最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第26話 後悔と判明

「え!? スグル君が?」

 何時まで待っても帰って来ない優にララは違和感を感じていた。
 買い物と行ってもこれだけ長くかかるはずがない。
 エプロン姿のままララは玄関で、膝に手をついて息切れしているサーニャを見る。
 焦りと全力で走って来たのか。髪の毛がボサボサになっている。
 それぐらいに切羽詰まっているということだ。

 ララも気兼ねではなく。すぐにエプロンをその場で脱ぎ捨てる。
 サーニャの両肩に手を置いて勢いよく説明を求める。

「ララちゃんー落ち着いて―」

「あ、すみません」

 サーニャは宥めてララを落ち着かせる。
 取り乱したララを静止させながら、髪型を整える。
 普段からララは慌てるぐらいに元気だが、今回は一段とそれが増している。

 早口でサーニャは状況を的確にララに伝える。
 受付嬢として業務で数々の冒険者に説明をしている。
 その経験からか。必要な情報がララの頭の中に入っていく。

 警鐘の音が鳴り響いている。ララは疑問に思いながらも優の帰りを待っていた。

 しかし、その街の騒ぎと異常さにララの不安を募っていた。
 そして、嫌な予感は的中する。

 憲兵団の人が街に現れ、何者かが拘束されていた。
 そこに優が登場し、何を思ったかその人らと対立する。
 大量の金貨を餌に民衆は去って行く。

 サーニャもギルド協会の中で遠目で見ていたためか。拘束されていた人物、理由などは知らない。
 ただ、優にすぐに街の人の避難を任され、流されるままに引き受けてしまう。

 現在は、街の人は大量の金貨に心を奪われ、歓喜の声をあげている。

 ララは全てを理解して、下を俯く。自分の知らない所で優が戦っている。

 短い期間だが、ララにとって優はガリウスから救ってくれた恩もある。
 父親の借金を肩代わりして貰い、さらに自分の剣の修行まで付き合ってくれた。
 武器も防具もメルも用意してくれ、冒険者になれたのも優のおかげ。

 ――家の壁にかけてある鞘に手を取る。

 決意を込めて。力を込めて。目を見開きながら、警鐘の鳴る方角を見つめる。

「サーニャさん」

「えっと? ララちゃん?」

「あそこにスグル君がいるって確かですよね? だったら、私も行かないと」

「……受付嬢としては絶対に反対するんだけど、一人の女としてなら間違いなく、あなたを送り出すわ、行って来なさい」

 受付嬢としてサーニャは色々な冒険者を見てきた。
 腕のある冒険者。成り立ての冒険者から。

 ――これはサーニャが受付嬢として出発を始めて間もない時。

 一人の少女がサーニャに寄って来た。

 少女はとても瞳を輝かせながら。
 サーニャに冒険者として門出の日だと言う事を伝えてきた。
 右も左も分からないということで。サーニャは有りっ丈の知識をその少女につぎ込んだ。
 気が付けばサーニャと少女は仲良くなっていた。

 お互いの波長が合い、少女はサーニャからペンダントを貰う。
 これは、赤の星型の綺麗なペンダントで少女の手作りだと言う。
 サーニャは心が温まり、感激しながらそれを受け取った。

 受付嬢を初めて。色々な人と出会ってもサーニャは少女との出会いは特別だった。

 最初は未熟な少女もどんどんと成長していく。その姿を見届け、サーニャも受付嬢として高みを目指していく。

 そして、少女は遂にBランクまでの依頼をこなせるレベルまで成長する。
 自分が主に担当していた冒険者が主力になった瞬間。
 サーニャは嬉しくなったのか。少女にAランクの依頼を勧める。

「今のあなたならこのぐらいいけると思うわ」

 実力も経験もある。明るい性格で判断力も養われた。少女、いや彼女は出来る冒険者。

 サーニャはAランクの【リザード】を倒す依頼を彼女に任せようとする。

 無理強いはしない。受付嬢は冒険者を導くが、最終的に決断するのは彼ら、彼女ら自身。

 しかし、少女はサーニャと違い、迷うことなくそれを引き受ける。

 その時。サーニャは本当に良かったのか。今まで受付嬢として色々な冒険者に依頼を提供してきた。
 無事に帰って来た時の笑顔を見ること。それが、サーニャにとっての一番の遣り甲斐を感じる場面だった。

 今回も少女は無事に帰って来られると信じていた。
 仲間も多く、準備も入念にしている。大丈夫だ。サーニャはきゅっと少女から貰った赤い星のペンダントを握り締めた。

 数日後。少女達の部隊が帰還した。サーニャは待っていたかのように。笑顔で迎えてあげる。
 しかし、様子がおかしかった。その、部隊全員の顔が曇っている。暗く、どんよりとしたその雰囲気。
 受付でその報告を聞くまで。サーニャは笑顔を崩さないように振る舞う。

