豆腐メンタル! 無敵さん
阿久戸志連宣戦布告⑩
――きらきらと夕日を弾く川の水面。堤防道路を走る、野球部の掛け声。つくしを採る親子の、楽しそうな、そして優しい笑い声。
そこに、俺が立っていた。川辺で、ぼーっと立っていた。買ったばかりのライトダウンは泥だらけで、ジーンズにはコンクリで擦った白い線が何本も入っている。顔は、ボコボコだ。殴られてボコボコだった。生まれて初めてした殴り合いのケンカは惨敗で、口の中はずっと血の味で満たされている。これが“敗北”の味なんだ。そう、思った。
そして。俺の横には長い黒髪を川風になびかせた一人の少女が、寄り添うように立っていた。
『いいじゃんかよ、負けたって。かっこよかったぜ、オトっちゃん』
そんな男前なセリフを残し、少女は手をひらひらと振りながら、振り返る事もせず俺の前から立ち去って行った。初対面なはずのその少女の背中に、俺は呟くように訊いていた。
『……なんで俺の名前を知ってんだよ、お前……?』
その少女は、見るからにヤンキーだった。ファッションセンスが崩壊しているんじゃないかとすら思わせる、アニマル柄に包まれた少女だった。化粧っ気のない顔は作りが良く、ちゃんとすればかなり可愛くなるのにな、なんて思っていた。それは、今の七谷から化粧を取り払った顔だった。
それは、中学の卒業式の翌日だった。俺の心がひび割れて荒んでいた時だった。寂しくて悲しくて、それでも助けてくれる人は誰もいない。そんな絶望的な思いに囚われて、抜け出せないでいる時だった。
そんな俺を、あの日のアニマル柄バージョン七谷が救ってくれた。だから、俺は今ここにいる。高校進学を諦めそうになっていた俺が、今、こうしてここにいる。わりと軽めなことも考えられるまでに元気になった俺が、七谷のおかげでここにいる――
「……ヤンキー、嫌い、なんだもんね? オトっちゃんは、さ……」
「えっ?」
七谷の声が、俺を過去から呼び戻した。気付けば、不安げな青い瞳を揺らめかせた七谷が、座り込んだままに俺を見上げている。
「そりゃそうでしょ。ヤンキーが好きなのはヤンキーだけさ」
阿久戸がにやにやと薄笑いを浮かべている。
「阿久戸……」
そうだな。その意見には賛成だ。やつらときたら、人の迷惑ってもんを全然全く考えないし、わがままだから。コンビニの入り口に座り込んでだべったり、狭い電車内で足を広げて座ってみたり。見た目からして周りを威圧しまくって、怖がられて喜んでいる頭のおかしい連中だ。普通、好きにはなり得ない。でも。
「まぁ、俺もヤンキーは嫌いだな」
「……だ、だよね。たははっ……」
目を伏せた七谷が眉をハの字にして困ったように笑った。
「でも、いいヤンキーなら話は別だ」
「え?」
くりっと。七谷が上目使いに俺を見上げた。
「特に。『いいじゃんかよ、負けたって』なんて男前なこというヤンキーで、おまけに芸能人なみに可愛いなら、俺は嫌いってまでには思わない、よう、な、気が」
「オトっちゃーん!」
「ぶわっ! おま、だ、抱きついてくんなよ、七谷っ!」
七谷がネコまっしぐらな勢いで突進してきたので、俺は受け止めるしかなくなった。
うわああああ! やわらか気持ちいい特に胸が当たってるとこヤバすぎ困る! いい香りが俺の鼻腔をダイレクトに刺激してくるし、後ろにはベッドとかあったりするし! ベッドには無敵さんが寝てるけど!
「思い出したんだ。思い出してくれたんだね、オトっちゃん! どうしよう、嬉しい! 菜々美、こんなに嬉しいってびっくりしてるっ!」
「な、七谷……」
正直、俺も嬉しかった。こいつ、つまりは俺の恩人なんだ。あの時は名前も教えてくれなかったから、もう会うことはないって思っていたのに。
でも、思い出してみたらまた疑問が湧き出した。
あの川べりで会った時、七谷ってすでに俺の名前を知っていたってことじゃない? じゃあ、もっと前にも会っていたってこと? それっていつ? そっちは全然思い出せない。あと、ヤンキーって馬鹿なのがデフォルトだろ? こいつ、どうやってこの高校に入ったの? もっと気になるのは、初日。こいつ、どんな感じだったんだ?
