最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第39話 奴隷

 出水達が繭に向かって。優が少女を救った時。

 葉月と霧川の死体を回収した後。
 御門はマルセールを抜けてラグナロへと帰還していた。
 本来は馬で戻ろうと試みた。だが、街の状況と急を要するため。
 デンノットを使ってラグナロの自分のお世話係のメイドに。
 転移魔術で自分を戻して欲しいと。連絡し、現在は屋敷にいる。
 ここはシードが使っている拠点の城とは違って。御門の為に専用に用意された建物である。

 憲兵としても。貴族としても。御門の功績はそれぐらいに大きかった。
 冷凍保存したそれを。御門は丁寧に扱っている。
 そして、自室の扉が叩かれる。入って来たのは御門の専属のメイド。

「狂化の壺の方の使用許可が下りました」

「ありがとうねぇ、いつもお世話になってぇ」

 白と黒が混ざった可愛いメイド服に身を包みながら。
 御門に対して敬語で話している落ち着いた彼女。

 シーファ。これが彼女の名前。いや、正確には御門が名付けた。
 出会った時。彼女には名前がなかった。
 幼い時に両親をガリウスに無残に殺された後。このラグナロの地下牢に引き取られた。
 奴隷として。数十年間過ごしてきた。

 ただ、死なないために。酷い思いをしてきた。

 自分はもうこの地下牢で。死ぬまで生活していく。
 そう思っていたのに。その運命は簡単に覆る。

「いえ、あの日から私は貴方に身も捧げると決めたので」

「あぁ、ここに居る時は堅苦しいのはいらないわぁ」

 御門は椅子に座って。紅茶を用意する。高級品であり、一介のメイドが飲める代物ではない。
 しかし、迷いなく。二人分をお洒落にカップに注ぎ入れる。
 シーファは困惑しながら。自分の扱いについて問う。

「いえ……私など雑に扱って貰って構いません、所詮は替えが利く代用品のようなものですから」

「これ、冷めちゃうわよ? ほら、いらっしゃい」

 シーファの意見など聞かず。御門は優雅にカップに手を取って。
 香りを楽しみながら口に含む。
 地面に膝を着いている状態から。シーファは立ち上がり御門と対面するように座る。
 赤色の液体に自身の顔が映る。奴隷時代とは変わって。肌も艶々となり、化粧も綺麗な服も着られている。

 揺れる液体は自分の心情を表しているかのように。
 それとは対照的に目の前の御門は全くぶれていない。

 生まれた時から。運命に逆らえず。身分相応の食事に生活。裕福ではなかったが、優しい両親に囲まれて。
 シーファは幸せだった。ただ、記憶はそれまで。自分が何者なのか。どんな名前だったのか。思い出せない。
 果たして生きている価値などあるか。シーファは御門と出会うまではそのような気持ちだった。

 そして、シーファは紅茶に手を取る前に。

「分かりません」

 何故と疑問符を言葉に加えながら。優しくされる自分が理解出来ない。

 奴隷が引き取られても幸せになるケースは皆無と言っていい。
 そう聞いたはずなのに。同じ仲間は無残に食い潰されて。また、自分の元に戻って来る場合もあった。
 この世の仕組みは目の前で見てしまう。

 それなのに、今の自分の状況。暖かい紅茶を差し出され、歓迎されている。

 有り得ない。だが、御門はそんなシーファの考えを否定するように。
 言葉は足りないはずなのに。御門はシーファの考えを汲み取る。

「分からなくてもいいじゃない? こうして、貴方は認められてここに居る訳だし?」

「そ、それは」

「はい! ここから敬語は禁止! 同い年なんだし、仲良くしましょ」

 紅茶を飲み干して。御門はシーファの口調を再び指摘する。
 恥ずかしいと思いながらも。シーファは一気に紅茶を飲み干す。
 多少は熱いながらも。感じた事のない美味しさに。シーファは感激する。

「……美味しい」

 自然と言葉が出る。奴隷時代は泥水を飲まされる事もあった。
 それと比べれば天地との差。
 シーファはだらしない表情を目の前のお嬢様に晒してしまう。
 はしたない言動と姿に謝罪する。

 しかし、御門は満足げにお菓子もテーブルに置く。
 嗜好品の焼き菓子。現代風で言うとクッキー。
 元は渇いたパンなどを水分を抜いて。保存用の硬いパンとして扱われていたというもの。
 そのままでは味気ないとの事で。御門が調理して作ったものだ。