「……すみません、彼女はガリウスに噛み殺されて……」

 理由は判明した。サーニャは一気に奈落の底に突き落とされたような。そんな感覚に陥る。
 自分が勧めたその依頼で仲の良かった彼女は死んだ。
 彼らが言うには、仲間を守るために彼女は前線に無理に出てそこでやられてしまったという。

 サーニャはがくりと椅子にもたれかかりながら項垂れる。

 涙が溢れ、その日は受付の仕事がままにならなかった。

 残ったのは彼女から貰ったペンダントだけ。それを胸の近くで握りながら後悔する。

 そして、号泣するサーニャに先輩の受付嬢がこんな事を言う。

「良かったわね、Aランクの依頼を達成させたんだから泣くことはないでしょ」

「……っ! な、何を言っているんですか! 人が、女の子が……亡くなったんですよ」

「はぁ、だから受付嬢は特定の冒険者に肩入れしちゃいけないのよ! 赤の他人だと思ってて、営業スマイルをかましていればいいのよ……受付嬢が出来ることなんてたかがしれてんだからさ? さてさて、仕事仕事!」

 切り替えの良さが受付嬢としてとても大切だと先輩から学ぶ。
 気にしていたら仕事にならないと訴えられる。
 ただ、サーニャは泣き止んでそれを否定する。

 受付嬢だからこそ。冒険者を大切に扱うのが仕事なんじゃないかと。

「サーニャさん! 私ね、立派な冒険者になりたいんだ!」

「サーニャさん、あのね! 初めてスイーパーを倒したんだ! 褒めて、褒めて!」

 サーニャは彼女の声を思い出しながら。秘めたる想いを誓う。

 今度こそ、後悔せずに。そして、悔いなく冒険者を正しく判断して。
 自分の勧めた依頼で人を死なせないと。

 ふと、そんな過去の出来事を思い出しながら。
 少女とララの後ろ姿が重なる。

 同じ過ちは繰り返さない。

 と思いながらも。期待を寄せていた。彼女の剣技の才能。そして、過去に彼女が失敗したリザードをたった一人でしかも半日で倒した少年。

 笹森優。サーニャは、彼女と彼の二人なら。どんな依頼も無事にこなせる。そう強く信じていた。

「ふぅ、自己満足もいい所ね、これじゃあ、また受付嬢失格かな? あははは……頑張れ」

 渇いた笑いを浮かべながらサーニャはララの家の玄関でそう願っていた。

 ――――――

 ――――

 ――

 警鐘の鳴り響いた場所。そこまで来ると、憲兵団の人達が騒ぎ立てていた。
 そこに、一人の男が苦しんでいる。ララは、到着するなり、すぐにそこまで駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!? い、一体何があったんですか!?」

 出水の想いが通じたのか。飛野の手を握り締めながら。
 近寄って来るララに助けを求める。

「た、助けてくれねえか? こいつ、毒にやられて……」

「毒!? なんで、と、とにかくやってみますね!」

 説明は後にして。飛野の容態は怪しい。呼吸が荒く、吐血している。
 ララは腹部の辺りに手を当てて目を瞑る。

「治療【ヒーリング】」

「これって、エンド能力か? た、助かるのか!?」

 顔を少し険しくしながらも。ララは有りっ丈のエンドをそこに注ぎ込む。
 すると、飛野の体の中から緑色の球体が出現する。
 宙に浮かび上がり、その中に紫色の液体が大量に含まれていた。

 これがゲババ草の毒。ララは、目を開けてそれを瞬時に鞘から剣を取り出し斬る。
 球体は破裂し、これで飛野の体内の毒は完全に消え去った。

 飛野の表情が柔らかくなり、呼吸も落ち着く。

「これでもう、この人の毒は完全に消え去りました……危なかった」

「よかった……本当に助かったぜ! ありがとう、マジでありがとう!」

 出水は安堵の涙を目尻から少しだが溢れている。
 それほどに、飛野の命が助かったことに。感激し、さらに目の前の見知らぬ少女の心意気に感謝していた。
 飛野もよろよろと立ち上がり、少女に調子よくお礼を言う。
 まだ、本調子ではないが、顔を青ざめながらも容態は良好。

 だが、ララは出水と飛野のお礼を軽く受け取って、その瞳は御門の方に向いていた。

 それは、怒りが込められており、今にも噴火しそうな勢いだ。

「あなたですよね? この人に、毒の注射を刺したのは」

「……えっと? いきなり見ず知らずの人に有らぬ疑いをかけるのは失礼なんじゃない? ふふ、証拠はあるのぉ?」

「治療のエンド能力を使った時に、背中の辺りも見させて頂いたんですけど、小さな針の痕がありました、見えにくいですけどね、私の能力はそういう情報も頭に入って来るんですよ」

