豆腐メンタル! 無敵さん

仁野久洋

三日目七谷水難事件⑩

「はっ。調子に乗ってんじゃねぇぞ、ホズミ。みんなは何も”言えない“んじゃなく、”言わない“だけだ。お前に同情してるのさ。優しいんだよ、みんな」


 反号令派の刺客は、すぐに馬脚を現した。じっと黙って聞いていた、やたら胸板の厚い男子だ。シャツのボタンは二つめまで外されており、緩められたネクタイがだらしない。なんか荒木飛○彦のマンガとかに出てきそう。オラオラオラオラ言いそう。
 あらやだ。この人、ちょっと不良なのかしら? やだ、怖い。……なんちゃって。本当はちっとも怖くない。こんな高校に来ているようなヤツに、そうそう大したワルなどいないし。おお。こんなことを考えてしまうくらい、俺は余裕があるらしい。なので。


「それは優しいんじゃなくてバカなのさ。相手の力量も見極めていないうちから手加減か? それで負けても文句は言うなよ」


 めっちゃ挑発してやった。ヤベ。俺、勢いがついちまってる。参ったな。これでもう後戻りは出来ないぞ。ま、いいか。物事、最初が肝心だ。
 ここでこのクラスの全員をボッコボコに言い負かし、二度と俺に歯向かえないようにしてやるぜ!
 とか思ってた俺、やっぱり調子に乗ってたらしい。この胸板厚男むないたあつおくん、意外と厳しいところを突いてきた。


「ふん。お前こそ、相手の力量も計らずにバカ呼ばわりしてんじゃねぇか。そっちこそ、負けても文句は言わせねぇ」


 胸板厚男(以下胸板)は、ぺっと唾を吐いて立ちあがった。みんなが「ええっ?」って顔になり、胸板に白い目を向けた。
 うわぁ。教室にツバ吐くとかありえねぇ。なにそれ? かっこいいつもりなの? それともワルぶりたかったの? お前の持つ不良のイメージ、そんなんなの?


「じゃあ訊くが。そもそも、この号令に何の意味があるっていうんだ? これはどうしてもやらなくちゃならないものなのか? もしどうしてもと言うのであれば、俺に納得出来る根拠を示せ。それが出来なきゃ、今後絶対お前の号令には従わない。そのつもりで答えろよ」


 胸板は「ビシィッ!」と擬態語を発して俺を指差した。やっぱこいつ、そのうち絶対にオラオラ言うぞ。確信。とか思ってる場合じゃなかった。


「……はい?」


 それは根源的な問いだった。無邪気な子どもに「ちきゅうって、どうして回るの?」ってくらい難しい質問で不意打ちされるのに良く似ていた。


「あ、あー。そうね。そもそもね、そもそも。そうだよね。そりゃあ、そもそもどうしてこんなことしてんのかって知らなくちゃ、やる気だって出ないよね。
 そもそもねー、そもそも。『そもさん!』『せっぱ!』は、とんち合戦のときの掛け声だよね。そもそも、これもどうしてやるんだろうね? 『せっぱ!』はともかく、『そもさん』って誰だよって感じだよね」


 俺は激しく困っていた。どうしよう。全く全然知らないし分からない。おいおい、あんだけの啖呵切っといて、いきなり撃沈されるのかよ。二度と歯向かえないようにされるのって俺なのかよ。


『高校生活、スタート直後でもうオワタ』


 あんまりにも困ったんで、心の川柳詠んでみた。ワロス。


「……答えられないようだな、ホズミ?」


 胸板が、指をぽきぽき鳴らしてる(川柳)。て、胸板に指無いだろ。想像したらワロタ。それより、まずいぞ。こいつ、スタンドを出すんじゃないだろな? もし出されてもスタンド使いでない俺には見えないから、一方的にボコられること確実。とか考えると、現実にあったらこんなに怖いものって無いのかも。


「はわぁっ。ぜぜぜぜ、絶体絶命、ですっ」


 無敵さん、指をくわえてあわわわわ。描写川柳。by八月一日。うん。これは駄作だな。と、現実逃避をしている俺に。


「はぁ、くだらん。貴様、意外と使えんな。仕方がない。私が、少しだけ助けてやろう」
「え? く、黒野?」


 細くて白い中指で、眼鏡をくいっと押し上げた黒野の、救いの船が出帆した。黒船、現る。この後、胸板は、黒船からの集中砲火を浴びるのだった。砲弾? それはもちろん“毒舌”だ!


