最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第31話 正義

 この街が戦場となって小一時間。優は、葉月達を処理した後。ガリウスとの戦闘を開始していた。
 色々と悩む所はある。だが、まずは生き残るために。そして、ララ達を探しながら。
 優は、力ずくで現れたガリウスを倒し続けていた。

『優! あそこだ』

「おっけ、瞬間加速【アクセル】」

 反撃される前に。優は、距離を詰める。建物の屋根の上から一気に加速する。
 エンド能力を行使しながら、確実に仕留めていく。
 短剣を取り出し、目標の【フライヤ】に向かって。回転しながら、その勢いで羽を斬る。
 飛行能力とあの厄介な風の攻撃。そして、毒の粉を防ぐ事が出来れば。優にとってそれほど難敵ではない。

 両羽が地面に落ちる。けたたましい奇声と共に。フレイヤは激高しながら優に近付いて行く。
 しかし、直前であちこちから糸が飛び出す。フレイヤは身柄を拘束されて動けなくなってしまう。

 さらに、優には蜘蛛の糸【スパイダー】がある。念には念と思って仕掛けておいたのが効果的だった。

 迷いもなく、優は短剣を振り下ろす。緑色の血を噴出しながら、数十秒後に消滅していった。

 一仕事やりきっても、気を抜けない。敵の数は遥かに多い。

『よくやった、並みの冒険者なら厄介な敵だが、今のお前なら楽勝だ』

「まあ、シュバルツが教えてくれた事とサポートがあればの話だけどな、まだまだ俺一人じゃ苦戦するよ」

『謙遜をするな、それに敵を倒すだけが戦いじゃない、ほら、あれを見てみろ』

 シュバルツの指摘に優は高い位置からそれを見下ろす。

 ――――そこに広がっていた光景。瓦礫の上に押し潰された人。毒に侵され、顔半分が溶けている人など。
 これだけの死者を見るのが初めての優にとって。瞳を見開きながら、顔を逸らす。
 死体の山というにはまだ少ないが、それでも優の年齢と経験からしたら。とても辛いものだろう。

 見知らぬ者とは言っても。恨みも罪もない人が目の前で無残に殺されるのは心が痛む。
 シュバルツは、何も取り乱すことなく。むしろ、戦いに邪魔にならないかの心配だった。

 そして、優にとっての選択の場面が訪れる。

「ママ……ママはどこ?」

 泣き叫ぶ少女。身元が不明のようで。周りの人も助けようとしない。
 むしろ、ここまで生きていた事が不思議なぐらいに。少女は運がいい。
 しかし、周りを見渡しても少女の母親らしき人物は目視出来ない。

 嫌な予感が頭を過る。

 そして、こうしている間に。多数のフレイヤが少女に迫って来る。
 逃げ場が無くなり、少女は怖さで泣くこともやめてしまう。

 恐怖。それが、あの子を支配している。

『残念だがあの子供は救われない、あれだけのフライヤを相手にするのは流石に不味いぞ』

「……そうだな」

『それに、この惨状からして母親も恐らく、あまり言いたくはないが、救ったとしても……って優? おーい』

 それでも。優は葛藤せずに。すぐに少女の前へと飛び出す。
 瞬間加速【アクセル】と強化【シファイ】を使用しながら。
 短剣を使用する暇もなく。優は、両足に強化を付加して、全ての力で勢いよく蹴る。
 衝撃音と共に。風圧が発生し、その威力が物語っている。

 優が蹴りつけたフライヤは横に吹っ飛ぶ。それに連鎖して周りのフライヤに激突し、巻き込まれる形で。
 民家に飛ばされめり込む。その隙に少女を抱き抱え、近くの高台に避難する。
 気配を察知される前に。相手に近付き、攻撃を仕掛けたため。
 フライヤは互いに顔を見合わせながら。次の標的を探し出すため遠くに飛んで行く。

 結果的に優の判断は正しかった。

 この絶望的な状況から。一人の少女を救い出す。
 もちろん賞賛されるべき行為なのだが。

『やってしまったか』

 シュバルツは掠れるような声で。優の行動に疑問を抱いていた。

 しかし、当の本人の優は少女を安全な場所まで移動させる。
 そして、お姫様抱っこの状態から。地面に降ろし、優は少女の頭を優しく撫でる。
 背丈は自分の方が少し高いぐらいで。傍から見れば、まだ未熟な子供同士が慰め合っているようにしか見えない。

 だが、白髪の少年。優は、意志を強くしながら。自分の気持ちと想いを伝える。

「大丈夫、君は俺が……いや、僕が助けるよ」

「あなたは? ママは? ママはパパは?」

「……少し、時間がかかるかもしれないけど、必ず探し出すよ」

 見当がつかない。だが、少女を落ち着かせるように。優は、久しぶりに見せる穏やかな表情。
 いや、ララとの生活で少しだけそれを取り戻せたような。
 同時に甘さも再び思い出してしまう。それでも、復讐者への憎しみは消える事はない。

