最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第29話 地下室の彼女

「イレイザーが発生しているだと?」

 一方で。晴木は自室から御門からの連絡を受け取る。
 デンノットから聞こえるその情報。
 ルキロスからイレイザーの事は聞いている。それだけに、その報告に溜息をつく。
 ノースの森からマルセールまで発生している。
 このままではこのラグナロに、ガリウスが侵攻するのも時間の問題。
 そうなっては勇者として。尊厳が少しでも失われるかもしれない。

 ――椅子から立ち上がり、出撃を考える。

 ただ、すぐにそれは控える。万が一の事は考えると。ここに残った方が良い。
 戦うだけが勇者としての責務ではない。それなら、【騎士団】に任せる。
 晴木は、デンノットを机に放り捨てて、どうするかを考える。

 最近はルキロスもあまり干渉してこない。
 葉月達の途中報告もない。状況はこちらにとっても最悪。
 狂化の壺の生贄を探し出せ。余計な指示を出しのは失策だったか。

 裏目に出て晴木は目を瞑る。マルセールまで、シードの部隊を向かわせる訳にはいかない。

 と、なると。現在、マルセールにいる者をもっと強化する。
 最も、生きているか不明だが。晴木は、楓を呼び出しある指示を下す。

 数分後。仕事中の楓は晴木の部屋までやってくる。

「何かな? また……したくなっちゃった?」

「いや、この城の地下室からあいつをここに連れてきて欲しい」

「あいつ? あ! あぁ、なるほどね」

 体をくねらせながら。楓は頬を赤くしながら。呼び出された理由をすぐそれだと結びつける。
 滾(たぎ)る体は抑えられない。若いなら尚更だ。
 ただ、そうではないと知って楓は少しガッカリする。しかし、地下室と聞いて。楓は晴木が何を言いたいか。
 そして、自分が何をするべきかと理解する。

 この晴木達が住んでいる城の中にある地下室。
 ここには、複数の奴隷。注目すべきは、ここに【クラスメイト】もいるという事実。

 笹森優が生贄となった後。調べによって大きく基礎能力が劣っている者。
 エンド能力が微弱。また、その量が少ない者は晴木などの権限で奴隷と同じ扱いをしていた。

 食事や水だけを与える。それはかつての仲間の仕打ちとは思えない。
 晴木は微笑みながら、楓に地下室に行けと。
 楓も快くそれを了承する。楓にとって出来る限り。目の前の【勇者様】の要望は聞いてあげたい。

 軽く唇を重ねた後。楓は晴木に言われるままに。地下室へと向かって行く。

 扉が閉まった後。楓に見られないように本性を剥きだす。

「地下室は臭いがきついし、奴隷の扱いなんてこりごりだしな、それに悪い印象を持たれたくない」

 しかし、他の者では。特に男では情が移ってしまう。今回の件は女の方がやりやすいし、何より楓の事を信じている。

 夏目楓。彼女は思った以上に歪んでいる。晴木は彼女の本質は優しく、誰にでも素直な性格だと認識していた。
 優もそこに惹かれていたのだろう。ただ、それは大きな認識の違いだった。
 彼女に何があったのか。それは理解してないが、内に潜む闇は深い。
 深淵からそれを覗く様に。晴木は、彼女の本質に首を捻るだけだった。

 地下室に行くのに最後に見せたあの笑顔。そして、喜び。紛れもなく、晴木の言うあいつに会えて、痛めつけるのが楽しみなのだろう。

「とんでもない爆弾を優から取ってしまったな……はは、まあ利用出来る限りは使い倒すだけだ」

 晴木もそう口に出しながら。椅子に座る。晴木にとって楓は既に。ただの道具としか見てなかった。

 その事を楓は知らない。

 ――――――――

 ―――――

 ―――

 楓は地下室へと足を進めている。
 専用の服装に着替えて汚れないように。コツコツと通路に響く自分の足音。
 普段は誰も寄り付かないこの場所。ただ、一人無言で歩き続ける。

 色々と思う所はある。最近、異様に汚れ仕事も多くなってきている。
 ただ、それをこなせばこなすだけ。晴木が喜んでくれる。頭を撫でてくれる。愛してくれる。
 それを糧に楓は身も心も削っている。ふと、通路の硝子の窓で自分の顔が映る。