 砂糖がこの世界では高価なものという事に驚いた。
 それでも、御門はいつもお世話になっているシーファに。
 それ相応の対価を支払う為に。用意しておいた自慢の一品なのだ。

 刮目してシーファは何度も見返す。
 目の前には貴族などしか食べられない高級品のお菓子。
 それが自分の手の届く範囲にある。

 年頃の女の子にとって。甘いものを食べている時は至福の時だろう。

 そして、震えながらクッキーを手に取り。口の中に運ぶ。

 ――――感じた事のない触感。口一杯に広がる甘さ。食べやすく、一度体験したらもう止まらない。

 ポリポリと部屋中に租借音が鳴り響く。
 必死にシーファは我を忘れて貪りつくす。
 完食し終えた時。シーファは自分を取り戻し急いで口元を拭う。
 しかし、御門はその光景を暖かく見守りながら。嫌な表情一つせずに。
 寧ろ、何やらとても喜んでいた。

「美味しかった? ううん、聞くまでもないわよねぇ?」

「……すぅー」

「……? どうしたの?」

 シーファは深呼吸をする。そして、少し間を開けた後。

「美味しかったわよ、レイナ」

 久しぶりに。シーファは御門に素の口調で話し、呼び捨て返事をする。
 さらに上機嫌となり、御門は満面の笑みとなる。

「やっぱり、飾ってないその口調……好きよ」

 ただ、多少ながらの抵抗はあるのだろう。
 命を救って貰った者に。生きる楽しさを教えて貰った者に。やはり、この口調は不味いだろう。
 シーファはとても気にしている。しかし、当の本人が砕けて話して良いと言うのなら。
 それも、命令の一つとして全うするだけ。

 そして、今までの人物と違うこの御門玲奈という女に。シーファはとても興味があった。

「ねぇ? レイナは何を目的で戦っていて、私を救った理由は何なの?」

「あら? 今更そんな事聞くの?」

「だって……教えてくれなかったじゃないの? まぁ、他のメイドの手前あんまり介入は良くないけど」

 特別扱いは良くないと思っていても心地いいもの。
 優越感に浸れるし、こんなに美味しい物も飲めるし食べられる。
 ただ、シーファはこの御門玲奈という女の事をまるで知らない。

 おしとやかで清楚な雰囲気を漂う神秘的な女性。
 容姿に優れており、教養の高さもあり、他の貴族からの信頼も厚い。
 それなのに、こんな元奴隷の言ってしまえば。ゴミのような存在の自分を。
 何故、気にかけるのか。その真相は知りたかった。

 御門は少しシーファから視線を逸らす。
 言葉を考えながら。口元を緩ませる。

「そうねぇ? シーファは、怒ったりする時ってどういう時?」

「……そうね、やっぱり大切な人が亡くなった時とか、殺された時かしらね?」

 質問の意図が分からなかった。ただ、この質問の裏に。何かがあるとシーファは予測する。
 意味のない事は彼女はしない。シーファは彼女を探るように。
 自分の辛い過去の出来事を照らし合わせて。さり気無くこう答える。

 しかし、御門はシーファの両肩に手を置いてくる。

「体の力を抜いてぇ? ふふ、落ち着きなさい」

「ちょ、ちょっと近いわよ」

「あら? 同性の私に緊張してるの? そんなに畏まる事じゃないわよ」

「本当に読めない……貴方は何者で何がしたいの?」

 この場が凍り付いたように。シーファは御門の瞳をじっくりと見る。
 眠たそうな目付きの彼女。
 長い紫髪からは香水の匂いがする。見惚れそうな程の美しさを持つ。
 恐らく自分が男性だったら。魅了されているだろう。シーファは邪念を振り切りながら。
 片手で胸の辺りを掴んで距離を遠ざける。

 押し退けながら。御門は唇に指を当てながら。
 椅子から立ち上がりながら。付近を歩き回る。

 両手を後ろに交差させながら。御門はシーファの方を向く。

「私も貴方と同じで両親が目の前で殺されたの」

「……!? そうだったの?」

「えぇ、殺された、でもね、今でも悲しまないし怒ってもいないの……これっておかしい事かな?」

「それは気が動転してたんじゃ」

「違うの」

 冷たい声に。シーファも椅子から立ち上がる。彼女の優しさの裏に。とてつもない闇を感じた。
 これ以上は探るな。と言わんばかりに。シーファは生唾を飲んで。
 彼女の言葉を待ち続ける。そして、外の光が御門を照らす。

