君が見たものを僕は知っている

涼風 しずく

第1話 ミステリーサークル

あの頃は空の青と草の緑、色とりどりの花たちがまるで絵画のように鮮やかに見えていた。僕はそんな景色の中をただ楽しいという感情だけで走っていた。まだ幼い僕にとっては何もないそんな日々が、これ以上にない宝物のようなものに感じていたのかもしれない。


れんくん!待ってよ!」


そう感じることが出来ていたものきっと鈴佳すずかのおかげかもしれない。僕達は幼なじみでずっと一緒だった。そばにいることが当たり前のようになっていた。


「鈴!早く!こっちだよ!」


あの頃の僕らはただただ純粋で、自分の心にただ正直に生きていた。やりたいこと思ったこと、面白そうなことがあれば直ぐに行動にうつす行動力があった。僕らには怖いものなんてなかったんだ。


そうあの時もそうだ。僕達はあの日学校からの帰り道、近所の高校生の会話をたまたま聞いてた。その内容というのが、近所にある公園の都市伝説についての話だった。その公園は、遊具や体育館、グランドまでも設備してある大きな公園で、周りは木々で囲まれている。


その中のあるポイントの木々の間を抜けていくと、その先に一般的なテニスコート2つを並べたくらいの大きさの草原がある。そして、その中央だけ草が生えてない場所が存在する。そこはまるでミステリーサークルのように丸い形をしていた。


僕達はその存在はもう知っていた。でも、そんな都市伝説があるのは知らなかった。なんでも、その中央でした願いことが一つだけ叶うという。


今まで冒険ごっこの最終目的地に設定してよく遊びに行っていた場所だ。そんな、場所にそんな面白そうな伝説があるなんて、僕達はあの時も本能のままに行動していた。


家にも帰らずにランドセルを背負ったまま僕達は公園へと急いだ。何度も通ったことのある道だったのに、なぜかその日は別の世界のように見えていた。


切れる息のことも忘れるぐらいに僕達は走っていた。辛いなんて感情はどこかに置いてきてしまっていたらしい、今だったらマラソン大会なんて余裕で完走でしてしまえそうだった。


それは鈴佳も同じだったようで、いつもなら僕の遥か後ろをついていくるのに、あの時はピッタリと僕についてきていた。人間というのは気持ち一つでこんなに変われるらしい。


僕達は公園の奥の木々の中を走っていた。今まではコンクリートの上を走っていたせいか、でこぼこで柔らかい土の上に少し違和感を覚えた。いつもなら絶対にないのに、足をひっかけて転びそうにもなった。


無理もない。感情的にはどこにでも行けるほどの力はまだ残っている。しかし、所詮子供の体力だ。もう体は悲鳴をあげているに違いなかった。


それでもやっぱり気持ちというものは恐ろしくて、木々を抜け草原に出た瞬間、僕はまたギアを一つあげて走っていた。さすがにそれにはついてこれずに、鈴佳は「待ってよ~」と歩きだしてしまった。


僕はさすがに一人で先にいくのは申し訳ない気持ちになって、その場で立ち止まり鈴佳を待つことにした。


鈴佳はハァハァと荒い息づかいでゆっくりと僕に近づいてくる。


「蓮くん。ごめんね。蓮くん速いんだもん」

鈴佳は両手を膝について肩で息をしている。僕も正直そうしたいぐらいに疲れている。でも、女の子の前だからだろうか、意地を貫きとおす。深い深呼吸で息を整える。


少しして僕達は息も整い、ゆっくりと中央のサークルへと歩きだしていた。


「蓮くんは願いごととか決めたの?」


「うーん。たくさんあって決められないなぁ~。鈴はなんかあるの?」


「うーん。私は蓮くんのお嫁さんに‥‥」

鈴佳はボソボソっと蚊の鳴く声で話す。


「え?何?もう一回いって?」


「ううん!私はまだいいかな。これから先もしかしたらとてつもないピンチがあるかもしれないでしょ!その時のためにとっておくの!」


鈴佳は普段はまるで妹のように、甘えてきたり、無邪気に笑ったり、明るく素直な性格だけど、実はしっかりもので物事をじっくり考えることができる。僕はそういう鈴佳に憧れていた。でも本人には言わない。すぐに調子にのるから。