しかし、そんな喜びに浸っている時間は、そう長くは続かなかった。
ぱん、ぱん、ぱん。
「阿久戸」
阿久戸の乾いた拍手が、俺たちの気持ちを一気に下げたからだった。
「いやぁ、良かったねー、二人とも。感動の再会ってことなのかな? その辺、僕には知り得ないところだけれど。でも、そんなことはどうでもいいし、関係ないんだ」
「お前っ……」
七谷は、こいつの脅しに屈しなかった。さぞや臍を噛んでいるかと思いきや、まるで効いていないらしい。
そこに、俺が立っていた。川辺で、ぼーっと立っていた。買ったばかりのライトダウンは泥だらけで、ジーンズにはコンクリで擦った白い線が何本も入っている。顔は、ボコボコだ。殴られてボコボコだった。生まれて初めてした殴り合いのケンカは惨敗で、口の中はずっと血の味で満たされている。これが“敗北”の味なんだ。そう、思った。
そして。俺の横には長い黒髪を川風になびかせた一人の少女が、寄り添うように立っていた。
『いいじゃんかよ、負けたって。かっこよかったぜ、オトっちゃん』
そんな男前なセリフを残し、少女は手をひらひらと振りながら、振り返る事もせず俺の前から立ち去って行った。初対面なはずのその少女の背中に、俺は呟くように訊いていた。
『……なんで俺の名前を知ってんだよ、お前……?』
その少女は、見るからにヤンキーだった。ファッションセンスが崩壊しているんじゃないかとすら思わせる、アニマル柄に包まれた少女だった。化粧っ気のない顔は作りが良く、ちゃんとすればかなり可愛くなるのにな、なんて思っていた。それは、今の七谷から化粧を取り払った顔だった。
それは、中学の卒業式の翌日だった。俺の心がひび割れて荒んでいた時だった。寂しくて悲しくて、それでも助けてくれる人は誰もいない。そんな絶望的な思いに囚われて、抜け出せないでいる時だった。
そんな俺を、あの日のアニマル柄バージョン七谷が救ってくれた。だから、俺は今ここにいる。高校進学を諦めそうになっていた俺が、今、こうしてここにいる。わりと軽めなことも考えられるまでに元気になった俺が、七谷のおかげでここにいる――
「……ヤンキー、嫌い、なんだもんね? オトっちゃんは、さ……」
「えっ?」
七谷の声が、俺を過去から呼び戻した。気付けば、不安げな青い瞳を揺らめかせた七谷が、座り込んだままに俺を見上げている。
「そりゃそうでしょ。ヤンキーが好きなのはヤンキーだけさ」
阿久戸がにやにやと薄笑いを浮かべている。
「阿久戸……」
そうだな。その意見には賛成だ。やつらときたら、人の迷惑ってもんを全然全く考えないし、わがままだから。コンビニの入り口に座り込んでだべったり、狭い電車内で足を広げて座ってみたり。見た目からして周りを威圧しまくって、怖がられて喜んでいる頭のおかしい連中だ。普通、好きにはなり得ない。でも。
「まぁ、俺もヤンキーは嫌いだな」
「……だ、だよね。たははっ……」
目を伏せた七谷が眉をハの字にして困ったように笑った。
「でも、いいヤンキーなら話は別だ」
「え?」
くりっと。七谷が上目使いに俺を見上げた。
「特に。『いいじゃんかよ、負けたって』なんて男前なこというヤンキーで、おまけに芸能人なみに可愛いなら、俺は嫌いってまでには思わない、よう、な、気が」
「オトっちゃーん!」
「ぶわっ! おま、だ、抱きついてくんなよ、七谷っ!」
七谷がネコまっしぐらな勢いで突進してきたので、俺は受け止めるしかなくなった。
うわああああ! やわらか気持ちいい特に胸が当たってるとこヤバすぎ困る! いい香りが俺の鼻腔をダイレクトに刺激してくるし、後ろにはベッドとかあったりするし! ベッドには無敵さんが寝てるけど!
「思い出したんだ。思い出してくれたんだね、オトっちゃん! どうしよう、嬉しい! 菜々美、こんなに嬉しいってびっくりしてるっ!」
「な、七谷……」
正直、俺も嬉しかった。こいつ、つまりは俺の恩人なんだ。あの時は名前も教えてくれなかったから、もう会うことはないって思っていたのに。
でも、思い出してみたらまた疑問が湧き出した。
あの川べりで会った時、七谷ってすでに俺の名前を知っていたってことじゃない? じゃあ、もっと前にも会っていたってこと? それっていつ? そっちは全然思い出せない。あと、ヤンキーって馬鹿なのがデフォルトだろ? こいつ、どうやってこの高校に入ったの? もっと気になるのは、初日。こいつ、どんな感じだったんだ?
しかし、そんな喜びに浸っている時間は、そう長くは続かなかった。
ぱん、ぱん、ぱん。
「阿久戸」
阿久戸の乾いた拍手が、俺たちの気持ちを一気に下げたからだった。
「いやぁ、良かったねー、二人とも。感動の再会ってことなのかな? その辺、僕には知り得ないところだけれど。でも、そんなことはどうでもいいし、関係ないんだ」
「お前っ……」
七谷は、こいつの脅しに屈しなかった。さぞや臍を噛んでいるかと思いきや、まるで効いていないらしい。
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