豆腐メンタル! 無敵さん
二日目欠席入浴中④
入学二日目。午前に二時間のオリエンテーションと、もう二時間を講堂での部活紹介に費やすだけとはいえ、これも一応授業の一環として位置付けるとしたならば、それらに参加せず、クラスメイトのお迎えに生徒が行くなど、どう考えてもおかしいだろう。
これって先生の仕事じゃね? どうして俺が行かされてんの?
留守先生は「だって。今、職員室に戻って連絡取ってみたんだけど、家の電話は誰も出てくれないし、携帯も電源が入っていないみたいなんだもんっ」とか言ってほっぺたぷくーって膨らましてくれてたけどさ。
それ、理由になってないから。「そうでしゅかー。それじゃあしょうがないよねー」なんて返事をした俺もどうかしてるけど。
とか思いつつ、俺は留守先生に渡された無敵さんちの住所メモを胸ポケットに収め、朝の街を制服姿でてくてくと歩いていた。
あくまでも断るという選択肢もあった。あったのだ。
しかし、「オリエンテーリングは、先生があとで個人的にしてあげる。部活紹介にも間に合わなかったら、先生が体験入部にも付き合ってあげるから」と留守先生の可愛い声でお願いされては、それも不可能だった。
耳に息を吹きかけてくるとか反則だろ。あれのせいで、「はい」って脊椎反射で返事しちまったんだから。留守先生は、見かけからは想像も出来ない《男の操作術》を持っていると考えた方がいいようだ。女って怖い。
それにしても、先生はまだオリエンテーションをオリエンテーリングとか言っている。先生との個人的なオリエンテーリングってなんですか? 先生の体のあちこちにチェックポイントがあるんですか? それらを全て踏破するんですか? スタンプ全部集めたら、どんなことになるんですかぁっ!
「ママー。あの人、なんか気持ち悪い顔してるー」
「しっ。見ちゃダメよ、まーくん」
などと妄想を膨らませていると、すれ違った親子連れに指差されていた。どうやら俺は、相当気持ち悪い顔をして歩いていたらしい。いや、気持ち悪いとか酷過ぎない? せめて「エッチな顔してるー」とかにしてくれませんか、クソガキが。
一気に現実へと引き戻された俺は、真面目に任務を遂行すべく、無敵さんち情報を思い出していた。望む望まないに関わらず、俺の中の無敵さんフォルダにはどんどん情報が蓄積されてゆくようだ。ああ、削除してぇ。
「ふーん。本町の、三丁目、か。なんだよ。俺んちの近くだな」
留守先生に追い出されるようにして教室を出る際、住所の書かれたメモを受け取ったのだが、「本町だから、分かるでしょ? 三丁目ね」とだけは口頭で知らされた。それは知っている住所だった。てか、俺はその本町に住んでいる。
俺はこの高校に通うに当たり、親元を離れて一人暮らしを始めている。今まであまり来たことのなかったこの街は、俺にとっては知らない場所しかないと言っていいくらいだ。
それなのに、あの厄介な無敵さんの住んでいるところが、たまたま俺んちの近くだって? 出来過ぎていやがる。もしもこれがラブコメなら、どう考えても俺があいつと恋に落ちるシチュエーションだろ、これ。いや、無いけど。絶対に無いけど。
それにしてもあいつ、なんで学校来なかったんだろ? もしかして、俺のせいかな? 昨日、思いっきり「死ね」とか言っちゃったもんな。あれはちょっとまずかった。さすがにちょっと言い過ぎた。別に迎えに行ったからって、無理に来てもらう気はないけれど、それだけは一応謝っておこうか。
つーか、部屋に行ったらもう死んでた、なんてことになってたらどうしよう? 遺書には「八月一日に死ねと言われたから死にます」とかあったりして。
そんなん発見したら、迷わず燃やすけどな。この年でそんな重い人生の十字架は"これ以上"背負えない。そう考えると、この役目は受けて正解だったのかも知れない。遺書さえ一緒に住んでる親御さんより先に発見出来ればオッケーだ。いぇーい☆ 俺って最低だぜー☆
「よし。無敵さんのお母さんとかが玄関のドアを開けてくれたら、靴はいたままでソッコー上がり込もう。すっごい心配して焦ってるフリすれば、多分そんなに怒られまい。くっくっく」
とかなんとか我ながら非道なことを考えつつ、まだ通い慣れていない通学ルートを歩いてゆく。時間はまだ九時半を少し回ったところだ。通勤通学のあわただしい時間帯ももう過ぎて、街は少し落ち着いているように思える。