 だが、少女の温かさは本物で。これは失わせる訳にはいかない。

 ――ここまで、既に何人か殺しているのに。それも、身内を容赦なく。
 優は非情になりきれず、まだ胸の中には温情が存在していた。

 そして、優は一方的に少女の意志を聞かずに。話を進めてしまった。
 反省しながら、最後にこんな事を聞き出す。

「いきなりごめん、僕は君の事が心配でたまたま通りかかった冒険者だよ」

「ぼ、ぼうけんしゃ?」

「うん、だけど、君にとって知らない人だし、悪い人かもしれない……守り切れるか分からないけど、君は僕の事を信用してくれる?」

 シュバルツが優にいつも問いかけるように。大事な選択は本人の意志が大事である。
 委ねた結果。それが正解か、不正解か。それは、選んだ本人にも、委ねた方にも。
 だが、必ず後悔しない方を選べと。シュバルツは口を酸っぱくするように言っている。

 幸いにも、この道を真っ直ぐ進めば。ガリウスに見つからない道と優は予測する。
 建物が影になり、敵にも見つからない。
 本心は少女を連れて行きたいが、強引に引き連れる事も出来ない。
 時間もあまりない。こうしている間にも被害が拡大する。

 目の前の少女は虚ろな瞳で優を見ている。迷っている。困惑していると印象か。

 緊張がこの場にはしる。だが、少女は優の服の袖を掴む。
 それが、どういう意図か。優は理解するのに時間はかからない。

「うん! おにいちゃんについてく!」

「……よかった、僕も君の悲しむ顔は見たくないからね」

 微笑みながら再び優は少女を背中に背負い込む。
 シュバルツに空間魔術を頼む。だが、ララの父親に食材や素材。
 とてもじゃないが、【倉庫】としての役割は拡張出来ない、
 貯蔵にも魔力が必要という訳で、代わりにエンドを消費するのも無駄である。

 溜息をつきながら。優は、残りのエンドも少ない事を察知する。
 序盤のクラスメイトとの交戦。蜘蛛の糸【スパイダー】の乱用。そして、この大量のガリウスとの戦闘。
 シュバルツのエンド供給も限界に近付いている。

 ここからは、無駄な戦闘は避けるべきか。

 ガッシリと。優は少女を支えて上に飛び上がる。民家の屋根を乗り移りながら。
 発見するのは動かなくなった人の数々。
 他に戦っている者もいるのか。ガリウスの数は思ったよりも減っている。

『それにしても、気掛かりだな……他の憲兵団や騎士団も全く到着しない、何が起こっている?』

「俺にとってはその方が都合がいいけど、流石にこれ以上、街の破壊や人を死なせる訳にはいかないでしょ」

『本来なら、既に到着してるはずなんだが……俺達がどうこう言っていても状況は変わらない、まあ! 目の前の敵に集中しようぜ』

 シュバルツが気になるというのは。他の憲兵団や騎士団の到着が遅れている事。
 狼煙も緊急の電報も送られているはず。それなのに、戦闘員が少な過ぎる。
 街が壊滅しそうで、イレイザーが発生しているこの状況。誰が見ても非常事態。
 増援が来るべきなのに。文句を言っても仕方がない。しかし、これでは見殺しと言われても反論出来ない。

 ――――何か、裏で別の圧力が働いているのか。そう、考えるしかない。

 優は、顔を歪ませながら。何となくそれを思う。確定ではないが、あの【勇者様】が絡んでいる。

 これも逃れられない運命なのか。軽く舌打ちをしながら。少女の両親が生きている事を願いながら。

「あれって、サーニャさんじゃん!」

 遂にギルド協会まで着いた優。そこで待っていたが、ある意味色々とお世話になったサーニャだった。
 ひび割れた石の地面に着地して、その名前を呼ぶ。
 サーニャも優の存在に気が付く。こんな状況でも手を振りながら、楽観的にしている。

 どうやら、一度はこの場所から離れたようだが。いい隠れ場なのか。この中にも怪我人が多くいるらしい。
 必死で逃げながら、怪我人を運んで来たのか。サーニャの服装は汚れていた。

 話を聞くと、ララは警鐘の音の方に優がここに来る前に行ったらしい。
 理由は、優本人が一番知っているだろう。そうか、と優は頭を抱えながら。
 言い訳はせずに。自分の非でララを危険な目に遭わせている。
 さらに、この場所にいないということ。一瞬だけ、頭に浮かんだ最悪のケースを否定する。

 それだけは有り得ない。そうであって欲しい。

 出会った時よりも、強くなってるとは言え。まだまだ、偉そうだがララの実力は未熟。

 眉を近付け、険しくしながら。優は背中に背負っている少女を降ろす。

「サーニャさん、この子もギルド協会の中に保護して貰って大丈夫?」

「ええ、別に構わないけど……」

 少女には悪いが。これ以上は連れてはいけない。サーニャを信用して優は少女を託した。
 ここから先はさらなる地獄になると思う。幼い少女にとって酷だろう。
 サーニャに案内されて、少女はギルド協会の内部へと入って行く。

