豆腐メンタル! 無敵さん

仁野久洋

空手七谷人身御供③

 その後は特に何事もなく、全五科目の試験が終了した。超適当にやったせいか、いつものような疲れはない。これでいい。これで、全て追試になる。ずっと留守先生と一緒だね!
 テストはこれでいいとして、今日の残る問題は、帰ってから。閖上由理花に会うことか。こっちもなぁ。会うこと自体は嬉しいんだけど、理由が無敵さん絡みだってのが憂鬱だ。薬袋だって当然いるんだろうし、機嫌を損ねるような展開は避けたいところ。平和な日常を手にする為に、まずはこいつらとじっくり話さねば。


 とか考えていた俺、甘かった。高校生となり、引越しまでした俺は、風水的にかなり悪い運気に取り憑かれているようだ。まっすぐ家に帰ろうなんて大甘だったのだ。


「待って待って。一緒に帰ろうよ、オトっちゃん。菜々美を駅まで送ってよー」
「はぁ? なんで俺が?」


 下駄箱で靴を履き替え、そそくさと帰ろうとしていた俺を呼び止めたのは七谷菜々美。頭の上では、くまのぬいぐるみもつぶらな瞳で「待ってよぅ」とでも言いたげに俺を見つめていた。


「なんでって。ほら、菜々美ってこんなに可愛いし、か弱い乙女なんだよ? 誰に狙われてても不思議じゃないって思うでしょ?」
「……心配無いんじゃないか、それ。狙われるにしても、違う意味でだろうし。お前なら、たいがいの相手には勝てそうだし。俺が役に立つことなんて無いと思うぞ?」
「失礼なー。違う意味ってどういう意味ー? 菜々美だってねー、不意を突かれたりとか、相手が刃物とかスタンガンとか持ってたら、ちゃんとピンチになるんだからー」
「……それ以外なら大丈夫なんだ……。なら、やっぱ心配ないだろ。そんなの持って襲ってくるヤツになんか、そうそう会うわけが」


 と、言いかけた時だった。


「あ! きっとあいつです、主将! あいつがナナミってやつですよ!」
「あれか! よし、行くぞ、野郎ども!」


 すぐ後ろで、やたらと野太い声がした。しかも、そのやりとりはあまり穏やかな感じじゃない。「ナナミ?」と呟いた七谷と共に、俺も後ろを振り返った。


「喰らえ!」


 そこには、バチチチチと火花を散らしているスタンガンを俺に向け、突進してくる角刈りのマッチョマンがいた。あ、あれ? これ、俺がやられるの? ヤバいぞ、これ!


「オトっちゃん!」


 カチリ。刹那、頭の中で音がした。ブレイン・バーストの発動だ。七谷は目を見開いて叫んだ状態でスローモー。体はまだ反応していない。さすがの七谷も、今から動いたところで俺を助けることは出来ないタイミングだ。徐々に、徐々にスタンガンは迫ってくる。うおお。これ、受けたら気絶するほど感電するんだよな? 痛いの、これ?
 普通ならば必中のところだが、幸い今回はいいタイミングでブレイン・バーストが発現した。角刈り野郎の動きは緩慢だ。俺の動きもスローだが、冷静に動ける分、ギリギリかわすことは可能だろう。狙いは俺の胸辺りか。体を捻ればよけられるか? いや、それだけじゃちょっと足りない。スタンガンは不完全ながらも命中する。そう判断した俺は、体を捻りつつ、敵の腕を目がけてチョップを放った。のろのろ、のろのろと俺の右手がスタンガンを持つ角刈りの腕へと進んでゆく。
 ほどなく、ドン、と鈍い感触が手に伝わった。チョップが当たった感触だ。スタンガンは軌道をそらされ、俺の半身になった胸を掠めて空を切った。
 よし、かわせた!
 にしても、なんなんだよこの野郎。白昼堂々、しかも校内でスタンガン使って襲ってくるとは。頭がイカれてんのか、そうじゃなくてもあんまり出来のよろしくない脳みそ積んでいそうなヤツだ。ここでブレイン・バーストは解除された。


「な! かわしただと!?」


 俺を通り越し、スタンガンを突き出したままに体を泳がせた角刈りが、驚愕の表情を浮かべている。老けた顔してんなぁ。こいつ、ホントに高校生?


「うそ! 今の、避けるの? すっごーい、オトっちゃん!」


 七谷が胸の前で手をパチパチと鳴らしている。おいおい、拍手しなくてもいいから、そいつにとどめを刺してくれよ、七谷。


「主将!」


 攻撃をかわされた角刈りは、そのまま俺と距離を取って身構えた。そこへ、小柄な角刈りが駆け寄る。似た雰囲気を持った二人だ。なんというか、今時の高校生とは思えない。この二人からは、一言で言って古めかしい印象を受ける。


「ふふ。さすがは”ナナミ”、ということか。ジュニアチャンプは伊達ではないらしいな」


 今俺に襲いかかってきたでかい方の角刈りが、にやりと口角を吊り上げた。てか。


「”ナナミ”……?」


 これ、絶対”菜々美”だろ。こいつの発音、なんとなく”名波”とかの名字っぽく聞こえるんですけど。これ、絶対に誤解してるよね! そう思い、俺は七谷をぎろりと睨んだ。





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