「ふふ、貴方をこうして助けているのも結局は【自分のため】なの」

「……それでも構わないわ、私利私欲のために生きる事は人の本質だし、レイナは確かに私を救ってくれた事に変わりはないわ」

「そうねぇ、そういう考え方も出来るわね」

「ちょっとズレたけど、レイナの両親が殺されたって言うのは……どういう状況で」

 その瞬間だった。
 扉が勢いよく開く。すぐにシーファは元のメイドの姿に戻る。
 ただならぬ雰囲気だと察知して。御門は目を細める。

「大変です! 地下牢から一人の脱走者が出たという報告です! それも……あの祝福【ギフト】のエンド能力らしいです」

 騎士団の一人が飛び込んでくる。シーファは驚きながら。そして、御門は下を俯きながら。それぞれの反応を見せる。
 しかし、御門はこの状況に少し笑みを零していた。
 状況としては。現在は、多数の憲兵団と勇者晴木と楓によって包囲されているらしい。
 どうやって脱走したかは不明。ただ、騎士団は指示が出てないようで。
 どういう風に行動すればいいか分からないようだ。

 御門は考える。【騎士団長】もその補佐もいない状況。
 ここ最近のガリウスの大量発生に対応しているのだろう。ラグナロにガリウスが進行していないのも彼ら、彼女らのおかげ。
 一緒になった機会が御門はないため。確証はないが、これもルキロスや晴木達の策略だろう。

 騎士団の連中は正義感に溢れている。ガリウスを倒す事を第一と考え。街の平和や発展のために尽くしている。
 その為、憲兵団とは相性が悪いと聞く。

 と、なれば。今回のこれも意図的だと。騎士団がいない状況で何をしようとしているのか。

 御門は危険の匂いがしてすぐに騎士団の一人に告げる。

「恐らくだけど、壺の生贄を用意するための作戦かもしれません」

「は、はい?」

「勇者晴木は【目的の為なら手段を選ばない】そして、【欲しい物はどんな犠牲を払っても】」手に入れる男です」

「と、言いますと?」

「白土結奈は性格と動機からして必ず抵抗すると思われます、そして、正当防衛と言い張って街に見境なく攻撃を仕掛けるでしょう」

 シーファと騎士団の男が目を丸くする。
 勇者の晴木がそんな事をするはずがないと。
 騎士団の男はそう言い切ろうとする。
 ただ、続くようにシーファは補足の言葉を続ける。

「でも、確かにあの勇者様が誕生してから……【地下牢に行く人】が増えたり、貧富の差が激しくなったかも? それでラグナロから追い出されて……」

「恐らく衰弱するまで使い切ってぇ? 死ぬ間際にあの【狂化の壺】の生贄として捧げられているわ」

「そ、そんな……いや、確かに不自然な形で色々と処理されたりするケースも多かったような」

 男にとっての勇者の姿。それは第一に人の為に。命の為に。時に自らも犠牲にする清廉潔白な人物像を描いていた。
 ただ、真実を知る御門にとってそれは絵空事。夢物語も良い所だ。
 そして、御門はまだ可能性の問題だが。このままだと、無関係の人も巻き込まれ大損害になると言い張る。

 そうなる前に打てる手はうつ。

 今度はシーファが御門のやりたい事をすぐに理解する。

「すぐに騎士団長さんにデンノットで連絡を! 遠征先かもしれませんが、あの人に戻って来て貰わないと不味いです」

「し、しかし……現在の立場は我々より勇者様の方が上です、勝手な判断でそんな事」

「その勇者様のぉ? 部隊の私が許可するわ! シードだって統率や連携の力はまだ騎士団に敵わないと思うしねぇ」

「……了解です、それではそのようにお伝えしてきます」

 歯切れは悪いが。騎士団の男は納得しすぐに連絡へと向かった。

 彼女が危険だ。白土結奈。自分を取り戻すためにも。御門は彼女の存在が必要だ。
 自分がもってないものを彼女はたくさん持っている。
 宝石のように輝く彼女と。もっと、話をしたい。
 こんな誰かの為に戦いたい思ったのも。あの日、地下牢で白土の事を助けたからだ。

 そして、過去の【あの】出来事を精算するかのように。

 御門はシーファに命令しながら。戦闘服に着替える。

「それじゃあ……一仕事しましょ」

「ええ、私も気を引き締めて敬語で話させて頂きますね、お嬢様」

 二人が白土の元へ向かう決意をした直後も。

 白土は圧倒的な戦力差と数の前で戦い続けていた。

 大切な人と会って。約束を交わすために。

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