君が見たものを僕は知っている

涼風 しずく

第17話 涙の理由

トントン

控え室のドアがノックされた。僕は「はい」と弱々しく返事をする。


「おう!お疲れさん!かっこ良かったぜ!」

入ってきたのは信也だった。信也は僕の肩をポンポンと叩くと近くの椅子を引っ張ってきて、僕の前に腰かけた。


「いやぁ~、感動したよ!鈴佳ちゃんも綺麗だったな。どうだった緊張した?」


「うん。それは緊張するよ。でも終わってみると何か寂しいというか……」

終わってホッとした自分と、何とも言えない虚無感を感じる僕がいた。


「なに言ってんだよ!確かに終わったかもしれないけどさ、これ模擬だぜ!蓮と鈴佳ちゃんはさもう一度、挙式するチャンスがあるんだぞ!むしろこれからじゃん!」

信也はそう言うとあははっと笑う。


いつも聞いてる信也の笑い声も今日はなんだか安心した。それに信也の言う通りだった。今日のこの結婚式は模擬。もしこの先、僕の告白もうまくいって、ずっと一緒にいれたら、もう一度僕にもチャンスがあるのだ。


「ははっ!それもそうだな!そうだ!美夜さんが旨いものご馳走してくれるんだった、早く着替えないとな」

僕は信也のおかげで本調子に戻ることができた。なんだかんだ言っても信也は僕の大親友だ。


その後僕は片岡さんに手伝ってもらいながら着替えをした。ずっとタキシードを着てたせいか肩が少し重い。


僕と鈴佳、凜、信也、そして僕と鈴佳の両親に、美夜さんと片岡さんのメンバーで居酒屋に来ていた。


旨いものと言ったので、焼き肉やらフレンチとか想像したけど、居酒屋の食べ物も美味しいので良しとしよう。もちろんお酒はのまない。


大人たちは僕と鈴佳の母を除いてもう出来上がっていた。特に酒癖の悪い人もいないのが幸いだ。そらに、僕の両親と鈴佳の両親も仲が良いし、美夜さんとも何回か会ったことがあるらしい。片岡さんとも打ち解けたようだ。


僕達4人はその隣で好きなものを注文して、お茶を片手に未成年なりの楽しみ方をしていた。


「なんか居酒屋って結構居心地いいんだな!なんか夜遊びしてるって気分になるな!課題も終わってるから罪悪感みたいなのもないしな!」

まるでアルコールが入っているかのようなテンションの信也。


「うん。食べ物もどれも美味しいしね、普通のお茶も美味しくかんじるね」

凜も楽しそうに笑っている。


僕と鈴佳も結婚式の緊張感が無くなって心が楽になり、些細なことでも笑ってしまう。いつもならスルーする信也のギャグにさえも笑ってしまうのだから余程だろう。


「いやぁ~、でも何か大きなイベントが1つ終わったって感じだな」

信也がしみじみとそんなことを言う。


「そうだね。でも二人にはまだ1つ残ってるもんね?」

凜は僕と鈴佳を交互の見ながら話す。


そうだ。僕達にはあと1つ大きなイベントがある。遊園地に行くこと。これだけ聞けばそんなに大きくはないだろうけど、鈴佳と二人きりでだ。それにその日僕は勝負すると決めている。僕にとってはかなり大きな意味をもつ日になるだろう。


「遊園地かぁ~いいな~。なんてな!実は俺達も行く予定なんだよね~」

信也はえへへと聞いたこともない笑い声をあげる。


「え!?二人も行くの!?」

僕は思わず声をあげた。まさか二人ともついてくる気じゃ?


