最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第51話 敗者

 園田は思い出して振り返る。
 目の前の自分より、可愛くて愛想のいいクラスメイトに。ナイフを突き刺しながら。
 きっとこれは傍から見れば、無残で残虐的な行為。
 感情に身を任せて、ただ今までの鬱憤を晴らしているだけ。
 それでも、許せなかった。園田の頭の中は、赤崎達が行ってきた様々な事。
 その、罪を償わせる為に。今度こそ、自分が動かなければならないと。


 一人で図書室で勉強している時。思えば、これが始まりだった。
 元々、存在感がないのと放課後の図書室。
 誰にも気付かれず、見つけられる事もない。
 鍵を閉められる時間ギリギリまでいつも勉強していた。

 ――親からは、とにかく自分は勉強しろと言われ続けてきた。

 容姿に劣った女は世間から疎まれる。
 優れていない時点で、もうそこでスタートから遅れている。
 優れている者と比較すると残酷過ぎる。
 その事実を幼い頃から、教え込まれて園田はそう信じてきた。

 だから、大人になって苦労しない為に。そして、この残酷な事実を覆す為に。

「ねぇねぇ、見たあいつの顔?」

 すると、後ろから明るい声が聞こえてくる。
 いや、園田はうるさいと思っているだけだが。
 教科書を閉じて、片付けを始める。幸いにも、図書室の後ろの方だったたから気付かれてはいない。
 帰りたい。見つかったらきっとまた絡まれる。

 園田は、静寂が当たり前のこの空間で。笑い声を発する同じクラスメイトを軽蔑していた。

 そして、そのクラスメイト達はさらに。

「いやさぁ、あいつキモかったよね……」

「う、うん! 私もそう思った!」

「感謝してよ! 私が動かなかったら、ここまで楽しめなかったしね! あはははは」

 話しているのは赤崎を筆頭に。いつも仲がいい三人組。

 髪を染めて口の悪い不良の神木恵里菜(かみきえりな)。
 ボブカットの大人しいが、要領の良い南雲凛華(なぐもりんか)。

 三人共、容姿に優れて、それぞれの個々の能力も高かった。
 所謂、勝ち組。スクールカーストという狭い空間内での序列はもちろん。
 きっと、社会に出てからもチヤホヤされる人材だろう。
 園田は足を止めて、本棚にもたれかかる。

 この世界ははっきりしている。みんな、口に出さなくてもこれは真理。

「でも、普通はあそこまでしねーよ! たく、バレたらどうすんだよ?」

 神木が机に座り足を組む。目付きを鋭くしながら赤崎に問いかける。
 ただ、赤崎は口元を緩めながら。

「大丈夫よ、だって私は可愛いもん」

「……なーに自分で言ってんだよ?」

「でも、友愛ちゃんの言いたい事は分かるかも! 私達って結構チヤホヤされるじゃない? ほら、【可愛いは正義】っていう奴?」

 赤崎は自分に指を差しながら。二人にはっきりこう言い放つ。
 神木は、細目で少し引き気味に聞いていたが、南雲はすぐに理解した。

 自分達は他の女より一歩前の状態にいる。
 それは結果として。複数の異性から告白され、困った時に手伝って貰える。
 多少の無茶は通るし、そういう風に世の中は出来ている。

 生まれた時から。その運命は決まっていたのかもしれない。

「そうそう、凛華はよく分かってるね! 沼田がもう少しイケメンだったら、こんな事にならなかったのかもね」

「相変わらずゲスイなぁ……まぁ、これでうちらの軍資金が手に入ったし、遊べるねぇ!」

「沼田を生贄にして葉月ちゃんや風間君のご機嫌とれば、こんなに貰えるんだ! やっぱ、楽勝だね!」

 それを聞いて沼田の身に何が起こったのか察する。
 聞けば聞く程に。耳を塞ぎたくなる内容だった。
 濡れ衣をきせられ、挙句の果てに暴力。
 いつも、授業が終わったら。クラスから出ていた園田はこの出来事を知らなかった。

 あの空間に一秒でも速く抜け出したかったから。何故なら、園田はこの出来事以外も知っていた。

 担任と晴木の不貞の行為。これを知ったのは、職員室に用があった時。
 これも放課後だった。たまたま、扉越しから聞こえてきた甘い声。
 園田は目撃したその光景に口を思わず両手で塞ぐ。

 生徒と教師が乱れている。それも、職員室で。周りに他の先生がいない。だけど、それでもあんな場所で。
 足音を立てずに。園田は、とんでもないものを見てしまった。
 後悔と疑念だけが園田を支配していた。

 それからというものの。少しずつこのクラスの闇を知っていった。

 元々、存在感がないのと。分析力と調査する力はあった。
 いや、というよりも。まるで、【自分はこのクラスにいない者】として扱われていたのか。
 休み中、自分が座っている席の近くで。そのような情報が筒抜けであった。

 そして、園田はすぐ近くにいる【犯罪者】を見逃してしまう。
 本棚の向こうで三人は、人を陥れて得た金で楽しもうとしている。
 苦労もせず、楽をしているのに。汚い、最悪の行為をしたのに。
 誰も何も言わず止めない。

 何より、自分はこのクラスの現状を一番影で見ていたのに。

 行動が出来なかった。止められなかった。こんな自分が動いても何も変えられない。
 また、見逃してしまった。園田は握っている情報を誰にも伝える事はなかった。
 臆病者だ。自分にあるのは、ただ書かれている文字を覚えて、詰め込んだ知識だけ。