学校から、歩いてだいたい十五分。本町というのは、この市に昔からある巨大な商店街全体を指している。ずらりと立ち並ぶ様々なお店は、八百屋だの酒屋だのの古くからあるものに混じって、やけにオシャレなコーヒーショップやベーカリー、古着屋なんかも軒を連ねている。
見上げれば、ビルの五階相当ほどの高さにガラス張りのアーケードがある。七夕になると、このアーケードから化け物みたいに巨大で派手な花飾りが何百個と吊るされる。日本三大七夕祭りに数えられるだけあって、その様は実に壮観。
で、あるらしい。
俺はここに来て日が浅いので、まだその祭りを見たことはないのだ。でも、もうすぐ見られるのかと思うと、ちょっとウキウキしたりもする。
そんな本町商店街の正面入り口。《本町商店街》のネオンサインが掲げられたばかでかいアーチをくぐり、人がまばらに歩いている商店街を進む。この時間だと、まだ開いていない店もある。見かける人は、たいていがおばちゃんだ。あ。ベビーカーを押しているきれいな女の人もいた。いや、それはどうでもいい。
「確か、この辺に交番があったよな」
商店街の活性化を目指した市は、数年前、この辺りを重点的に整備したと聞いている。その恩恵に与ったここの交番は、やけにきれいでかっこいい。カラー舗装を施された歩き心地のいい道を踏みしめ、交番のある方へ視線をぐるりと巡らせた時だった。
「待ってー、みーちゃーん」
良く通る子どもの声。女の子の声がした。
「小学生か」
俺の右側方、距離約十メートル。ひらひらとした可愛らしいドレスを着た少女が、オレンジ色のカラー舗装の施された歩道を、三毛ネコを追って走っていた。
「……なんだか危なっかしいな、あの子」
嫌な予感がした。俺の予感は、なぜだか嫌なことだけ良く当たる。
ブラウンに塗装された、歩道と車道を隔絶するガードレールは隙間だらけだ。デザインがいいのは認めるが、あれでは子どもならすり抜けたりも出来そうだ。太いパイプで出来ているので、車が歩道に乗り上げない為には有効だろう。しかし、その逆については問題がある。
そして、やはり予感は当たった。
「あ!」
ネコがガードレールをくぐり抜け、ついっと車道に飛び出した。
「危ない、みーちゃん!」
女の子はネコを追おうとしたが、ガードレールに阻まれた。商店街の、正面入り口前の大通りだ。交通量はかなりある。運悪く、みーちゃんなるにゃんこの方へと迫る車は、よりにもよってダンプカーだった。
「ヤバい!」
叫んだ瞬間、またしても頭でカチリと音がした。
来た。まただ。直後、俺の目に映る世界がスローになる。ほぼ静止した状態になっている。ちなみに、俺もほとんど動けない。体はちゃんと通常の時間軸の中にあり、加速しているのはあくまでも俺の意識だけだからだ。
うわぁ。やっちまった。こんな状態で《ブレイン・バースト》きちゃったよ、おい。
これって先生の仕事じゃね? どうして俺が行かされてんの?
留守先生は「だって。今、職員室に戻って連絡取ってみたんだけど、家の電話は誰も出てくれないし、携帯も電源が入っていないみたいなんだもんっ」とか言ってほっぺたぷくーって膨らましてくれてたけどさ。
それ、理由になってないから。「そうでしゅかー。それじゃあしょうがないよねー」なんて返事をした俺もどうかしてるけど。
とか思いつつ、俺は留守先生に渡された無敵さんちの住所メモを胸ポケットに収め、朝の街を制服姿でてくてくと歩いていた。
あくまでも断るという選択肢もあった。あったのだ。
しかし、「オリエンテーリングは、先生があとで個人的にしてあげる。部活紹介にも間に合わなかったら、先生が体験入部にも付き合ってあげるから」と留守先生の可愛い声でお願いされては、それも不可能だった。
耳に息を吹きかけてくるとか反則だろ。あれのせいで、「はい」って脊椎反射で返事しちまったんだから。留守先生は、見かけからは想像も出来ない《男の操作術》を持っていると考えた方がいいようだ。女って怖い。
それにしても、先生はまだオリエンテーションをオリエンテーリングとか言っている。先生との個人的なオリエンテーリングってなんですか? 先生の体のあちこちにチェックポイントがあるんですか? それらを全て踏破するんですか? スタンプ全部集めたら、どんなことになるんですかぁっ!