「あ、大丈夫!大丈夫!二人とは違う日だから」

僕の心配を察したのだろうか。でも良かった。二人がいたらタイミング逃すかもしれないから。


「でもさ、なんか今年な夏休みはかなり濃いな」

言われてみればそうだな。みんなでの勉強会。キャンプ。結婚式。遊園地。かなり満喫しているな。


「うん。でもいいんじゃないかな、高校最後の夏休みだしね!」

僕は高校最後という言葉をしみじみと感じていた。


僕はうっすらと大学への進学を希望している。恐らく凜と信也とは別々になるだろう。鈴佳とは将来の話をしたことがないので、どう考えているかは分からないが、離れる可能性だってある。


僕達が4人揃うことは滅多にないだろう。だからこそ、1日1日を大切にしたいと思う。


「そうだよな!最後だもんな!もしかしたらこの先会えなくなるかもしれないし、極端だしこんなこと考えたくはないけどさ、もしかしたら明日誰かが死んでしまうかもしれない、そう考えるとこういう何気ない瞬間も大切にしないとな」


やっぱりアルコールが入っているのだろうか?信也がいつになく真面目な表情でそんなことを言うものだから、僕は笑ってしまった。


凜も僕につられて笑う。


「なんだよ~、こっちが真面目に話してるって言うのに笑うなよな~」

そんな事を言いながらも、信也の笑い声と僕達の笑い声が重なった。


でもそんな中、鈴佳だけが笑っていなかった。下を向いて肩を震わせている。


「鈴?どうしたの?」

僕は心配になって鈴佳の顔を覗きこんだ。


鈴佳は泣いていた。ポロポロと大粒の涙を流している。


「鈴!?どうしたの!?」

涙の理由が分からず僕はあたふたしてしまう。凜も信也も僕と同じくどうしていいか分からずにいた。


そうこうしていると鈴佳は頑張って涙声で話してくれた。


「死ぬなんていやだ。そんなの絶対にいやだよ」

おそらく信也の話を聞いて怖くなったのだろう。確かにここにいる誰かが死んでしまうなんて考えただけで辛い。


「い、いや、例えばの話だよ!そ、それに俺はまだ死なん!」

信也は涙の原因が自分だと知ってさらにあたふたとする。


「鈴佳ちゃん、大丈夫だよ、誰もいなくならないから。この先もし離れたって、またこうしてみんなで集まろうね!何年、何十年たってもだよ!」

凜は優しく鈴佳の頭を撫でる。


「うん!僕達はずっと一緒だよ。僕達が離れられる訳ないじゃん!信也なんてすぐ寂しくなって会いにくるぞ」

僕は慰めるためにあははっと笑う。


「おい!そんな乙女チックじゃないわ!あれだよお前らか寂しいだろうから会いにきてやるんだよ!」


「結局、会いにくるんかい!」

凜の鋭いツッコミがはいる。僕達は声を揃えて笑う。


鈴佳も僕達につられてあははっと笑った。やっぱり鈴佳は笑顔じゃないと。僕はホッとしてお茶を飲み干す。


それから僕達は信也のモノマネ大会や、クラスメイトの恋の話などで盛り上がった。夜も更けてきたところで打ち上げは終わりをむかえた。


僕と信也は母の運転する車で、鈴佳と凜は鈴佳のお母さんの車で、美夜さんと片岡さんはタクシーでそれぞれ帰路につく。


途中で信也を降ろしてから僕と両親は家に帰ってきた。


それから家族で、父が撮っていた写真を見ていた。そこに写っている僕はどれも緊張した面持ちだ。


「いやぁ~お母さん感動しちゃったな~。お父さんなんか泣いていたわよ」


「な、いや、目薬を仕込んでおいたんだよ」

無理のある嘘をつく父。その涙で僕がどれだけ愛されているか再確認できた。そういう意味でも今日はとてもいい日だった。


僕はシャワーを浴びてから部屋に入って、いつものようにベッドに仰向けで寝転んだ。


そして右手の指輪を天井に掲げる。この指輪は一生の宝物だ。これを見ると度に今日のことを思いだすのだろう。


僕は右の手をギュッと握り、大切な思い出と共に眠りについた。


―――私はベッドに入り天井を見上げていた。みんなの前で泣いちゃったな。心配かけて申し訳なかったな。でも、これから先一緒にいれるのなら何もいらない。でも私には…………。


気がついたら私はまた泣いてしまっていた。なんだか最近泣き虫にだな。私は今日のこと、そして今まで過ごしてきたみんなとの日々。家族との時間。蓮くんの顔を思い出していた。そうすると益々涙は止まってくれなかった。


私は右の手をギュッと握りしめ泣いた。そのうちに私は疲れはてて眠ってしまった。大切な思い出と共に。


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