 疲れ切っている。昔のような。優と遊んでいた頃のような瞳の輝きはもうない。

 化粧も上手くなった。高価な服も手に入れた。着こなし方も、女としての振る舞いも身に着けた。
 自分で思うのはどうかと思うが。綺麗になったと感じている。

 ――でも、健気さは失った。

 心は泥を被ったかのように。真っ黒に汚れ、あの時の素直で優しい夏目楓はもういない。
 いや、これが本来の自分なのか。元々、普通の人と感性が違ったのかも。
 それを認めたくなくて、優と関わることで真っ白な自分を演じていたのかも。

 良くも悪くも自分勝手な人間なのだろう。

 これから向かう場所も。やるべきことも。結局は自分が幸せになるための行動。

 やらなければ自分が救われない。だから、やる。

 深くそう考えているだけで。地下室の扉の前へと到着する。
 鉄の固い扉を楓は両手で開く。その音と共に。暗く、長い階段への道は開かれる。

 楓は蝋燭(ろうそく)を用意して先へと進む。
 灯りは一切ないこの通路。石の階段を降りつつ。足場に気を付けながら奥へと進む。

 昔はお化け屋敷も怖く臆病だった自分。それなのに、何とも思わなくなってしまう。

 この世界に来て成長した。精神的に。様々な現実を知ったからもある。
 理想だけでは進めない。この辛い現実を。

 地下に辿り着く。異臭が目立ち楓は鼻をつまむ。奴隷の呻き声が楓の表情をさらに険しくさせる。
 いつ来ても、ここは絶望に満ち溢れている。希望などない。光も明かりも照らされない。

 ここの奴隷は生まれながらに凡俗で役立たずと判断された者達。
 犯罪者などもここに引き取られ、よく鎖に繋がれたまま買い取られる場面が幾つもある。
 もちろん、その後の処遇は楓は知らない。

 買取者に遊ばれて殺されるか。利用されて殺されるか。どちらにせよ、悲惨な最期が待っている。

 楓はそんな奴隷達を無視して目的の場所へと向かう。

 そして、ある牢獄まで辿り着く。他の牢獄とは違い、整備された所。楓は足を止め、施錠を開ける。
 久しぶりに開いたその鉄格子の扉。
 奥にいたのは鎖に繋がれて、地面に横たわっているクラスメイト。

 蝋燭を地面に置いて。楓は空間魔術で保管していた食料をこの場に出す。

 水とパン。それを皿に置いて静かにその人物の前へと差し出す。

 それでやっと気配を感じたのか。ボサボサの変色した長くなって白髪を掻き分けながら。
 茶色の布切れのような服で肌を隠すその彼女。

 首に両足に両腕。繋がれた錆びた鎖が痛々しい。
 楓は地面に座り、彼女と同じ目線で。
 お互いに蝋燭の光で顔が見えた瞬間。静かに楓はその彼女の名前を呼ぶ。

「久しぶりね、白土……さん?」

「な、夏目……」

 彼女は、用意された水とパンを見ることなく。白土は目の前の楓に怯えきっていた。
 楓は、優しく彼女の顔に触れる。安心していいよ。そう言っている様に。
 ただ、白土は顔を横に振ってその手を受け付けない。

 その反応に楓は笑みを浮かべる。そして、用意した水を手に取って問いかける。

「食べないの? せっかく用意したのに……ここ何日何も食べてないよね?」

「貴方の……用意した物なんて食べたくない」

「ふーん、なら」

 すると、何を思ったか。水の入った鉄のコップを上に掲げて。それを白土の頭の上に降り注ぐ。
 髪はずぶ濡れとなる。寒気が背筋から感じて。それは心身共に。
 白土は楓を睨みつけながら。必死に抵抗しようとする。
 そして、用意したパンを口に押し込まれる。

 楓はせせら笑いながら。白土を見下しこう言った。

「私が食べさせてあげる」

「んぃー! うぐ! げほっ!」

「あぁ……勿体ないな、ちゃんと食べないと痩せちゃうよ?」

 地下の暗い一室。白土の呻き声が響く。助けを求めた所で誰も来てくれない。
 それは分かっているが、叫ばずにはいられない。
 白土はパンを吐き出し、むせ続ける。楓はそれを見て、口元を緩ませる。

