豆腐メンタル! 無敵さん

仁野久洋

八月一日留守無敵⑤

「――、くそっ!」


 直後、俺は席を立って駆け出していた。《タキサイキア現象モドキ》は、もう解除されている。ちなみにこの現象、俺の中では《ブレイン・バースト》と呼んでいる。大好きなラノベからのモロパクリなんだけど。いいじゃん。ほぼそのまんまの現象なんだから。
 本当は俺も「バースト・リンク!」とか叫んでから使いたい。その方がかっこいいし、この厨二感はたまらない。でも「ヤバい」と思ったら勝手になるから、叫ぶ暇もないのが残念だ。


 無敵さんは、まだ教室出口のスライドドアに手を伸ばしているところだ。ドアを開け、廊下に出るには速度が落ちる。廊下に出てしまわれては、スピードに乗せてしまい、捕まえるのが面倒になる。


「決断のタイミングとしては最高だ。が……」


 無敵さんは地味な容姿を裏切る素早さでドアを開くと、ほぼ完璧と思える身のこなしで廊下に躍り出た。
 はええ! なんだあの動きは! なんか特殊な訓練とか受けてんじゃねぇのか、あいつ!?
 しかし、俺ももう追い出している以上、これで諦めるわけにはいかない。
 クラスのみんなもようやくまともに動き出した。「お願い、ホズミくん!」なんて、留守先生からのアニメ声も背に受けた。うおお、めっちゃ燃える。てか萌える。
 廊下に出ると、無敵さんの小さな背中はさらに小さくなっていた。もう結構引き離されている。新品うわばきのゴムが廊下に食いつき、キュキュキュキュキュと鳴っている。


「待っててね、ライオンさんっ。今、おいしいお肉がいくからねっ」


 猛ダッシュをしかけると、無敵さんの大きなひとり言が廊下に響いた。それを聞いて俺の足が滑る。
 あぶねぇ! ずっこけるとこだった! あの子、いろんな意味でアブねぇ!
 今日の為に春休みの間、磨きあげられていたのであろう廊下を、気を取り直して走り出す。その間にも、無敵さんとの距離は広がっていた。
 ちょっと待て。俺、100mの自己ベスト、11秒フラットなんだが。なんで引き離されてんの? あいつ、もしかして女子の日本記録が出せるんじゃねぇか? うわばきで走ってんのはあっちも同じはずなんだし。何者なんだ、あいつ!? とか思って一瞬あせったが、少ししたら差は縮まりだしていた。
 ほ。そういえば俺、後半にスピードが乗るタイプなんだよな。このままなら追いつけそうだ。しかし、追いついてどうする? 肩を掴む? それで止まるか? じゃあ、後ろから抱きつくか? 一応俺も男だし、それはちょっとまずいだろ。
 第一。
 力づくで引き止めるなんて、俺の趣味じゃないぜ!
 後ろから、クラスのみんなの声援が追いかけてきた。今日初めて会ったヤツばかりだってのに、もう団結してやがる。
 窓から差し込む光と窓枠の影が交互になった廊下を走る。駆ける。駆け抜ける。廊下には、俺と無敵さんのリズミカルな足音だけが木霊している。


「ふ。任せろ」


 呟くように、俺はみんなの声援へと返事をした。知らず口角が吊り上がる。
 一言だ。一言で、俺は無敵さんの足を止める。


「無敵さん。俺は、すでにお前を見切っている!」


 俺は前を行く無敵さんの背を睨んだ。
 ターゲットはロックオンした。あとは発射するだけだ。破壊力抜群の、言弾ことだまってやつをな! うわ。我ながら厨二っぽい。


 俺は大きく息を吸い込み、


「ライオンは、お前なんか食わねぇぞーっ!」


 廊下の窓ガラスがビリビリと震えるほどの声量で、そう怒鳴った。







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