最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第46話 逆転の兆し

 御門と白土が楓と戦っている時。
 沼田達は薄暗い地下水路を歩いていた。
 前方にハルト、中列に沼田と園田。そして、後ろに一部の奴隷達が付いて来ていた。

「全員は無理だ、一部の使える奴だけが連れて行く」

 これが沼田の下した決断。園田は黙って頷いていた。
 本当なら全員を救いたいと思っていた。
 だけど、奴隷の中には両足を失っている者。
 精神状態が崩壊している者。とにかく、正常を保っていられるのが逆に異常なぐらいだった。

 苦情の選択だった。高校生の沼田にとって。辛い選択だっただろう。
 しかし、前方を率先して歩く元騎士団のハルトはそんな沼田を褒め称えている。

「気を落とすな、若造! お前は俺より年齢が下なのにしっかりとしてるな」

 足を止める事はない。しかし、沼田は思い詰める。
 本当にこれでよかったのか。自分の決断で残った奴隷達は死ぬ可能性が高い。
 救えるはずの命かもしれないのに。ハルトは楽観的に渋い笑い声を発している。

 だが、拳に力を込めながら。沼田はハルトに突っかかる。

「しっかりしてるだと? 牢獄に入れられた奴がしっかりしてる訳ないだろ」

「なーに怒っているんだよ! お前の判断は正しかった、地下水路を見つけた時からその洞察力にも驚いている」

 実際の所。地下水路には人気が全くなかった。現在の人数は30人近くいる。これだけの人を束ねながら見つからずに行くのは至難。
 それを可能にした沼田の采配をハルトは非常に買っていた。
 だが、当の本人は不満だった。

「俺の作戦だって、たまたま当たっただけでどうなっていたか分からない、周りに敵がその時点で破綻だ」

「その時は俺が何とかしてやるって言っただろ! 安心しろ、俺だって目的の為にまだ生きなきゃいけないからな」

 目的と聞いて沼田は渋い表情となる。
 先程から園田は無言を貫いているし、自分が反応しなければいけない。
 下手に攻撃的になったら。この男は何をするか分からない。
 警戒心を抱きながら、沼田は彼の【目的】というのを聞いてみる事にした。

 これでこのハルトという男を信用する一つの材料になる。

「アンタのその目的は何なんだ?」

「お、興味あるのか?」

「まぁ、お互いの事を知る必要はあるからな」

「そうだな、俺の目的は一言で言えば【家族】だな」

 家族。どうせ、沼田の頭の中には【金】や【力を取り戻す】とかそういう自分勝手なものだと。
 そう、思っていたのにハルトの表情は柔らかい。
 ここまでクラスメイトの醜悪を見てきた沼田にとって。人の為に何かを投げ出す人物など信じられなかった。
 結局は最終的に自分が一番可愛い。自分の欲望の為に生きるのが人間。

 沼田はそれを若いながら痛い程に分かりきっていた。
 特に金と色恋にはもうこりごりだと。沼田は強く感じている。

 ハルトは語る。

「照れくさいんだが、小さな街に住んでいる妻と娘がいるんだけどな! まぁ……俺がこんな様だから会えない状況なんだよ」

「……分かんねえな、あんたはどうしてこれだけの力を持っててこんな場所にいる? 本来、有り得ない話だろ」

 沼田は松明を照らしながら。足場に気を付けながら歩く。
 しかし、その何気ない沼田の質問に。ハルトは少し間を開けた後に話す。

「力を持っていようと【上官】に逆らえばこうなる、覚えておけ? お前らもここを抜け出して貴族や憲兵になろう者なら、絶対に上官には逆らわない事だ」

「……その奥さんと娘はどうするんだよ」

「俺がいなくてもあいつらは上手くやっていると思う、幸いにも騎士団の時代に貯めていたメル【金】はある……それに俺は、家族よりも【部隊の立場】を優先したからな……本当に、俺に家族に会う資格があるかって思う時があるんだよ」

 部隊の立場。それよりも所謂【仕事】を優先させたのだろう。
 彼は騎士団だと言っていた。憲兵団は腐っていた。地下牢に来た憲兵の話を聞いていれば分かる。
 反吐が出るぐらいに。汚い会話の内容だった。
 他の組織、騎士団も冒険者もろくでもない集まりだと沼田は思っていた。

 ただ、それは本や自分だけの知識に留まっていた妄想。
 沼田は前を向きながら。

「そうか、とりあえずは安心した」

「どういう意味だ?」

「いや、これであんたが【金】とか自己本位の目的の為だったら、俺はあんたに【作戦の本質】を教えられなかった……そんな奴信用出来るはずがないからな」

「はっは! そりゃ、嬉しいな、つうかお前本当に若造か?」

 作戦の本質と聞いてハルトは感心する。園田は表情を変えずただ沼田の言葉を聞くだけ。
 地下水路から脱出するのはまだ前座。沼田には先の事が見えていた。
 ハルトの人間性と目的の素直さ。それを信じて沼田はデンノットを懐から取り出す。