「へぇ? でもぉ? それだけじゃ、毒の元であるゲババ草は何処にあるのかしら? それがないとどうしようも……」

「それは、匂いです」

 ララの抑える声に御門は若干だが目元にしわを寄せる。ララのエンド能力である治療【ヒーリング】は、まず対象者を探知【サーチ】する。
 そこから、病状、症状などの様々な複数の情報も頭に入って来る。
 つぎ込んだエンド量に左右するが、今回は非常事態だったためか。体内のエンドをかなり消費して注射の痕を発見することも出来た。

 偶然の功績とララの知識。これは、亡くなった母親によるもの。
 元々、魔術師でありながら。回復魔術に長けており、エンドも豊富だった。
 そんな母親が生贄になった理由は理解不能でララも今でも教えられていない。

 ただ、ララにとっては尊敬する存在で。愛する人だった。
 そんな母親の知識はこんな時に活きるなんて。夢にもララは思わなかったが。

 ララは自信満々に御門に言葉を続ける。

「ゲババ草は匂いが強烈で、すぐにその異変に気が付きます、ですが……あなたはその匂いを抑えていた」

「あちゃ! 完全に消臭したつもりなんだけどぉ……当日に最終確認であの草に触ってそのままにしてたのが迂闊だったわね」

「じゃあ、やっぱり!」

 ララは微弱だが御門の服に付着したゲババ草の匂いを感じた。
 その訴えは見事に当たり、御門は遂に認める。
 ただ、取り乱しもせず、むしろ笑っているように見えた。
 その反応にララは寒気が走る。

(どうして、この状況で笑っていられるの? や、やばいよ)

 先程までの勢いが完全に消え失せる。ララは後退しながら出水のことを無言で横目で見る。

 しかし、出水は御門が犯人だと知ると。何も口に出さず、御門に歩み寄る。
 鞘から剣を取り出し、御門に斬りかかろうとする。

「御門! てめぇ!」

「あーあーバレちゃった! でも、これはこれで……楽しいかも」

 ひらりと出水の攻撃を避けて、上空に飛び上がる。
 もはや、助ける義理もない。同じクラスメイトでも。特に関りのなかった御門。
 それに、詳細は不明だが、仲間が死にそうなのに笑うその態度。

 許せなかった。そして、それに気付かなかった自分の力量の無さにも。

 久しぶりに二刀の剣を鞘から剣を抜いてエンド能力を行使する。

「許さねぇ! 衝撃波【ソニック】」

「ぐぅ! これは避けられないかぁ」

 右手を掠り傷程度だが。空気中が裂けて、それが刃となり御門を襲う。
 瞬間出力が大きさと二刀の剣による発動。
 完全に避けられるはずがなく、しかし御門も負けじと剣先を読んで攻撃に対応する。

 本気の攻撃に御門は流血する右腕を抑えながら仁王立ちをする。

「酷いなぁ、クラスメイトに本気の攻撃?」

「黙れよ、てめぇとはもう組むつもりはねえよ! 消え失せろ!」

「あちゃ……じゃあ、消えまーす!」

 すぐに御門は戦線離脱を試みる。透明化【ステルス】を発動させ、この場から消え失せる。
 出水は逃さないと。全てのエンドを使い切り。この場全体に自らのエンドを使おうとした時。

「い、出水、待て……今はエンドを残しとけ」

「いや、今ならまだやれる! お前の仇は俺が」

「冷静になれって、ここでエンドを使い切ったら後々辛くなるし、なんか空がやばそうだぜ」

 苦しみながらも飛野は激高する出水を抑えつける。

 ここで、全てのエンドを使い切ったら今後の戦いが危うくなる。
 一度、死にかけた飛野は驚く程に冷静に対応する。
 出水は舌打ちをしながら、剣を乱暴に鞘にしまう。

 そして、飛野の言う空がやばいという言葉に。静かに上を見上げる。

「な、なんじゃこりゃ」

 赤い空がこの街。いや、この世界全体を覆っている。
 見たことのない光景に出水達は不思議そうにそれを見ていた。

 ――だが、嵐は突然と訪れることとなる。

「うぉ!」

「きゃ!」

 出水達の近くの民家が倒壊する。あまりの騒音に思わず、大声をだしながら驚いてしまう。
 これが何を意味しているのか。それを、理解するには時間がかからなかった。

 倒壊した民家から。出現したのはイモラ。そして、羽の生えた謎のガリウス。
 華やかな見た目とは裏腹にその大きさと、数の多さに威圧されていた。

「こいつは、何だ?」

「これって、まさか……ううん、でもそんなはずは」

 出水と飛野は状況が把握出来ていない。しかし、ララは瞳を見開き信じられないものを見るような反応だった。

 赤い空【イレイザー】そして現れた謎の羽の生えたガリウス。

 初めは小さな戦場だった。しかし、様々な偶然と運命が重なり、大きな戦場となりつつあった。

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