 寂しそうに、優の手を掴んでいた。だが、優しい言葉で安心させて優は少女を宥める。

 少女が安全が確保された後。優はサーニャと二人になる。

「さーてと! スグル君? 君は一体何者なの?」

 サーニャの瞳は真剣そのもの。
 たった一人でAランクの依頼をこなし、この場も一人で凌いでいる。
 さらには、少女を助けながら。彼は何が目的でどんな人物なのか。
 興味津々だった。受付嬢として。いや、一人の人間として。

 だが、優はそのサーニャの素直な質問に黙り込む。

 どう、答えるのが。最適で誤魔化せるか。
 いや、もうこの際だからはっきりと言った方が気が楽か。もしかすると、受け入れて貰えるかも。
 淡い期待が優を包み込む。だが、それはすぐに幻想だと気が付く。

 ――――どんな理由があろうと。人を殺した事は事実。それも、憲兵団のクラスメイトを。

 優のいた世界とは罪の意識も認識も違う。確かに、罪は軽く、いや酷い場合は何もないのかもしれない。
 ただ、これは罪と罰の問題ではないだろう。
 人として。人間としてどうあるか。殺された人の家族は? 友人は? 恋人は? きっと、悲しみや怒りで溢れている。

 冷笑しながら。優はサーニャと向き合う。

「少なくとも、【正義の味方】……では、ないよ」

「……? どういうこと?」

「見てよ、俺は強い力を持ちながら、結局、あの女の子一人しか救えなかった、いや救おうとしなかった、ただ、自分の目的やガリウスを倒しただけで」

 崩壊した街並み。転がる死体。毒によって汚染され、苦しんで、痛んで、死んだ。

 ただの、仲間に裏切られた殺戮者に救えるはずがない。

 しかし、優はこんなやり方しか残されていなかった。
 本当なら、クラスメイトと戦い、苦難したり、喜びあったり、辛いこと楽しいことを共有したりと。
 そういうことを望んでいた。叶わぬ夢を抱きながら今日まで戦い続けてきた。

 その答えがこれかと。優は、体の力が抜けそうになる。

 だが、立ち止まっている訳にもいかない。自分でそう言い聞かせ、奮い立たせる。そうでもしなければ本当に抜け殻になってしまう。

 心の空虚を無理やり復讐心で埋める。惨めで憐れだろう。笑ってくれと、優はつぶやく。

 そして、サーニャは何時になく。真面目な表情で優の言い分にこう諭す。

「そうかな? 少なくとも、あの子にとっては君は正義の味方だったと思うよ」

「いや、俺は」

「大衆を救っても、救われない人はいるよ、それだったら自分の目の前で苦しんでいる人や助けを求めている人に救いの手を差しのべる……それで、十分じゃない?」

 正しく、今の優の行為そのものだろう。正義など一つではない。
 そもそも、正義と言える行為が明確ではない以上。

 少数の人を切り捨て。それで多くの人を救ってもそれもまた一つの正義。
 多くを犠牲にして。大切な少数を救ってもそれもまた一つの正義。

 逆にどちらを選択しても、【悪】は生んでしまうし、切り離せないもの。

 状況などによって切り替えればいいとも言える。だが、決してそんな簡単な問題ではない。

 先程までの勢いが嘘のように。優は深く考え込む。
 すると、サーニャは微笑みながら。ある物を取り出し、優の前に差し出す。


 ――――それは、この戦場を照らすように。赤く輝き、思わず見惚れてしまうぐらいに。

 赤い星のペンダント。名前は【ベルフォーレ】と言うらしい。

 何故、このような物を自分に渡すのか。優は、戸惑っていた。しかし、サーニャは優の片手を掴んでそれを手の平に上に置く。

「これは、かつて私が冒険者の女の子に貰ったものよ、もうこの世にはいないけどね」

「……そんな大事な物を俺なんかにいいの?」

「ううん、君に、貴方にこれは受け取って欲しいの、きっと、神様が女神様が貴方を守ってくれるはずよ」

「神頼みか、あんまり信用しないんだけど、うん! なんか、力がみなぎってきたような、そんな気がするよ」

 サーニャはよかったと一言だけ。そう言って、自分の服の袖を掴む。
 悲しみを隠しているのが優にも分かる。大切にそれを持ち直し、それを握り締める。



 ――――――――――――その時だった。

 声が届いた。苦しそうに、鎖の音と共に引っ張られている女の声。助けを求めている。
 そして、微かだが頭の中に映像として想像出来る。霧がかかっているかのように。
 本当に僅かだが目視が可能である。それは、暗い地の底のような場所。
 助けを求める少女の他に。救われなかった人が多数いる。

 これが何を意味しているのか。優は頭痛を感じながら。額を手で抑える。
 しかし、聞き間違いかと思った。何故なら。場所もその人がどんな状態なのか。
 それを知る由もないのに。彼女は必死に自分に助けを呼んでいるのだから。

 頭痛が治まり、優はベルフォーレを見つめる。

 驚いた顔付きで。優は静かに、頭の中に聞こえてきた声と女の子の名前を呼ぶ。

「……白土……さん? どうして、君が」

 サーニャにも優にも知らないこの赤い星のペンダント【ベルフォーレ】の秘密。

 何気ない、優とこのペンダントの出会いが。白土と優の運命を急接近させる事となる。

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