「解析【サーチ】」

 沼田は微弱なエンドを本来は通信用の道具のデンノットに流し込む。
 これは、沼田のエンド能力。物体の性質や素材を調べられる能力。
 さらには、【隠された特性】も知ることが出来るという能力。
 利便性は高いが、沼田のエンド量と戦闘能力は皆無。その為に、沼田はここに連れてこられた訳だが。

「この丸い球体は、【燃やすと強い光を発する】……俺の頭の中にメッセージとして伝わってくるんだ」

「ま、マジか! デンノットにそんな効果があったのか」

 現代風に言うとスタングレネードのように。こちらのように便利ではない。
 ただ、ハルトが知らなかったように。この性質を知っている者は、ほぼいないと踏んだ沼田。
 強くこれを握り締めながら沼田は力強く発言する。

「まず、これを使いながら相手の視界を奪いながら、門を目指していく!」

「なるほどな、ただ、それだと俺達も視界が奪われて進めなくなる……そこはどうするんだ?」

「あぁ、それは園田の能力で何とかする!」

 園田は足を止めて反応する。集中力を高めて先を見据える。
 そして、指を差しながら静かに何があるのかを口に出す。

「……もうすぐ、階段と扉が見える、あの暗闇の向こうに」

「おおん!? あの暗闇の向こうが見えるのか!? どうなってんだ?」

「こいつの能力は、視力強化【レーシング】何て言う、俺と同じく珍しくて戦闘にはあまり使えねぇ」

 園田はしばらくすると足を進める。視力が強化され、数メートル先も見える。
 さらに暗闇や強烈な光の中でも対応出来る。ただ、多大な集中力と冷静を保たないといけない。
 先程、立ち止まったのはその影響。

 沼田は全ての力を把握して、脱出しようとする。
 ただし、ここから沼田は後ろの奴隷達に聞こえないように。
 細々と園田とハルトに伝える。

「基本的に、集めたデンノットを俺が投げて相手の視界を奪う、園田が道のりを指示する、どうしても戦闘が必要な時はハルトさん! あんたに頼む」

「その点は任せておけ! ただ、それでもどうしようもない時はどうする?」

「……怒らないで聞いてくれ、その場合、あの奴隷達を生贄にする」

 本当ならこんな事したくない。人の命を奪う事など。まだ、高校生の沼田にとって選択が出来ない。
 ましてや、自分達の脱走の為に。沼田は、言っておきたかった。このまま黙っていても作戦に支障がきたす。
 さらに、罪悪感で押し潰されてしまうからだ。
 自分の卑劣さに嘆きながら。沼田はハルトにどんな言葉をかけられようと。殴られようと覚悟していた。

「……そうか、分かった」

「お、怒らないのか? 俺の言ってる事は最低で卑劣なんだぞ!」

 拍子抜けだった。ここで、殴られた方が数倍楽だっただろう。
 ハルトは急に声を低くして。沼田を責める事は一切なかった。
 ただ、対照的に沼田はそんなハルトの態度に異議を申し立てる。

 ただ、取り乱す沼田に対して。ハルトは、振り返らずに話しかける。

「お前の作戦を聞いた時、何か裏はあると思っていた、覚悟は出来ている」

「あくまでこれは最終手段だ! あの奴隷達を無駄に死なせる訳には……」

「いや、それは気にする必要はないだろう」

 ハルトの意味深な発言。沼田は何を言っているのか。
 混乱しながら、その真意を確認する為に後ろを振り返る。

 目の死んでいる者が多い。これから助かるかもしれないというのに。希望も感じられない。
 いや、あれだけ劣悪な環境に長くいたのだから当然か。
 それでも、これは異様だ。沼田は、松明を入れ替えてハルトの背中を見る。

「分かったか? 俺には待っている家族がいるが、あいつらは生まれた時から、奴隷として売られた奴が多い」

「何が言いたいのか、俺には、わ、分かんねえよ」

「いや、お前には分かるはずだ、見た感じ頭が切れるからな」

「……あぁ、あの人達には【待っている人】も【生きている目的】もない空っぽな奴らだって言いたいんだろ?」

 察しの良い沼田は感じてしまう。
 境遇を自分と重ねて。こう言うのが同族嫌悪なのか。自分と似ているからこそ嫌なのか。
 生きている目的は出来た。ただ、ハルトのように自分の事を大切に思う存在などいない。
 足取りが急に重くなる。これからやろうとしてる事は果たして正解なのか。