「ママー。あの人、なんか気持ち悪い顔してるー」
「しっ。見ちゃダメよ、まーくん」
などと妄想を膨らませていると、すれ違った親子連れに指差されていた。どうやら俺は、相当気持ち悪い顔をして歩いていたらしい。いや、気持ち悪いとか酷過ぎない? せめて「エッチな顔してるー」とかにしてくれませんか、クソガキが。
一気に現実へと引き戻された俺は、真面目に任務を遂行すべく、無敵さんち情報を思い出していた。望む望まないに関わらず、俺の中の無敵さんフォルダにはどんどん情報が蓄積されてゆくようだ。ああ、削除してぇ。
「ふーん。本町の、三丁目、か。なんだよ。俺んちの近くだな」
留守先生に追い出されるようにして教室を出る際、住所の書かれたメモを受け取ったのだが、「本町だから、分かるでしょ? 三丁目ね」とだけは口頭で知らされた。それは知っている住所だった。てか、俺はその本町に住んでいる。
俺はこの高校に通うに当たり、親元を離れて一人暮らしを始めている。今まであまり来たことのなかったこの街は、俺にとっては知らない場所しかないと言っていいくらいだ。
それなのに、あの厄介な無敵さんの住んでいるところが、たまたま俺んちの近くだって? 出来過ぎていやがる。もしもこれがラブコメなら、どう考えても俺があいつと恋に落ちるシチュエーションだろ、これ。いや、無いけど。絶対に無いけど。
それにしてもあいつ、なんで学校来なかったんだろ? もしかして、俺のせいかな? 昨日、思いっきり「死ね」とか言っちゃったもんな。あれはちょっとまずかった。さすがにちょっと言い過ぎた。別に迎えに行ったからって、無理に来てもらう気はないけれど、それだけは一応謝っておこうか。
つーか、部屋に行ったらもう死んでた、なんてことになってたらどうしよう? 遺書には「八月一日に死ねと言われたから死にます」とかあったりして。
そんなん発見したら、迷わず燃やすけどな。この年でそんな重い人生の十字架は"これ以上"背負えない。そう考えると、この役目は受けて正解だったのかも知れない。遺書さえ一緒に住んでる親御さんより先に発見出来ればオッケーだ。いぇーい☆ 俺って最低だぜー☆
「よし。無敵さんのお母さんとかが玄関のドアを開けてくれたら、靴はいたままでソッコー上がり込もう。すっごい心配して焦ってるフリすれば、多分そんなに怒られまい。くっくっく」
とかなんとか我ながら非道なことを考えつつ、まだ通い慣れていない通学ルートを歩いてゆく。時間はまだ九時半を少し回ったところだ。通勤通学のあわただしい時間帯ももう過ぎて、街は少し落ち着いているように思える。
学校から、歩いてだいたい十五分。本町というのは、この市に昔からある巨大な商店街全体を指している。ずらりと立ち並ぶ様々なお店は、八百屋だの酒屋だのの古くからあるものに混じって、やけにオシャレなコーヒーショップやベーカリー、古着屋なんかも軒を連ねている。
見上げれば、ビルの五階相当ほどの高さにガラス張りのアーケードがある。七夕になると、このアーケードから化け物みたいに巨大で派手な花飾りが何百個と吊るされる。日本三大七夕祭りに数えられるだけあって、その様は実に壮観。
で、あるらしい。
俺はここに来て日が浅いので、まだその祭りを見たことはないのだ。でも、もうすぐ見られるのかと思うと、ちょっとウキウキしたりもする。
そんな本町商店街の正面入り口。《本町商店街》のネオンサインが掲げられたばかでかいアーチをくぐり、人がまばらに歩いている商店街を進む。この時間だと、まだ開いていない店もある。見かける人は、たいていがおばちゃんだ。あ。ベビーカーを押しているきれいな女の人もいた。いや、それはどうでもいい。
「確か、この辺に交番があったよな」
商店街の活性化を目指した市は、数年前、この辺りを重点的に整備したと聞いている。その恩恵に与ったここの交番は、やけにきれいでかっこいい。カラー舗装を施された歩き心地のいい道を踏みしめ、交番のある方へ視線をぐるりと巡らせた時だった。
「待ってー、みーちゃーん」
良く通る子どもの声。女の子の声がした。
「小学生か」
俺の右側方、距離約十メートル。ひらひらとした可愛らしいドレスを着た少女が、オレンジ色のカラー舗装の施された歩道を、三毛ネコを追って走っていた。
「……なんだか危なっかしいな、あの子」
嫌な予感がした。俺の予感は、なぜだか嫌なことだけ良く当たる。
ブラウンに塗装された、歩道と車道を隔絶するガードレールは隙間だらけだ。デザインがいいのは認めるが、あれでは子どもならすり抜けたりも出来そうだ。太いパイプで出来ているので、車が歩道に乗り上げない為には有効だろう。しかし、その逆については問題がある。
そして、やはり予感は当たった。
「あ!」
ネコがガードレールをくぐり抜け、ついっと車道に飛び出した。
「危ない、みーちゃん!」
女の子はネコを追おうとしたが、ガードレールに阻まれた。商店街の、正面入り口前の大通りだ。交通量はかなりある。運悪く、みーちゃんなるにゃんこの方へと迫る車は、よりにもよってダンプカーだった。
「ヤバい!」
叫んだ瞬間、またしても頭でカチリと音がした。
来た。まただ。直後、俺の目に映る世界がスローになる。ほぼ静止した状態になっている。ちなみに、俺もほとんど動けない。体はちゃんと通常の時間軸の中にあり、加速しているのはあくまでも俺の意識だけだからだ。
うわぁ。やっちまった。こんな状態で《ブレイン・バースト》きちゃったよ、おい。
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