も見つかって、またみんなで並んで歩けるよね?」

凜も自分に言い聞かせるように話している。


「うん。きっと、大丈夫だよ。また数ヶ月たてば元通りになってるに違いないよ」

僕は二人と自分を励ますために明るく振る舞う。でも、言葉とは裏腹に心は絶望に満ちていた。


それから僕達は誰一人口を開くことなく別れた。僕は一人になっていつもの道を歩く。


こうして歩いていると、鈴佳の声が横から聞こえてきそうで、僕の胸がギュッと締めつけられた。僕はこの道を歩いて、鈴佳が居ないことをまた実感することになった。


僕は家について玄関のドアに手をかけた。「またね!」すると背後からいつもの鈴佳の声が聞こえた気がして振り返る。当然、そこには誰もいない。僕はその誰もいない道をしばらく見つめていた。


「ただいま」

僕はボソッと呟きながら家にあがる。僕にそのまま自分の部屋へと向かった。真っ暗な部屋で電気も点けずに僕はベッドに座り込む。


何をすることもなくボーッと座り続ける。そうしていると自然と頭の中では鈴佳との日々が映画の予告編みたいに流れていく。


結婚式のウェディングドレスの姿、遊園地で手を繋いで歩いたこと、観覧車でのキスのこと、そして何気ない日常での僕の隣で笑う顔。思い出せば出すほど涙が溢れだしてきた。もう、僕には制御できなかった。


僕は喉をひくひくさせながら泣いた。涙は渇れることがないのかもしれない。いくら泣いても涙は止まってくれない。


そんな時、ガチャっと部屋のドアが開いて両親が入ってきた。両親は僕を挟むようにして座ると僕に寄り添ってくれた。どうやら、話は鈴佳のお母さんから聞いていたらしい。


両親は何も話すことなく僕が泣き止むまで側にいてくれた。


しばらくして僕はようやく落ち着いた。そんな僕を見て父はゆっくりと口を開いた。


「あの日、蓮が事故にあった日。正直最初はダメだと思ってな。でもな、蓮が必死に闘っているの俺たちが諦めてどうするって思ってな、俺とお母さんは信じることしかできなかったけど、信じ続けた。その間は一度ももし蓮が死んだら、なんて考えてはいなかった。そしたら、その願いを通じたのか奇跡が起きて蓮はこうして生きている。蓮は奇跡を起こしたんだ。あきらめない心が奇跡を生んだんだ。蓮。お前もあきらめてはいけないよ。蓮や信也くん凜ちゃんがあきらめない限り、奇跡は起きる。絶対」

父は僕の背中を力強くバシッと叩く。


「きっと大丈夫よ。あなた達の絆なんてちょっとやそこらで壊れるようなものじゃないでじょ?そんな友達がいてあなたは幸せものね」

母はそう言うと僕の頭をポンポンと優しく撫でてくれる。


「よし!じゃあ、そろそろ飯だから下りてこいよ」

父はそう言い残して部屋を後にする。


「今日は蓮の好きな唐揚げだからね!」

母も笑顔でそう言って階段を下りていった。


いつもそうだ。僕が何かあると父と母はいつも力強くて優しい言葉をかけてくれる。そして気づくんだ、僕が今やるべきこと。僕達が今やるべきこと。それはちっぽけなことかもしれない目には見えないものだけど、それでも僕達は信じるだけだ。


僕は気づいたらスマホを取り出していた。そして、信也と凜宛にこんなメールを送っていた。


「僕は信じることにした。信じて奇跡を起こすことにした。一度奇跡を起こしたこの僕だ。きっとまた起こしてみせる。最後まで足掻いてみせる。二人も信じることをあきらめないで。蓮」


すると、送ってまもなくメールが届く。


「あったり前だろう!俺があきらめる男な訳ねぇって!よっしゃあ!じゃあ信じてみっかい!お前の奇跡ってやつを!信也」


「うん。私も今考えてたの。でも、信じる以外に出来ることはないよね!なんか上手く言えないけど、私達なら出来ないことなんてない気がするんだ!私も最後まで信じてみるよ。凜」


二人のそのメールは確かに僕の心に届いた。あとは奇跡を呼ぶだけだ。僕はベッドを立ち上がるとリビングへと向かった。


「父さん、母さん、僕は信じてみるよ!奇跡を起こしてみせるよ!」

僕の笑顔を見て両親もニコッ笑う。


「よーし!じゃあ、一杯作ったからたくさん食べるんだよ!」

母はそういうと、たくさんの唐揚げを乗せた大きな皿をテーブルに置いた。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品