「そうだ、だが、お前のこの勇気ある決断があいつらに【生きる目的】を与えてくれた」

「糞みたいな、目的だけどな」

「どんな理由だろうと、人間って奴は【誰かに期待された時】とか【守るべき奴がいる時】は一番に力を発揮するって俺は思ってんだ」

「水を差すようで悪いが、それは実力が均等している時や戦力が拮抗している時だ! 最終的に決めるのは、戦術や戦略、後は……そうだな、運とでも言っとくか?」

「なるほど、けどその二つが合わさったら最強かもな! はっははは!」

 この男は何処まで真剣なのか。
 沼田は情緒の変化に戸惑う。ただ、こういう時だからこそ取り乱していない。
 どんな状況だろうと、普段通りでいられるのが強みなのか。

「……着いた」

 すると、園田がボソッと伝える。
 そこにあったのは長く続く階段。そして、奥に見えるのが外に出られる鉄の扉。
 幸いにも鍵穴はなく、誰でも侵入出来る作りなのか。
 これなら、荒業を行使しなくても扉を開けられる。

 遂に到着した夢と絶望が詰まっている目的地。
 沼田はデンノットを持ち直し、ハルトに無言で合図をかわす。
 園田は二人に指示されるままにここまで付いて来た。
 正直、何を考えているか分からない。不気味だが、ここで詮索しても時間の無駄。

「デンノットを使う時は、片手を上げる、それでこの松明の火で点火させる」

「おし、後は嬢ちゃんが案内してくれ」

「……了解」

「付いて来た奴隷達も、不服だと思うが指示に従ってくれ! いいか、全員絶対に生き残るぞ!」

 返事は返ってこない。だが、沼田は突き進む。続くようにハルトと園田も歩き出す。
 階段を進みながら、やっと外の光を見れると。何日ぶりなのだろう。
 そう思うと自然と涙が溢れてくる。ただ、これでは終わらない。
 鉄の扉の前に着く。そして、ハルトは強靭な肉体でその扉を開ける。

「眩しい、あぁ、俺は戻って来たんだな」

 地下牢からの脱出の第一歩。沼田は、開いた扉の先で少しの間。感傷に浸っていた。
 だが、すぐにラグナロの様子が可笑しいことに気が付く。
 負傷者が這いずり回っている。破壊された民家が目立つ。

「おいおい、随分と派手に暴れているじゃねえか」

 遅れてハルトは沼田の肩を軽く叩く。
 そして、目が覚めてすぐに作戦を実行にうつす。
 西門までの距離は幸いにもそんなにない。
 これなら、奴隷達を生贄にしなくてもラグナロから脱出が出来る。

 沼田がそう決心した時だった。

「ねぇ、あそこにいるのって」

 園田が指差した方向。いつもよりも、声に感情が籠っている。
 沼田は違ったその雰囲気に。気持ち悪さを感じて、その方向を見つめる。

「な、なぁ……あれは白土か!?」

 そこには、血だらけになって片腕を抑えている白土の姿があった。
 すぐに駆け寄ってその体を支える園田。

「まずいな、この嬢ちゃんこのままだと」

「ちぃ! すぐに手当てしねーと、けど、薬どころか回復魔術も使えねえぞ!」

「……に、逃げて」

 掠れた声で白土は胸を抑えながら。三人に向かって静かな声で訴える。
 今すぐにでも逃げたい。正直、今は敵もいなくて絶好のチャンス。
 それなのに、沼田は目の前で苦しんでいる白土を見ると。

「言われなくても逃げるさ! けど、目の前でクラスメイトがこんな姿になってんのにほっとけるか!」

「よく言った! 分かんねーけど、嬢ちゃんはお前の仲間なんだろ? だったら、救う方が先だ」

 白土結奈。面識も関わりもあまりなかったが、悪い人物ではない事は分かる。
 ただ、ここではまともな治療は出来ない。

 どうするかと。沼田が悩んでいたその時。

「おっと、楽しそうな事してんな! 俺も混ぜてくれないかな?」

 聞き覚えのある声。沼田は高い位置から聞こえるそれに反応する。
 見上げるとそこには、黄金に輝く剣に突き刺さっているクラスメイト。
 御門令奈の姿があった。かろうじて生きている。だが、いつ死んでもおかしくない。

 平然としている勇者、風間晴木は乱暴に剣から御門の体を引き抜く。
 そして、片手でそれを沼田達の方向に投げ飛ばす。

 ガッシリと。ハルトは咄嗟に反応してその御門の体を受け止める。

 全身が赤くなろうとハルトは気にしない。同時に、怒りで瞳を燃やしていた。

 そして、さらに。

「あっはははは! あっれ? これって同窓会? 結構出席率いいじゃん!」

 後ろから、多数の憲兵団と真っ赤に染まった顔だった為。一瞬、誰だか分からなかった。
 だが、口調と声の質で園田と沼田はそれが誰なのか察する。

「はは、な、夏目まで来たのかよ! こりゃ、命乞いをした方がマシなレベルになったな、おい」

 ほぼ全員がこの場所に集結する。戦況はさらに混沌としてきた。

 ただ、沼田には諦めるという言葉はまだ頭の中にはなかった。

 最弱の部隊と。最強の部隊がぶつかり合う瞬間だった。

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