そうこうしているうちに僕達は例のサークルへとたどり着いた。いつもはこの円の中で座っておしゃべりしたり、お弁当を食べたり、土のお絵かきをしたりして遊んでいる。


ここがそういう場所とは知らずにお絵かきなんて罰は当たらないかと少し不安になった。それに会話の内容は覚えていないが、ここに座って願望とかを話してはいなかったのか、本気で願わないと叶わないのかはわからないが、今までで僕の願いことは叶っていない。というか、叶っているかは結婚してからじゃないとわからない願いごとなんだけれど。


僕達はサークルを見下ろしていた。なぜだろう?いつもとは違い神聖な場所のように感じる。


「じゃあ、蓮くん。お願いごとしてもいいよ!私はさっきいった通りだから!」


僕も叶えたい願いごとはある。でも、本人を目の前にしてだとちょっと恥ずかしい。だから、後でこっそりきて願いごとしよう。そう決めた。


「僕もいざという時のためにとっておくよ!」


僕達はそれぞれの願いごとを胸の中に大事にしまって、家路についた。


その途中、僕はあることを思いだした。


「あ!鈴!ちょっとまって!」


その声に鈴はキョトンとした顔で立ち止まる。


僕はランドセルをガサガサと漁って、底のほうからあるものを取り出した。


「はい!これあげる!」

そう言って僕は鈴佳の手のひらに指輪をのせる。


「え?これって!指輪!?どうしたのこれ?」

もちろんちゃんとした高価なものではない。アクセサリーのものだ。家の中で見つけて拾った。いや、お父さんの書斎の棚から拝借したものだ。まぁ、盗んだといってしまえば聞こえが悪いので

拝借としておこう。返すつもりはないけれど。


「えっと?あれだよ!結婚とかそういうやつじゃなくて、友情の証みたいなもんだよ!」


鈴は春をまって満開に咲き誇る桜のような、キラキラと輝いた笑顔をみせる。


「ありがとう!一生大切にするね!」


ここまで喜んでくれるとは思っていなかったので、なんだか鈴佳の笑顔を見ていると僕も嬉しくなった。


僕達は家に帰るまで、今日の授業のこと、友達のこと、家族のことなど他愛のない話で盛りあがりながら歩いていた。不思議なことにサークルの話題はあがらなかった。僕にとっては良かったのだけど。どうせその話題になったら、僕の願いごとを聞きだすまで鈴佳は僕を帰してくれなかっただろうから。


僕達の家は約200メートルぐらいの位置にある。学校からだと僅かに僕の家の方が近い。そのためいつも僕が玄関で鈴佳を見送る。その日もいつものようにそこげ別れた。


「ただいま!」

僕が家に入ると、リビングからお母さんがパタパタと小走りでやってくる。


「蓮!どこにいってたの?遊びに行く時は一回帰ってきて、何処にいくかちゃんといいなさい!」


これもいつもの光景。お母さんもよく毎回懲りずにしかってくれるなぁと少し感心する。


「罰として、おつかいに行ってもらおうかしらね!なぁにすぐそこの八百屋さんだから大丈夫よ!」


今日の罰はおつかい。毎回、お母さんは罰を用意している。僕が真面目になったらお母さんも困るだろう。


「はい、はーい」

僕は適当に返事をすると買い物バッグとお金とメモを受けとる。


「じゃあ、気をつけてね!」


僕は「行ってきまーす」と言いながらドアをあけて外にでる。八百屋は家から徒歩10分ぐらいの場所にある。昔からよく行っていたので、僕はスラスラと進んでいった。


途中。横断歩道にさしかかる。ちょうど赤信号に変わってしまった。僕は信号が変わるまでボッーと待ち続けていた。


「危ない!!」

すると、急に叫び声が聞こえてくる。


「え?なんだ?」

僕は驚いて辺りを見渡す。そして、僕の方に近づいてくるトラックに気がついた。でも、その時にはもう遅かった。気づいたら僕の体は宙に浮いていた。


僕はそのまま仰向けで地面に叩きつけられる。夕焼けに染まった空を見つめながら、周りの人の「大丈夫?」の声を聞きながら、僕はゆっくりと瞼を閉じた。


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