 空っぽ。空虚。夕暮れの図書室で園田は下を俯くだけだった。


「おい! やめろ……よ」

「やめる? どうして?」

 だけど、あの日以来。反撃の時をずっと待っていた。
 今まで好き勝手やってきた奴に報復する。
 ナイフを突きつけながら園田の瞳は真剣だった。眼鏡越しで沼田の焦った表情を見ながら。
 喚き声を上げる赤崎を構う事もない。ただ、視線を沼田だけに留めている。

 納得が出来ない。確かに、自分は行動するのが一歩遅れた。もっと早く行動しておけば、こんな事にはならなかった。
 誰も、傷つかず穏便に物事が運んでいたのかもしれない。全て、結果論の妄想。
 かもしれないが、園田はそれでも信じたかった。

 いつか、自分達が【持っていない側】の人間が輝ける日を。

 園田は、やっとそのチャンスが到来したと。内心喜びながら、赤崎に突き刺すナイフの力が強くなっていく。

「沼田君? こいつが何をやったか忘れたの?」

「……忘れるわけねえだろ」

「濡れ衣を着せられて、クラス中から暴行されて、裏切られて……酷い事をしているのに、得をしているのよ? こんな事が許されるの?」

「あぁ、そうだよなぁ! お前の言う通りだ、こんなの許せるわけねえだろ! ぶっ殺してえよ……今すぐにでも!」

 声を震わせながら。沼田は赤崎の方を見る。散々、辛い想いを体験させられてきたのに。
 まだ、心の奥底に赤崎の事を可哀想だと思ってしまう自分がいる。
 沼田は、何も迷わずに行動に移せる。そんな、園田に感心していた。

 今まで。負け続けてきた。親からも、妹からも。親戚にも【駄目な奴】と思われていた。
 認めてくれて、褒めてくれる人などいない。心を休める場所がなかった。
 だから、いつか見返そうとして頑張り続けてきた。ある意味、園田と沼田は似た存在なのかもしれない。

 勝つ人間というのは決まっている。沼田は、それが自分じゃないと自覚していた。
 だからこそ、この世界に来たのは逆にチャンスだと。そう、思い込んでいた。

「けど、俺は勝っちゃなんて思っていない、俺は後ろの奴らみたいに強大な力を持っている訳でもないしな」

 沼田が言う後ろの奴ら。決着がついた優と楓達の戦い。
 あんな風に、割り切ることも出来ないし、救いたいとも思えない。
 中途半端だ。それを知りながらも、沼田は園田の方を見る。

「たまたま、俺の考えた粗だらけの作戦が当たっただけだ! 結果的に、たくさんの人が死んだ」

「……でも、沼田君の作戦がなければここまで来れなかった」

「そうかもな、けど、白土や笹森との合流が無ければ俺達は死んでいただろうな、はは……くそ!」

 ぶつける所がない怒りを。沼田は、地面に拳を叩きつける事で解消する。
 たまたま。本当に偶然が重なり、境地から抜け出す事が出来た。
 力不足。沼田はそれを痛感しながら、ハルト達の事を思い出した。

「俺に今やるべき事は、こいつから少しでも情報を引き出す事だ! 感情に身を任せたら……あいつらが報われないだろう」

「……そう、それがあなたの答えなのね」

「いや、だけどお前の考えも分かる」

 すると、沼田は赤崎に近付く。しゃがみ込んで、沼田は話しかける。

「なぁ、散々お前は俺に色々とやってきたよな? んで、今はこの様か?」

「ゆ、ゆるして?」

「……は?」

「今思うと、わ、私も悪かったかなって? た、助けてくれたら、こ、今度こそ……本当に」

 その瞬間。沼田は赤崎の首を掴む。後ろの大木に押し付ける。

「そんな事言ってんじゃねえよ! 俺達はここまで、生死を争って来ただろう! それが、今頃になって許してくださいだと!?」

「う、うぐ、だ、だって」

「俺が知りたいのは、他のクラスの奴らの現状だ! 恐らくだが、次に命を狙われるとしたら残ってるクラスの奴らが濃厚だからな」

 沼田は、赤崎の知っている情報を全て引き出そうとしている。
 力はないが、相手のエンド能力などを知ることが出来れば。
 対抗手段は幾らでもある。そもそも、赤崎のこの状態。
 再生能力? それとも別の方法で肉体を繋ぎ合わせたのか。

 この、赤崎の怯えよう。きっと、何かあるに違いない。
 それも含めて、尋問を開始しようとした時だった。

 ――――僅かの違和感。これが、誰かによって操られている。

 沼田はすぐに赤崎から離れて、距離を取る。
 咄嗟の回避の為か。顔から滑り込んでしまい、口元などが泥だらけになってしまう。
 ただ、それ以上に。

「は、はぁ……ち! また、追っ手かよ」

「……最悪、だね」

 即死。赤崎は腹部を貫かれ、瞳を見開けながら大木にもたれながら動かなくなる。
 沼田はすぐに状況を理解して周りを見渡す。
 この霧の中。的確に赤崎の腹部に命中を定められる精度。
 よく見ると、大木も貫通して剣が突き刺さっている。

 そして、今度は自分達を殺す為に現れた人物。

「はっは! 見つけたぜ? この、糞野郎ども」

 黒髪を揺らし、その美形をこちらに見せつけながら。
 沼田と園田その人物の登場に驚いていた。

「く、黒川ぁ!?」

「そ、そんな……どうして?」

「人の女をよくもこんな状態にしてくれたな? まぁ、治したのも殺したのも俺だけどな! さて、お前らはどんな風に殺されたいか?」

 黒川哲治。彼は、自慢の黒剣を鞘から取り出して、沼田達に突きつけた。
 彼にとって、既に赤崎の事などどうでもよかった。
 死体に気に留める事もなく、黒川は沼田達に向かって行った。

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