「そこをどいてください、留守先生」


 まず、黒野は教壇へつかつかと歩いて行った。そして、そこに立つ留守先生を、傍若無人に見下ろした。


「はい? く、黒野さん? 言葉遣いは丁寧でも、なんか、凄く高圧的なような」


 思わぬところで思わぬ人からの高飛車な干渉を受けた留守先生は、素直に従えるほど納得できないでいるようだ。めっちゃ困惑してるし。


「だから何なんですか? 態度と言葉遣いを一致させろと言われるようでしたら、すぐにでもそうしますが?」
「えっと。それって、ちなみに。どっちに一致させるのかしら?」


 さすがは国語教師である。“どっちに一致”とか、何気に韻を踏んでいる。わざとじゃなさそうだけど。


「態度の方に、です。留守先生がそこをどかない場合には、さらに実力行使が一致します」
「ごめんなさい。すぐどきます」


 黒野から迸る負、というか“腐”のオーラを敏感に感じ取ったのか、留守先生はささっと教壇から降りて窓際へと駆け去った。で、なんかハムスターみたいにぷるぷるしてる。
 おおおい、黒野。お前、教師を何だと思ってんだよ? なんでそんなに強気なの? バックに怖い団体でもついてんの? 俺、こいつの正体をつかむまでは慎重に対応しようと思いました。


「さて、貴様。名前は?」


 教壇に凛として佇む黒野は、胸板に名前を訊ねた。


「ほう。勝負の前には、名を訊くか。女にしては、戦いの作法を心得ているようだ」


 胸板は形容しがたいおかしなポーズを決めている。横目で黒野を睨みつける胸板は、もうどっか俺の知らない世界に入り込んでいるようだ。


「余計なことは言わんでいい。名乗らないのであれば、貴様は『胸板』と呼ぶことにする」
「あ、ちょ、ちょっとちょっと。そんな変な呼び方やめろよ。あだ名とかになったら困るだろ、俺が」


 胸板は焦っている。でも、変なポーズは解除しない。俺は黒野もこいつの胸板に注目していたことに妙なシンパシーを感じていた。それにしても、このクラスって、もしかしてこんなヤツばっかなのかな? アクが強くて疲れるぞ。普通のヤツってどこにいんの?


「俺の名は、宗像。宗像路澪むなかたろみおだッ!」


 宗像と名乗った胸板は「ババーンッ!」という擬態語を、またしても自分で叫んでいた。その様に、クラスの全員が白目をむいた。無敵さんとか、口元がひくひくしてる。


「結局胸板じゃないか」
「宗像だッ! ゴゴゴゴゴゴ」


 宗像は腕をクロスさせて鬼気迫る雰囲気を表現した。ゴゴゴゴゴゴとか言ったりして。


「むぅ。私は、こんなヤツ相手に論じねばならないのか……?」


 黒野は結構シリアスだった。巻き込まれてる巻き込まれてる。お前、宗像の勢いや演出に巻き込まれてんじゃねぇかよ!
 論戦における重要なポイントは、いかに相手を自分のペースに引きずり込むかだ。この状況だと、先取点は宗像だろう。宗像め。これ、狙ってやってんだったらかなり油断出来ないぞ。


「く、黒野さんっ……」


 手をぎゅっと組んだ無敵さんは、黒野を必死で見つめていた。





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