「ど、どうしてこんな酷いこと……するの」

「うーん、晴木やルキロスさんがそうやれって言ったからかな? 私も貴方の能力を認めているからかな?」

「お願いだから、もうやめて……体がもたない、ぐふぃ!」

 楓はそんな白土を縛っている鎖を引っ張る。首が絞められ、白土はさらなる苦痛を強いられる。

「それを決めるのは貴方じゃないでしょ? ふぅ、貴方の価値なんてエンドをみんなに提供するしかないんだから」

 白土は下を俯いたまま何も答えない。

 彼女のエンド能力。それは祝福【ギフト】と呼ばれるもの。
 これは、女神に祝福された者が残した能力と言われている。

 この能力の最大の特徴。それは、むやみに【他者にエンドを提供出来る】というもの。
 拒絶反応がなく、さらに現在も体内でエンドが作られている。それも通常の倍以上のもの。
 幸せの象徴とされており、彼女がいれば幸せになれると言われていた。

 しかし、晴木や楓は彼女を地下室に監禁する。理由は、彼女の性格と言動。それに能力の傾向だった。

 彼女、白土結奈は笹森優を生贄にするのはもちろん。最後まで、それを訴え続けた。
 だが、周りの抑止力と反対に寄ってそれは押し切られ、闇に葬られる。
 さらに、彼女は【自己犠牲】が強い。これは、多少自分が辛くても周りが幸せになればいいという考え。

 こうなっては、彼女は無差別にこの力を使用する。全員が幸せになるというのは理想。

 だが、同時に不平等がなくなり【格差】がなくなる。そうなれば、搾り取れるものも取れなくなる。

 能力の傾向は、同じ場所に留めておけば力が強くなるという事。
 エンドの生成も、幸福能力も上がり続ける。

 その為、総合的な判断から。彼女をこの地下室に閉じ込めておくことが良いという結論に至った。

 そして、この事実は一部の反論するだろうクラスメイトには伝えていない。
 何処か、遠くの貧相な村を回り、幸せを届けているという設定にしている。

 狂化の壺と白土による祝福【ギフト】による能力。膨大なエンドはこのシードにとって大きな戦力。
 僅か一年で。シードが巨大な力を手に入れたのもこの二つの要因が大きいだろう。

 何時からだろう。外の光を浴びていないのは。白土は自然と涙が出てくる。
 泣き始める白土を見て、楓はこんな事を言い出す。

「そう言えば、貴方は優の事が好きなんでしょ?」

「……っ!? な、なんでそんな事、今この場で聞くの?」

「だって、優を生贄にしようとした時、貴方反対してたでしょ? 後は、えっと……あぁ! ちらっと優の携帯見たら、貴方とのやり取りがあったから……かな? 生意気ね、優が貴方の事なんて好きなわけないでしょ?」

「ど、どうして、はっきりとそう言えるのよ? 貴方の本性を知ったら、笹森君は……がはぁ!」

 腹部に強烈な激痛が走る。楓は少し苛立ちを感じながら。
 感情に身を任せて蹴っていた。白土は何も食べていないのに口から嘔吐物を吐きそうになる。
 必死にそれを抑えて、怒りを込めながら。楓はじっと見つめる。

 前もこのようなやり取りで。白土は一方的に痛めつけられる。平行線を辿るだけであると思っていた。

 だが、このまま言いなりになるつもりはない。意志の強さを見せて。
 白土は、自分の気持ちに正直になっていた。
 しかし、それを楓は否定し続ける。

 ――何故なら、優が好きなのは自分だけ。自分以外は好きになるはずがない。

 こんな女に好意を持って。好意を優が持つはずがない。
 気が付けば、訳の分からない嫉妬と怒りで楓は白土を痛め続けていた。

「私は優の幼馴染で! 今までずっと一緒にいたのよ! 勉強も教えてあげたし、困った時は助けてあげたし、それに……小さい頃、こ、告白だってされたんだから! 貴方みたいな……いきなり現れた女に奪われる訳」

「……なら、なんでその時に気持ちを受け止めてあげなかったの? 告白されたんでしょ?」

「それを貴方に教える義理があるかしら? 無様な姿なのに」

 告白されたと聞いて。白土は悲しげな表情となる。

 しかし、この自分の反応で確信する。

 ――――――――ああ、自分は笹森優の事が好きなんだと。

 この、深く誰にも届かない地下室でも。この明るい気持ちは変わらない。

 いつからだろう。こんな想いを抱いたのは。

 調理実習? 体育祭? 文化祭? 彼との思い出が蘇る。

 あの、海の出来事から。彼との距離感が縮まった。

 共通の趣味で話が合う。直向きに努力する姿。白い肌に意外と整っている容姿。
 彼の笑顔や優しさ。気が付けば、好きになっていた。
 あの海で。出会うまでは何も意識してなかったのに。

 どうしようもなく。彼の事が好きで。好きで好きで好きで仕方がなかった。

 淡い想いだと悟ったのは。目の前にいる夏目楓が彼の幼馴染という事。

 そして、思い切って白土は聞いてみた時があった。

 あれは文化祭の準備の時。二人で作業をしている時間に。
 白土は優に勇気を出した。

「ねぇ? 笹森君って好きな子とかいるの?」

 彼は照れる。当然だろう。珍しく、自分は興奮している。
 こんなにも夢中になったのは初めてあの海を見て以来。

 恋は盲目。その言葉通りに。食事の時も。授業の時も。彼の顔を追っていた。

 もし、この質問の返答が自分だったら。これ程に嬉しいことはない。

 彼は顔を高揚させて赤くする。恥ずかしいのだろう。そして、間を開けた後。
 その、好きな人の名前を白土に伝える。

「――――――――僕は」






「残念だけど優は私の事が好きなの! きっと……もう一度、私の所に戻って来てくれるはずよ! 貴方にチャンスはない」

 渇いた笑いを白土に向けてしながら。白土は過去の嫌な思い出を否定し続ける。
 狂気に汚染された彼女が。こんな自分本位な彼女が。
 自分の意中の相手に好かれている。これほどまでに屈辱的な事はない。

 悔しい。だが、現状で太刀打ち可能な力は無きに等しい。

 飽きたのか。それとも、時間なのか。楓は鎖を解いて、拘束魔術【パラライズ】を行使する。
 白土は体全体が痺れたような感覚に陥る。そして、首の鎖は外されず。まるで、飼い犬のような扱いを受ける。

 動くのは体の一部だけ。そして、縛られていないその口を動かし、楓に対してこう訴える。

「チャンスが無いのはどちらかしら」

「……何が言いたいの」

「貴方には私と違って戦う力があった、それなのに! 風間の告白を受け取って、体を許して、笹森君を皆の前で生贄に捧げて、彼を失って悲しむ所か、喜んでいた貴方に……何で、まだ【自分はまだ好意を持たれている】って発想になるの!?」

「うるさい、黙って」

「黙るのは貴方よ! どうして? 彼の事が好きなんでしょ? なら、何で命を懸けてまで守りたいと思わないの? 理解出来ない……わ」

 再び、楓は表情を歪める。怒りが最高潮となる。首に繋がれた鎖を力ずくで引っ張る。
 思わず、白土は首がもげそうになる。

 命を懸けてまで守る。そんなの出来るはずがない。

 どんな状況や境遇に置かれようと。命は天秤で重さが量れるなんて思ってはいけない。

 臆病なんかではない。これが人間の本質。どんなに、正義感や守りたい者があろうと。

 命を投げ出してはいけない。それは、楓にとって愚かな行為だった。

 理解出来ないなんて言わせない。

「笑わせないで? どうせ、口だけでしょ? いざ、そういう立場になった時に……そんなの理想に過ぎないわ」

「貴方に過去に何があって、何に絶望したかは分からない……だけど、貴方もかつては私と同じ……ぐふぃ!」

「分かり合いたくないわ、使い古されて死ぬ運命しか残されていない貴方に」

 これ以上は話す価値もない。いや、この女は危険。不思議と自分の心が覗かれているような。
 このような有様になっても。まだ、純粋であろうとする白土に。苛立ちを隠せない。
 楓はそう思いながらも。私情はこれ以上挟まず。
 乱暴に尻を軽く蹴りながら。白土を久しぶりに地上へと向かわせた。

 ――今更、引き返せない。楓は自分の方法で最終的には優とまた結ばれて。三人で一緒になれれば。それでいいと考えていた。

 しかし、それは到底有り得ない話という事に。楓は気付いていない。

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